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越中市八尾町水谷:トゲに収斂進化するSF

 会長がパネルを操作する。ファンが唸りだす。カシュッと音がして、側面がゆっくり刎ね上がる。

「おおっ、イーグレットウィング仕様!」

「男の子だねえ」

 可愛い顔して、と内心の前置きが聞こえた気がするけど強い精神力で無視だ。可愛くなんかないからね。

 最初にニュースに出た時は確かにこうだった。いわゆるガルウィング。それが、後の記事では横スライドのプラグドアになっていた。こうして開閉に食うスペースを見れば致し方ないと分かる。するとやはり、これは試作機だろう。それとも、医療用の筐を使うと車椅子なんかを入れる必要性でこの側面フルオープンになるのかもしれない。

「これってベガプルートと同じスペックなんですよね?」

磁気遮断防壁マグネティカルシールド筐体を流用しただけで、中身は量産化改造してある。……しないとサーバに繋げられないよ」

 処理が遅くて目押し可能になったり、逆に処理が早くて常時先手を取れたりはしないようだ。


 筐体内にはコントローラーも計器類も並んでいない。当たり前か。SRだと必要なく、磁気ノイズの要因になる。スタートとオープンも物理ボタンだ。

 さあ、念願のSR環境を手に入れたぞ。いや手に入れてはいないけど、プレイアブルだ。思わず頬が緩むのを実感する。どのぐらいニヤニヤ眺めていたか自分では分からない。そのうちに剱会長が軽く手を打って、言った。

「腕時計、携帯端末、磁石を使用したアクセサリーやベルトなんかは外して、荷物か貴重品ボックスに入れてもらえるかな」

「あ、はい。電磁石に引っ張られて大変なことになるんでしたっけ」

「それはMRIだね。MEGは生体電流が作り出す磁場を観測するものだから引き寄せることはないが、ノイズで正しく脳磁波を測れなくなる」

「そうでした。どう違うんでしたっけ」

「MRIは超電導電磁石で強い磁場を作って水素原子を共鳴させ、脳の中の水分や脂質の状態を観測するものだ。鉄製品が引っ張られるのはもちろん、眼鏡やインプラント、金属質を含むアイライン・アイシャドウやカラーコンタクレンズも電磁誘導で熱を持つ危険がある。対してMEG-RWは、人間の脳を走る神経パルスが引き起こす弱い磁気を直接観測して読み取るものだよ。外からの磁場に晒すことはない」

「なるほど……?」

 MEG-RWならポケットに硬貨が入っていてもコイルガンされてしまわないのは理解した。それが医療用に売り込みを掛ける時のウリでもあるんだろう。MRIでは始動した瞬間パイプ椅子やカートが吹っ飛んでいく医療事故が時々ある。

「アカウントの認証アクティベートに使う身分証は持って入る必要があるよ」

「学生証で大丈夫でしたよね」

「うん。それでいい」

 表面メッシュ処理のバケットシートに着き、ICANmyCAを貴重品ボックス内の認証スロットに差し込む。課金にも使えそう。18歳未満のプレイヤーは原則、有料アイテムを買えない規制があるけど。まあ、テストプレイ段階では関係してこない話だ。


 エコノミー症候群対策の医療用ズボンを履き、ドライアイ対策のゴーグルをして、20世紀のSFのようなトゲトゲヘルメットを被る。20世紀中盤だと脳に挿す電極、終盤だとモヒカンファッションだったトゲは、こうして実用化されてみるとヒートシンクの役割になっていた。何にしてもトゲに収斂進化するSF。

 ヒートシンクというのは、一般的にはコンピューターから発生した熱を逃がすアルミパーツだ。静岡県の沼津が主な産地である。富山のアルミ製品は建材に振っていてこの分野には弱い。そこでベガプルートに富山製ヒートシンクを採用すると地場産業の宣伝にも使える。

 ベガプルートのヒートシンクはオーバークロックで稼働する脳から知恵熱を逃がすものである。だから、額にジェルを塗ってヘルメット内の鉢金に密着させる。熱的にはおでこから外のトゲまでがアルミで繋がっている。

「昔のVRマシン予想図ではこんな持ち上げて被れるものじゃなくて、冷却部デュワーが冗談みたいに高く長くそびえ立ってましたね」

 このコンパクトさが常温常圧超電導技術の恩恵なんだろう。

「極低温MEGは4ケルビンの液体ヘリウムを魔法瓶に入れて頭に乗せるようなものだ。破損・漏出事故が起きたら助からない可能性がある。液体ヘリウムを使っていた極低温MEG-RWから切り替えてよかったのは、事故リスクの低減かな」

「可能性で済むんですかそれ」

「極低温の流体は、触ろうとしても体温がある間は触れる前に瞬間蒸発するからね。穴が開いて滴った程度なら凍傷にもならないよ」

「昔のはヘリウム必須だとお金かかったんでしょうね」

「うん。極低温MEGは液体ヘリウムを1日10リットル消費したから、それだけで3万円かな。今だと5万円かかる計算になる」

「医療機器と思えばそんなものかって感じですけど、とてもゲーム機にはなれそうもない金額ですね……」

 本当、恩恵だよ。


「ログオン中はなるべく歌わないでほしい。楽曲使用料で折り合っていないのでね……。名前は必ず本名に関連した名前にしてほしい。SR環境で24倍の時間を過ごすと自分が何者か忘れてしまうことがあるから。完全に本名プレイか、個人特定されない程度にぼかすかはご自由に」

 ……切実だ。

「シートベルトも忘れずに」

「これって衝撃受けたら揺れるんですか?」

「そんな原始的プリミティブな挙動はしないが、エコノミー症候群対策で時折揺らすから、ずり落ちないようにだね」

 医療機器メーカーだなあ。ぬかりがない。

「準備はいいね。起動前に閉めるよ」

「え、もうですか」

「まだ質疑があるかい?」

「ないですけど……。意識消えるまで見守って頂けませんか?」

「何その可愛い申し出」

「可愛くないですから!」

「んー、お望みとあらばそうしたいのはやまやまなのだけど、開けておくと地磁気に影響されてパルスを読み取れないのだよね。後はナビゲーションに従ってほしい」

 ゲーム機にしては繊細すぎるなこの機械。

「えーと……それじゃあ、遊ばせて頂きます。行ってきます」

「うん、行ってらっしゃい」

 パタンとドアが降ろされる。閉空間で、僕はスタートの物理スイッチを押しこむ。

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