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3.二人部屋だよ?

本日2話目になります。



 隣国フロストランド関所についたところで馬車は動きを止めた。

 セントランドの北側にある国、フロストランドは、一年を通して涼しく、冬が長い。


 一つ目の町、グレーデールはここから山を二つ越えたところにある。今から歩けば今日中には辿り着くだろう。


 とはいえ日が沈めば足元も見えづらいし、野生の魔物に遭遇する可能性もある。

 今はまだ明るいけど、一応、とフィアリルが『簡単な結界魔法』をかけてくれた。


 見た感じ全然簡単じゃなさそうだったけど。


 まだ人通りがあるのだろう。道とまでは言えないものの、岩が少なかったり、草が分かれていたりする歩きやすい場所を選んで歩いた。

 細い道は獣が通る道なので間違えないよう十分気を付けて進む。


「あとどれくらい?」

「ちょうど日が沈むころには着けるよ。ここら辺は仕事で何回か通ってるからちょっと分かる」


 フィアリルは険しい道にも文句ひとつ言わず、黙々とルーベルの後をついてきた。

 時々休憩をはさみつつ、日の残光がうっすらと道を照らすころになんとか到着した。

 空はもうほとんどが紺色で、星が瞬き始めている。


 国境付近の町ということもあって、たくさんの人で賑わう街道をフィアリルは物珍しげに眺めていた。


「とりあえず宿を取って、それから町を見て回ろう」


 フィアリルは頬を紅潮させて、興奮気味にそう言った。

 言いながらも目はすでに立ち並んだ屋台へと向けられている。


「おすすめの宿はあそこだ。飯がうまいし、布団も柔らかいが良心的なお値段でいい」

「じゃあそうしよっか」


 フィアリルはわくわくとした面持ちで俺が指さした宿の暖簾をくぐる。はしゃいでる奥さん……かわいい。


「いらっしゃいませ! ようこそお越しくださいました。ご宿泊ですか?」

「はい、あの、二人なんですけど……」


 宿の人相手だからか、フィアリルの表情にほんの少し仕事モードが入る。

 がんばるフィアリルをのほほんと見すぎてつい、会話について行くのが遅れる。


「大変申し訳ありません……。ただいま一人部屋がいっぱいでございまして。二人部屋ならご案内できるのですが、いかがいたしましょうか……」

「では、それでお願いします」


 うんうん。そうだよね。夫婦とはいえ昨日の今日でもう同じ部屋を取るなんて、そんなまさかあるわけがないよね。この宿には温泉があって、湯上りのフィアリルを見れるかもなんて期待してません。いや、ほんのちょっとは期待してたかもだけど。


「承知しました。二人部屋一室で承ります」


(――ん? 二人部屋……?)

 


「はい。それで」


「え!?!?!?!?!?!?!?!?」

「どうしたの?」


「今二人部屋って宿の人言ってなかった?」

「うん。だから、どうして?」

「ちょっとこっち来ようか」


 俺はフィアリルの腕を掴んで後ろを向かせる。


「二人部屋って、二人部屋だよ? 同じ部屋で寝て起きるってことだよ? そこんとこの認識、大丈夫そ?」

「もちろんわかってる。寝る前に枕投げ、しようね」

「ちがうそうじゃない」


「じゃあ何? あ、おふとんは窓側に敷きたい。景色が良いそうだし」

「違うってば!」


 ひそひそ声でフィアリルに言い聞かせる。これは大事な認識のすり合わせだ。

 今さっき二人きりの馬車で、ルーベルは瀕死も瀕死だったというのに。


(うそだろ)


「もう。何が言いたいのかわかんない。でも、あなたが私と同室なのが嫌なら別の宿にする」

「まったくいやではないです」

「なら決定」


(わかってやってんの? それとも知らずにやってんの?)


 どっちにしろ質が悪い。

 おそらく後者だから、なおのこと。


 そう思っている間に、フィアリルは宿の人に向き直り、お金を払って部屋の鍵を受け取り、ん、と空いた方の手を俺に伸ばした。


「早く行こう、ルーベル」

「……」


 心底楽しそうにルーベルを呼ぶフィアリルの笑顔に心を鷲掴まれる。

 差し出された手は柔らかくて、前を歩く妻の姿は愛しくて、宿に入り込んだ冷たい風も、顔の熱を冷ましてはくれなかった。


***



「…………なんか、どっと疲れた……」


 朝から馬車に乗り通し、さらにそこから山を歩き通しで疲れもたまっているのだろう。

 部屋に荷物を置いたフィアリルはぐったりとしゃがみこんだ。


「おつかれさま。色々見て回るのは、どうする? 明日にしようか」

「そうね」


 フィアリルは、はたと動きを止めて、えへへと笑う。


「……そうよね。これから、時間はたっぷりあるんだもの。のんびり行こうっと」

「そーそー」

「とりあえず、わたしはお風呂にでも入ろうかな。部屋風呂、すてき」

「………………」


 彼女がいそいそと閉めた脱衣所の扉の向こうから、早くも、フィアリルが服を脱ぐ衣擦れの音が聞こえる。

 そんな桃色な現場に俺は果たして居ていいんでしょうか。

 いいわけないか。そうか。


(出て行く俺えらい。誰か拍手してくれ)


