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古都×カブ物語  作者: 日多喜 瑠璃
9/12

第九話 清滝隧道

古来から様々な伝説が言い伝えられる京都。

今回は、平安時代〜現代にまでの長い歴史を持つ伝説の地を訪れます。

果たして、そこで何が起こるのか?

 美沙はスーパーカブに乗って、愛宕山の登山口である清滝へと向かっていた。

 「お札いただいて来ますね。」

 晴美と達雄と交わした、あの日の約束を遂行しているのだ。

 そこに、大型バイク・GSX-R1100。

 「今日は! 中村さん…ですよね?」

 「はい。ああ、美沙ちゃん…ですね!」

 樫村に案内役を頼まれたと言う中村は、美沙と仁和寺(にんなじ)の前で落ち合った。中村は美沙のヘルメットにインカムを取り付け、「話しながら走ろう」と言った。


 「ほな、付いといで。」

 中村は、スーパーカブのペースを気にしながらゆっくり走る。美沙は初めてのインカムでの会話にウキウキする。か細い声も、中村にしっかり届いている。

 「排気量10倍!」

 「ほんまやな。でも出していいスピード一緒や。あはは…」

 鳥居本を過ぎ、トンネルの入り口に着くと、中村は一旦バイクを停めた。

 「あれ? 中村さん…青ですよ。」

 「いや…このトンネルはな、次の青まで待つのがセオリーやねん。」

 「何でですか?」

 「またあとで言うわ。」

 信号が青に変わり、2台のバイクが走り出す。トンネルの中には緩やかな左カーブがあり、中村はしっかり減速して路面状況や壁の様子を確認し、美沙を安全に誘導した。そして500m程のトンネルを抜ける。

 「ここが清滝の駅跡な。昔、電車が走ってたらしいねん。さっきのトンネルもな。」

 「こんな所を電車が?」

 「うん。ビックリやろ?」

 2人は駐車場にバイクを停めると、登山道へと歩き始めた。


 「これが清滝川? 綺麗〜!!」

 「そやろ? ええとこやねんで。」

 「こんなとこケーブルカー走ってたんですね。廃墟かぁ。なんか怖っ。」

 「別に、何か出るとかいう噂もここでは聞かへんけどな。まぁ廃墟って、苦手な人には気持ちええモンちゃうなぁ。」

 清滝から愛宕山へは、かつてケーブルカーが運行されていた。人々は愛宕山をレジャーとして楽しんでいたという。それを裏付けるものとして、麓のみならず山頂にも遊園地が在ったという記録が残っている。これらは、戦時中に“不要不急の物”として、鉄道までもが全て廃止されてしまったのだ。清滝へのルートは整備され、鉄道路線跡を利用することになったが、トンネルだけはそのまま利用されている。

 「中村さん、そう言うたら、そのトンネルの信号の話って…?」

 「ああ、それな、トンネルの中狭いやろ? ゆっくり走ってる間に対向が青になったら、正面衝突や。青になってすぐに(トンネルに)入ったら、信号変わらんうちに出れるやろ?」

 「え? そんな…」

 「うん。青がやたらと短いねんや。」

 中村の言葉。何故か美沙には意味深な口調に感じ取れた。

 「あんまり深く考えんとこう…」

 「え? 何か言うた?」

 「あ、いえ…」


 片道2時間の登山。決して楽とは言えないが、御利益を授かろうというのなら、これぐらいでは苦労のうちにも入らないのだろう。美沙は、晴美に再び、そして達雄の身にも火の恐怖が襲いかからないよう、丁重にお祈りをし、お札を手に愛宕山を下った。

 「ありがとうございました!」

 「うん、またどっか行く時呼んでぇな。」

 そんな挨拶を交わし、2人は別れた。美沙はその足で一条戻橋方向へと向かい、お札を晴美と達雄に届けた。


 「行って来たん?」

 「はいっ! 頑張りました〜。」

 「お疲れさん。中村さんも?」

 「はい。一緒に行ってくれはりました。」

 愛宕山。そこには“鬼の隠れ家”の様な雰囲気など微塵も感じられず、清滝の町並と共に、目に見える物全てが新鮮だった。美沙はまるで旅でもしたかの様な気分で、ガレージKSMへやって来た。

