帰郷と妹たち
クリスティス伯爵家は山間の小さな街エルゼニットを昔から領地として管理している、片田舎の伯爵家である。
本来なら私はマリエルさんやラーチェさんと親しくなんてできない身分の存在で、レイシールド様と会話をするなんてとても許されない――本当に田舎の、目立たない、伯爵家の娘なのだ。
お金も使用人もいなくなってからは、家の管理なんてまともにできていないから、街から少し離れた山を背にして立つ大きさだけは立派な古ぼけたお屋敷をレイシールド様に見られるのは、かなり恥ずかしかった。
『我が家じゃ』
クリスティス伯爵家の前に辿り着くと、リュコスちゃんがかりかりと前足で扉をひっかいた。
私はレイシールド様の背中から降りた。馬車だと数日かかったのに、数時間で到着してしまった。
草原を駆け、山や丘や、川を飛び越えるとあっという間だった。
道ではない場所をまっすぐ進んできたような感じだ。
背中に乗っていた時は空を飛んでいたような感覚に近かったから、地面に足をつけるとなんだか体がふらふらした。
人間の姿に戻ったレイシールド様が、背中を支えてくださる。
レイシールド様もお出かけ用の衣服に着替えてくれているのだろう。簡素だけれど仕立てのいい立派なお洋服の上に、マントを羽織っている。
「リュコスちゃん!」
「リュコスちゃんだわ……!」
リュコスちゃんが立てる音に気付いたのか、扉が内側から開いた。
中から出てきたのは、オリーブちゃんとローズマリーちゃんだった。
オリーブちゃんは私に似たチョコレート色の髪をしていて、ローズマリーちゃんはお父様に似た黒い髪をしている。二人とも癖毛なのは、お母様に似てしまったからだ。
「お姉様!」
「お姉様ぁ!」
私の姿に気づくと、すぐに駆け寄って抱きついてくる。
私は二人の無事にほっとしながら、オリーブちゃんたちを抱きしめた。
「ただいま、二人とも。何か、怖いことが起こらなかった?」
「お姉様……っ、そ、その方は、あたらしい借金取りのひと……?」
「お姉様、もう駄目です。やはりもう、死ぬしか道がないのです、私たち……」
二人がそれはもう鬼気迫った表情で言うので、私は大丈夫だと二人の背中を撫でた。
お金の工面についてはもう大丈夫なはずなのに、私がお勤めに出る前よりもずっと二人とも不安そうにしている。
「この方は、借金取りではなくて皇帝陛下よ。とてもいい方なの。我が家のことを心配して、一緒にきてくれて」
「お姉様……騙されていますか?」
「皇帝陛下がこんな、田舎の、寂れた家にくるわけがありません……」
「もしかしてお姉様、皇帝陛下の侍女としてのお勤めが駄目になって、見知らぬ男性に身売りを……?」
「ごめんなさいお姉様、私みたいなお荷物がいるせいで、お姉様ばかりに苦労をかけて……」
くすんくすん泣き始める二人を困り果てながら抱きしめていると、レイシールド様が片膝をついて二人と視線を合わせるようにして口を開いた。
「レイシールド・ガルディアスだ。詐欺師ではない。……ここに、皇帝家の証が」
レイシールド様は腰の剣を軽く示した。
剣の柄に、皇帝家の紋様がある。円を組み合わせた複雑な紋様は、誰でも知っているものだ。
「皇帝陛下……!」
「お姉様、どうして皇帝陛下が……」
「我が家の事情を心配して、一緒に来てくださって」
「ティディスから、事情を聞いている。お前たちの父が、よくない相手から金を借りていること。今まではティディスがいたが、幼いお前たちが無事かどうか気になった。無事で、よかった」
レイシールド様はいつもよりも饒舌にそして、ゆっくりと優しく二人に言った。
それは私の知らないお仕事中の皇帝陛下としての姿なのかもしれない。
黎明宮に帰ってきたときのレイシールド様はあまり自分から率先して話をしないし、長く話すこともないから――そう思うと、普段はとても気を抜いてくださっているのかもしれないわね。
優しく言われて、オリーブちゃんとローズマリーちゃんは、こらえきれなくなったように大きな声をあげて泣き出した。
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