最終話:王城に迎え入れられる公爵令嬢
中心都市……いや、世界を混沌に陥れようとした魔法使いエリコは、エリアーデという女性によって野望を打ち砕かれた。エリコは顔面ボコボコで気絶した状態で魔力を封印する措置を施され、しばらくは地下牢に厳重に監禁されるとのことだ。
一方、軍や冒険者ですら止められない凶悪な魔法使いと戦ったエリアーデも、代償を支払った。
「い、痛い……主に拳が痛い……」
『あんな馬鹿みてーに殴るからだろ』
エリアーデは聖霊教会に用意された部屋のベッドで涙目になって拳をさすっていた。服もお気に入りの一張羅のドレスが燃えてしまい、今はミトラと同じ修道女の服を借りている。それ以外の目立った外傷は特に無い。安い代償だった。
「あの、お加減はいかがですか?」
「ん? ああ、すこぶる健康よ」
朝食を届けるために部屋に入ってきたミトラに対し、エリアーデは満面の笑みでそう答えた。
「そうですか。形はどうあれ、エリアーデ様のお陰でこの都市は救われました。心より感謝申し上げます」
「いいのよ。公爵令嬢たるもの公を守る立場にある者ですもの」
形はどうあれという部分は気にならなかったらしく、エリアーデは上機嫌だ。
『どこの世界に半裸でマウント取りながら女を殴り続ける公爵令嬢がいるんだよ』
モッフィーはミトラの言い回しに気付いていたので、思わず突っ込む。
「仕方ないじゃない! 世の中には恥も外聞も捨ててでも守るべきものがあるの!」
エリアーデはそう反論する。それはまあ確かにそうなのだが、公爵令嬢というより蛮族みたいな振る舞いなのは間違いない。
「ところで、エリアーデ様にエリコさんの魔法が効かなかった理由ですが……」
「ん? ああ、それは正義を愛する熱い心と根性で……」
「いえ、そういうのではなく、ちゃんと宮廷魔術師の方に聞いてきました」
「えっ、それ以外に理由があるの?」
「むしろ、それ以外の理由以外に無いのではないでしょうか」
と言いながら、ミトラはエリアーデにエリコの魔法が効かなかった理由を述べる。
「魔力の波長が極めて類似しているからではないかという事です」
「魔力の波長?」
「はい。火属性に火属性が通りづらかったり、同じ系統の魔力には耐性が付くらしいのです。さらにごくまれにですが、ほとんど同じ波長の魔力を持つ人もいるそうです」
ミトラが聞いてきた説明によると、ちょうどフグが自分の毒で死なないように、同系統かつ同属性の魔力は極めて通りづらいのだそうだ。さらに魔力には個々の波長のようなものがあり、それが被るとほぼお互い干渉できないらしい。非常にレアケースではあるが、無いわけではないらしい。
「でも、本当に無事でよかったです。神は私たちを見捨てなかったのですね……」
「そ、そうね……神の御加護バンザイね」
「なんで目を逸らすんですか?」
ミトラは奇跡を起こしてくれた神に感謝の祈りをささげたが、その姿を見ていたエリアーデは目を逸らした。そりゃ、身体を入れ替えたんだから魔力も同じである。もちろん、そんな事は口が裂けても言えないが。
「ところで、今日はエリアーデ様に面会されたいお方がいらっしゃるのですが……」
「まだ病気療養中って事にしておいてくれる? やすやすとファンに触れあったら価値が下がっちゃうもの」
「いえ、この国の王子様なのですが……」
「会います」
0.5秒でエリアーデは手のひらを返し、即日王子様と出会うことになった。わざわざ聖霊教会のこの部屋に出向いてくれるらしい。
ミトラは用件を告げると、エリアーデからOKを貰ったという報告をするために部屋を出ていった。
「うおおおおおおお! ついに来たわ! 大きな功績を作って国から表彰されて、やがて爵位を貰って王子様と結婚するルートが!」
『まさか本当にやり遂げるとはな……』
「信じていれば夢はかなうのよ! もちろん、きちんとたゆみない努力を惜しまない必要あるけれど。あ、モッフィーの黄金像はちゃんと建てるから」
