5. ミノタウロス
この洞窟がどれぐらいの広さなのかもわからない。そこから一人の人間を探し出そうというのは、大きな危険を伴う作業だ。が、ほっとくわけにもいかない。
俺は剣を戻し、再び暗い洞窟の通路を歩き始めた。
精神衛生上よくない出来事があったため、できれば魔物との接触は避けたい。そう上手くいくとも思いにくいが。
しばらく歩くと、3つの分かれ道があるところにたどり着いた。
この3つは、それぞれどこにつながっているのか。どれか一つに、その助けを求めた人物はいるのだろうか。
3つのルート、どれを選んでも辿り着く場所が同じならいいが、もし正解は一つだけだった場合、間違ったルートを選べば、無駄に時間と労力を食ってしまうことになる。それはできるだけ避けたい。
それで、どこから入っていくことにしよう。うーん…。右から順でいいか。じっと考えてても仕方ないことだろうし。
◇
さて、右のルートと、真ん中のルート。二つのルートの一番奥まで行ってみたわけだが…。
まず右のルート。一番奥まで行ったら行き止まりで、魔物の大群に襲われました。なんとかそいつらを全て退治して、次に真ん中のルートに向かいました。ここでも魔物の群れに襲われました。以上。
と、つまり右と真ん中のルートはハズレだったようだ。あんまりだ。
レベルを確認してみると、一気に6まで上がっていた。無我夢中で、数えてもいなかったが、それだけ多くの魔物を倒していたといくことだ。…まぁ、レベル上げができてよかったとしておこう。
右、真ん中でないなら、必然的に正解は左ということになる。正直、かなり疲れていたが、こうしている間にも、助けを求めてきたあの人は危険な目にあっているかもしれない。できるだけ急いで行こう。間に合わなかった、なんてことになったら寝覚めが悪い。
◇
もう一時間ほどは歩いたか。行き止まりにはたどり着かない。やはりここが正解の道だったようだ。
道中、数匹の魔物には会ったが、右・真ん中のルートにいた大群と比べれば大したことはない。順調に進んでいる。
「ふぉぉぉー…」
何か野太い音が聞こえた。なんだろう。言葉に表すならこれは…。動物の鼻息?だとしたらそいつは、とんでもないサイズの動物…いや魔物か。この先にそいつがいる。
「ふぉぉぉー…」
一定のリズムで、その鼻息のような音は聞こえていた。進むたびにそれに近づいているのか、その音は次第に大きくなっていった。絶対に手強い魔物がいると、気が重くなるのを感じながら、それでもなんとか足を前に出していく。
そして、通路の一番奥で、そいつは待ち構えていた。
その姿は、まさに巨大な牛。二足歩行で、ガッシリとした巨躯な体。大きさでいえば、俺の身長の三倍はありそうだ。そして、その手には大きな斧が。
俺は物陰に隠れたまま、異世界ツールを起動させた。
『ミノタウロス:LV.45』
なるほど…。こいつがミノタウロスか…。AA原作においては、序盤の強敵として立ちはだかる魔物だが、こちらのレベルを上げていけば、そこらの雑魚魔物と同じで、簡単に蹴散らせるようになる。
が、生で見てみるとやはり怖い。なんといっても威圧感がすごい。
そういえば、マリルは『森に生息している、2メートルほどのミノタウロスを獲っている』と言っていた。が、こいつは2メートルなんてものじゃない。5メートル近くはある。育った環境が違うからだろうか。しかもレベルは45。30レベルを倒した俺だが、45となるとどうなるか…。
今の内に作戦を練ろう。と考え、スマホをポケットに仕舞ったその時。
ズガン!
