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1. 不法入国

 

 森を抜け、気づいた時に俺は、小綺麗な繁華街のど真ん中に立っていた。


 近代の西洋をイメージしたような街並みだ。


 俺の横を通り過ぎようとする人々の中には、俺のことを汚物を見るような目で見てくる者もいた。このみすぼらしい布の服のせいだろうか。街の人々はみな、洋服に身を包んでいた。そんな中に、こんな小汚い服を着た者がいれば、汚らしく思うのも無理はない。


 快くは思わないが仕方ない。初期装備が強いと、ゲームとして成り立たないのだから。


 とにかくこれからどうしよう。何から始めればいいのだろう。街の外に出たところで、攻撃魔法を持ってない今の俺では魔物にやられてしまうだろう。


「らっしゃい、らっしゃい!新鮮な果実が揃えてあるよ〜!」


 考え込む俺の耳に、気のいいおじさんの声が入ってきた。


 腹は減ってないが、この世界の果物がどんなものなのかは気になる。少し覗いてみよう。


 おじさんの手には、真っ赤な、リンゴのような果実が握られていた。透明感のある、綺麗な赤色をしている。


 俺の中で、その果実に対する強い欲が湧き上がっていた。一見、ただのリンゴっぽい果実。確かにいい色合いをしているが、それ以上のものはない。なのになぜだろう。あの果実を食べてみたくてたまらない。俺の足がゆっくりと、砂漠に放り出された旅人が水を求めるように、果実の元へと動いていた。


 が、その時。急に手首を何かに掴まれたかと思うと、そのまま体を地面に押さえつけられた。


「捕らえたぞ!この不法入国者め!」


 不法入国者!? 誰が不法入国者だ! いきなり人を不法入国者扱いなんて失礼じゃないか!……と思ったが、そうだ。俺は入国審査など受けていない。気づけばこの国?のど真ん中にいたのだから。でもそのことに関して俺には全く非がないわけで……。


 だが、どうして俺が不法入国者だとわかったんだ。服装か? 時代に合ってなさそうな、この装いが悪いのか?


「どうやってこの国に入り込んだのか、目的はなんなのか…洗いざらい吐いてもらうぞ!」


 俺の手には既に手錠がつけられていた。


 やばくないかこれ。洗いざらい吐けって言われても、話せることなんてなにもない。正直に言ったところで、信じてもらえるはずがない。もしタイムリミットの3年後まで、ずっと牢屋に入れられるようなことになってしまったら…。


 その夜、薄暗くて不気味な部屋で、怖い顔をした兵士さんたちによる尋問が始まった。ナントカ国のスパイか?それとも魔王の手先か?大まかにはこんな内容だった。


 知らないと答えると、兵士が机を強く叩く。その度に、隣にいる別の兵士がそいつを宥めていた。


 どうしよう。ここはこの魔法『ラブ・アロー』の出番か? しかし、相手は男だ。できれば使いたくはないな……。こいつは切り札にとっておこう。びくびくしながら、頭ではそんなことを考えていた。


 窓の隙間から、太陽の光が入り込んでくる。もうそんなに時間が経ったのか。よくもまあ、そんな長い間耐えられたものだ、と自分のことながら感心する。とはいっても、後半の方はあまり話は聞いてはいなかったが。


 兵士に関しては、尋問が始まった時と比べると、若干疲れの色が見えるものの、未だにピンピンとしていた。あれだけ何度も大声を出していながら、大したものだ。


 兵士たちは、俺のことを他所に、なにやらこそこそと話し合いを始めた。


 しばらくして、一人の兵士は俺の顔を見て、落ち着いた様子でこう言った。


「本日正午より、貴様の処刑を決行する」




 ◇




 そうして俺は、ギロチン台にかけられた。


 へぇ〜ギロチンてこういう風になっているんだなぁ。こうやって穴から首だけ出して、吊るされた刃が落ちると同時に俺の首が両断されると。まさか生きてるうちでギロチンにかけられることになるとは思わなかったなぁ。


 ……無理矢理自分を落ち着かせるためだろうか。俺はそんな呑気なことを頭の中で浮かべていた。


 もしかしたらこのまま処刑されることになるかもしれないと、兵士に連れていかれた時点でなんとなく予想はしていた。でもまさか一晩でそうなってしまうとは。


 とにかくどうしよう。手引によると、教会に願い出れば、生き返ること自体はできるようだが。しかしそれには多くのSCOREが必要らしい。こんな初っ端から仲間たちに迷惑をかけることになる。いや、そもそも、生き返してもらえるといった確証さえないではないか。


