ep.9 “入隊試験編Ⅲ”
――翌日。五月二日。昨日の疲れを引きずったまま、僕たちは仮眠室の布団から重い体を起こした。目覚ましが鳴る前に、誰かの「いてて……」という呻き声で全員が目を覚ました。
「筋肉痛やばい……」
「昨日あれだけ転ばされたんだ。そりゃそうだろ……」
「蒼の寝癖……ひど……」
髪をひっぱられて振り向くと、優斗がむにゃむにゃしながら笑っていた。
「うるさい……」
そんなやりとりをしながら、僕たちは眠い目をこすって準備を進めた。女子組とも本部ロビーで合流する。
「みんなひどい顔ね」
「寝た気がしない……」
「中村さんは?」
「私?普通よ」
中村さん、やっぱり強すぎる。
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「お、集まったな」
片浜指揮官が姿を現す。今日も無愛想でちょっと怖い。僕らは背筋を伸ばした。
「今日はナイフの基礎と、午後に模擬戦を行う。昨日より難易度は上がるが、怪我しても文句言うなよ。ただし、ナイフはゴム製だから安心しろ」
怪我前提なのはやめてほしいが、ゴムのナイフならまだ安心できる。
「それと、昨日、本部システムに一瞬障害が起こった」
「「え?」」
僕らがざわつくと、指揮官は淡々と続けた。
「深夜、地下通路の監視システムに一瞬ノイズが走った。原因は不明だが、不審者の侵入は確認されていない」
皆がざわつく。だが指揮官はこれ以上話すつもりはなさそうだ。原因がわからないからか、それとも言いたくないからか。どちらかがわからなかった。
「以上だ。訓練室へ行け」
とも言われて、仕方なく僕たちは詳細を聞かされず、訓練室へと移動した。
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午前のナイフ訓練は、昨日の体術よりもずっと静かだった。ゴム製ナイフを持ちながら、桐生先輩が説明する。
「いい? ナイフって、実は“切る”より“押す”方が危ないからね。力を入れすぎると逆に体勢が崩れるよ〜」
「押すのが危ないんですか?」
「そう。刃物はね、軽い力で十分刺さるの。だから力任せにいこうとすると返しで自分が怪我するんだよ」
先輩はフォローしながら、優しい表情で教えてくれる。昨日とのギャップが激しい。
「あっ、蒼くん、持ち方上手いねぇ」
「本当ですか?」
「うん。手首が固まってないし。柔らかく使えるのは才能よ〜」
隣で岩城さんがむぅっと頬を膨らませた。
「先輩……距離が近いです……」
またこれだ。昨日からずっとこの調子だ。
「はいはい、彼女さん嫉妬しないの。次は受け流し方ね〜」
「彼女じゃないですよ〜!」
午前の訓練はこの調子で少しゆっくり目に、だけど皆んなちゃんと技術を一つ一つつけていって終わった。
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そして昼休憩。メニューは唐揚げ弁当。昨日より豪華だ。
「美味しそう〜!」
「腹減ってたから助かる」
女子組と一緒になって机を囲んで食べながら、自然と話題は午前練のことと、午後の模擬戦になる。
「ナイフでの攻撃上手くなった?俺はまあまあだった」
「う〜ん、中村さんがやっぱりちょっと強いわね。蒼くんはどうだったの?」
「僕もまあまあかな」
「私は普通」
妙な静けさが数秒続く。と、岩城さんが話題を変えてくる。
「今日も桐生先輩が相手、なのよね……」
「うん……」
「でも、昨日よりはマシじゃない?距離取ればどうにか」
優斗が言うと、中村さんが首を横に振る。
「無理だと思うわ。あの人、距離を詰めるのが異常に早いから」
「だよな」
そして誰かがぼそっと呟く。
「てか今日、なんか指揮官、システム障害のこと言いにくそうだったよな」
「確かに。“深夜のノイズ”とか……結局何だったんだ?」
その瞬間、胸のざわつきが再び蘇る。だが答えは分からないまま、午後の模擬戦が始まる。
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午後、模擬戦用のホール。
昨日と違い、今日は障害物がいくつか置かれていた。コンクリートブロックの模型、障害物用の木箱、遮蔽物などなど。
「じゃー、ルール説明っ!」
桐生先輩が手を挙げる。
「昨日と違って、今日は “クラスごと” に挑戦してもらうよ!一クラスずつ私と戦って、誰か一人でも私を“倒せたら”クリア!」
「……勝てる未来が見えないんだけど」
「昨日より悪いじゃん……!」
「みんな頑張ってね〜」
先輩の軽い声が逆にプレッシャーだ。それを知らず、くじを引く。最初はC組、二番目はE組、三番目がA組、四番目がD組、最後がB組だ。最初のクラスから順番に戦っていく。
はじめにC組が位置に着く。それを見た桐生先輩がナイフを構えた瞬間、空気が変わる。昨日とは違う“鋭さ”がある。
「みんな、あれ……昨日より本気じゃね?」
「うわ……先輩、スイッチ入ってない?」
一クラス目が開始。いい戦いをしているのかがわからないが、ナイフは先輩に届かずに終わる。結果、開始から 二分二十秒で全滅した。
「えええええ!!?」
「マジかよ……!」
次のクラスも似たようなものだった。しかし、今度は全滅寸前、開始四分二十四秒の時に一人が一瞬だけゴムのナイフを先輩に当てることができた。
が、一瞬で倒され、四分三十二秒で全滅。次は、A組の番だ。ナイフの使い方はよくわからないが、頑張るしかない。そう思って配置へつこうと片足を踏み出した瞬間。
――ホールの照明が一瞬だけパチッと明滅した。
「……あれ?」
「今、照明……?」
桐生先輩が眉をひそめ、天井を見上げる。
「ごめん、少し待ってて。管制に確認してみるね」
と言い終わった瞬間——
「ピィィィ——!!」
警告音が鳴り響いた。訓練中に鳴るはずがない、音が大きくて、不安な気持ちと恐怖感を煽るような音の警報。
「なっ……なんだ!?」
ホール中がざわめく。模擬戦の監督になっていた指揮官が通信パネルを叩き、叫んだ。
「管制室!何が起きてる!?」
ノイズ混じりの返答。
『…ン……ッ……侵入……っ……セキュリティ……ダウン……!』
桐生先輩の顔から笑みが消える。
「嘘でしょ……?」
次の瞬間、ホールの入り口がガチャンッと閉まり、重いロック音が鳴った。
「閉じ込められた……!?」
僕の背筋に、ぞくりと冷たいものが走る。そして、訓練ホールの壁面モニターが突然つき、ノイズだらけの画面の向こうに、黒いパーカーの影が映った。
『やあ、訓練生のみんな。元気しているかい?君たちいつも頑張っているみたいだから、僕からちょっとしたプレゼントをあげるよ。さあ、“実践訓練”を始めようか』
長い長い戦いの始まりを示しているかのように、重く、だけどこれを面白がっているような声が訓練場に響き渡った。




