ヒキニートが外出すると思った?
約一週間、俺はサラのおもちゃとなって魔法を練習し続けた。これまで触れたことのない技術と言うのは一朝一夕で身につくものではないらしく、ひとことでいえば、苦戦した。できるようになったことと言えば、紙に書いてある魔女式の魔法陣(それも簡単な)の発動ぐらいだった。
練習の最中、サラは言った。
「いやぁ、君は魔力はそこそこあるんだが魔法のセンスはいまいちだねぇ。アイラくんとは大違いだ」
サラの言う通り、自分に才能がないことは練習している途中に自分でもわかった。この世界に来る前からわかっていたことだ。自分に特別な才能などないと言うことは。でもだからと言って諦めることはしたくない。
前の世界では全てを諦めてしまった結果、最悪の結末を選んでしまった。だからもう一度チャンスがもらえたのだから、何かあがいて掴み取ってみたい。そんな気持ちが胸にあった。
「慣れ親しんだものじゃないんだから魔法を発動できるだけで十分じゃないのか?」
しかし、本心を隠し、自分で自分をフォローする。
「いや、魔法というものは初めて触れるときに才能のあるなしがわかるんだよ。名のある魔女や魔法使いというのは決まって最初からすごい能力を持っているものなのだよ。残念だけどね」
バッサリと切られてしまった。どうやら魔法の世界も前の世界と同じく才能で全てが決まるクソゲーらしい。異世界に来たからと言って特別な才能が開花する、などというのは所詮夢物語にしか過ぎなかったらしい。
「そうなんですか。まぁでも魔法が使えるというだけで夢のような話ですからね。嬉しいですよ」
「ふむ。そうか? まぁ練習次第で扱いはうまくはなるからな。努力も無駄というわけではない」
会話の途中でドタバタと足音が聞こえ、次の瞬間家のドアが勢いよく開かれた。
「大変なのです! ビッグニュースなのです! ルクスの東の森の奥の洞窟で何やら怪しい実験が行われているようなのです!!」
アイラは入って来るなり大きな声で一週間の成果を述べた。
「実験だって!?」
サラは実験という言葉に強く反応した。実験大好き人間かよ。
「はい。ルクスで聞き込みをしていたところ、不審な噂を耳にしたのです。魔法教会の者が東の森に行って何かをしていると」
「ほうほう。それで?」
「何やら最近、東の森に出て行った魔法教会の者が負傷して帰って来ることが多くなったそうです」
「ふむ。何やら実験が行われていたが失敗した、というようだな」
何やらきな臭い話だ。こういう問題は関わらないに限る。
「危なそうだ。首をつっこむ問題ではないな」
そのままの会話の流れだとろくな話にならなそうだったので口を挟んだ。
「何をいうか。調べるに決まっているだろうが」
サラの容赦ないツッコミが入る。
「ですよねー……」
「ではお師匠様、どのようにいたしますのです?」
「よし、すぐに行こうではないか」
は? ちょっと意味がわからない。サラ、本当に300幾年生きてるの?
「いやいや、ちょっと待て。なんか準備とかあるだろう?」
幾ら何でも危ないんじゃいかと不安が胸いっぱいに広がる。
「だからその準備を今からしていくんだろうが。ほれ、さっさと準備するぞ」
この実験オタク、ニートのくせにこういう時は行動力ありすぎるだろ。エロゲ発売当日の早朝に列を作るオタクと同類じゃねぇか。
「はい、アキヤマくんはこれとこれっと。アイラは魔法陣あるだけ持ってきな」
サラは俺にはさっと火の魔法と光の魔法の魔法陣だけを渡した。俺、役に立たなそうすぎやしないだろうか。しかし魔法を実践で使うチャンスが来るかもしれない。危険があるかもしれないという不安とドキドキとで胸がいっぱいになる。
「はい、了解なのです」
アイラが街に戻ろうとしたので、「あ、俺もちょっと街に戻っていいか? あと金くれ」などというパチンコの金を親にせびるヒキニートのようなセリフを放った。
「アキヤマくん? 君なぁ……まぁいいだろう。このタイミングで言い出すということは何か必要なものなのだろう。しょうもないものなら万死に値するが」
サラさんちょっと厳しくないですか。いやお金はくれるから甘いのか。というかそのお金はどこから溢れ出しているのだろうか。見た所働いている様子はない。しかし300幾年生きているのだ、何か魔法を使った効率のいい稼ぎ方などがあるのだろう。サラからお金をもらいアイラに続いて街に戻る。
アイラは必要な魔法陣を家に取りに帰り、俺は必要なものを買いに行くということで、街の出口、南門に時間を決めて再集合することになった。俺はいざという時に役に立ちそうなものを買い、またそれを入れるのに最適で丈夫そうなリュックも買って、冒険の準備を整えた。これが最初で最期の冒険にならないことを祈りながら南門でアイラと合流した。
「何を買ったんです?」
「秘密」
別に教えても良かったのだが、使わないにこしたことはないものも買っているし、文句を言われても困る。
「そういわれると余計気になるのです……」
