いざ潜入②2026
ルシエラの提案で住み込みで働くことを了承した後、俺とアイラは店を出た。まだ夜までには時間があったので、俺が昨日遊びにいった貧民街を訪れることにしたのである。
「昨日はあそこには行かなかったんだよな?」
俺は訊ねた。
「ええ。あまり行きたい場所でもなかったですし」
アイラはしっぽを垂らし、あまり乗り気ではなさそうだ。
「そっか。でもまぁ1度は見といた方がいいんじゃないのか? 街の雰囲気は知っておいた方がいいだろ」
「それはそうなのです。街の現状をお師匠様にお伝えしなくては」
ぴょこんと猫耳が立つ。
「そういえば街に着いてから通信したのか?」
アイラが通信しているところはまだ見ていない。俺はといえば1度魔法を教わるために通信したのだが。
「はい。もちろんなのです。昨日アキヤマさんが戻ってくるまでに一度」
「そっか。ならいいんだけど」
「もしかして私がお師匠様のこと忘れてるんじゃないかって思ってたのです? それはありえないのです!」
両手を握りしめ、怒った顔で俺を睨む。
「わかってる。わかってるから!」
アイラはサラのこととなるとすぐ熱くなってしまう。
両手で制してなだめる。
「俺の前では通信してないなって思っただけだから! 落ち着けって!」
「確かに。言われてみればアキヤマさんの前では通信してなかったのです」
急に落ち着くな。
「そうだろ? まぁそれはいいや。それより、もうつくみたいだぜ?」
前方を指す。そこには市場通りとは違う寂しい雰囲気の通りがあった。
「ここは……活気がないのですね……」
アイラは寂しげに言った。
「まぁな。でも元気な奴らもいるんだ」
「元気な奴ら? ですか?」
「ああ。貧民街の子供たちでな。昨日知り合ったんだ。今日もいると思うから紹介するよ」
俺がそう言うと少しアイラは嫌そうな顔をした。
「子供、嫌いなのか?」
「いえ、嫌いという程ではないのですが。理屈が通じない相手というのは少し、苦手なのです」
「そうか。でもまぁあってみたら気のいい奴らだよ。きっと大丈夫さ」
根拠などなかったが、そんな気がしているのは本当だった。
「そうならいいのですが……」
そう言って歩いていくと、いつもの場所で三人の子供たちが元気に遊んでいた。
「おう、お前ら、今日も元気にやってるな」
声をかけると3人ともすぐにこちらに気付き、寄ってきた。
「あー、昨日のおじちゃん!」
「だからおじちゃんじゃねって」
俺はガキの頭を撫でる。
「おじちゃん彼女連れだ! しかも若い! おじちゃんヘンタイなのー?」
「ちがわい! 彼女でもなければヘンタイでもないわ!」
子供たちはわーきゃーと騒いでいる。
「あの、アキヤマさん。この子たちは?」
俺の隣でぽつんとおいてけぼりにされていたアイラがようやく声を出した。
「昨日ここで知り合ったんだ」
「おじちゃん玉蹴るのうまいの!」
3人の中の紅一点の少女が言った。玉蹴るって表現どうなんだろ……。しかも女の子がって。
「アキヤマさん、昨日ここで遊んでいたのです?」
見るとアイラは真顔になっていた。
「いや、さ。情報収集の一環で」
「昨日私が心配した時間を返すのです…」
アイラは怒っているというより呆れているといった雰囲気だった。
「悪い……」
これにはなんとも言い訳のしようがなかった。
「それでおじちゃんこの人だれー?」
子供たちから紹介の催促が来る。
「ああ。この女の子はアイラっていってな? 魔法使い見習いなんだ」
「実力的には見習いではないのです」
アイラは少しプイと顔をそらして言ったが、気にせず続ける。
「そんでこっちの子供たちが左からフィン、マット、リゼだ」
昨日は子供たちから自己紹介されたわけではないが、遊んでいるうちに名前を呼びあっていた。
「「「よろしくおねーちゃん」」」
子供たちはそれぞれ挨拶した。
「よろしくなのです。みなさん」
アイラも手を振って返す。
「おねーちゃんアキヤマのなんなの? 彼女?」
違うと言っているのにこいつらは。
「こんなどこの馬の骨ともわからないような人とは恋人になるわけがないのですよー」
アイラの優しげなセリフがぐさりと突き刺さる。面と向かって言われると、事実なんだけどなんかショックだ。告白してないのにふられる感じ。むかし同じようなことがあった気がする……
「じゃあおねーちゃんはアキヤマのこと嫌いなの?」
「嫌いではないのですよ? いい人ではありますから」
アイラは優しく微笑みながら言った。目の前で褒められるとくすぐったい。
「おねーちゃん一緒に遊んでー」
少女リゼは男の俺とはできないおままごとをアイラに要求した。アイラもしぶしぶではあったがリゼに付き合って遊んであげたりした。少年達は俺と玉蹴りをして遊んだ。子供が苦手と言っていたアイラも子供とうまくやれているようだし、連れてきてよかったのかもしれない。
結局遊んじゃってるけど。
おままごとが終わってからも、少年達とも一緒に遊んであげ、しばらく子供たちのおもちゃと化していたアイラだったが、戻って酒場に行かなければ行けなかったので、その場を後にすることにした。
「えーもう行っちゃうの?」
少女、リゼは寂しそうにそう言うが、時間的に仕方ない。
「ごめんね。また来るのです」
子供たちに惜しまれながら宿の方向に帰っていく。
「すっかり気に入られてたな」
なんだか俺の時より歓迎ムードだった気がして少し寂しかったが。
「ええ。そうですね……いい子達だったのです。あんな子達もあそこで暮らしているのですね…」
一般的に魔力の全く使えない人は、社会で立場がない。子供たちといえどそれは一緒で、親が共に魔力を使えなければ、貧民街に住むしかなくなるのだ。
「ああ。残念なことだがなそれもこれもこの魔法社会が生み出したものだ」
「これまで魔法教会はすごいもの、魔法はいいものと思い込んでいましたが、こんな側面もあったのですね……」
すっかりアイラは落ち込んでしまった。
「別にアイラが気にする必要はないさ。それに今俺たちがしなきゃいけないのは自分たちの心配だろ?」
「確かに。もう日が暮れ始めています。酒場に急ぐのです」
俺たちは歩みを早めた。酒場につく頃には日も傾き、夜が迫っていた。
辿り着くと、アイラは看板を見上げる。
「ここがそうなんですね」
目の前にあるのが、この街で一番大きな酒場。入り口の上に掲げられた大きな看板にはグラシエ亭と名前が刻まれていた。