 ここは自分でどうにかしたい。ではどうするか。今、俺が唯一持っている力が、『ラブ・アロー』と呼ばれる、相手を一瞬で、俺に惚れさせられる魔法だ。それを発動するには、相手の目を3秒以上見続ける必要がある。兵士が俺に顔を近づけるような場面があれば、それを狙って俺が魔法を発動し、そいつに助けを求めよう。今ある最良の策がこれだ。しかしそんな場面が訪れるのか……。


 周囲には野次馬が押し寄せてきており、俺の死の訪れを皆が待ち望んでいるかのようだった。彼らに対して能力を使えないだろうかと思ったが、なかなか思ったように目が合わない。合ったとしても一瞬で、すぐにそらされる。当然だろう。俺だって死刑囚に睨まれたりしたら、びびってそっぽを向くだろう。


 早くしないといけないのに……! イライラと焦りで、発狂してしまいそうだ。


「では……そろそろ」


「……そうだな」


 そんな兵士のやり取りが聞こえた時、一気に血の気が引いていくのを感じた。


「これより! 不法入国者の死刑を遂行する! 」


 先ほどまでどよめいていた観衆たちが、今度は打って変わって、大きな歓声を上げた。


 やばい…。ついに始まった。


『凶暴な魔物の巣窟から始まるかもしれないけど、まあ頑張ってね』


 不法入国者だと疑われ、たった1日にして、迅速に死刑を遂行される。せっかく、平和そうな国からゲームを始められたと思ったのに。


 ギロチンって、できるだけ苦しませず、一瞬で楽にできるようにっていう人道的目的で開発されたんだっけ……なんでもいいや。とにかく、ヤるなら痛くはしないでくれ……。


「その処刑、待ちなさい!」


 少女の声が、処刑場に響く。その少女の声は、騒つく場を一瞬で静寂へと変えた。


 誰だ……? 頭を動かせないので顔を見ることさえかなわない。


「王女様……! なぜこのような場所においでに……! 」


 なるほど王女様か……。こんな場所に堂々として現れたのだから、只者ではなさそうな気配はしていたが。


「その者が例の不法入国者ですか……」


 兵士の問いかけを無視し、王女は臆することなく俺の目の前へとやって来た。


「私は、ここアプリオル王国の女王、マリル・アプリオルと申します」


 深藍のフワリとした髪と、少女のような華奢な体が、俺の視界を独占した。顔は映らない。この台がもう少し高ければ……!


「ここ、アプリオル王国は高度な魔法技術を持つ国として知られています。約100年前、魔法結界の発明以降は、一人の侵入者も許さない、平和な国となっていました。


 そんな時です。兵士から、遂に侵入者が現れたとの話を受けたのは。


 あなたをタダで帰すわけにはいきません。しかし、あなたが何者か、その目的はなんなのか。全て教えてくだされば、命までは奪いません。私たちも、無闇に命を奪うことはしたくありませんから」


「俺を殺したら……真相は全て謎のままになるぞ?」


「……我が国の魔法技術を使えば、死体から脳にアクセスし、記憶を全て絞り出すことが可能です。貴方を殺しても、情報が失われることはありません」


 マジかよ。魔法技術すげぇ。


「貴方を不法入国者だと見抜けたのも、この魔法技術によるものです。他国の人間の侵入を許しても直ぐに見抜けるようにと開発された魔法です」


 そうだったのか。そういえばあの時、『お前は不法入国者か?』と質問一つされなかった。俺がよそ者だという確信があったからこそ、遠慮なく地面に押し付けることもできたのか。服装が明らかに浮いてたから、というだけではないのか。


「では、今一度問いましょう」


 そう言うと王女は、ゆっくりと腰を下ろし始めた。


 お?これはもしかして……。


「情報を全て吐くか。それともここで死を選ぶか」


 王女は細い指で、俺の顎をクイっと上げた。同時に、王女の可愛らしい顔が目に映った。


「私の目を見て答えなさい」


 来た。遂に来た。千載一遇のチャンスは今訪れたのだ。


 能力の使用方法は確か……。目を見ながら3秒間念じる、だったか。


 俺はジッと見つめた。髪と同じように、藍色に輝く王女の瞳を。俺は人見知りだ。従って、人の目を見るという行為も得意ではない。特に女性相手では。しかしそんな俺も、今だけは穴が開くほどに、美少女の瞳を見つめていた。


 見つめることに集中しすぎたあまり、何秒経ったかすらもわからなかった。少なくとも3秒程度は経ったんじゃないかと思うが…。


 王女の顔を改めて見つめ直す。王女の顔は青ざめていた。少なくとも、さっきまでとは明らかに様子が違った。


 これは……やったのか?


 王女は脇目も振らず、勢いよく立ち上がる。そして観衆、兵士に対して、こう言い放った。


「みなさん!聞いてください!責任は私が取ります……!この処刑は……中止とします! 」


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