映画デート
それから更にまた数日。照美ちゃんも私の恋を応援するということで、強君と二人きりで会える段取りまでつけてくれた。それはまさに映画デートだった。
最初マリリンはついていくのはやめると言っていたのだけど、私が頼んでついてきてもらうことにした。なにしろ相手は強君なのだ。また何を言われるか分からない。その時一人っきりだと本当に心細くなってしまうのだ。
そんなこんなで私は今日はボーイッシュな服装に身を包み、待ち合わせ場所の駅前まで行った。
行くとすぐに強君が現れた。
「まさか白井と映画を観に行くことになるとは思わなかったな」
「なんで」
「なんでって、これアクションものだろ。好きじゃなさそうだし」
強君のイメージの中ではこの間のふりふりドレスのイメージが私の中にあるらしい。今日はそれを払拭しなければいけない。なんとしても振り向いてもらわなければ、せっかく唯ちゃんが応援してくれているのだから。
で、実際のところアクション映画も好きな方だったので、それなりに楽しめた。
映画を観終わった後は、定番の映画に関する感想だ。強君、ものすごく細かいところまで観ていて、話を合すのが大変だった。それでも映画を観る目がきらきらしていて、本当にこの映画が好きなことが伝わってきた。
と、感動している場合じゃない。とにかく告白まで持っていかなくちゃいけないのだ。いったいどこで告白するか。私がおろおろしていると、マリリンが
「落ち着いて」
と耳打ちしてきた。
とりあえず映画館から出てみることにしてみる。そして何気なく訊いてみる。
「ねえ、強君って照美ちゃんのこと好き?」
「なんだ、おまえいきなり。まあ、嫌いじゃないなあ」
「そうじゃなくて、異性として好きかって訊いてるの」
「つきあいたいとか?」
「うん、そうそう」
「おまえ、照美に何か言われたのか?」
「ううん。言われてないよ」
「じゃあ、なんでそんなこと」
彼は訝しげに私を見る。これはまずいと思った私は、声が裏返ったまま叫んだ。
「わっ、私が強君のこと好きなの!」
「えっ」
強君は眉根を寄せる。
「私がつきあって欲しいの」
い、言ってしまったあ。人生初の告白タイムだ。私は顔を赤面させながら、強君の次の言葉を待った。
「俺、つきあうとかいうの好きじゃないんだ」
「それってどういう意味?」
「女の子と二人で歩いてどっかに遊びにいくとかそういうのあんまり好きじゃないんだ」
「でも唯ちゃんとは遊ぶんでしょ」
「遊ぶと言っても家の中ぐらいだ。あとはたまに話す程度」
「俺はまだ、男子と遊んでいたいんだ」
そう、男の子と遊ぶのが好きなのかあ。私は思わずため息をついた。
「だから俺。照美が白井の家へ遊びに行こうと言いだした時は、内心嬉しかったんだ。また昔みたいな馬鹿騒ぎができるって。でも違ったみたいだったな」
これってふられたのかな。なんだか微妙なふられかただ。私はなんだか腑抜けな気持ちになった。
「俺は昔のおまえが好きだ。この間家に遊びに行った時、おまえ執事とかにいろいろ持ってこさせてただろ。自分でやれよ。おまえいっつも小さい時は自分のことは自分でやらないと気が済まない奴だったろ。俺はそれを尊敬してたんだ。あいつはえらいなあって」
強君もなぜかため息をつきながら言った。
「それなのに、あんなに執事やらメイドにいろいろさせておまえは恥ずかしくないのか」
「じゃあ、訊くけど、私が昔みたいな女の子だったら、強君は私のこと好きになってくれる?」
「さあて、それはどうかな」
彼は笑いながら言った。
「好きになるかは分からないけど、尊敬はする以上だ」
「そう、分かった。好きになってもらえるよう努力するわ。今日は映画に連れてってくれてありがとう。楽しかったわ」
「ああ、俺も映画は楽しかった。じゃ、またな」
彼はそれだけ言うと、街中に消えて行った。
私はマリリンに言った。
「これってふられたのよね」
「まあ、ふられたようなものですね」
「でもなんだかもやもやするわ」
私が気分悪そうにしていると、マリリンが付け加えた。
「そりゃあ、そうですよ。昔は好きだったって告白されたのですから」
「ううっ。昔に戻りたい」
私の目からは涙が流れた。
「そんなに悲しがることないんじゃないでしょうか」
「じゃあ、どうすればいいのよ」
私は泣きながら言った。
「自分磨きをなさるんですよ」
「自分磨き?」
「お嬢様の昔にあったものを取り戻すんです」
「私に昔あったもの?」
「そうですよ」
マリリンは瞳を輝かせた。
「自分のことは自分でする。もっと人と接する」
「自分のことを自分でするにはやっぱりあれよね。お付きのメイドはもういらないってことよね」
「はい、そうですよ。お嬢様」
「そっかあ。自分のことは自分でか。昔の自分は自分でやろうとしてたなあ」
私は懐かしくて遠い目をした。
「ありがとう、マリリン」
「私にお礼を言うんじゃなくて、強様にお礼を言うんですよ」
「ようし、これからはお付きのメイドはいらないわ。なんでも自分ですることにするわ。そして強君に好きになってもらう」
「そうです、そうです。お嬢様。これで私も安心して妖精界に帰れます」
「えっ、帰っちゃうの」
「今、お付きのメイドはいらないと言ったばかりじゃないですか」
「あっ、そっかあ」
私は改めてマリリンを見た。
黒いエプロンドレスに白いキャップ、まるでお人形さんみたいなメイドだったけど、私には最高のメイドだったと思う。
「ありがとう、マリリン。気をつけて妖精界に帰るんだよ」
「はい、ありがとうございます。お嬢様。照美様や強様にもよろしくお伝えください。それでは私はこれで失礼します」
マリリンがお辞儀をするのと同時にまばゆい光が輝いた。目がまぶしくて何も見えなくなって、気がつくと肩にのっていたマリリンの姿がどこにもなかった。
そうかあ、マリリンは本当に行ってしまったんだ。私は寂しい気持ちを堪えながらもその事実を受け止めた。
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「ジリリリリリ」
目覚ましい時計が鳴る。自分でスイッチを止め、パジャマを脱ぎきれいにたたむ。カーテンを開けると、まぶしい朝の光が入って来る。急いで髪をすき、リボンで留める。ベッドカバーも直し、部屋の中をきれいにする。
これでよし。
自分の部屋がきちんとすると、今度は下の食堂へと行く。まだ並べ終ってない皿があれば、私も手伝う。準備がととのうと、自分で料理を皿に取り分け、ゆっくり食べる。食事が終われば、皿をキッチンへ持っていき、皿洗いをする。歯も磨き学校へ行くすべての準備が整う。
さあ、白井唯の新しい一日が始まる。これからどう変わって行くのか乞うご期待だ。
(完)