深い森の洞窟①
森には、様々な魔物が生息していた。こっちにきてすぐに襲われた犬のような魔物や、プニリンなど小さな魔物が主だった。それゆえ、アイラが火の魔法『ボア』を使うとほとんどが逃げていってしまった。
「あのさ」
「なんなのです?」
「景気良く魔法使っちゃってるけど、スタミナ的なものは大丈夫なの?」
「愚問なのです。こんなの序の口なのです。まだ一割ぐらいしか使ってないのです」
行きの途中で1割ってどうなんだろう。大丈夫な気もするが。
「まぁそろそろ俺の力も見ときたいでしょ? 次の魔物は任せてくれていいから」
いざという時にアイラに頼る気満々なのだが、そのためにもアイラの余力を少しでも多く残しておくために見栄を張る。魔法を試してみたい、と言う気持ちもありはしたのだが。
「ふーん? そうなのです? なら任せたのです」
「あとさ、俺全然戦ってないのって、経験値的にやばかったりしないの?」
「経験値? なんのことです? 経験ならそりゃ戦わなきゃ積めないとは思うのです」
経験値システムがない、だと。いや普通なのだけど。魔法があるぐらいだからそういうシステムぐらいあってもおかしくないかなという願望、というか希望的観測があっただけだ。大見得を切った後、なぜか魔物が一向に現れなくなってしまった。次は任せてくれと言った手前、現れてくれないと困る。いや本当は現れない方がいいのだけれど。
アイラは周りに気を配りながらも、一向に魔物が出てこない状況につまらなさそうにしながら歩いていた。猫耳はぺたんと下を向いている。談笑する話題もなく、魔物に注意しながら黙々と歩いていると、とうとうその時がやってきたようだった。
最初に魔物と遭遇したとき(プニタローを助けた時)と同じく藪が何やらガサガサいっている。葉の隙間からこちらを睨む目がギョロリと覗いた。
「あの時と同じだな」
そう言うと魔物が襲いかかってくるのを待たず、魔法陣を構えた。
「ラン」
魔法陣が光り、手の構えた方向にバレーボールくらいの火の玉が放たれる。手の構えた方向、つまり何かがいる藪の方向に一直線に飛んで行き、見事に命中した。
「やった! 魔法当てる才能はあるんじゃないか?」
ついつい魔法がうまくいったので調子に乗ってしまう。
「驚いたのです。なかなか成長したのですね」
アイラは俺が魔女の魔法を使っていることに気づいていないようだ。それもそのはず。魔法陣の内容というのはパッと見で判断できる違いはそうないのだ。もちろん、魔法教会が認めた魔法に似たものがない場合は一発でバレてしまうのだが。
これはサラの受け売りだった。だから魔女の魔法陣を使うのにそこまでのリスクはない、とも言っていた。ただし、あの女の事だから本当に信用していいのかはわからないが。
「ああ、特訓したからな」
「ま、ちょっとは才能あるみたいなのです」
アイラに少し認められたらしい。ちょっと反則くさい技を使っているからちょっと後ろめたいけど。とそんなやりとりをしていた時。
「グォォォォォォォォ!!!」
突然轟音が鳴り響いた。
「は?」
「え?」
二人して轟音の方を向く。そこにはジャルの5倍はある大きさの魔物がいた。
「え? サイズおかしくない?」
「あれはジャルの上位種、ジャルートなのです……こんなところにいるなんて……どうして……」
「話はあとだ! とりあえず逃げるぞ!!」
どうやら、さっきの攻撃は避けられていたらしい。むしろ怒らせただけのようだ。すぐに二人して魔物から逃げ出す。
「次は任せろって言っていましたよね……ッ! あとは任せたのですッ!」
全力で走りながらアイラは言った。
「いやいやいやいや、無理でしょあんなの大きすぎでしょ!!」
「男に二言はないはずなのですよ!!!」
