ep.16 “入隊試験編Ⅹ”
昼でも夜でも、地下の空気は変わらない。時計がなければ、今が何時なのか分からなくなる。照明は落とされ、通路に点々と灯る白い光だけが、僕たち試験生を次の場所へと誘導していた。
「これで今日の試験は終わり……じゃないんだよな」
誰かが小さく呟く。
実弾対人試験のあと、誰もが口数を減らしていた。怪我人はすでに医療班に運ばれ、残った十数名は、ただ静かに椅子に座って順番を待っている。胸の奥に、まだ重たいものが残っている。
引き金を引けた。撃てた。それでも、僕は“役に立った”とは言えなかった。
「次、宮本蒼」
無機質な声が名前を呼ぶ。僕は立ち上がり、案内役の上級生について歩き出した。通された部屋は、思っていたよりも狭かった。
白い壁、白い天井、白い机。椅子は二つだけ。窓はなく、時計もない。
「座って」
向かいに座っていたのは、片浜指揮官ではなかった。年齢の分からない男。制服でも私服でもない、どこか曖昧な格好をしている。
「この面談の内容は記録されない。君の評価にも、直接は影響しない」
それが逆に、怖かった。
「ただし――ここでの“揺れ”は見る」
男はそう言って、指を組んだ。
「最初の質問だ。命令と人命が衝突した場合、君はどちらを選ぶ?」
喉が詰まる。答えは、頭の中にいくつも浮かぶ。でも、どれも軽すぎる気がした。
「……状況によります」
「逃げたな……。まあそれも君らしくていいんじゃないか?」
責める口調ではなかった。ただ事実を述べただけ。
「では次。仲間一人を見捨てれば、百人が助かる状況だとしたら?」
優斗の顔が浮かんだ。今日、倒れたあの瞬間。血の気が引いた、あの感覚。
「……僕は、その一人を、簡単に切り捨てられないと思います」
「合理的ではないぞ、それは」
「分かってます。でも……それを“当然”だと思える人間にはなれません」
男は少しだけ、目を細めた。
「最後だ。誰にも知られず、感謝もされず、存在した証すら残らない仕事をどう思う?」
少し、間が空いた。いままで、何も知らずに過ごしてきた日常の裏側。
「……正直に言うと、怖いです」
「ほう」
「でも……誰かがやらないと、誰かが壊れる。それなら、知られなくても、残らなくても……意味はあると思います」
声が、わずかに震えていた。自分でも、なぜここまで正直に話しているのか分からない。男はしばらく黙り込んだあと、椅子から立ち上がった。
「分かった。今日はここまでだ」
「……評価は?」
「ない」
はっきりと言われた。
「少なくとも、“正解”は存在しない。だが一つだけ言える」
男はドアに手をかけ、振り返る。
「君は、判断を急がない。それは弱点にもなるが――武器にもなる」
外に出ることを促され、出るとドアが閉まる。上級生にまた、待機場所まで誘導される。
廊下に戻ると、他の試験生たちも同じような顔をしていた。誰も、内容を話そうとしない。ただ、重たい沈黙だけが流れている。
仮眠室に戻り、ベッドに横になる。天井を見つめながら、今日のことを思い返す。
(僕は……これで良かったのか?)
戦闘では足手まといになりかけ、答えも曖昧で、覚悟が足りない。それでも、あの男は否定しなかった。灯りが落ちる。静かな夜の中で、僕は小さく息を吐いた。
明日も、試験は続く。そしてきっと、また選ばされる。
――何を守り、何を切り捨てるのかを。




