ep.15 “入隊試験編Ⅸ”
負傷者も含めた候補生二十名と、数名の上級生が三十分後に集合した。
「では、今からバスに乗り込み、国運営のとある訓練場まで行く」
「何分くらいかかりますか…?」
「正確な場所、所要時間などは教えられない。スマホも置いていくようにしろ」
こうして、僕らは地上へと戻り、すでに来ていたバスへと乗り込む。
「どこ行くんだろう……」
「実弾での訓練って指揮官言ってたし……」
ひそひそとした声が、バスの中を漂う。けれど、その声も長くは続かなかった。
エンジンがかかり、低く唸るような振動が床から伝わってくる。それだけで、会話は自然と途切れた。
窓はすべて厚手のカーテンで覆われ、外の光はほとんど入ってこない。前方も仕切りで完全に遮断されていて、運転席の様子は見えなかった。
(……本当に、どこに行くんだろう)
蒼はシートに深く背中を預け、両手を膝の上で組んだ。指先が、わずかに震えている。
隣を見ると、優斗が座っていた。
「なあ、緊張してるか?」
「ああ、緊張マシマシさ。どうせ蒼もだろ」
「そうだね」
前の座席では、岩城さんが小さく背筋を伸ばし、膝の上で資料のようなものを見ていた。だが、視線は合っていない。文字を追っているふりをして、実際には何も見えていないようだった。
後方から、誰かの低い声が聞こえる。
「……実弾、って言ってたよな」
「当たりどころ悪けりゃ死んじゃうだろ」
「去年、入隊試験で大怪我した人がいたって噂が……」
それ以上、言葉は続かなかった。誰も、縁起でもない話を最後までしたくなかったのだ。
バスは、淡々と進み続ける。揺れは一定で、時間の感覚が曖昧になっていく。高速道路に乗ったのか、速度をグングン上げていっている。
(逃げ場、ないな)
蒼は、ふと思った。
ここまで来た以上、途中で降ろしてもらえることなんてない。怖いからやめます、なんて言える雰囲気でもない。
――でも。
(僕、役に立てるのか……?)
まだ自分の実力が完全にわかったわけでもないのに、変な期待をかけられている。本当に役に立てているのかも分からないのに……。
バスの後方で、金属が小さく鳴る音がした。上級生の誰かが、装備を確認しているのだろう。その音が、やけに現実を突きつけてくる。
(次は……もっと本気な試験なんだ)
僕は、そう直感していた。
やがて、バスがゆっくりと減速する。信号で停車したわけでもなさそうだ。エンジン音が変わり、ブレーキがかかる感触が伝わる。
「……着いた?」
小さな声。バスは完全に停止する。数秒の沈黙のあと、前方から低く、よく通る声が響いた。
「全員、降車準備」
片浜指揮官の声だった。
「ここから先は――本番だ」
その一言で、空気が一変する。さっきまでの不安や雑音が、一気に締め付けられるように消えた。僕は深く息を吸い、立ち上がる。
まだ、自分に何ができるのか分からない。それでも、足を止めるわけにはいかなかった。
〜 〜 〜 〜 〜
訓練場に降ろされた瞬間、空気が違うと分かった。風が冷たい。いや、正確には——空気が乾いていて、音がやけに澄んでいる。
周囲はコンクリートと金属で作られた、無機質な屋外施設だった。高い防壁に囲まれ、いくつもの遮蔽物が不規則に配置されている。射撃訓練場というより、実戦を想定した小規模な市街地のようだ。
「ここが、一日目後半、実弾対人試験の会場だ」
片浜指揮官の声が、静かに響く。
「相手は上級生。使うのは実弾だ。お前たちは非殺傷銃を使う」
「ただし」
指揮官は一拍置く。
「“当たらない”とは言っていない」
ざわ、と空気が揺れた。
「弾速は抑えてあるが、直撃すれば怪我はする。骨折もあり得る。だからこそ――判断力が必要になる」
僕は、喉が鳴るのを感じた。
(……実弾)
訓練用とはいえ、相手は本物の銃を持つ。撃たれる可能性が、はっきりと現実として目の前にある。
「ルールは簡単だ。制限時間十五分、上級生チームを“戦闘不能”と判定できれば合格。無理に前に出る必要はない。生き残ることも、立派な戦果だ」
生き残るとは言っても、相手は上級生。隠れたとしても、見つかってやられるだけ……。
「配置につけ。A組からだ」
僕たちは指定されたエリアへと移動する。優斗は僕の隣に立っていた。
「……なあ」
「なに?」
「実弾、って聞くとさ。さすがに来るな」
優斗は苦笑いを浮かべるが、目は真剣だった。
「でもさ」
優斗は僕を見る。
「ここまで来たんだ。やるしかないだろ」
「……うん」
蒼は頷くが、胸の奥がざわついていた。
——自分は、役に立てるのか?