 しかし、こんな男も居る。清滝といえば…

 「あ、あ、あそこ行ったん? あんな怖いとこ…」

 「えっ!?」

 「おいおい…」と言いながら樫村は、苦笑いで堀田の言葉を否定する。

 「あれ? カッさん言うてはりましたやん。化野(あだしの)が風葬地で…」

 「要らん事言わんでええ。折角美沙ちゃんが気ぃ良う『行ってきた』言うてやんのに。」

 樫村は堀田に近寄り、小声で「茶化すな」と言った。美沙に聞こえないように。



 美沙が愛宕山へ向かう数日前の出来事だ。


 「え? はい。あ、、、はぁ。トンネルの中…わかりました。向かいます。」

 深夜、自宅で入浴を済ませた伊庭の携帯電話に、樫村から連絡が入った。伊庭は少し不機嫌ながら、仕方なくガレージ・KSMへ向かう。

 「ゴメンな、伊庭ちゃん。狭いトンネルやさかい、通行の邪魔になる言うてな。」

 「誰です?」

 「中村さんや。事故ったかもしれんのは、ちゃう人やけどな。」

 「中村さんて、化野(あだしの)の? ほな、トンネル言うたらあそこですか?」

 「あそこやねん。」

 「マジっすか。はぁ…」

 伊庭の気が進まないのは、そのトンネルが“ある事”であまりにも有名だからだ。

 “ある事”とは…

 樫村も、1人で向かうには心細い。そのため伊庭を呼んだ。

 「堀田の方がオモロイんちゃいます?」

 「あんなビビリ、仕事にならんわ。」

 「まぁ、確かにね、あはは。」

 そうこうしていると、今井の駐車場前にGSX-R1100を見つけた。

 「ああ、中村さんやん。」

 「今晩は。すんません。さすがに呼んだ手前、僕も行かなあかんやろ思て。」

 「そんな、気ぃ使て下さい。」

 「何やそれ、はっはっは!」


 中村は化野に住居を構えるが、職場は下鳥羽。天気の良い日はGSX-Rで通勤することもある。この日もGSX-Rで職場へ出向いていた。直勤務で深夜の帰宅となったのだが、その途中、見知らぬ1台のバイクが清滝方面へ向かうのを発見。不審に思い、後を追った。そのバイクは、トンネルの信号が青だったため、そのまま突入。その直後、トンネルの奥から叫び声と激突音が聞こえたと言うのだ。

 中村は事故を見た訳ではないが、確かめるといっても、深夜に1人このトンネルを潜るのは余程の事があってもお断りだ。しかし、事故が起こった事は容易に想像出来た。

 「警察呼んだ方がええやろか思たけど、事故やなかったら迷惑かけるし。」

 「いやいや、僕らも迷惑被ってますけど。」

 「またぁ、んな“いけず”言わはるし。」

 勝手に事故車を持ち帰る訳にはいかないが、ライダーは居るはずなので、本人と話してみて場合によっては持ち帰る。そのつもりで軽トラに乗って来てもらったと、中村は言った。


 「信号、どやった?」

 「いや、あんだけ入口でウダウダ言うてたんやし、2〜3回赤になってますわ。」

 「そうか、良かった。行こか。」

 信号が青になり、中村のGSX-Rが先行してどんどん進んで行く。

 「こんな長かったっすか?」

 「気のせいやろ。行きと帰りで長さが違うとか、アホな噂もあるけど。」

 「カッさん、そんなん言うから皆怖がるんですよ、ははは。」

 自分から振っといて何やねん…樫村がそう思ったその時だ。

 「うわっ!!」

 目の前が真っ白になった。GSX-Rはロック寸前の急ブレーキで停まる。伊庭も、車間を長く取っていたので追突を免れた。トンネル内のカーブの先から現れたのは、岐阜ナンバーの車だった。

