019 未登録座標の灯火
《NeoEden》開発本部の観測システムは、今も黙って“そこ”を見ていた。
――《眠らざる庭園》。
観測班は黙っていた。
“黙認”するという判断が下された以上、下手に干渉するわけにもいかない。
(……問題が起きれば即座に対処する。だが、今はただ……見守る)
そんな視線の外で、草の上。
シュウユは風車の支柱を抱え、うんうん唸っていた。
「マジでこれ、ただの“回るだけ”じゃねぇの?」
地面には、創零が再構築したらしい歪な魔力炉――
〈風圧式魔力回収炉:A-Type〉の試作型。
「けど、これ、“ちょっとだけ”たまる、らしい」
「“ちょっとだけ”って、お前……せめてどのくらいとか言えよな」
「……たしか、ねこの、のどくらい」
「ねこのど基準かよ」
草むらに笑いが漏れる。
シュウユは支柱をぐっと押し込んで固定し、軽く叩くと、カラカラと羽根が回り始めた。
風が抜け、草がなびく。
そして、ごくわずかに。
回転に合わせて、地面に淡い魔素の光が浮かび上がった。
「……お?」
「まわった」
「いや、これ……ガチで魔力吸ってるんじゃね?」
指先に触れた空気の流れが、微細に変化していた。
転移魔式で感じる“流れ”に近い。魔力が、どこかに集められている感覚。
「つまり、これは“発電所”だな。俺たちの庭のな」
「……はつでんしょ?」
「うん、まあ、なんかそんな感じのやつ」
風が吹く。草が揺れる。
だが、それはただの“風景”ではなくなっていた。
「なあ、創零」
「……なに?」
「こっから、どうなると思う?」
少しだけ考えてから、創零は言った。
「みえる、ようになる。きっと、そのうち。
この“ばしょ”が、ちゃんとした、“場所”として」
「マップに表示されるってこと?」
「うん。でも、いまは、まだ、ひとつの“きざし”」
その言葉と同時だった。
風車がひときわ大きく回転し、内部でカコン、と何かが嵌まる音がした。
すぐさま、地面に沿って魔力のラインが広がる。
光は淡く、しかし確かに“座標”を描いていた。
〈新規エネルギー圏の発生を確認〉
〈未登録マップ範囲:圧力波動ログ補足中〉
ただし、それを検知できるのは――今のところ、観測中の開発チームだけ。
外のプレイヤーには、この地はまだ“存在しない”。
しかし、確かに。
眠らざる庭園は今、世界に対して“名乗り始めたのだった。
地面が、脈動していた。
風車の回転に合わせ、草原の表面を這うように魔力のラインが伸びる。
そのラインは風に乗る葉を避けるように、まるで“意志”でも持つかのような動きで広がっていた。
「……これ、ただのエネルギー収束じゃねぇな」
シュウユは呟いた。
創零が隣で小さく頷く。
「“地”に、なっていってる。ここ」
「……地?」
「うん。いままでは、“あるだけ”だった。けど、これは“あるように作られてる”感じ」
確かに、違和感はあった。
見た目は変わらない。
けれどその下に、何かが“根を張っている”ような、奇妙な密度がある。
空間が、整っていく感覚。
視界の端に、かすかな違和感が表示された。
【エリア更新ログ】
・地点座標:███.███.Z-13
・ステータス:構造安定化進行中(12%)
・名称:――未登録
【補足メモリー】
・エリア名:眠らざる庭園
・分類:特殊構造環境(限定拡張マップ)
シュウユの目が細くなる。
「“ログが出た”ってことは……ついに、世界に記録されたな」
「……みとめられた?」
「少なくとも、“ある”ってことになった」
ゲームの上では、存在しないものは“ない”も同然だ。
だが今、眠らざる庭園はログに載った。意味のある“場所”になり始めている。
(俺たちの作った、たった一つの場所が――)
その時、風車が再び“重く”回転した。
地面の奥で、ごう、と小さな風音が響く。
次の瞬間、丘の麓にあった何もない空間が、ふっと淡く光った。
「……っ、座標転移反応?」
「ちがう、これは……新しい、地形、の根」
創零が指先を伸ばす。
草の奥、地面の浅い部分に、繊細な魔力の繊維が網のように張り巡らされていた。
それは魔法でもスキルでもない、“空間構造の自動調整”。
《NeoEden》の自己修復機能が、この場所を正式な“フィールド”として認識し始めている証だった。
【観測ログ:ALERT】
・未登録エリア「眠らざる庭園」にて自己進化型地形変化を確認
・影響半径:現在0.4km(進行中)
・外部転移制限:維持中
・プレイヤー感知範囲:非表示(継続)
「これ……あと何日かしたら、外から見えるようになるかもな」
「そしたら、きっと……“くる”?」
「ああ。くるだろうな。プレイヤーも、もしかしたら……運営側の“誰か”もな」
シュウユは立ち上がった。
草原の中心。
そこに立てた風車が、今日もゆっくり、ゆっくりと回っている。
風は穏やかだった。
だが、その下で動いているものは、確かに世界を動かし始めていた。
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