銃は構えている。狙いも定まる。でも、“動けない”。開始の合図が鳴る。
「——開始!」
瞬間、銃声が響いた。パン、という乾いた音ではない。もっと低く、空気を切り裂くような音。
「伏せろ!」
上級生の弾が、遮蔽物の縁をかすめる。コンクリートが弾け、粉塵が舞う。
「は、はえぇ……!」
「これ、本当に試験かよ……!」
A組は散開する。優斗は前に出て、遮蔽物を使いながら移動していた。
「蒼!カバー頼む!」
「わ、分かった!」
僕は引き金に指をかける。照準に、上級生の影が映る。
(撃て——)
だが。
撃った瞬間、上級生がもう別の場所にいる。
「……当たらない」
僕の弾は、虚しく壁に当たるだけだった。
「蒼、後ろ!」
声をかけられて振り向いた瞬間、別方向から弾が飛ぶ。
——カンッ!
遮蔽物に当たる音。
僕は反射的に身を引いた。
(判断が……遅い……!)
動けない。撃てても、意味がない。その一瞬の“迷い”が、連鎖を生んだ。
「優斗――!」
優斗が前に出た。僕の代わりに、死角を埋めようとして。
――その瞬間。
乾いた音が、はっきりと響いた。ドン、という鈍い衝撃音。
「っ……!」
優斗の体が、ぐらりと揺れる。次の瞬間、優斗は膝をついた。
「優斗!?」
僕は叫ぶ。優斗は肩を押さえ、顔を歪めていた。血は出ていないが、確実に撃たれている。
「だ、だいじょ——」
言葉の途中で、優斗はバランスを崩し、そのまま倒れた。
「負傷者発生!」
上級生の声が即座に飛ぶ。
「停止!A組、動くな!」
訓練は中断された。医療班が駆け寄り、優斗を囲む。bは、立ち尽くしていた。
銃を握ったまま、動けない。
(僕が、役に立てなかったから——)
優斗は担架に乗せられながら、bの方を見た。
「……気にすんなよ」
そう言って、無理に笑った。
その笑顔が、僕の胸に深く突き刺さる。
——撃てる。
——でも、守れない。
その事実が、僕を初めて本気で打ちのめした。
〜 〜 〜 〜 〜
A組の試験は中断され、負傷者対応のため一時退避となった。優斗が医療班に運ばれていくのを、僕ははただ見送ることしかできなかった。
担架がだんだん遠くなり、視界から消えたあとも、胸の奥に残った重たい感覚は消えない。そんな中、何もなかったかのように、他のクラスが順番に実弾対人試験へと入っていく。
僕は壁際のベンチに、銃も装備もすべて外した状態で待機していた。周囲では、銃声が断続的に響いている。誰かが走る音、指示を飛ばす声、遮蔽物に弾が当たる乾いた音。
——全部、自分とは関係のない世界みたいだった。
「……蒼くん」
そっと声をかけてきたのは、岩城さんだった。指揮官と少し何か話したあと、僕のところへ来てくれたようだ。少し不安そうな顔をしている。
「……大丈夫?」
「……うん」
即答できなかった。“うん”という言葉が、喉の奥で引っかかった感じがする。
「優斗くん、命に別状はないって聞いたよ」
「……そう」
「蒼くんのせいじゃないよ。あれは……」
「――違う」
蒼は、視線を下げたまま言った。
「僕が、役に立たなかった」
「……」
「撃てた。でも、意味がなかった。判断が遅れて、カバーもできなかった」
岩城さんは一瞬言葉に詰まり、それでも続けようとする。
