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そして彼女を失った

 今後のことについて、聖女と相談するにあたって、「聖女の世話を焼いてきたのは王命で、その形が婚約に変わったとしても王命であることは変わらないから、安心して頼ってよい」と伝えた。


 聖女は、魅了と混乱を制御できるようになりたいというので、僕とミシェルの魔術の先生に頼んで訓練した。


 神殿で同じことを指摘されてきたが、聖女の異世界の記憶からして、それが悪いモノだと信じられないでいたらしい。


 ここへきてようやく、魔族にとって本当に気色の悪い魔力を垂れ流していると理解できたのだそうだ。




 僕たちの師は、厳しい。

 でも、耐えられないようなら王妃はムリだ。


 ベネディクトは、違う師についているから知らなかっただろうけど、基本的に僕とミシェルは、試合の日以外の稽古日は、魔力が枯渇するまで訓練してきた。


 自分の限界を知ることで、引き際を見極められるようになるためだ。


 僕は魔族の純血統じゃないし、ミシェルは純血統で魔力量は豊富だけど固有魔力が弱い。

 だから、僕たちが強い魔法使いから襲撃されたとき、確実に逃げることができるようにギリギリを攻めて訓練してきた。


 立ち眩みしたミシェルを抱っこして連れ帰るなんて発想は、師にはなかった。


 立ち眩みしてからが、本番だ。


 レッスンの最後に、王家のセーフハウスなど師匠に指定された場所に転移して、訓練所に転移で戻ることを繰り返して、ゼロまで消費する。


 片方の魔力に余力が残れば、もう片方が抱えて往復する。

 二人で生き残るためだ。


 ヘロヘロで動けなくなって、芝生の上に二人並んで寝転がって空を見てた日もあった。



 でも、そうだな。

 ミシェルは、ベネディクトに過保護に甘やかされているのが、幸せだろうな。

 ミシェルじゃなくても、甘やかしてくれる人が、いいんだろうな。

 僕も、甘やかしてくれる人が、いいかもな。

 

 ミシェルは今回、頑張りすぎるぐらい頑張ったと思う。


 僕は、ミシェルが力尽きるまで頑張りたい気持ちが分かってしまうから、止められない。


 でも、それじゃ、ダメなんだよな?

 それじゃ、ダメだったんだ。



 正直言って、聖女が王妃になれるとは、思っていない。


 妃教育に入る前の、魔術の訓練や防護術の訓練の段階で、耐えられなくなるとみている。


 たった9ヶ月だけど、散々振り回されてきたからね。

 この人の脆さはよく知っている。


 だけど、神殿に逆戻りは気の毒だ。

 この点については、挽回のチャンスはあってもいいと思う。


 師匠には、聖女が神殿に戻らなくてよくなるための訓練をビシバシと進めてもらうことにした。


 

 そして、申し訳ないけど、僕は、僕のプロジェクトに戻らせてもらうことにした。


 インダストリア公国との魔道具事業提携だ。


 インダストリア公国は魔道具の筆頭生産地だ。


 隣国のアカデミア共和国での研究の成果を実用化して魔族の国々に流通させることに長けている。


 ただ、魔道具は、魔力がないと使えない。


 世界は今、混血化が進んでいるから、20世代後には現代の魔道具を使いこなせる人がほとんどいなくなっているだろうと予測されている。


 つまり、インダストリア公国は、斜陽国まっしぐらだ。

 生き残りをかけて、非魔導化、もしくは簡易魔導化しているところで、この流れがかなり面白い。


 だけど、インダストリア公国自体は、純血統の魔族が多くて、利用者の声が集まらない。


 それで、我がカーディフ国は、インダストリア公国製品のテスター兼共同開発国として事業提携を進めていたんだ。


 日用品から始まって、農具、工具、武具、通信設備など、訪問するたびに面白いものを紹介してもらえる。


 流通や生産が軌道に乗るまでは、魔道具から非魔道具への切り替えが消費者負担にならないように、差分を政府の補助金で賄うなど、いろいろ考えている。


 太陽光駆動の道具が多いから、使っても疲れないし、きっと、民も喜ぶだろう?


 

 ナイル、ゼイン、リアムにも説明して、聖女のケアを少しずつ負担してもらうことにした。


 決して放置するという意味ではない。


 ミシェルの件で、失敗しているからね。

 折角だから「人にやさしくする」練習台に使わせてもらうよ。


 ちゃんと毎日、生徒会室で様子を見て、対話をして、あと、なんだっけ?

