越中市八尾町水谷:床が抜けるよ
「多人数接続RPGが良いのだよね。MMIRPG仕立てのSRソフトは"VEGASTAR INLINE"1本で、自動的にそれになるが」
「VRベガスター……!?」
奈月ちゃんが変に期待値を上げる。おそるおそるといった感じで希羽が小さく手を挙げる。
「……ファンシースターです……、よね?」
だよね。ゲーム誌に載っていたイメージは、ベガの抱えるビッグタイトル、ファンシースターオンラインに見えた。ベガスターでは家庭用プラネタリウムになってしまう。
「うん、もっともな疑問なのだが、マルシー付きでは買収できなくてね」
説明の意味が分からない。僕は間抜け面を晒していたらしい。剱会長は、ああ、と頷いて補足する。
「著作権ね。パチンコ化できそうなコンテンツの権利は譲ってもらえなかったのさ。プラネタリウムのRPG化ということになっているのだね」
「SRバーチャルファイターもSRスミレ大戦も出せないってことですか……」
「将来は契約次第だが、αテスト中にはとてもとても」
会長は希望を残すけれど、もうゲーム機じゃなく医療・福祉機器なんだよね。人気タイトルのライセンスをわざわざ取る望みは薄そうだ。
「チュートリアルが終わった後は私が案内しようか? それとも、手探りで自由に楽しむ方がいいかな」
「そうですね……、ありがたいですけど、初期のやりくりの楽しみは手放したくないですし……。アイテム融通や養殖みたいなパワーレベリングはなしにして、純粋に案内だけお願いできますか?」
「そうするとだ、診断書……、診断書を預かっていいかな。これは本来は実生活で接点を持たないスタッフが管理するのだが、私が把握しておくと何かの時にワンアクション早く対処できる。どちらをご希望だろう」
「今時いたずらにプライバシーを重視しなくていいので、どうぞ会長がご覧ください」
「では拝見」
剱会長が目を通す間、もう少し糖分を過積載していく。
室内の窓柱にはところどころに絵が掛かっている。障子のふりをしている内窓は富山産アルミサッシだろうか。内窓が引き上げられた箇所からはすっきりと庭が見渡せる。視点を上げれば薬草の蔓延る垣根際は気にならなくなるみたいだ。
「そういや今年もイラストカレンダー出なかったんだ」
「うん、残念……」
そびえ立つ段丘崖の石垣、雪の禅寺坂や狼地獄あたりを対岸から見上げるイラストに目をやって希羽がしょげる。
西馬音内が萌えおこしを大成功させたので、越中八尾も追随を目論んだことがある。アニメ調とは違う、ゲームのコンセプトアートみたいな美麗絵で毎年違うアーティストにまちなみを描いてもらうという話だった。しかしあっという間に実施されなくなってしまった。触発されてパソコンでCGを描き始めた希羽は目標を失った形だ。
「やっぱり越中市は観光やる気ないなあ……」
「それについては事情があるようだよ。クレームといおうか、トラブルがね」
剱会長が診断書を睨みながら口を挟む。
「フェミニストですか?」
「や、著作権絡み。あまり広めるような話でもなくてだね……。乗鞍君はまちおこしを進路に考えているのかな」
「薬の開発がしたいです。薬学落とされても定員割れの生物化学に行けますから、都市工学に転向する機会は多分ないですね」
「創薬! いいね! 是非邁進してほしい。弊社の体力では行えないから、おいでと言えないのが残念だが……。うん、すると、まちおこしの暗い面は知らなくていいんじゃないかな」
「いやちょっと待ってください。専門が畑違いでも携わる機会はありますよ」
「んー、そうか……。あのだねー、既に世に出ているものは全く問題なかったのだが、次期以降でお願いする予定のイラストレーターの過去作に、権利がクリアされていない絵や写真をなぞったものが多いと指摘されてね」
「……トレス問題」
希羽がぽつりと呟く。
「ああ、そう言うらしいね。指や炎がトレースかどうか、全部事前に確認するのも不可能だろう? イラストを使った企画はリスクがあるから見送ろうという判断になってしまったのだね」
それでいまだにS.A.Worksの富山アニメにも越中市は協力しないのか……。関係ないか。
「これは根回しの問題で、意思統一ができていれば続けようはあっただろうと思うよ。しかし意志疎通不十分なのを押して進めると、不祥事ひとつで転ぶのだね」
成功事例は100例ぐらい冊子にして配られているのに、失敗はこうして語り継がれずに消えていくんだな……。やっぱり人文系の要素があると大変そうだ。自然科学に限るよね。
「では案内させてもらうが、ここからは撮影はなしで。弊社でSRの試遊体験をした、と話したりネットに書いたりしてもらっても差し支えないが、筐体がどの建物にあるか正確な所だけは秘密で。いいかな」
会長に確認を受けながら庭に出る。会社に行くのかと思ったら、蔵にすぐ着いた。
「……え、ここですか?」
「母屋に置くと床が抜けるよ」
「それは道理ですけど」
会長は戸前の扉を引いて手招く。……よし、初めてこの単語を実用できた。北陸特有の、蔵の前にくっついた謎の部屋のことだ。蔵の入り口が雪で埋まらないよう庇をつけたスペースに、富山では壁も付けてひとつの部屋にしてしまった。荷捌きスペースや通路代わりに使う玄関ホールと思っておけばいい。片側には水場。真新しいトイレと石造りの蹲が設置されている。戸前の機能から考えて、多分これはベガプルート置き場にする時に設置した後付だと思う。
観音開きの厚い土扉は開けっ放しで、彫刻入りの木の柵で囲われている。防火壁として閉じるのを妨げてしまうけど、木彫が盛んな富山では結構こういう風に飾り立てるものらしい。扉の中まで続く階段にもどうせ閉めないんだからとばかりにスロープが被せてあってますます閉められない。代わりに、金属の内扉がしっかり設置されている。
会長は内扉に物理鍵を挿し、パネルを操作してICANmyCAを押し当てる。ガチリと重い音が響く。仄暗い中、LEDの小さな光を灯す、流線筐体と筒型筐体のシルエットが浮かび上がっていた。




