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#05 スピージオと交差点の朝に



【スプリングライン市・ホープライン行きバス「L-11」車内】




いつも通りの朝バスは、定刻通りに走っていた。

乗客は十数人。

スーツ姿の若者、タブレットをいじる中年、行政ビルに勤めると思しき職員たち。

車内には、コーヒーの香りがかすかに漂う。


——ホープラインの、いつもの朝の風景だった。


日常が崩れたのは、途中の停留所から男が一人乗り込んできたことから始まる。


フードを目深にかぶり、どこか薄汚れたジャンパーの男。

立ち止まったかと思えば、そのまま運転席の背後に立ち——


「ガチッ」


冷たい金属音。

それが何か、運転手にはすぐにわかった。


「どけ。運転手」


運転手は抵抗を見せるも、すぐに叩き伏せられた。

頬が腫れ、鼻血を垂らしたまま座席下にうずくまる。

そのすぐ後ろ、最前列にいた初老の男性が、引きずられるようにハンドルを握らされる。

「道なりに進め。止まるな。

……あの交差点、曲がるな。突っ込め」

「な……何を……なぜ……」

「喋るな。俺が止めろと言うまで、止まるな」

銃口が後頭部にぴたりと突きつけられる。

もう一丁は、前方座席の女性の頭へ向けられていた。


静けさを切り裂くように、犯人エメリク・サンソンの声が響いた。


「……全員、スマホを出せ。電源を切って、前に滑らせろ」


誰もが一瞬、理解が追いつかない。

だが、女性の髪に銃口が沈んだ瞬間、小さな悲鳴が上がる。

乗客たちは慌ててスマホを取り出し、震える手で電源を切る。

そしてそれを蹴るように前方へ滑らせた。

まるで“降伏の証”のように。

「一人でもこそこそやったら、全員まとめて終わりだ。……わかったな?」

バスが加速する。交差点が迫る。

歩道では、何も知らない歩行者たちが横断を始めていた。

「……このままだと……轢いてしまう……!」

運転を強いられた男の声が震える。

「いいから行け。

中央まで、真っ直ぐ。曲がるな。突っ込め」

乗客たちは、ようやく気づき始めていた。


——これはただの強盗じゃない。


“何かを壊す”ために動いている男だと。



【(株)正義の味方 ヒーロー監視端末・市街地パトロール回線】


「……おかしいな」


ミラーレスは、ビルの屋上にしゃがみこんだ姿勢のまま、薄く目を細めた。

彼の眼には、今この瞬間と“5秒後の未来”が重なって見えている。


スプリングライン 中央通り——


通常なら、ホープライン直通のL-11バスは、この交差点を右折して市役所方面へと入るはずだった。

だが、未来の映像では——バスは曲がらない。

まっすぐ行っている。しかも、異様に速い。


「……ルート外れた?運転ミス?いや……違う」


ミラーレスは、端末に素早く入力した。




【未来視異常報告】L-11路線バス/挙動不審/交差点突入予定


【5秒後→進路逸脱・速度増加】



息を吸ってから、軽く舌打ち。


「これは……俺だけじゃ無理案件だなぁ」


即座に本社へ連絡を入れる。

未来視の“予測不能”が増え始めている時点で、何かが起きている証拠だった。


「緊急対応、近くの正社員ヒーロー……」



——ピン。


《現在、ホープライン外縁部に“ナンバーツー”スピージオ滞在中。

 対応可能です。》


ミラーレスは、微かに口元を緩めた。


「……やっぱ君は来るんだな」


ビルの端から見下ろした未来の街角に、

赤と銀の残像が、風のように駆け抜けていくのが見えた。


端末のGPS信号が他のヒーローも表示していた気がしたが

気のせいだったようだ。



【スプリングライン中央通り】


バスが突っ込む——その5秒前。


風が“横から”吹き抜けた。


「うっし!正義の味方の出番だな!」

赤とグレーのスーツに身を包んだ青年が、信号機の上からひょいっと飛び降りてきた。

爽やかになびくブロンドの髪、軽口を叩くような口調、でもその動きには一切の無駄がない。


正社員ヒーロー

(株)正義の味方のナンバーツー、

スピージオ。


足元のブーツには、微かに“カチャ”と音を立てる金属パーツが仕込まれていた。

だが彼は、それを外す素振りすら見せない。

「重り付きでも余裕かな、今日は。

ミラーレス、この先どんな感じ?」

無線に呼びかける。

《2秒後、バスが正面に。進路変更の気配なし。》

かすかな雑音。

「サンキュ。昔みたいで嬉しいわ」

誰に向けるわけでもなくにやっと笑って、スピージオは視線を正面に向ける。

バスが突っ込んでくる。

車体は重く、スピードも落ちない。

けれど彼の顔に焦りはなかった。



【スプリングライン中央通り・交差点手前】




スピージオの足が、舗装道路を弾く。

重り付きのままでも、その速度は市街地最速クラス。

バスの横を滑るように、“並走”しながら車内の様子を伺う。

(でけぇ車体……加速落ちてない。突っ込む気だな、完全に)