 「何してんだよ、てめーら!!」

 怒鳴りながら、若い3人が車から降りて来た。

 「俺ら、青(信号)で入ったんですけどね。お宅らは? 何でこうなるんでしょねぇ?」

 伊庭の強面。3人は怯んだ。

 「あ…俺達も…青で入ったんだけど。なぁ?」

 「あ、ああ、そこにバイクが倒れてて、それで時間かかったんですよ。」

 おそらく彼らの言う事も間違っていないのだろう。

 「僕ら、それ引き上げに来たんですわ。」

 「あ、あ、そうなんだ。てかさぁ…こんな所に放置されちゃ、堪んねえよな。」

 「バイクはどんな感じで?」

 「起こして壁に立てかけました。」

 「ライダーさんは?」

 「そういや…見なかったよな。な?」

 「あ、ああ…」

 3人は顔を見合わせて頷いた。


 さて、どうしたものか? 兎に角動かなければいけない。

 「お兄ちゃんら、出口はそっちの方が近いんやけど…バック出来る?」

 「あ、そうですね。俺らがバックした方が早いですね。あの…バイクは…」

 「カーブ曲がったとこら辺やろ? ほな伊庭ちゃん、バイクはトンネルから押して出して…ほんでお兄ちゃんら誘導したげてぇや。」

 「はい。」

 伊庭は頷いた。その時…

 コツ、コツ…

 「ん?」

 コツ、コツ…

 「な、何だ?」

 「足音?」

 「…出よったか。」

 「え? 出たって…?」

 「伊庭ちゃん…不味ったかな?」

 「…ですかね。」

 「お2人、何言うてはんの!? ちょう、勘弁してぇやぁ。」

 足音はどんどん近付く。

 「ヤベェよ…」

 コツ、コツ、コツ…

 「あ、あ、あ、あ、あ……」

 コツ、コツ、コツ、コツ…

 「うわわわわ……」

 「あの…」

 「ぎゃああああーーーーー!!!」



 「すみません。ホンマにアホですわ。おまけに皆さん脅かしてしもて。」

 車の3人が腰を抜かした足音の主は、事故車のオーナーだ。

 「まぁ、そう言わんと。で、ご自宅は?」

 「吉祥院です。」

 「ほな、バイク買うたんはあの店か? 髭のオッサンとこ。」

 「ええ。」

 「そうか。えっと…バイクは一旦ウチに積んで帰って、お店開けはる時間に連絡放り込もか? 段取りの話もあるし。ほんでお兄ちゃん、怪我はいな?」

 「…折れてますよね? これ。」

 「あああ…」

 事故を起こしたライダーの右手首は、大きく腫れて紫色になっていた。

 「それあかんわ。病院行こう。な!」


 車の3人は、このライダーを乗せてガレージ・KSMまで運んでくれた。しかし彼らも恐怖心が抜けないのか、妙にソワソワしている。

 「とりあえず、お兄ちゃんら遠いし、帰らななぁ。あのお兄ちゃん(ライダー)に、あとからお礼する様に言うときますわ。申し訳ないけど、住所知りたいし免許証コピー取らしてもうて構へん?」

 すると、3人は皆、目が泳いだ。伊庭は、彼らの顔を覗き込む様な仕草をした。

 「あきません?」

 「え? あ、ああ、わかりました。」

 「運転してたのは、尾崎さん…でよろしいんですね?」

 「は、はい…」

 しかし、何故3人はこんな真夜中に清滝まで来たのだろう? 樫村が問うと、彼らは「肝試しだ」と言った。全国的に知られるスポットだ。興味本位で訪れる人も少なくない。

 ひとまず、3人は岐阜に帰す事にした。樫村は「茶化しとったら、ほんまに出よるぞ!」と、いつになく鋭い目で彼らを見送った。

 「何ちゃらスポットとか言うけど、不思議なことなんかあらへん。でもな、事が起きる時には何かの力が働いてるんや。お兄ちゃん、今んとこ一応単独事故っちゅう事にはなるけど、ちょい気になるさかい、病院行ったらあとで警察に話しよ。」


 朝、ライダーは樫村の車で病院へ向かった。その助手席で、事故当時の状況を話す。

 「トンネルの奥にカーブありますやん。ちゅうか、あるはずやったんです。」

 「あったんやろ?」

 「はい。結果としては、ありました。」

 「お兄ちゃんな、そんな話し方たら警察も信用せんぞ。」

 「…ですよね。」

 見えなかったのだと彼は言った。急に光が来て目が眩み、そのまま壁に衝突したと、そう彼は話した。

 「壁だけか? 他に何かに当たってへんか?」

 「わからないです。一瞬やったし。もう右手が痛うて結構長い事顔も上げられんくて。バイク起こす事も出来ひんし、そのまま歩いてトンネルから出て、携帯繋がるとこでJAF呼ぼう思て。」