二人して魔物の相手を押し付け合う。しかしらちがあかないので、しょうがなく逃げ切る方法を考える。
どう考えても今相手にするには強大すぎる敵だ。手持ちの攻撃手段で逃げ切るのに最適な案を走りながら考える。
そんなに時間はない。すぐにでも追いつかれそうだ。
「アキヤマさん! なんとかできそうにないのです!!??」
「今考えてる!! もう少しだけ待って!!」
「もう追いつかれるのです!! やっぱり戦うしかないのです!!」
アイラはほっておくと戦いに身を乗り出してしまいそうだ。もう本当に時間はない。ゲームで敵から逃げる時に使えるもの……戦いの経験などゲームの中でしかなかったが、それは大きなヒントとなった。
「そうだ!!!」
ポケットから光の魔法陣を取り出す。
「アイラ、俺が叫んだら目を閉じろ!!!」
「なんです……?」
「急いでるんだ!!」
「わ、わかったのです!!」
ありったけの魔力をつぎ込んで唱える。
「ラン!!!!」
魔法陣から鋭い光が放たれた。それは幸運にもちょうどジャルートはいざ噛み付かんと接近していたタイミングだった。ばっちりジャルートの視界を潰すことができたようだ。
「グォォォォォォォ!」
ジャルートの咆哮が響き渡るが、こちらの姿を捉えられない敵から逃げるのはそれほど難しいことではない。幸い、地面には落ち葉や枯れ木などは少なく、歩く音も目立つことはなかった。ジャルートから十分な距離を取ったところでアイラが口を開く。
「よく思いついたのです。あれは光の魔法ですね。お師匠様、ナイスなのです」
もっと俺を褒めて欲しいのだけれど、サラに功績が持っていかれるのだけは不服だ。今頃自宅で茶でも飲みながらこちらの様子を見ているに違いない。
一方その頃サラの家では・・・案の定、サラは紅茶を飲みながらソファにぐだぁっと寝そべりながら、ぽフィの視界を通じてアキヤマたちの様子を観察していた。まるでテレビを見ているかのような姿だ。あくびをついて昼寝をし出すんじゃないか、そう思えるような態度をとっていた。
そんなこともつゆ知らず、アイラはお師匠様の判断が素晴らしいと力説していたのだった。アイラのサラ信仰も相当なレベルのようだ。
「あのなぁ、一応俺、頑張ったんだぞぉ?」
自分で言ってしまっては完全にダメなやつなのだが、家でゴロゴロしているだろうやつばかり褒められるのは気に入らない。
「わかっているのです……アキヤマさん、頑張りましたね」
アイラは猫耳をぴょこんと動かし、少し笑いながら言った。風が栗色の前髪をなびかせ、猫耳も少し風の方向に動いた。
こちらを見て微笑む猫耳少女。その姿を見て少しドキッとしてしまった。かんいかん、相手は少女だぞと自分に言い聞かせる。
「あ、ありがとう」
褒められたのなんて久々だった。思わず返事が浮つく。
そういや前に正当に評価されたのっていつだったっけ……。そんなことが頭に浮かんだ。思ったよりも嬉しいものだ。相手が少女だったとしても。まぁ前の世界なら少女だからこそいいんじゃないか、なんて人もいたのかもしれないが。
「アキヤマさん? どうかしたのです? 早く行きますよ。日が暮れてしまいます」
久しぶりの褒め言葉にうろたえていると、アイラは心配してくれた。そう言って先を歩くアイラを見ながら、こちらも歩くスピードを速める。後ろから付いてくるプニリンと黒もふもスピードをあげる。実質この子達ほとんど役に立ってないんですが……
奥に向かって歩いているとだんだんと空気が悪くなってきた。魔力の探知できない俺でさえ、そう感じるような雰囲気が濃くなってきた。元凶が近くにいることを感じさせられる。一行はさらに奥へと足を進めた。そして最も空気が悪い地点。たどり着いたのは洞窟だった。