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草原を駆ける



 リュコスちゃんを三倍にしたぐらいに大きい白狼の、ふさふさの青みがかった銀の毛並みはレイシールド様を連想させて、涼し気なアイスブルーの瞳もまたレイシールド様のものだった。

 強い意志を持つ優しい瞳が私を見る。

 ラーチェさんは驚いたように目を見開いて、マリエルさんはラーチェさんや私を庇うようにしてくれた。


「大丈夫です、レイシールド様ですよ」


『父上じゃ』


 リュコスちゃんが白狼となったレイシールド様の隣にちょこんと座る。

 私はレイシールド様の傍に近づくと、そのふさふさの毛並みを撫でた。


「どういうことですの?」


「ラーチェは、本当に従兄について興味がないのだよね」


「マリエル。大丈夫だ、それは兄上だ」


 レイシールド様の後ろに隠れて見えなかったのだろう。

 シャハル様とシュミット様が警戒するラーチェさんたちの元へと近づいて来て言った。


「確かに、レイシールド様は白狼の血を受けている……とは聞いていましたけれど。でも、白狼そのものとは聞いていません」


「私たちも兄上のこの姿を見るのははじめてだ。クリスティス伯爵家に向かうのに、馬も馬車もいらないと言うから、どうするのかと思えば、白狼の姿になるのが一番早いと言う。それではティディスを驚かせるだけではないかと心配してきてみれば、大丈夫だったようだね」


 マリエルさんの隣に並んだシュミット様が、腕を組んで言った。


「さっぱりわかりませんわ」


「ラーチェはわからなくていいよ。ともかく、この白狼がレイ兄様だと分かればそれでいいのだから。ラーチェが大騒ぎするかもしれないと心配してきたのだけれど、やっぱり泣きそうだね。怖がり」


 混乱するラーチェさんに、シャハル様が優しく言う。

 ラーチェさんは憤慨したように、シャハル様を睨んでいる。怖がりとからかわれたのが気に入らなかったみたいだ。


『ティディス。背中に』


 レイシールド様の声が、頭に響いた。リュコスちゃんの声が聞こえるのと一緒。

 私が乗りやすいように、レイシールド様は背を低くしてくれた。

 シュゼットちゃんとペロネちゃんが、自分たちも一緒に行く、というように、リュコスちゃんの上で手足をぱたぱたさせているので、私は二匹を片手で抱っこしてあげた。


「すまないな、ティディス。……女性と出かけるのなら、馬車が順当なのだろうが。それに、本来ならば、護衛兵も同行させるべきなのだが」


「レイ兄様は強いからね。騎士団はいらない。この皇国でレイ兄様に剣を向けようと思うのは、余程の馬鹿だから、心配ないよ、ティディス」


「クラウヴィオなどは、レイ様が強いばかりに必要とされていないなどとよく泣いているしな」


「レイ兄様が強いというだけで、私たちには護衛が必要だから、泣かなくてもいいのだけれど」


 シュミット様がすまなそうに目を伏せて、シャハル様はにこやかに言った。

 心配そうなマリエルさんとラーチェさんに「行ってきます」と挨拶をして、私はレイシールド様の背中の上に飛び乗った。

 背中の上は結構高いけれど、高いところは、リュコスちゃんやティグルちゃんから逃げ回る過程で身に着けた木登りで慣れている。

 ひらりと背中の上に乗ると、マリエルさんとラーチェさんに「ティディスさん格好いい」「ティディス、素敵だわ……!」と、褒められた。

 もしかしたら、貴族女性というものは普段高い場所にのぼったりしないのかもしれない。よくわからないけれど。

 ペロネちゃんとシュゼットちゃんが、レイシールド様のふかふかで長い毛並みの中に埋もれている。

 私はその背中にぎゅっと抱きつくようにした。

 なんせ大きいので、跨るというよりは、寝そべるという感覚に近い。


『では、行こう』


『駆けるのか、父上』


 レイシールド様が起き上がると、リュコスちゃんも体をぐっと伸ばした。

 そうしてレイシールド様は、私を背中に乗せて、軽々と内廷を取り囲む大きな壁を飛び越えて、眼下に街を眺めることができるぐらいに高く飛んで、一気に王宮と、皇都を駆け抜けたのだった。


 まるで、そこには何も存在していないかのように、風のような速さで草原を駆けていく。

 めまぐるしく景色が変わっていくのに、風圧はまるで感じない。体の揺れもほとんどない。

 ペロネちゃんやシュゼットちゃんなんて小さいから、吹き飛ばされてしまうのではないかと心配だったのだけれど。

 リュコスちゃんも、レイシールド様の少し後ろを軽やかに走っている。

 まるで、地面を滑るみたいに。リュコスちゃんの足に翼がはえて、飛んでいるみたいに見えた。


「あ、あの! クリスティス伯爵家の場所は……!」


『確認済みだ』


 皇都とクリスティス伯爵家は、乗合馬車で一週間以上かかるぐらいには離れている。

 侍女試験を受けに皇都に行くときは路銀を工面しなくてはいけなかったので、それはもう大変だった記憶がある。

 大変過ぎて、記憶が薄れているというほうがむしろ正しいかもしれない。

 侍女試験に受かったあとは、クリスティス伯爵家までシリウス様が帰りの馬車とお迎えの馬車と、途中の宿を手配してくれたので、凄く助かった。

 それでも三日はかかったかしら。


『馬車よりは、早い。早急に、お前の妹たちの無事を確認したい』


「大丈夫だと思いますけれど……水色大虎のティグルちゃんと、天馬のシスちゃんが一緒にいるので、きっと守ってくれているかと」


『だといい』


 レイシールド様はそれだけ短く言うと『本当はもう少しゆっくりお前と草原を駆けたかったが、悪いな』と、付け加えてくれた。

 私は気遣いが嬉しくて、ぎゅっとその背中に抱きついた。

 今までも特に大きな問題は起こらなかったのだし大丈夫だと思っていたのだけれど、そう言われてしまうととても心配になってくる。

 オリーブちゃんとローズマリーちゃんの身に何か起こっていたらと思うと、心臓を思い切り掴まれたように、苦しかった。



お読みくださりありがとうございました!

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