ep.12 “入隊試験編Ⅵ”
午後の講義室は、午前の訓練場とはまるで別世界だった。柔らかい照明、整然と並んだ机、壁一面に展開されたホログラム。まるで普通の授業のようなのに、そこにいる全員が“普通じゃない話”を聞かされると分かっているかのようだった。
片浜指揮官が前に立ち、静かに口を開いた。
「午後は実技ではない。だが、今日一番重要な話をする」
空気が一段、引き締まる。
「――Silensとは何か。そして、お前たちが“何をさせられるのか”だ」
ホログラムが切り替わり、五つの文字が浮かび上がる。
“S/A/B/C/D”
「Silensは、この五つの班で構成されている」
五つの班があることにまず僕は驚きの表情を出す。
「お前等にはまだ話していなかったが、班がある。そうじゃないと成り立たないしな。まずS班についてだ」
大きく表示された“S”という文字だけ、色が違った。
「S班は特別だ。各学年から二名。男女一名ずつ。計十二名のみ」
ざわ、と小さくどよめきが起きる。
「役割は指揮・判断・最終決定、そして、最前線での戦い。指揮を行いつつ、戦闘も行う。一番大変で、責任が思い班だ」
指揮官は一拍置いて、こう続けた。
「能力だけで選ばれるわけじゃない。冷静さ、責任感、そして――切り捨てられる覚悟がないと入れない。ただ、この班に入れるのは俺が選んだ者だけだがな」
蒼は無意識に息を飲んだ。“切り捨てる”。その言葉がやけに重く響く。
「次にA班。お前たちが一番イメージしやすい役割だろう」
映像には、模擬戦や訓練の映像が流れる。
「前線での戦闘、制圧、直接対応。昨日の銃撃戦のような状況では、最初に動く」
優斗が小さく呟く。
「……俺ら、ここっぽいな」
「確かに僕らが昨日やったのはこの仕事だな……」
蒼も否定できなかった。
「B班は防衛、警備、避難誘導」
今度は、校舎内を人が誘導されていく映像。
「事件が起きた時、“混乱を広げない”のが仕事だ。人はパニックになる。だからこそ、冷静に守る者が必要になる」
僕は入学して間もない時に起きたサーバー侵入事件のことを思い出す。あんな混乱の中で、誘導を担当するのは体力と精神力が必要になりそうだ。
「C班。指令、情報、監視、戦闘支援」
無数のモニター、数値、地図。
「戦闘をしないと思うな。銃を普段持ってないだけで、最も忙しい班だ。現場にいる人間が生きて帰れるかは、C班の判断にかかっている」
最後に表示されたDの文字は、少しだけ暗かった。
「D班。医療、回復、記録修正、情報抹消」
一瞬、沈黙が落ちる。
「……“なかったことにする”役目だ」
蒼の背中を、冷たいものが走った。
「怪我の処置だけじゃない。噂、映像、記録、記憶。表に出てはいけないものを消す」
指揮官は淡々と告げた。
「誰かにもしかしたら恨まれるかもしれない役目だ。だが、学校を守るためには必要だ」
恨まれるかもしれない。だけど仕方のないこと。これも重要な仕事なんだ…。
「じゃあ、次へ移る。二人、入っていいぞ」
「「失礼します」」
静かな声とともに扉が開き、二人の生徒が入ってきた。
一人は、背筋の伸びた落ち着いた雰囲気の男子生徒。制服の着こなしも整っていて、視線の運びが穏やかだ。
もう一人は、鋭い目つきの女子生徒。腕を組み、無駄な動きが一切ない。立っているだけで、空気が引き締まる。
「紹介する。生徒会長の久条恒一。そして、風紀委員長の四宮和葉だ」
部屋の中が、ざわりと揺れた。
「え、生徒会長……?」
「風紀委員長って、あの……?」
久条会長は、その反応に少しだけ苦笑しながら、柔らかく頭を下げた。
「突然でごめんね、Silensの候補生たち。中等部生徒会の会長を務めさせていただいています、九条恒一です。早速だけど君たちには聞いてもらいたい話があるんだ」
その横で、四宮委員長は腕を組んだまま、鋭い視線を教室全体に走らせた。
「表じゃあ私たちが守っているけどね、Silensにも手伝ってもらないといけないこともあるしね……」
そう言い切ると、彼女は顎で合図をする。ホログラムが切り替わり、ある“事例”が映し出された。
表向きでの報告:軽いいざこざ、生徒間の誤解
実態:下級生に“能力”を理由に脅迫。特定の場所へ継続的に呼び出し。被害届は未提出。
「風紀委員が正面から動けば、確実に表沙汰になる」
四宮委員長は淡々と語る。
「だけどそれは、被害者の名前も、能力も、噂も――全部、学校中に晒すってことだからさ」
教室の空気が、重く沈む。
「守るために動いた結果、さらに追い詰めるなんて、本末転倒でしょう」
そこで、久条会長が一歩前に出た。
「だから、Silensに協力を依頼した。証拠の裏取り、関係の切断、外部への波及防止。風紀委員と生徒会は“表”を維持する役目を担い、Silensは“裏”で問題を終わらせた」
ホログラムに、結果だけが表示される。
被害者:転校なし
加害者:自主転校
記録:内部処理
「学校の秩序は守られ、誰も“事件”として知らないまま終わった」
