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Silens&Silentia シレンス・シレンティア  作者: 宮本葵
第一章「Silensとの出会い」
18/20

ep.15 “入隊試験編Ⅸ”

 負傷者も含めた候補生二十名と、数名の上級生が三十分後に集合した。


「では、今からバスに乗り込み、国運営のとある訓練場まで行く」

「何分くらいかかりますか…?」

「正確な場所、所要時間などは教えられない。スマホも置いていくようにしろ」


 こうして、僕らは地上へと戻り、すでに来ていたバスへと乗り込む。


「どこ行くんだろう……」

「実弾での訓練って指揮官言ってたし……」


 ひそひそとした声が、バスの中を漂う。けれど、その声も長くは続かなかった。

 エンジンがかかり、低く唸るような振動が床から伝わってくる。それだけで、会話は自然と途切れた。

 窓はすべて厚手のカーテンで覆われ、外の光はほとんど入ってこない。前方も仕切りで完全に遮断されていて、運転席の様子は見えなかった。


(……本当に、どこに行くんだろう)


 蒼はシートに深く背中を預け、両手を膝の上で組んだ。指先が、わずかに震えている。

 隣を見ると、優斗が座っていた。


「なあ、緊張してるか?」

「ああ、緊張マシマシさ。どうせ蒼もだろ」

「そうだね」


 前の座席では、岩城さんが小さく背筋を伸ばし、膝の上で資料のようなものを見ていた。だが、視線は合っていない。文字を追っているふりをして、実際には何も見えていないようだった。

 後方から、誰かの低い声が聞こえる。


「……実弾、って言ってたよな」

「当たりどころ悪けりゃ死んじゃうだろ」

「去年、入隊試験で大怪我した人がいたって噂が……」


 それ以上、言葉は続かなかった。誰も、縁起でもない話を最後までしたくなかったのだ。

 バスは、淡々と進み続ける。揺れは一定で、時間の感覚が曖昧になっていく。高速道路に乗ったのか、速度をグングン上げていっている。


(逃げ場、ないな)


 蒼は、ふと思った。

 ここまで来た以上、途中で降ろしてもらえることなんてない。怖いからやめます、なんて言える雰囲気でもない。


 ――でも。


(僕、役に立てるのか……?)


 まだ自分の実力が完全にわかったわけでもないのに、変な期待をかけられている。本当に役に立てているのかも分からないのに……。


 バスの後方で、金属が小さく鳴る音がした。上級生の誰かが、装備を確認しているのだろう。その音が、やけに現実を突きつけてくる。


(次は……もっと本気な試験なんだ)


 僕は、そう直感していた。

 やがて、バスがゆっくりと減速する。信号で停車したわけでもなさそうだ。エンジン音が変わり、ブレーキがかかる感触が伝わる。


「……着いた?」


 小さな声。バスは完全に停止する。数秒の沈黙のあと、前方から低く、よく通る声が響いた。


「全員、降車準備」


 片浜指揮官の声だった。


「ここから先は――本番だ」


 その一言で、空気が一変する。さっきまでの不安や雑音が、一気に締め付けられるように消えた。僕は深く息を吸い、立ち上がる。

 まだ、自分に何ができるのか分からない。それでも、足を止めるわけにはいかなかった。


 〜 〜 〜 〜 〜


 訓練場に降ろされた瞬間、空気が違うと分かった。風が冷たい。いや、正確には——空気が乾いていて、音がやけに澄んでいる。

 周囲はコンクリートと金属で作られた、無機質な屋外施設だった。高い防壁に囲まれ、いくつもの遮蔽物が不規則に配置されている。射撃訓練場というより、実戦を想定した小規模な市街地のようだ。


「ここが、一日目後半、実弾対人試験の会場だ」


 片浜指揮官の声が、静かに響く。


「相手は上級生。使うのは実弾だ。お前たちは非殺傷銃を使う」

「ただし」


 指揮官は一拍置く。


「“当たらない”とは言っていない」


 ざわ、と空気が揺れた。


「弾速は抑えてあるが、直撃すれば怪我はする。骨折もあり得る。だからこそ――判断力が必要になる」


 僕は、喉が鳴るのを感じた。


(……実弾)