「でも、実弾だよ? 怖くなるのは普通で——」
「怖いのは、みんな同じだ」
自分でも驚くほど、声が硬くなっていた。
「なのに、僕だけ何もできなかった」
中村さんも近くに来て、腕を組んだまま言う。
「宮本くん、これはしょうがないこと。こんなのは一人で背負う話じゃないわよ」
「でも――」
「結果論よ。それ」
優しい言葉だった。けれど、蒼の胸には届かない。
(結果が、すべてだろ……)
そのとき。
「……お前が宮本か」
低い声が、背後から落ちてきた。振り向くと、上級生の男性隊員が立っていた。年上で、装備も使い込まれている。顔には疲れと厳しさが滲んでいた。
「実弾対人で、味方を負傷させた候補生だな」
空気が一気に張り詰める。
「ちょ、ちょっと、それは——」
岩城さんが反論しようとするが、上級生は手で制した。
「事実だろ」
僕をまっすぐ見下ろす。
「撃てる。でも役に立てない。判断が遅い」
「……」
「一番危険なタイプだ」
言葉が、鋭く突き刺さる。
「後ろに下がる判断もできない」
「……っ」
「もし実戦だったらどうなってた?」
「……」
「お前じゃなく、もう一人、二人、死んでたかもしれない」
僕は何も言えなかった。
——それは、否定できない。
「Silensはヒーローごっこじゃない」
上級生は淡々と言う。
「中途半端な覚悟なら、ここにいる資格はない」
そう言い残し、踵を返して去っていった。その背中を、誰も止めなかった。岩城さんは唇を噛みしめ、中村さんは目を伏せている。そして僕は、ただ俯いた。
(……やっぱり、僕は……)
〜 〜 〜 〜 〜
試験がすべて終わり、帰りのバスに乗り込む。カーテンは閉められ、行きと同じく外は見えない。車内は静かで、誰も大きな声を出さなかった。
僕の隣に、包帯を巻いた優斗がゆっくりと腰を下ろす。
「……痛む?」
「まあな。でも大したことない」
しばらく沈黙。エンジン音だけが、一定のリズムで響く。
「……なあ、蒼」
「……なに」
「さっきのこと、気にしてるだろ」
僕は答えず、ただ前を向いていた。優斗は、前を見たまま続ける。
「俺さ、あのとき前に出たの、自分の判断だ」
「……」
「蒼が遅れたからとか、そういうんじゃない」
包帯を巻いた肩を、軽くすくめる。
「むしろ、俺が欲張った」
「……でも」
「蒼は悪くない」
はっきりとした声だった。
「お前がいなかったら、俺はもっと前に出て、もっと酷い怪我してたかもしれない」
僕は、ゆっくりと顔を上げる。
「……それでも、役に立てなかった」
「違う」
優斗は即座に否定した。
「お前が迷ったのは、命を軽く見なかったからだ」
「……」
「それを責める場所なら、俺はここに来てない」
バスが小さく揺れる。
「Silensが必要としてるのは、撃てるやつだけじゃないだろ」
「……」
「悩むやつだよ」
蒼の胸の奥で、何かが少しだけ緩んだ。でも、あの時の気持ちは完全には消えない。でも、押し潰されそうだった重さが、ほんのわずかに軽くなる。
バスは、静かに学校にある、Silens本部へと戻っていった。
残りは、Ⅹ,Ⅺ,Ⅻ,XIII,章末となります。第一章第二部の入隊試験編ももうすぐ終わり、2章へと……!