アイラはなんとかリュックを奪おうとするが、そうされるとますます教えたくなくなる。「貸すのです!見せるのです!」「やだ」とそんなやりとりをしながら、再びサラの家まで戻った。そして準備が全て整い、いざ出発という時。
「よし、では行ってらっしゃい」
サラがおかしなことを言った。
「うん? 行ってきます、の間違いでは??」
さすがに突っ込まざるを得ない。
「いやいや、行ってらっしゃいであっているとも。私は行かないからな」
「はぁぁぁぁぁぁ??」
信じられない言動だ。
「お師匠様の事ですから、そんな事だろうと思っていたのです」
どうやらアイラは付き合いが長い分、サラの意思を受け入れているようだが、信じられない。
「いや、気になるから見に行こうって話だったんじゃないの?」
「まぁそうなんだがな? 外に出るのはめんどくさいだろう?」
「いやいや、だったら行かなくていいでしょうが」
「それはダメだ。気になるし」
サラはまごう事なきわがまま女だ。そんな気はしていたのだが、それは確信に変わる。こいつろくな奴じゃねぇな……
「ダメですよ、アキヤマさん。この状態のお師匠様に何を行ったところで変わりません」
「おお、よくわかっているではないか。さすがアイラだな」
アイラのフォローに上から目線で褒めるサラ。こういう人だと思って付き合って行くしかない・・・みたいだ。なんせ強力な助っ人なしで行くしかないという現実にため息が出る。このめちゃくちゃ強そうな魔女がいるなら安心だろうと思って行くことを了解したというのに。これではもし何か危ないことになったとしても自分の身は自分で守らなければならない。本来なら当たり前のことなんだろうが。困る。
序盤にチートキャラがいるからと言って一緒に旅してくれるとは限らないってか。
「まぁ心配するな、アキヤマくん。使い魔を一緒に行かせてやるから。まぁ大した力にはならんがな」
サラはそう言うと、髪を一本抜いて本棚から分厚い本を取り出し、あるページを開いた。そのページにはまた魔法陣が描かれており、その上に抜いた髪の毛を置いた。
「ラン」
サラの言葉で魔法陣は発光し、次の瞬間目の前に黒い愛くるしい毛玉のようなものが現れた。
「何これ……」
「何ってカラスだが? 魔女の使い魔にカラスなんてのは普通じゃないのか?」
「俺の知ってるカラスと違うーーーー!!!」
黒いぐらいしか共通点を見つけられない。
「??」
サラは意味がわからないと言う感じでこちらを見つめてくるが、意味がわからないのはこっちの方だ。
「いやカラスって飛ぶもんじゃ……?」
「いや飛ぶよ?」
サラは指さすとカラスと呼ばれたその黒いもふもふは翼を震わすこともなく、ただふわふわと宙に浮いた。
「……えぇ!?」
「君はうるさい奴だなぁ。さっさと行きたまえよ。そのカラスの名前が気に入らないなら名前つけてくれたらいいから」
「そうです、アキヤマさんこれ以上お師匠様のお手を煩わすわけには行きません」
どうやらサラもアイラも味方じゃないらしい。
「そんな……俺の脳内のパニックはどうしろと……」
「ほら、名前つけなよ」
サラは俺の引っかかっている点を理解してはくれないようだ。
「んじゃ、お前の名前はポフィだ、よろしくな……ポフィ」
我ながら、物分かりが良すぎる気がする。混乱しながらも、名前をつけてやると黒いもふもふは俺の頭の上に乗っかってきた。
「おお、いい名前じゃないか。喜んでいるみたいだぞ、気に入ったみたいだ。そいつを通じて私はお前たちの現状を見ることができる。使える魔法は少ないが、弱い魔法なら使えるようにしてある。お前たちの助けになってくれるだろう」
ポフィを見ると嬉しそうにぽふぽふと鳴いた(?)。ポフィって適当につけたのにこいつぽふぽふって鳴くのか……新たな事実に驚きが増えた。
「ありがとうございます! お師匠様」
アイラは盲目的にサラに感謝を述べるが、そもそもめんどくさいから来ないのが原因だろうが。
「それでは、気をつけて、行ってらっしゃい」
そうしてサラに急かされて送られた俺は驚きとか戸惑いとかを置き去りにして東の森の洞窟に向けて出発することになった。猫耳少女と黒いもふもふとともに……
……
プーーーーーー!!!!(いやいやいや、僕のこと、完全に忘れていたでしょ!)と言った感じで怒りながら後ろからプニタローが追いかけてきた。
「あ」
思わずそんな声が出る。忘れていたわけじゃ、ないんだけどね。
「プニリンも付いて来るですか……奇妙なパーティなのです」
アイラは口に手を当ててクスッと笑った。確かに、アイラの言う通り変なパーティだ。猫耳魔道士に魔法使い見習い、黒いもふもふにプニプニのモンスター。
「もしかしてこれって笑っていていい問題ではないのでは?」
今更戦力の不安に気づく。
「今更なのです。それに私一人で十分だから問題ないのです」
アイラは自信満々に言うが、言っても女の子だ。怪我などされても困るし、しかし、頼るしかないのも現状だった。
「はぁ」
ため息をつきながら東の森を歩いて行く。不安に包まれながら歩く森の木の葉が擦れる音は、木々たちが笑っているように聞こえた。一体何が起こっているのか、見当もつかないまま、森の奥へと進んだ。