 訓練用とはいえ、相手は本物の銃を持つ。撃たれる可能性が、はっきりと現実として目の前にある。


「ルールは簡単だ。制限時間十五分、上級生チームを“戦闘不能”と判定できれば合格。無理に前に出る必要はない。生き残ることも、立派な戦果だ」


 生き残るとは言っても、相手は上級生。隠れたとしても、見つかってやられるだけ……。


「配置につけ。A組からだ」


 僕たちは指定されたエリアへと移動する。優斗は僕の隣に立っていた。


「……なあ」

「なに?」

「実弾、って聞くとさ。さすがに来るな」


 優斗は苦笑いを浮かべるが、目は真剣だった。


「でもさ」


 優斗は僕を見る。


「ここまで来たんだ。やるしかないだろ」


「……うん」


 蒼は頷くが、胸の奥がざわついていた。


 ——自分は、役に立てるのか?


 銃は構えている。狙いも定まる。でも、“動けない”。開始の合図が鳴る。


「——開始!」


 瞬間、銃声が響いた。パン、という乾いた音ではない。もっと低く、空気を切り裂くような音。


「伏せろ!」


 上級生の弾が、遮蔽物の縁をかすめる。コンクリートが弾け、粉塵が舞う。


「は、はえぇ……!」

「これ、本当に試験かよ……!」


 A組は散開する。優斗は前に出て、遮蔽物を使いながら移動していた。


「蒼!カバー頼む!」

「わ、分かった!」


 僕は引き金に指をかける。照準に、上級生の影が映る。


(撃て——)


 だが。


 撃った瞬間、上級生がもう別の場所にいる。


「……当たらない」


 僕の弾は、虚しく壁に当たるだけだった。


「蒼、後ろ!」


 声をかけられて振り向いた瞬間、別方向から弾が飛ぶ。


 ——カンッ!


 遮蔽物に当たる音。

 僕は反射的に身を引いた。


(判断が……遅い……!)


 動けない。撃てても、意味がない。その一瞬の“迷い”が、連鎖を生んだ。


「優斗――!」


 優斗が前に出た。僕の代わりに、死角を埋めようとして。


 ――その瞬間。


 乾いた音が、はっきりと響いた。ドン、という鈍い衝撃音。


「っ……!」


 優斗の体が、ぐらりと揺れる。次の瞬間、優斗は膝をついた。


「優斗!?」


 僕は叫ぶ。優斗は肩を押さえ、顔を歪めていた。血は出ていないが、確実に撃たれている。


「だ、だいじょ——」


 言葉の途中で、優斗はバランスを崩し、そのまま倒れた。


「負傷者発生!」


 上級生の声が即座に飛ぶ。


「停止!A組、動くな!」


 訓練は中断された。医療班が駆け寄り、優斗を囲む。bは、立ち尽くしていた。

 銃を握ったまま、動けない。


(僕が、役に立てなかったから——)


 優斗は担架に乗せられながら、bの方を見た。


「……気にすんなよ」


 そう言って、無理に笑った。

 その笑顔が、僕の胸に深く突き刺さる。


 ——撃てる。

 ——でも、守れない。


 その事実が、僕を初めて本気で打ちのめした。


 〜 〜 〜 〜 〜


 A組の試験は中断され、負傷者対応のため一時退避となった。優斗が医療班に運ばれていくのを、僕ははただ見送ることしかできなかった。

 担架がだんだん遠くなり、視界から消えたあとも、胸の奥に残った重たい感覚は消えない。そんな中、何もなかったかのように、他のクラスが順番に実弾対人試験へと入っていく。

