011 世界がブレた日
《監視フラグ:転移魔式使い「シュウユ」ログ監視中》
《フラグ発火理由:想定外ルートの連続突破、封印エリア到達、Lv17での討伐成功》
《観測モード:ステルス/開発班限定通知》
「……はい、出ました、また“おかしい動き”。」
モニターに映るのは、光が差し込まない地底の通路。
発光する地脈と結晶体が散りばめられた幻想的な空間のなかを、
少年がひとり、のんびりと歩いていた。
「おい、そこ開発中じゃなかったか?」
「そうなんだけ、普通だったら変だから、止まったり、引き返すって考えないのか?推奨レベルから33も離れてるのに」
「多分楽しいからじゃないかな。ほら、めっちゃわくわく顔してるし」
「怖いわ!こっちは心臓ギュッてなってるのに!」
一方その頃、本人はと言えば。
「ん? この岩、ちょっとだけ形おかしいな」
通路の壁の一部に、妙な凹凸があるのに気づいたシュウユは、
〈超感覚〉で空間構造を軽く確認。
内部に“空間の抜け”があると判明すると、迷いなく〈ファントムクラッチ〉を起動して岩を引き剥がす。
ゴウン、と重たい音と共に、壁の一部がずれて開いた。
「やっぱ隠し通路じゃん。こういうの、好き」
その先には、静まり返った空間が広がっていた。
中心には、小さな光球が浮かんでいる。
照明でもエフェクトでもない。
存在そのものが“異質”。
「……なんだ、これ?」
距離を取りながら魔力感知を試みるが、反応はゼロ。
にもかかわらず、空気がびりびりと震えるような、得体の知れない緊張が広がっている。
〈システム判定不能:オブジェクトNo.000〉
〈内部参照エラー〉
〈コードタグ:開発用・仮実装・削除済〉
「なんであんだよぉぉぉぉぉ!?!?!?」
開発室が阿鼻叫喚に包まれる。
「なんで!?なんでそこに!?」
「待って、ちょ、あのオブジェクトって……“存在してないことになってる”やつだよね!?
削除されてなかったの!?」
「いや、仮コードで封印して地中に埋めたんだけど、まじか!?」
「しかも触る気か!?ちょ待てぇぇ!?」
「……ちょっと触ってみるか。光ってるし」
目の前でゆらめく光球に、シュウユは平然と手を伸ばす。
ほんの少しでも動きがあれば引くつもりだったが、
オブジェクトはまるで“触られることを待っていた”かのように、微動だにしない。
指先が光球に届く瞬間――
世界が、ほんの一秒、止まったような感覚があった。
光球に指先が触れた瞬間、空間が微かに揺れた。
風も音もない。だが、何かが確実に“変わった”気配がした。
「……ん?」
シュウユは首をかしげる。
爆発もしなければ、派手なエフェクトもない。
ただ、光球が淡く脈打つように明滅し始めた。
「生きてるのか?」
感覚的に、“これはヤバいやつだ”という警報が脳裏をかすめる。
だが彼の口元には、ほんの少し興奮混じりの笑みが浮かんでいた。
「……けど、こういうのが一番面白ぇんだよな」
開発室。
「動いた!動いた動いた動いたああああ!!!」
「コード000、起動……っ、ありえねぇ!そいつ、存在してないことになってたのに!!」
「止めろ止めろ止めろ止めろ!アラート出すな、外部に流れたら地獄だ!!」
「これログ残る!?運営記録に出たら上から詰められるやつだよね!?やばいやばいやばい!!」
「どうする!?“仕様です”で押し通す!?“思いのほか早く発見されました”って開き直る!?」
「いやむしろ、“イベント第一号達成者です”って祭り上げるほうがマシじゃないか!?」
混乱する開発陣の中央で、柳瀬が静かにモニターを睨んでいた。
「プロトコル、変わったな……」
「え?」
「コード000。自己進化型プロトコルが、再構築フェーズに入った。
……これ、単なるエフェクトじゃない。あのプレイヤーと接触したことで、コードが“目覚めた”」
「まさか……学習モードに入ったってことか!?」
「“彼”を起点に、今この世界の構造を取り込もうとしてる」
「シュウユを“種”にして……新しい何かを作ろうとしてるってことかよ……!?」
その間にも、シュウユは一歩ずつ、光球に近づいていた。
「……んー。これ、魔式じゃないんだよな。感知できないし、構造もない。
けど、確かに“何かを起動しようとしてる”ってのは感じる」
彼は剣と杖を一度腰に戻し、両手で光球を包み込むように触れた。
ぼうっ――。
光が一度、全体に広がる。
そして、無音のまま表示が浮かんだ。
《コードNo.000:仮想実行プロトコル再構築開始》
《制御下プレイヤーID:SHUYU》
《探索指標:不明領域の統合処理》
《起点領域:未登録サブエリア014/認識名称:無限迷宮(仮)》
《運営接続:遮断中》
「おお……なんかすっげーやべえの出たな、これ」
だが、彼の声には緊張はなかった。
むしろ、いつも通りの興味と興奮だけが混じっていた。
「……よし、行ってみっか。無限迷宮」
そう言って、光に包まれるまま一歩踏み出す。
開発室のログ画面には、緊急警告が赤く点滅していた。
【警告:プレイヤーが開発保留エリアNo.014に移動しました】
【対象エリア:調整未完/NPC・敵データ未実装】
【当該エリアの再起動により、AIコード000が拡張スキャンを開始します】
「おい……ほんとに“行っちまった”ぞ」
「マジでやばい……!」
「誰か止めろよ!ていうか、誰か説明してくれよ!」
「もう無理だ……あれは止まらねぇ。だって、“自分の遊び”しか見てねぇんだから」
誰かが呟いた。
ただ、未知のコードとプレイヤーが出会ったこの瞬間。
《NeoEden》という世界は、静かに軌道を外れ始めていた――。
お読み頂き誠にありがとうございました。