俺のすぐそばの地面が割れた。視界の端には、ミノタウロスが持っていたはずの斧が映っていた。
そちらに顔を向けてみると案の定。斧を振り下ろしたミノタウロスがいた。
隠れていたのがバレたんだ。作戦なんて練る間もなく、戦うことになってしまった。
一旦逃げよう。相手はあの図体だ。大したスピードはないはず。
と考え、一旦逆方向に走り出してみたはいいが、相手もすごいスピードで走ってきて、簡単に追いつかれてしまった。薄々勘付いてはいたが、やはり『図体が大きいから遅い』なんて考えはフラグだったか。
とにかく、逃げるのがダメとなると、やはり戦うしかない。覚悟を決め、剣を抜いた。
ミノタウロスが、斧を大きく振り上げ、そして振り下ろしてくる。その動きには1秒もかからなかったが、十分、剣での防御が間に合う時間ではあった。剣が軽いことが幸いした。これなら戦える。俺はその斧に目を向けたまま、自身の剣をぶつけた。
激しく火花が散った後、両者の体が後退し、激しく仰け反る。
電流が流れたように、手がビリビリとする。
こちらのレベルは6。相手は45。これほどのレベル差となると、流石に武器性能で補うのも難しくなってくるのか。
ミノタウロスが再び襲いかかってくる。先程と同じく、剣で対応する。なかなかこちらから攻撃の隙を作り出せない。一つ隙があるとすれば、剣と斧がぶつかり合った後の怯みだが、それはこちらも同じ。さらにそこからの立ち直りは、圧倒的にあっちの方が早い。完全に防戦一方だ。
そんな戦い方が続き、こちらは追い詰められていくのみだった。何か対策しなければ、このままではやられる。
俺には、この剣の他にも、あの国、アプリオル王国で得たものがいくつかあった。冒険者用の服。防御を高めてくれるバッジ。なんでも入る魔法のバッグ。そして、財宝。だが、それらではこの状況を抜け出せない。俺が今使うべきなのは…。
再び斧を振り下ろしてくるミノタウロス。その斧に、俺は手をかざし、こう叫んだ。
「フェイ・スリッパー!」
手の平から出た淡い光が、ミノタウロスの斧を包み込む。すると、無重力空間であるかのように、その斧はふよふよと浮かびだした。
呆気にとられているミノタウロス。その隙をついて俺は、全身全霊の力で、剣をミノタウロスの腹に突き刺した。
剣を抜くと、ミノタウロスの巨体は、力なく崩れ落ちた。
「はぁ…はぁ…」
上手くいった。今のは、物を宙に浮かび上がらせることができる『フェイ・スリッパー』という名の魔法だ。アプリオル王国の魔導書で学んだ魔法の一つ。実戦で使いこなせる自信があったわけではないので、使用は控えるつもりだったが、実際に使ってみると、なんとか成功した。
ヘルプによると、SRクラスの魔法までなら、ガチャを引かずとも自力で覚えることができるようだ。最強クラスの魔法でなくとも、使いどころのある魔法はいくらでもある。覚えておいて損はないというものだ。
とにかく、ミノタウロスは退治できたことだし、先に進むか…。
少し進んだ先に、扉を見つけた。おそらく、ミノタウロスの巨体に隠れて見えなかったのだろう。最初見た時、ミノタウロスは待ち構えるようにして立っていたが、もしかしたらこの扉を守っていたのかもしれない。
扉には、手を引っ掛けられそうな部分は見当たらない。押して開けるのか?と思って押してみたが、開かなかった。他にも色々と触ってみたが、やっぱり開く様子はない。
面倒だしもういいか。そう思って、今度は剣を取り出し、扉を斜めから斬ってみた。扉の上半分は崩れ落ち、なんとか人一人入れそうな隙間ができた。
最初からこうすればよかったなどと思いながら、扉の先に進んでいく。すると今度は、真っ白な広い空間に出た。
ホールのような役割の場所なのだろうか。いや、こんな洞窟の奥深くに、そんなものを用意する必要があるのか。
いろいろ探索してみると、空間の丁度真ん中あたりに、更に下へ進む階段を見つけた。なるほど、次は地下か…。
と、その時。なんらかの生き物の気配を感じた。
なんだろう。魔物か?剣を抜き、警戒心を高めながら、ゆっくりと体ごと周囲を見回していく。
「——」
何か聞こえた。その方向へ体を向け直す。するとそこに、確かに何かがいた。遠くてはっきりとは見えないが、それほど大きくはなさそうだ。
警戒を保ったまま、おそるおそるその何かに近づいていく。するとそこにいたのは。
「すぅ…すぅ…」
獣耳のように二箇所隆起している帽子を被った、銀色の髪の幼い少女だった。小学生か中学生くらいか。バッグを枕にして、気持ちよさそうにスヤスヤと眠っている。
警戒をするに足る人物ではなかったか…。いや、まだ油断はできない。こんなところで少女が眠っているなんて、なかなかに不可解な事態なのだから。あくまでも起こさずに、様子を伺ってみよう。そう思って、少女の近くに腰を下ろした瞬間。
『テンテレテレテテーン!』
「うわぁ!」
その音は、この空間内で強く反響した。
今のは確か…。そうだ。ミッションクリア時の通知音だ。通知音は切ったつもりだったのに。もしかして切れてなかったのか?いや、確かに切ったはずなんだけどなぁ…。
と、そんなことより、少女だ。もしかして、今ので起こしちゃったんじゃ…。
「すやぁ…」
「…ほっ」
なんとかまだ眠っているようだった。
しばらく、起きる様子がないことを確認した後、今度こそ通知音を切ろうと、スマホを取り出した。
『ミッションクリア!:他の参加者に出会う(一人目) +2000ポイント』
スマホを開いて一番に、その通知が目に入ってきた。
他の参加者ってもしかして…!
再び、少女に目を向ける。
少女のポケットからは、白色のスマホが顔をのぞかせていた。