『へいへい』
モッフィーは苦笑した。彼もなんかもう流れというか、今さら森に帰る気にはなれなかった。ダイアーウルフの寿命は人間よりもずっと長い。少しだけ付き合ってやるのもまあ悪くは無い。
そうしてセッティングが終わり、午後になって王子様がエリアーデの部屋にやってきた。
「ようこそいらっしゃいましてございますわ王子様。アテクシ、心より歓迎いたしますのよ。何も無い狭くてむさ苦しい部屋ですが」
借り物の部屋に文句を付けながら、エリアーデは変な口調で王子を迎え入れた。
(やだ、イケメン……)
王子様と言っても、国王が現役ならハゲ散らかした中年でも王子様なのでその辺ちょっと気にしていたが、エリアーデの前に現れたのは、まさに白馬の王子様と呼ぶに相応しい美男子だった。
「このたびは我が国の危機を救っていただき、王族として重ねがさねお礼申し上げます」
「いえいえ! 人として当然の振る舞いですから!」
エリアーデは首と手をぶんぶん振る。王子様相手にさすがに変なお嬢様演技は続けられないらしいが、そっちの方がまだマシだ。
「我々はエリアーデ嬢と、そしてモッフィーさんを高く評価しています。そこで、あなた方を我々の城に正式にお招きしたいのですが……」
キター! と叫びそうになったが、エリアーデは理性を総動員して何とか衝動を抑え込む。オーラロードが開かれてしまったのだから興奮するのも無理はないが。
『俺もか?』
「ええ、あなたもです。あなた方は二人で一人のようなものだと聞いておりますので」
王子も高い魔力を持っていると聞いていたので、モッフィーは念話で聞き返す。
「えっ、いや、私とモッフィーはそういう間柄ではなく、腐れ縁というか」
エリアーデは慌てて否定する。ここで変にモッフィールートに入ってはたまらない。なんとしても王子様ルートに行かねばならない。
「いえいえ、あなた方二人が軍に入ってくれるなら、我々としてはこれほど喜ばしい事は無いのですよ」
「えっ、軍?」
何やら不穏な単語が聞こえたので、エリアーデは聞き返す。王子様は不思議そうに首を傾げ、言葉を紡ぐ。
「もちろん、我々王国が抱えている正規軍ですよ。エリアーデ嬢の気迫とモッフィーさんの力を合わせれば、百万の兵に匹敵するでしょう」
「い、いやいや! 私は公爵令嬢で……!」
「ああ、もちろんその点はご安心ください。武勲を上げて爵位を得た者も多数おりますので」
「だ、だからそうじゃなくて……!」
「申し訳ありません、当面は見習いという形になると思います。急に爵位を与えると睨まれる危険性もありますので」
そうじゃなくて戦闘行為をしたくないのだが、王子様は申し訳無さそうに見当違いの返事をした。エリアーデが放心状態になっていると、承諾したとみなしたのか、王子様は爽やかな笑みを浮かべ、またお会いしましょうと言い残して去っていった。
エリアーデが返事をしなかったので、モッフィーが代わりにエリアーデの手を掴んで手を振って見送った。それからエリアーデが正気に戻るのに三時間ほど掛かった。
『どーすんだよ。お前、というか俺たち、このままだと間違いなく戦闘部隊に入れられるぞ』
「……やってやるわ」
『は?』
「こうなったらやってやるわよ! 武勲を上げて爵位を貰って、そして金持ちでイケメンで温厚で、温めてない冷たいままのご飯を出しても笑顔で食べてくれる優しい貴族の伴侶を見つけるわ!」
『本当、お前ブレねえな……』
こうしてエリアーデとモッフィーは、なし崩し的に王国軍に所属する事となる。険しい山道での奇襲戦法を得意とし、後に『悪路王』と呼ばれる女将軍エリアーデは、この日生まれた。
なお、エリアーデは野戦将校として名を馳せたが公爵令嬢にはなれず、相棒のモッフィーと共に、野営地で温めてない冷たいままのご飯を食べる事が多くあったと後の伝記に書かれるが、それはまた別の話である。
これにて完結となります。最後まで読了ありがとうございました!