 僕は壁際のベンチに、銃も装備もすべて外した状態で待機していた。周囲では、銃声が断続的に響いている。誰かが走る音、指示を飛ばす声、遮蔽物に弾が当たる乾いた音。


 ——全部、自分とは関係のない世界みたいだった。


「……蒼くん」


 そっと声をかけてきたのは、岩城さんだった。指揮官と少し何か話したあと、僕のところへ来てくれたようだ。少し不安そうな顔をしている。


「……大丈夫?」

「……うん」


 即答できなかった。“うん”という言葉が、喉の奥で引っかかった感じがする。


「優斗くん、命に別状はないって聞いたよ」

「……そう」

「蒼くんのせいじゃないよ。あれは……」

「――違う」


 蒼は、視線を下げたまま言った。


「僕が、役に立たなかった」

「……」

「撃てた。でも、意味がなかった。判断が遅れて、カバーもできなかった」


 岩城さんは一瞬言葉に詰まり、それでも続けようとする。


「でも、実弾だよ? 怖くなるのは普通で——」

「怖いのは、みんな同じだ」


 自分でも驚くほど、声が硬くなっていた。


「なのに、僕だけ何もできなかった」


 中村さんも近くに来て、腕を組んだまま言う。


「宮本くん、これはしょうがないこと。こんなのは一人で背負う話じゃないわよ」

「でも――」

「結果論よ。それ」


 優しい言葉だった。けれど、蒼の胸には届かない。


(結果が、すべてだろ……)


 そのとき。


「……お前が宮本か」


 低い声が、背後から落ちてきた。振り向くと、上級生の男性隊員が立っていた。年上で、装備も使い込まれている。顔には疲れと厳しさが滲んでいた。


「実弾対人で、味方を負傷させた候補生だな」


 空気が一気に張り詰める。


「ちょ、ちょっと、それは——」


 岩城さんが反論しようとするが、上級生は手で制した。


「事実だろ」

 僕をまっすぐ見下ろす。


「撃てる。でも役に立てない。判断が遅い」

「……」

「一番危険なタイプだ」


 言葉が、鋭く突き刺さる。


「後ろに下がる判断もできない」

「……っ」

「もし実戦だったらどうなってた?」

「……」

「お前じゃなく、もう一人、二人、死んでたかもしれない」


 僕は何も言えなかった。

 ——それは、否定できない。


「Silensはヒーローごっこじゃない」


 上級生は淡々と言う。


「中途半端な覚悟なら、ここにいる資格はない」


 そう言い残し、踵を返して去っていった。その背中を、誰も止めなかった。岩城さんは唇を噛みしめ、中村さんは目を伏せている。そして僕は、ただ俯いた。


(……やっぱり、僕は……)


 〜 〜 〜 〜 〜


 試験がすべて終わり、帰りのバスに乗り込む。カーテンは閉められ、行きと同じく外は見えない。車内は静かで、誰も大きな声を出さなかった。

 僕の隣に、包帯を巻いた優斗がゆっくりと腰を下ろす。


「……痛む?」

「まあな。でも大したことない」


 しばらく沈黙。エンジン音だけが、一定のリズムで響く。


「……なあ、蒼」

「……なに」

「さっきのこと、気にしてるだろ」


 僕は答えず、ただ前を向いていた。優斗は、前を見たまま続ける。


「俺さ、あのとき前に出たの、自分の判断だ」

「……」

「蒼が遅れたからとか、そういうんじゃない」


 包帯を巻いた肩を、軽くすくめる。


「むしろ、俺が欲張った」

「……でも」

「蒼は悪くない」


 はっきりとした声だった。


「お前がいなかったら、俺はもっと前に出て、もっと酷い怪我してたかもしれない」


 僕は、ゆっくりと顔を上げる。


「……それでも、役に立てなかった」

「違う」


 優斗は即座に否定した。


「お前が迷ったのは、命を軽く見なかったからだ」

「……」

「それを責める場所なら、俺はここに来てない」


 バスが小さく揺れる。


「Silensが必要としてるのは、撃てるやつだけじゃないだろ」

「……」

「悩むやつだよ」


 蒼の胸の奥で、何かが少しだけ緩んだ。でも、あの時の気持ちは完全には消えない。でも、押し潰されそうだった重さが、ほんのわずかに軽くなる。

 バスは、静かに学校にある、Silens本部へと戻っていった。

残りは、Ⅹ,Ⅺ,Ⅻ,XIII,章末となります。第一章第二部の入隊試験編ももうすぐ終わり、2章へと……!

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-著者 宮本葵-
茨城県南部出身。中学2年生。鹿行地域とは違ってメロンをたくさん食べれないところに住んでいる、メロン好き。バナナも好きだがやはりメロン。最近、つくばの祭りに行った際、メロンが入ったメロンソーダに目を引かれてしまい、購入。めちゃくちゃ美味しかった。

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僕の中学校生活がループしているので抜け出したいと思います。
Silens&Silentia シレンス・シレンティア
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