蒼は、無意識に拳を握りしめていた。
(……誰も知らないまま、終わってる)
それが正しいのかどうか、すぐには判断できない。けれど、“守られた人がいる”という事実だけは確かなもの。
「誤解しないでほしい」
久条会長は真剣な表情で続ける。
「生徒会も風紀委員も、Silensの上に立っているわけじゃない。これは命令じゃなく、業務提携だ」
「互いの権限を侵さない。だけど、必要なときは連携する。ウィンウィンな関係ってわけよ」
四宮委員長が短く補足する。
「表で裁けない問題を、裏で片付ける。それだけの話」
片浜指揮官が、二人を見て頷いた。
「Silensは静けさという意味がある。要するに学校の影だ。生徒会と風紀委員は、光の下に立つが、Silensは目立たずに静かに仕事をする。Silensはヒーローじゃない」
指揮官の声が、講義室に響く。
「感謝されることもない。名前が残ることもない」
誰かが唾を飲む音が聞こえた。
「だが、誰かがやらなければならない」
ホログラムが消え、室内が静寂に包まれる。
「以上が、Silensの現実だ」
久条会長と篠宮委員長は一礼し、静かに講義室を後にした。扉が閉まったあとも、誰一人すぐには口を開けなかった。蒼は机の上で、そっと手を握りしめる。
そして、頭の片隅に引っかかり続けている疑問。
――なぜ自分が“血銃”を渡されたのか。
その答えが、このSilensという組織の、もっと深い場所にある気がしてならなかった。
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重たい沈黙が教室を支配したまま、数分が過ぎた。
その空気を切り替えるように、何かを用意して戻ってきたら片浜指揮官が一度だけ手を叩く。
「――次だ」
壁際に新たなホログラムが展開される。そこに映し出されたのは、見慣れた拳銃のシルエットと、やや大型のライフル型――二種類の武器だった。
「Silensの通常武装について説明する」
指揮官の声は事務的で、感情を挟まない。
「基本的に使用する銃は二系統。一つは拳銃タイプ、もう一つはスナイパータイプだ」
画面が切り替わり、拳銃型が拡大表示される。
「通常任務では近〜中距離戦闘、施設内制圧をするため、日常的に携行するのは、こちらの拳銃タイプになる」
次に、スナイパータイプ。
「こちらは遠距離支援、監視、狙撃専用。任務内容が限定されるため、常備はしない。だが――性能と“中身”は同一だ」
ざわり、と小さなどよめきが起きた。
「同一……?」
「形が違うだけ?」
「その通りだ」
指揮官が頷く。
「銃の“種類”は全部で十二。拳銃でも、スナイパーでも、同じ十二種類が存在する」
ホログラムに、十二のアイコンが円状に並ぶ。
電磁銃:神経伝達を一時的に遮断。拘束・無力化向け。
氷結銃:対象の動きを制限。地形操作にも使用可。
熱線銃:高温による威嚇・破壊。使用制限あり。
衝撃銃:物理的衝撃を増幅。非殺傷制圧向け。
音波銃:平衡感覚を崩す。集団制御に有効。
閃光銃:視覚・感覚妨害。突入支援用。
重力銃:対象の動きを鈍化、または固定。
振動銃:構造物破壊、障害物除去。
幻影銃:視覚誤認を引き起こす補助武装。
ゴム銃:ゴム弾を使う。痛みはあるが殺傷性は殆どない。
光線銃:攻撃特化。殺傷性が少しある。消費電力が多い。
電磁銃:電子機器を無力化。戦術的な制圧や妨害に有効。
「これらはすべてほぼ非殺傷ということを前提としている」
その言葉に、少しだけ空気が和らぐ。
「そして重要なのはここからだ」
指揮官が画面を操作すると、同じ“電磁銃”でも、形状や細部が微妙に異なる映像が並んだ。
「Silensの銃は、個人ごとにカスタムされる。反応速度、判断傾向、筋力、視野、精神耐性。訓練とデータから最適化される」
「じゃあ……同じ電磁銃でも、使い勝手が違うってこと?」
中村さんが小さく声を上げる。と、司令官は続ける。
「そうだ。引き金の重さ、反動、照準補正、発動タイミング。すべて持ち主に合わせて調整される」
「だから他人の銃を使うと、すっごく扱いづらいのよ〜」
桐生先輩が横から入ってくる。
「他の人の銃をやむを得ず使うこと稀にあるけど、普段はなるべく自分の使ったほうがいいからね」
「その通りだ、桐生。また、二つのタイプだが、拳銃タイプが“近距離用の身体拡張”なら、スナイパータイプは“遠距離用の意識拡張”だ」
その表現に、蒼は妙に引っかかるものを感じた。
(……意識、拡張……)
「同じ種類でも、距離と役割で姿を変える。それがSilensの銃だ……」
指揮官は一度、言葉を切って続ける。
「――以上が、血銃を除いた説明だ。あれについては説明をしない。する必要がない」
その一言で、空気が一瞬、張り詰めた。誰も口に出さない。だが、蒼だけは確かに感じていた。
(……やっぱり、意図的に外されてる)
自分だけが触れてしまった“例外”。十二種類の中に含まれない、十三番目。その重さを、誰にも悟られないように、蒼は静かに息を整えた。