ガラス越しに覗いた車内には、運転席に座らされた震える初老の男性と、

その背後に、銃を構えた“異様に静かな男”の姿。

(なるほど……

運転してるのは乗客。

犯人はあのフード。

後部座席にも市民……被害、まだ出てない)


「——よし、行くか」


スピージオはバスの側面に手をかけ、速度を調整しながら進路を合わせる。

そのとき、通りにいた市民たちが彼の姿に気づいた。

「えっ、スピージオ!?」

「スピージオだ!」

「ナンバーツー来てる!!」

「がんばれー!」

「大好きー!!」

ちらりと視線をそちらにやって、彼は口角を上げる。

「応援ありがとー!がんばりまーす!」

その軽口とは裏腹に、視線はすでにバスのフロントガラスに釘付けだった。

(ガラス、薄いタイプか。……割れるな)

足の角度を少し変え、速度の乗り方を計算する。

(止まりそうにねぇな。なら、突入して止めるまで)

スピージオは一瞬、呼吸を整える。

風が巻いた。

そして次の瞬間、身体が弾けるように加速する。

重りを外していないとは思えない速さで、

スピージオはバスの前方へと一気に躍り出た。



【スプリングライン中央通り・交差点目前】



——ッバン!



スピージオの足が、バスのフロントガラスを正確に撃ち抜いた。

足先に集中させた加速と重みが、一点に炸裂する。

ガラスが蜘蛛の巣状にひび割れ、弾け飛ぶ。

「おじゃましま~す!!」

声と共に割れた窓から飛び込んだスピージオは、

着地と同時に体をひねり、狙いすました回し蹴りをエメリクの右腕へ叩き込んだ。

「っ……!!」

銃が弾け飛ぶ。エメリクがよろけた瞬間、

スピージオは再び足を踏み込み、軽くカカトを振り下ろす。


——ドガッ!


肩口に命中した一撃で、エメリクは床へ崩れ落ちる。

「ハイ確保!」

即座に取り出した簡易拘束具で腕を縛り上げながら、

スピージオは顔だけ乗客側に向けた。

「皆さんご無事ですか?これより減速しまーす!安心してくださーい!」

一瞬の静寂の後、バスの中で拍手が起き始める。

「ヒーローだ!」

「助かった……!」

「スピージオすごい……!」

スピージオは運転していた初老の男性の肩そっと手を添えて安心させる。

「ゆっくり減速させてください。」

その隣で、崩れたエメリクが、なおも苦しそうにうめいた。

「……俺は……間違ってない……俺は……」

それに対してスピージオは、ほんの少しだけトーンを落とした声で言った。

「かもね。でも、やり方が間違ってたんだよ」

——バス、完全停車。

風の音が止まり、街に日常が戻ってくる。

スピージオは少しだけ汗をぬぐって、

振り返りながら軽く手を上げた。

「では!皆さんいい一日を!!」


バスを降りたスピージオは、通信端末を取り出し完了報告を送る。

「さすがナンバーツー!!まさにスピード解決だな!」

黑を基調としたコンバットスタイル。

防弾ベスト姿のその声の主は、ミラーレス。


「ミラーレス!!さっきは、サポートありがとう!」

スピージオは、爽やかだ。

ゴーグル付きのヘルメットの奥までまぶしさがとどくようで

ミラーレスは、目を細めた。

「相変わらず爽やかボーイだな。」

「ははは。ミラーレスは、ちょっとおじさんになったね。」

変わらない冗談に少し目頭が熱くなるのは、本当に歳をとったんだろう。



まだ、二人がヒーロー教習所にいたころ。

ミラーレスは28歳、スピージオは18歳。

10歳の歳の差がありながらも、同期として入った二人はすぐに打ち解けた。

兄弟のようで、悪友のようで、親友のような——

そんな関係だった。

訓練のあと、屋上のベンチで寝転びながらスニッカーズをかじる。

「糖分、大事」とか言いながらミラーレスが二本持ってきて、

結局、一本はスピージオが奪って食べてた。

「ナンバーワンになるのは俺だからな」と、

スピージオが口をモゴモゴさせながら言うと、

「じゃあ俺はフォローに回るよ」とミラーレスが肩をすくめる。

そんな時間が、確かにあった。


「あっという間にナンバーツーになっちまいやがって」


少し高めのスピージオの頭を、ぽん、と軽く叩く。

ミラーレスの手は、どこか昔のままだった。

感傷に染まりきった顔で、それでも優しく笑っていた。


「琴ちゃん」

その手を避けるでもなくスピージオも懐かし気に笑って見せる。

「そのあだ名やめろって。しかも今シフト中だし!」

「じゃあオフの時に…またな!!」

そう言って、ミラーレスにスニッカーズを投げてスピージオは、さっそうと街に消えていった。


「忙しいやつ。”またな”…か。ははは」

消えていった風を見つめながらミラーレスは、また遠い気分になっていた。



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