ep.13 “入隊試験編Ⅶ”
午後の講義も終わり、一度寮へ帰れることになった。久しぶりの帰宅だ。
「あ〜あ、ルームメイトめっちゃ心配してたからな〜。何やってるんだって。何も言わずに出ていっちゃったし」
「僕らはちょっと嘘ついちゃったけどね……。」
「仕方ないことよ。私たちは嘘をついていかないといけないし」
「俺はちょっと嫌だなぁ」
疲れているけど、寮まで結構距離があるので、ゆっくりおしゃべりしながら僕らは地下通路を歩いていた。
「明日から試験かぁ。何やるんだろうな俺ら」
「私ちょっと緊張するなぁ〜。銃を持つ手が震えちゃうよ」
岩城さんはともかく、優斗が珍しく緊張していた。試験がどんなものかは知らないけど、死亡者が出たこともあると先輩も言ってたし……。確かの少し怖い。
「宮本くんは大丈夫でしょうね。パッと見て、弱そうだけど、強いし」
「ちょっとディスってるでしょ、中村さん」
「確かに蒼弱そうだけどな」
そんな弱そうに見えるかな……?女子っぽいとは一回だけ言われたことはあるけど……。すると、チョンチョンと肩を岩城さんがつついてくる。
「どうしたの、岩城さん?」
「蒼くんはかっこいいからね」
ご耳元で行ったかと思えば、女子寮に繋がるドアへ走っていって、中村さんと一緒に消える。
「岩城さん、なに言ってたの?」
「いいや、何も……」
僕は恥ずかしさを隠しつつ、そう優斗に言った。すると、ニヤッと何かを悟ったかの様に笑った後、何も言わずに男子寮へとまた歩き始めた。
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「なあ、蒼?」
「なに、優斗?」
「これ、どうやって入るのが正解?」
「普通に入るんじゃないの……?」
ドアの前でなかなか部屋に入れずにいる僕ら。意味不明な会話をしていると、急に扉が開く。ガコン、バンッ。まず僕にドアノブが当たり、次にドアが優斗にぶつかる。
「え、何?……ってお前らか。おかえり」
「いてて……、ただいま、慎二」
「こんなお出迎えだとは思いもしなかったよ」
慎二がゴミ袋を持って外に出て来たところだった。元気にやっているのか、最後に見た時とほとんど変わっていない。
「和也だったら奥にいるぜ。久しぶりに帰ってくるって聞いてなんか用意してやがる。俺はちょっとゴミを捨てにいってくるからな!」
そう言ってエレベーターへと向かう慎二を見送って僕たちは部屋の中へ入っていった。
「あ、え!?帰って来たのかよ」
パソコン周りで何やらゴソゴソしてた和也が振り返る。
「うん、ただいま」
「で、お前は何やってるんだ?」
ギクッと言わんばかりにびっくりした和也は、仕方ないと思ったのか全て吐く。
「いや〜、最近さ、STubeの動画投稿者増えてるじゃん。それで、俺たちもなぁと」
「校則的に大丈夫なのかよ」
「バレなきゃ犯罪じゃないと言うじゃんか」
「その理論、だいぶ危ないけどな……」
僕が呆れたように言うと、和也は肩をすくめて笑った。
「大丈夫大丈夫。顔も声も出してないし、ゲーム実況みたいなもんだって」
「いや、それでも学校にバレたら普通に怒られるやつだろ」
「慎二も最初は反対してたんだけどさ」
その名前が出た瞬間、ちょうど玄関の方からガチャリと音がする。
「おい、勝手に俺を巻き込むな」
ゴミ袋を捨てて戻ってきた慎二が、呆れ顔で靴を脱ぎながら言った。
「反対はした。でも、あいつがどうしてもって聞かなくてな」
「ほら、慎二も最終的には許可してくれたし」
「“黙認”な。許可はしてない」
三人のやり取りを見て、優斗が小さく笑う。
「相変わらずだな、お前ら」
「そっちはどうだったんだよ。いきなり連絡もなく消えるし」
「それは……まあ、色々あって」
僕は曖昧にそう返す。本当のことは、言えない。Silens、銃のことも、血銃のことも。部屋の空気が少しだけ、気まずくなりかけたところで、和也がわざとらしく手を叩いた。
「はいはい! 暗くなる前に飯だ飯!」
「そうそう、久しぶりだしな」
「俺、コンビニで色々買ってきたぞ」
慎二が袋を掲げると、場の空気が一気に緩む。
机の上に並ぶカップ麺やおにぎり、菓子パン。決して豪華じゃないけど、妙に落ち着く光景だった。
「……こうやって集まるの、久しぶりだな」
「蒼がいないと、部屋静かすぎてさ」
「それ、僕がうるさいって言いたいのか?」
軽口を叩き合いながら、僕らは遅めの夕食をとった。その途中、和也がふと思い出したように言う。
「そういえば、明日からなんかあるんだろ?」
「……なんで知ってるの?」
「雰囲気で分かる。顔が完全に“やばいこと控えてます”って顔してるからさ」
優斗が苦笑する。
「そんなに分かりやすい?」
「分かりやすいな」
慎二も頷いた。
「無理すんなよ。何があっても、生きて帰ってこい」
「……うん」
その言葉が、胸の奥に静かに沈む。
食事が終わり、それぞれがシャワーや片付けに向かい始めた頃。僕はベッドに腰を下ろし、天井を見上げた。
(明日で、訓練は終わり)
ナイフも、銃も、体術もやるけどまた違う“何か”の試験。そして、その先に待つ、本当の選別。
――Silensに、残れるかどうか。
残れるかは分からない。だが、もし落ちたらどうなるのかなんて考えたくもないことだった。
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五月四日、日曜日。予報では15℃という暖かい様な寒い様な天気になった今日。いよいよ、入隊試験が始まる。慎二や和也には三日間泊まりになると言うことを告げて、宿泊用の荷物を持ち、地下通路へと向かっていた。嘘をつくことにもう慣れつつある自分がいるのが、少し嫌だった。薄暗い照明に照らされた地下通路のコンクリートの壁が、いつもより冷たく見えた。
「蒼、怖いか?」
「ああ、怖いよ。だけどなんか楽しみかも」
フッと優斗が笑って、前を向く。前にはB組の男子、古川俊哉も居た。背が高く、だけどどこか人懐っこい雰囲気のやつだ。
「お、蒼じゃん!前はあまり話せなかったけど、連絡交換しようぜ。どうせスマホ持って来てるんだろうし」
「俊哉だよね?うん、まだ試験まで時間あるし、いいよ」
通路の端に少し寄り、スマホを取り出す。名前を打ち込む指先が、わずかに冷たい。
「よし、これでオッケー」
「ありがとう。よろしくね、俊哉」
スマホの連絡先交換も終わったところで、僕らは、また前に進み出す。広い地下通路でも少し大きい荷物を持った人が三人以上横に並ぶと少し狭く見える。
「なんかいつもより狭く見えるね」
「ああ、まだ後二人くらい横に入るスペースはあるけどな」
「物理的にはね」
段々と前に見えてくる前にも、同じ目的地へ向かう候補生たちがいる。足音が重なり、反響して、通路全体が低く唸っているようだった。
(みんな、同じなんだ)
不安で、緊張して、それでも前に進むしかない。やがて、通路の先にSilensの入り口が見えてくる。そこが――入隊試験の始まりの場所。
僕は無意識のうちに、バッグの持ち手を強く握りしめていた。
(ここから先は、もう後戻りできない)
そう思うと、心臓が早鐘を打つ。それでも、足は止まらなかった。
――試験は、もうすぐ始まる。




