第89話 なんと心が揺れる言葉
私は揺れがほとんど感じない馬車に乗って移動しています。
王都にくるのに使っていたマルトレディル家の馬車と比べるのもおこがましいほど、立派な馬車にです。
夕暮れ色に染まる空を見上げている私の隣には、心ここにあらずという感じのレクスが座っています。
その向かい側には侍従のエストと侍女のエリアーナさんがついてきてくれています。
エリアーナさんは侍女として会場の近くにある控室に待機してくれるそうです。
例えば、ドレスが着崩れてしまった場合とか、休憩をしたいときに対応してくれるためです。
その控室に引きこもっていたら駄目ですか?
「マルトレディル伯爵令嬢」
おや? レクスが普通に呼んできました。
「何でしょうか?」
「ジュアシルト侯爵子息と仲が良かったのですか?」
「……」
なぜ、その話に戻るのです。
それは終わったことです。
「仲がいいとは、どこまでのことですか? 話ぐらいなら普通にしていましたけど?」
今の私はアルバートなので、シエラメリーナとしての答えは出せません。……ややこしいですわね。
私が私の姿をしているのに、弟が姉の姿をしているという設定。
「今からでも遅くないですか?」
「何の話をしているのでしょうか?」
遅い早いが何にかかってくるのかさっぱりもってわかりません。
「その……私と結婚して……」
「まぁ! ファングラン騎士団団長様。おかしなことを口にされないでいただきたいものです」
レクスに最後まで言わせないと言葉を遮ります。
これは誰に向けて言っているのですか?
姉のシエラメリーナにですか? それとも弟のアルバートにですか?
「そういう話は私は答えられません。まずは母の許可を取ることから始めてくださいませ」
「うぐ……」
母から嫌われていると知ってしまったレクスからすれば、高い壁でしょう。崩すのが困難な石壁のようなものですね。
ええ、貴族の婚姻は家同士の婚姻なので、個人の意見は反映されないことがほとんどです。
だから、幼い頃から仲良くさせようと親は画策するのです。
「我が主。主の宝物を差し出せば、簡単な話です」
そこにエストが話に割り込んできました。宝物とはどういうことですか?
その言葉にレクスから悲壮感が漂い始めます。
「あれを手放すのは……」
「そうでございますか、私としましてはさっさと手放して欲しいのですが」
……エストが手放すように言っているということは、その宝物は絶対にろくなものではないですね。
「ファングラン騎士団団長様。その宝物という物に興味がありますわ。母を折れさせるものとはどういうものでしょう?」
「……隊長の」
「……」
「隊長の執務室にあったもの一式です」
「は?」
前世の私の執務室にあったもの一式ですって?
「まさか! 武器コレクションもか!」
「マルトレディル様。言葉遣いが……」
「ごほん。壁に掛けてあった武器の数々もですか?」
「はい」
……これは……母も折れるかもしれません。
母の秘密の部屋がとんでもない内装になっているのは知っています。
知っていて見て見ぬふりをしていました。
くっ! 私が欲しいです。
ですが、今の背丈だと取り扱いが難しいのも事実。
「私と結婚してくだされば、それらは全部マルトレディル伯爵令嬢の物です」
ふぉぉぉぉぉぉ! なんと心が揺れる言葉。
鍛冶屋の店主に文句を言われながら作ってもらった数々の武器が戻ってくるのですか!
「旦那様。もう一押しです」
エリアーナさんの言葉にハッと我に返ります。
シエラメリーナ。あの武器の数々はフェリラン仕様なので、今の私では扱えきれません。諦めなさい。
私は自分自身に言い聞かせます。
「ごほん! 私はその言葉に答える権利はありません。あと、それはシエラメリーナ・マルトレディルに向っておっしゃっているのでしょうか? アルバート・マルトレディルに向っておっしゃっているのでしょうか?」
だいぶん、混乱しているレクスに問いかけます。男同士の婚姻は教会では認められていませんよ。
他国ではそういうのが自由な国もあると聞いたことがありますが。
「もちろん、隊長にです」
「はぁ〜」
また、隊長呼びに戻ってしまっています。
だから、フェリランがレクスと結婚すると承諾したようなことはないと何度も言っているではないですか。
「我が主。到着しましたので、誰をエスコートするのか忘れないでいただきたいです。マルトレディル伯爵令嬢様ですよ」
まるで幼子に言い聞かせるように言うエスト。
このフェリランと関わると碌なことがないと割り切っているところがエストらしいです。いいえ、今まで相当苦労したということなのだと、感じてしまったのでした。