「ちょっと外行ってくる」

「はーい」


 フィアリルの返事を背中に聞きつつ部屋の扉を開けると、見慣れた顔が揃いも揃って俺たちの部屋の前で聞き耳を立てていた。


「げっ」


 そのうちの一人が、いたずらがバレたみたいな顔でわかりやすく目を逸らす。

 ルーベルはその男の後頭部を思い切り叩き落とした。


「『げっ』じゃねえんだよノーマン。いらんおせっかい焼きやがって」

「おまえが初めて女の子連れてきたんだ。『いらない』わけないんだからいいんだよ」


 悪びれもせずそんなことを言うので、今度はグーで威嚇してみる。

 咄嗟に頭を守る男。


「…………ちっ」

「こわっ! 何の舌打ち!? ねえ!」


 この男は、この宿の跡取り息子ノーマンである。ルーベルは、この町に来ると必ずと言っていいほどこの宿を利用するので、三度目あたりから打ち解けた。

 年が近いこともあって、気さくに話せる。


 宿の客からいろんな情報を仕入れていて、旅先の情報も教えてくれる非常にありがたい友だ。そして、変なところで鋭い男である。


「だからって、会って二日の男と女の子同室にさせるとか正気かよ。どうしてくれんだよ。俺今日絶対寝れないんだけど」

「押し倒しちゃえよ」

「おまえをはっ倒すぞ」

「てへぺろ」

「よし表出ろ」


 人の安眠を阻害しておいて、『てへぺろ』とはいい度胸だ。今すぐ宿の暖簾を先代に返還するのをお勧めする。


「リチャードさんたちも巻き込んで……ほんと人騒がせな……」

「いや、実は私も、ルーベル様が女性を伴われたとはしゃいでしまいまして……。ストッパーになれず面目ない」


 この宿の従業員をまとめ上げているリチャードさんが茶目っ気たっぷりの顔でこちらに手を合わせてくる。


「だあって、あのルーベルちゃんよ? 何かの間違いかと思ったもの」


 客室担当のメアリさんまでそんなことを言い出す。


「安心しろ。おまえ以外の客にはやらないから」

「逆にやってたらこの宿の品格を疑う。あと堂々と言うとこじゃないからな」


 いけしゃあしゃあとそう言いだしたノーマンの脳天に強めのチョップをお見舞いしておく。ちょっとは懲りてもらわねば。


「それで、あのお嬢さんは何者なんだい? 見るに、なんだか訳アリのようだけど」


 リチャードさんがおずおずと話を切り出す。

リチャードさんも、ノーマンの探り方がいろいろスマートではないと知りつつ、きっとそのことに思い当って心配してくれていたのだろう。

 ノーマン(こいつ)は間違いなく興味本位だが。


「フィアリルは、俺の奥さん」

「は?」


「だから、奥さん」


「ごめん。さっきから変な空耳がしてさぁ。『オクサン』とか聞こえる」

「私もです」

「ええ。アタシも」


「だから、俺の『奥さん』だっつってんだろ!」


 三人ともぽかんと口を開けて俺を見ている。

 そんなに驚かなくてもいいだろ。傷つくなこの野郎。ここで泣きわめくぞ。


「セントランド王国のリー子爵家の一人娘だ。王宮で王子の政務を肩代わりさせられて、そいつが王太子に決まってすぐ、難癖をつけられて国を追い出された。俺はそれに付いて来たの」


「…………なんていうか……その王太子、大丈夫そ? 自分の仕事を人にやらせてる時点で十分クソだけど、やらせてる人追い出すとか、ついでにバカなの? 国回る?」


「まあ、今のままならどのみち終わりだろう。国王陛下もバカじゃない。きっと王太子の座は一旦保留に戻されるんじゃないか」


「ふーむ。リー子爵家ねぇ……。なるほどね」


 ノーマンは何か考え込むように真剣な顔でしばらく口元を押さえていたが、顔をあげるといつもの腹立たしい顔に戻って頷いた。


「うん。とりまお前はこの幸せをかみしめて俺たちに感謝して今日はさっさと寝ろ。なんかいろいろ腹立ってきた。おまえ前世でどんな徳積んだわけ?」

「そんなもん俺に聞くな」

「……まあいいや。行く場所が決まってるなら教えろよ。情報をあげられるかもしれないからな」

「わかった。フィアリルに聞いてみる」



 部屋に戻ると、のんべんだらりと寝転がったフィアリルが、おかえり、とこちらを向いた。

 濡れ髪を巻き上げて留め、宿の用意した着替えを着ている。湯上りで赤く色づいた首筋に、紅潮した頬。

 神がここに居るのなら、これは何の拷問なのかと問いただしてやりたい気分だ。

 ものすごく心臓に悪い。


 少なくとも健全な男子に見せてはいけない。


「おかえり。遅かったねぇルーベル」

「ああ、ちょっとね」

「ごはんの時間まであと少しだし、ルーベルも入ってきたらどう?」

「そうしようかな」


 平常心は装えていただろうか。ガン見していたのはバレていないだろうか。


 着替えを持って脱衣所の扉を閉めたところで、フィアリルから声がかかった。


「わたしもちょっと降りてくる! 下の階にサービスのドリンクが置いてあるんだって!」


 フィアリルの声がうきうきと弾んでいて、ルーベルの口元が自然と緩む。

 彼女がこの旅を楽しんでくれているのが嬉しかった。

 ルーベルと一緒でも、怖がらずに傍に居てくれる。


 それだけで、全部。


(―――全部チャラだ)


 この宿はこの辺りに湧き出る魔温泉の源泉かけ流し。

 湯は少量の魔力を含んでおり、軽いけがや病気などをたちまち癒してしまうことで有名だ。

 馬車で移動しても隣国の王都から半日かかるアクセスの難しい北国の入り口。旅人の疲れを癒すのにはもってこいなのである。


(それにしても、フィアリルの入った後の、残り湯……か……)


 ―――押し倒しちゃえよ。


 ノーマンの言葉がよみがえる。

 あわてて脳内のノーマンをぶん殴る。


「さよなら……俺の安眠……」




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