 「ほんなら?」

 「さっきの車がトンネルに入って行ったんです。バイク倒したまんまやし、申し訳ない思て追いかけたんです。」

 時間的に見ても、辻褄は合っているようだ。

 「バイク、よう見てみよう。すまんけどもっ回店来てくれるか?」

 「はい。」

 樫村は、ライダーの手当てが済むと、一旦ガレージ・KSMへと連れ帰った。


 店には、吉祥院のショップから樋口という男性が来ていた。樋口は、不審そうな目でライダーのバイク、デューク250を見ていた。

 「え、あ、佐竹君、右手…」

 「折れましたわ。」

 「うわぁ、えらいこっちゃな、はぁ〜。ところで、左Fフォークとフェンダーの左側、傷ありました?」

 「いえ…倒れた時に付いたかな?」

 「ちゃいますね、コレ。衝突しやな付かへん様な傷ですわ。」

 伊庭は何かに気付いていた。そして、樋口にそっと話した。

 「これね、単独事故ちゃいますわ。すんません、僕らも関わった感じやさかい、デューク、しばらくこっちに置かしてもうていいですか?」

 樋口も真剣な眼差しで、伊庭の申し入れを受けた。


 樫村は、その数日後に清滝へ向かってもらう様、中村に頼んだ。偶然にも美沙が愛宕山へ行くと言っていたため、利用する訳ではないが、好都合だったのだ。

 中村は美沙を愛宕山へ案内しつつ、トンネル内部から清滝の町周辺の様子、その距離感を検証していた。そんな事とは知らず、美沙は満足げにガレージ・KSMにやって来たのだ。



 「不吉な事が…」

 堀田の言った一言が気になる美沙に、樫村は仕方なくトンネル内の伝説を話し始めた。

 化野は西の風葬地で、トンネルの上、試峠(こころみとうげ)には処刑場があったという。だがそれだけではない。信号が青であれば、それは冥界からの誘いであると言われる。そのまま侵入すれば…数々の事案が、それぞれ複数回報告されている。ただ、それも噂に過ぎないのだが、ゆえの不気味さがあるのだ。

 「絶対に茶化したらあかん! あそこは京都最恐言われてる。けどな、アホな事考えんかったらそれでええんや。」


 そこへ、事故車・デュークのオーナーである佐竹がやって来た。

 「あ、美沙ちゃん?」

 「え!? 佐竹さん! いやぁーー!! ど、ど、どうしゃはったんですか!?」

 「いや…ちょっと…でも、何で美沙ちゃんが泣くの?」

 「何でって……痛そう……」

 「佐竹君て聞いた事ある思たら…お2人は知り合い…か。そういう事な。」


 伊庭は事故の全容を話し始めた。

 あの夜、佐竹は青信号を確認してそのままトンネルに侵入した。

 一方で、尾崎の運転する車は、清滝側から赤信号を無視して侵入。対向して来る佐竹に対し、尾崎はカッとなり、ヘッドライトをハイにした。その光をモロに浴びた佐竹は、視界を失い急ブレーキをかけたが時遅く、壁と尾崎の車の間に挟まる様に衝突し、その勢いで体が回転する様に舞い、車のボンネット上に右手から落ちた。そして…

 尾崎達は、そのままバックし、バス停の前で様子を伺った。佐竹がトンネルから出て来たのを見計らうと、しれっとトンネルに入り、逃げ去ろうとした。そこで中村、樫村、伊庭の3人と鉢合った。

 「ほぼ間違いないはず」と、伊庭は言った。

 「佐竹君のバイク、フロント周りの傷にな、尾崎の車のと同じ色が着いとったんや。」

 「証拠になるな。佐竹君、被害届出そう!!」



 その後、尾崎達の元へ警官が現れた。尾崎は追求に対し、「人が降ってきた」「足音が追いかけて来た」などと供述したという。それはまるで、巷に伝わる伝説そのものだった。トンネルの中で起こった出来事と、語り継がれる怪奇現象。それらが、彼の脳裏を深く抉る様に焼き付いたのだろう。

 尾崎は『自動車運転過失傷害』および『交通事故救護措置義務違反』の罪に問われ、彼の地元・岐阜市内で逮捕された。

 「とんだ災難やったと思うやろうけどな、佐竹君…」

 「はい。僕もバチ当たったんです。」


【第九話 清滝隧道】 完

読んでいただき、ありがとうございます。

今回は、清滝隧道と愛宕山に関する事実と伝説をガッツリ投入しました。

伝説については真偽は定かでない部分もありますが、確かめるのではなく、本当にいい所ですので、観光として皆様が来てくださる事を期待したいです。

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