第84話 そういうことじゃない
「隊長。どうぞ」
「いや、レクス。自分で食べられる」
食後のデザートを私に食べさせようとしてくるレクス。あの? 早く騎士団に行ってください。
「隊長に食べさせるという私の楽しみを奪わないでください」
「それおかしいですよね?」
何ですか? 食べさせることが楽しみとは?
「隊長。このままだとプリンが落ちてしまいますよ」
「くっ」
レクスが持つスプーンの上にはぷるぷるとふるえる黄色いものがあるのです。それが、スプーンからはみ出しぷるぷるとふるえるプリンが落ちそうではないですか。
落ちてしまう!
慌てて口を開けてパクリと食べました。
ふぉ〜! とろりととろけるプリンが舌の上を滑っていきます。
口の中でほろ苦さと甘さが調和していき消えていきました。
「おいしい〜」
「隊長。まだありますよ」
再び私の前に現れるスプーンの上に鎮座したプリン。
ぱくりと食べます。
とろけるプリン。幸せですぅ〜。
「隊長が可愛い」
……レクス。いつになったら騎士団に行くのでしょうか?
もう、業務が始まる時間のような気がします。
「レクス。私のことはいいから、騎士団にいけば……」
目の前にプリンが!
「やっぱり今日は行くのをやめ……」
「ひふのは!」
私はビシッと言ったつもりでしたが、口の中がプリンに満たされていたのでした。
「ああ……疲れた」
私は長椅子の上でうなだれていました。
レクスを騎士団に行かせた私は、侍女たちに囲まれて夜会に行くために朝からひどい目に遭っていたのです。
なに? 身体を磨くって? あそこまでする必要あります?
これなら戦場で駆けていたほうが百倍はマシです。
「マルトレディル様。アイスティーをどうぞ」
……エリアーナさんが冷たい飲み物を持ってきてくれましたが、毒入りとかではないですよね?
「このあと、昼食のご用意をいたしますが、お部屋でとられますか? それとも……」
「ここでお願いします」
私はエリアーナさんの言葉を遮って答えました。だってあんな広い場所で一人で食事とか拷問ですよね?
そもそも朝食も私とレクスしかいないにも関わらず、使用人の方々がずらりと壁際に並んでいたのです。
給仕にしてもそんなに必要ないでしょうという人数がです。
「あと、アリアさんとお話がしたいので、呼んできて欲しいです」
「侍女長とは接触禁止が執事より言い渡されておりますので、難しいかもしれません」
アリアさんの行動ですか。それは慣れているので大丈夫です。
「ハイヴェーラ兄妹のお二人が揃ってでも構いません。少しお時間をいただきたいのです」
執事のハイヴェーラも来ていただけるのであれば、そちらのほうが都合がいいです。
「マルトレディル様。私どもに敬語は必要ありません。こうしろと命じていただければいいのです」
エリアーナさん。そんな恐ろしいことができるはずないです。
この屋敷の使用人の方々は、普通ではないとわかってしまったのです。
気がつけば首が切り取られていたなんて、普通に起こりますよね。怖くてそんな命令など……私は笑みを浮かべます。
特にあのハイヴェーラに命令など出せば、貴女にその権限があると勘違いされているのですかと、返ってきそうではないですか。
「私は謹慎処分中の身ですからね。客人以下ですよ。命令する権利はありません」
「大変失礼いたしました。旦那様より、最上級の対応をとご命令をされているにも関わらず、私個人から要望をだすなど、罰するのであれば、私一人でお願いいたします」
え? どうして、そうなってしまったのですか?
突然謝罪をするエリアーナさんに困惑してしまいます。
私、そんなおかしなことは言ってはいませんよ。もしかして、なにか変に意訳されてしまったのですか?
使用人ごときが主の客に意見を言う権利があるのかと……そんなことはないのです!
私は毒物を飲まされないようにしたいだけなのです。
「エリアーナさんが謝罪する理由はありません。アリアさんを呼んでいただければ私はそれでいいのです」
「謝罪を受けいれないと、かしこまりました。侍女長を呼んでまいります」
……違います! そもそも謝罪が必要ないと言っているのです。……はぁ、こういう言い回しで前世のときも何度も失敗してしまったのを思い出してしまいました。
元は子爵家の者なのです。
そして今は、田舎の伯爵令嬢なのです。腹のさぐりあいなど不得手に決まっているではないですか。
困りました。
部屋を出ていくエリアーナさんの背中を見送りながら、どう答えればよかったのかと考えますが、そもそも私をここに連れてきたレクスが悪いと思います。
謹慎であれば、宿舎の自室で事足りたと。
騎士団団長のパーティーのパートナーなど、募集すれば、いくらでもいると思います。騎士団の美人さんに頼めばよかったと思います。
「エリアーナが失礼な物言いをしたようで、私からも謝罪いたします。マルトレディル様を不快にさせてしまい、失礼いたしました。エリアーナはこちらで処罰しておきます」
「違います!」
処罰って何ですか!
それも執事のハイヴェーラが私に頭を下げてきているのです。
怖すぎます。これあとで何か仕返しとかされませんわよね?
「言葉の相違です。私は田舎の伯爵令嬢なので、腹のさぐりあいとか苦手です。処罰とか必要ないです。それよりも今の内に言っておきたいことがあります」
エリアーナさんへの罰は却下です。彼女は何も悪くありません。
それよりもレクスがいない間に、この屋敷をまとめるお二人に言っておかなければなりません。
「何でございましょう」
「侍従のエストさんから聞いていると思いますが、私は父の命令でアルバート・マルトレディルとして騎士団に入団しました」
「お伺いしております」
はい、父からの命令というのが重要です。
マルトレディル伯爵の意というのが示されていることがです。
「今、問題が起こっておりまして、騎士団内で従騎士と団長の怪しい関係が噂になっているのです」
「何が問題なのでしょうか?」
思いっきり問題ではないですか!
従騎士と団長がBとLの関係だと噂されるなんて……え? これはハイヴェーラとしてありなのですか?
「レクスイヴェール様が望まれているのであれば、いいのではないのでしょうか?」
あ、レクス中心で考えるとそうなるのですか? いやいやいやいや……おかしいでしょう。
「私がここにいるのは期限つきです。その後は領地に戻るつもりです。このまま噂が広まるのは大変問題があるのです。弟が困ってしまいます」
「そもそもですが、そこを偽るから面倒なことになっていると愚考いたします」
「ですから、父の命令なのです」
「我々にバラしていますが?」
「今晩のパーティーは貴方達の協力がなければ、そもそも成り立ちません。姉として騎士団団長と親しく接して、噂を払拭するためにです」
アルバートが騎士団に来て怪しい噂で困らないようにです。
私は姉として、レクスと仲がいい感じでパーティーに参加すれば、その噂は嘘だったとなるでしょう。
「ああ、そういうことでございますか」
わかっていただけましたか。
「レクスイヴェール様の隣は、弟君でも譲らないということでございますね」
「旦那様への愛でございますね」
「そういうことではありません!」
兄妹そろって何を勘違いしているのですか!
私は領地に戻りますからね!




