032 超越の裁定
大変遅れてしまい申し訳ありません。今週は毎日投稿頑張ります。
静かに、塔の最深部に光が満ちていく。
シュウユと創零が歩き出す。
やがて、塔の出口が近づいたところで──
「今日はここまでだな。明日また来るから、創零」
「うん。待ってる」
創零は小さく笑って、塔の光の中へと歩いていく。
シュウユはログアウト画面を開き、そっと一言だけ呟いた。
「……また明日な」
「お風呂、入りなよ」
「サンキュー。……っていうか、なんで深夜に焼きそば作ってんだよ」
「冷蔵庫に賞味期限ギリのあったから。夜食、半分食べる?」
「ちょっとだけ……」
夜のリビングに漂うソースの香りと、静かなテレビの音。
束の間の現実世界。シュウユは缶ジュースを片手に、軽く雑談を交わして、やがて眠りについた。
「……ん?」
目を開けた瞬間、シュウユは一拍遅れて異変に気づいた。
街の中央広場。
「いや、それどころじゃねぇ。あの倉庫、昨日までなかったぞ」
「どうなってんだ?NPCが全員、同じ方向を向いて立ってる……?」
境界の街リーヴェルに、奇妙な空気が広がっていた。
朝を迎えた街では、プレイヤーたちが口々に「おかしい」と騒ぎ始めている。
倉庫の増設。マップの更新。NPCの動作の異変。
そのすべてが――昨日、あの塔でシュウユたちが敵を撃破した後から起こっていた。
「この街と、何かが干渉し始めてる」
広場の片隅で、創零が低く呟いた。
彼の目は、街の中心――《旧市街》を見つめている。
「きっかけは、きっと塔。でも、本当の“始まり”は……あそこ」
「じゃ、行くか。“やっちまった結果”の責任取りにな」
「こっから入れるな。」
建物の隙間、石壁の割れ目。微かな揺らぎを抜けると、そこは一気に“無音の空間”へと変わった。
「音が……消えてる」
「ここはもう、“通常のフィールド”じゃない。音響レイヤーも、NPC同期も、全部切れてる」
まるで、ゲーム世界の“皮膚の下”に潜ったような感覚。
そこに広がっていたのは、崩れかけた石造りの街。だが、壁面には見覚えのない文字列と、稼働していない魔導端末の残骸が点在していた。
(完全に、異質……)
と、そのとき。
――ガコン。
石段の下、黒いパネルが一つだけゆっくりと浮き上がった。
まるで導くかのように浮遊している。
「……呼ばれてるな、これ」
「行こう。たぶん、その先に何かある」
地下層。中央ホール。
そこには、かつての開発が途中で止まったままの中枢端末がぽつんと存在していた。
埃にまみれ、コードの一部が断線しているにもかかわらず、かすかに光を放ち――そして、創零が近づくと反応を示した。
《アクセス要求を検知:ID-CRE0000》
《観測者候補との整合性を検証中……》
「呼応してる……?」
創零が端末に手をかざすと、ふわりと光が溢れた。
《ようこそ。オルトノアへ》
《ここは、本来“もう一つのNeoEden”となるはずだった実験空間です》
シュウユが息を飲む。
そして――
光の先に、浮かび上がる紋章。
八芒星ではない。
そこに描かれていたのは――“九”を示す構造記号だった。
創零が、静かに目を細めた。
創零の言葉と同時に、中枢端末の光が収束し、ホール全体が震えた。
――カツン。
硬質な足音。
闇の奥から“何か”が歩み出る。
黒と白の境界が常に揺らぎ、像が安定しない。だが、声ははっきりと響いた。
「ようこそ、忘却の層へ」
存在が像を結ぶ。
細身の長身、仮面のような顔、左右非対称のローブ。
背に浮かぶ光の輪は“九片”ではない――完璧に整えられた八枚のセグメントだ。
「君たちがここに辿り着くとは思わなかった。だが歓迎しよう、観測者とその友人よ」
「……誰だ、お前」
シュウユが剣を構える。
その問いに、像は静かに名を告げた。
「我が名は《グラズ=ハウト》――現在の八大超越者の一柱だ。
そしてこの場所の封印者……“かつて九であったもの”の痕跡を、ここに封じた管理者でもある」
創零の表情に緊張が走る。
「“九番目”……追放したのは、あなた?」
グラズ=ハウトは静かに首を振る。
「私は決定を下した者ではない。ただ、その決定に“加わった側”だ。
“九”の在り方は、我々の構造に合わなかった――それが全会一致だったのか、あるいは忌避だったのか。
……今となっては、全貌は“失われたまま”だ」
仮面の目が、創零を鋭く射抜く。
「君もまた、かつてはその“対”に近しい構造を持っていた。ならば、君自身の手でそれを超えられるか……見せてみろ」
空気が爆ぜた。
グラズ=ハウトの背から八枚の光輪が分離し、八方向へ散る。
同時に、空間内部にパネルが次々と展開される――
《出力①:因果断裂》
《出力②:模倣解析》
《出力③:並列未来展開》
(こいつ、同時に複数の出力演算を行っている!)
シュウユが跳ぶ。
光輪の一枚が刃へと変形し、三手先の回避ルートまで先回りして薙いできた。
「未来読んでんのかよ!」
「いいや、読んでなどいない」
グラズ=ハウト自身が答える。
「“あり得る未来”を同時に実行している。それこそが超越だ」
「じゃあ――未来じゃなく、俺が今、創る!」
シュウユは転移座標をランダムに散らし、意図的に“収束点を持たない”立体陣を描く。
予測も模倣もできない“未完成陣”。そこへ創零が魔力を流し込む。
「不整合座標、仮固定――歪曲!」
陣の各ノードが時間差で発火し、光輪を絡め取った。
グラズ=ハウトの周囲で演算負荷が跳ね上がり、一瞬だけ光輪が制御を失う。
「観測者の権限で、世界に“ノイズ”を置く――
完全な計算に、“余計な選択肢”を上書きする!」
「面白い……ならば“余計”を刈り取ろう」
グラズ=ハウトの仮面に、わずかな笑みの亀裂。
失った光輪分を補うように、足元の空間から再構成される――歪で、不安定。そのくせ、異様に鋭い輝き。
「創零、退け!」
シュウユが叫び、〈偽蛇王転位陣〉を展開。
八蛇が一気に噛みつき、九片の輝きを押さえ込む。
「……欠陥があるから、観測する意味がある。
僕は試作品じゃない。未完成という名の自由なんだ!」
観測者の端末が輝く。
塔内部のコードが塗り替わり、グラズ=ハウトの行動に“遅延パラメータ”が注入されていく。
《演算遅延:0.003→0.007→0.021》
(効いてる!)
「ならば私も、一枚だけ“欠けた世界”を受け入れよう」
グラズ=ハウトは九片のうち最も歪な一枚を自ら折り捨て、
八片で再構成した光輪を、剣の刃へ凝縮した。
「来い、観測者。未完成が価値と成るか――八大超越者の裁定を受けよ!」
刹那、ホールに閃光。
八片の刃と、シュウユの即興魔式が衝突し――
物語は、さらに深い層へ沈み込んでいく。
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