034 カル・ヴェインの空
さらに予定が詰まって大焦り中です。毎日投稿はなんとかしたい
丘を越えると、風が変わった。
潮の香りと、石畳を叩く靴音の響き。広がる空の下に、白い街並みが段状に重なっていた。海沿いの港町。石造りの家々、階段状の通り、中央には時計塔。そして、どこか牧歌的なBGMが耳をくすぐる。
「……いい場所だな」
思わず漏れた独り言に、隣の創零が横目でこちらを見る。
ここまでの道のりは長かった。起伏だらけの森と、崖道と、気まぐれな天候。ようやく落ち着けそうな場所にたどり着いた、そんな実感があった。
二人で通りを下る。途中、露店では香辛料の効いた魚のスープが煮え、子ども型NPCが追いかけっこしている。建物の合間から見える海面は、どこまでも青かった。
そして、街の広場に差しかかったときだった。
「……あれ、何?」
創零が指を差した先。赤と銀の旗がはためき、特設ステージらしき場所が設営されていた。横には仮設の整備小屋と、なにやら大きな金属塊が数台。
その中央に立つ看板には、大きくこう書かれていた。
《疾風杯—ウィンドチャリオット・カップ—》
空を駆け抜ける魔導車レース、ここに開幕。
マシン持込・改造自由/優勝者には特別報酬あり
「レースイベントか……」
シュウユは、ざっと概要を読む。どうやらプレイヤーが自作・改造した魔導車、通称チャリオットで空中コースを競う形式らしい。乗り物を作って走る、というMMOにはよくある系統のサイドイベント……なのだが。
「これ、ちょっと面白そう」
創零が呟いた。
その声には、少しだけ熱があった。普段は無表情で静かな彼にしては珍しいほどの、素直な興味。
「シュウユ。作ろうよ。マシン。走ってみたい」
街の風と匂いと、軽やかな空気。
「よし、じゃあ作るか!」
すでに頭の中では、決まっていた。
作る。そして、出る。《疾風杯》。
“本気で遊ぶ”。そう決めた。
「ちょっと整理すっか」
宿に戻ったシュウユは、インベントリを展開した。
素材欄の一部をフィルタリング。雷属性を中心に、最近の討伐・探索で手に入れた部品群が浮かび上がる。
【魔導圧縮瓶(青)×42】
【共通車軸ベースフレーム×16】
【古鉄製パネルボルト×120】
【安定型魔晶板×24】
【焦げた導管コード×37】
【不完全ブースター部品×9】
【空獣の帯電コア×1】(★レア)
【兵装ユニット(外装)×1】(★レア)
【雷鱗竜の背棘×2】(★レア)
「ボトル系と部品フレーム、これだけあれば……換金もいけるな」
使う予定のないパーツ類を選び、シュウユは商会系NPCに持ち込み換金を依頼した。
表示された総額は、約3200万K。
「これと、手持ち合わせて……製作費、足りるな」
その足で向かったのは、街の西端にある整備屋《スパナ工房》。
熟練NPC技師たちが集まる、カスタム魔導ギア専門の工房だ。
「よう、作成依頼だ。持ち込み素材で、仕様は特殊」
受付でそう言いながら、シュウユは自信たっぷりに素材データを展開する。
【製作依頼内容】
ベース形態:四輪走行式チャリオット(雷属性特化)
機構拡張:変形ギミック(跳躍⇨人型戦闘フォームへ移行)
武装搭載:中距離魔導射撃機構+副腕展開
推進装置:ブースター反転機構
「……まじか。これ作んのか?」
親方NPCが表示された設計プランを見て、顔をしかめる。
だが次の瞬間、ニヤリと笑った。
「……面白そうじゃねえか」
作業はすぐに開始された。
パーツはすでに揃っている。設計図も、方向性も明確。
ブーストコアに雷晶核を据え、外装フレームに魔獣の鱗を重ね、
内部構造にはかつて倒した人型兵器由来のパーツが組み込まれる。
“これは本当に車なのか?”
そう思いたくなる異形のシルエットが、少しずつ形を成していく。
そして——完成。
その姿は、雷と鋼と謎が融合した、唯一無二の魔導兵装だった。
「名前は……まだ決めない」
組み上がった機体を見つめながら、シュウユはぽつりと呟いた。
「走って、飛んで、勝ったときに。……きっと浮かぶだろ」
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