 あ、笑顔だ、笑顔。


 笑顔で会話して、相手も笑顔かどうか確認する。


 簡単なことのように思えるかもしれないが、忙殺されるのに慣れてしまうと、笑顔なんて気にしなくなるからね。

 意識的に努力しないとね。


 


 ミシェルとの婚約破棄と聖女との婚約締結については、卒業パーティーで発表することになり、パーティーの前に、どのように締めくくるか生徒会メンバーで話し合った。


 聖女は、怯えてパーティーを欠席したがった。

 

 ちょっと脅しすぎじゃないかと思う。

 確かに聖女は気持ちの悪い魅了と混乱をまき散らしていたが、接触した人はそこまで多くない。


 それでも、被害者ヅラをしようと思えば、誰だって被害者になれるだろう。


 一番被害にあっているのは、僕たち生徒会メンバーだ。

 だからと言って忌み嫌っているわけじゃない。


 最近は、猛修行して、まぁまぁ、そこそこ、いや、わずかに、マシになった。


 それに師匠に定期的にメンバーの浄化をしてもらうようになったから、誰も体調を崩していない。


 ただ、ワケが分からないことばかりするから、猛烈に疲れる人ではある。


 なんだかな……



 ミシェルを断罪することには、皆で大反対した。

 断罪が必要な理由が、「聖女伝承の踏襲」や「聖女と共存する未来への種まき」なんて、納得いかない。

 

 聖女側に瑕疵を付けると、聖女は今後、表を歩けなくなる。

 ベネディクトが「不貞」でよいというので、もうそれでよいということにした。


 ミシェルの不貞は痛い醜聞だが、それで死ぬことはないから本人もそれでよいと言っているらしい。


 もしかしたら、罪悪感があって、僕から断罪されたいのかもしれないとも思った。


 でも、それなら普通に会いに来て謝るだろう?


 おそらく、純粋に「悪役令嬢の試練」を完遂させたいのだろう。




 兎も角も、その卒業パーティーが先ほど終わった。


 予定通り、ミシェルの不貞を断罪し、婚約破棄と国外追放を言い渡した。


 ミシェルの去り際、その場の全員が彼女に向けて臣下の礼を取った時、彼女の我が国への献身がきちんと皆に伝わっていることを嬉しく思ったし、僕自身もミシェルに対して深い敬意と感謝を感じた。


 納得いかないこともあるが、それでも、彼女が聖女を庇護し、全力で歓待したのは、我が国のためだ。


 

 ミシェルは、聖女が史上初の王妃になることを夢見ているらしい。

 だが、こればっかりは、民に迷惑が掛かるから、ダメだ。


 僕はそうなるなら亡命しようと考えている。


 行先は、幼馴染のルイがいるアカデミア共和国がいいな。


 ルイの父君は、元魔術師団長で、父王の幼馴染でもあるから、父王も母后も一緒に行きたいと言っている。


 父王とは大喧嘩をした。

 僕たちに何も明かさずにおかしな環境に放り込んだんだから、当たり前だ。


 この千年、聖女と悪役令嬢の戦いは、場当たり的に、局部戦的に続いてきた。

 ここらで一旦とりまとめをするには、中堅の我が国はちょうどいい。

 「この機会を逃したくなかった」と言われて納得してしまった。


 なんだかだで、親子なのだ。

 くやしいが発想が似ていて、腹落ちしてしまった。


 父王は「これで魔法国連盟に対する義理は果たしたから、亡命や移住も楽しそうだ」と乗り気になっている。


 王族が一家で亡命なんて、すごいスキャンダルになるだろうから、上手いことスランダイルン公爵家に譲位で済ませることができることを願ってる。


 聖女もついてきたければ、一緒に来ればいいと思う。

 一人ぐらい増えても問題なく養えるだろう。




 僕は、聖女を王子妃宮まで送り出した後、卒業生を最後の一人まで見送って、生徒会室に来た。


 ミシェル特製の「人をダメにするソファー」で体を休めているところだ。


 僕とミシェルの婚約解消も、ミシェルとベネディクトの婚約締結も、僕はまだ現実のことのように思えていない。


 ミシェルが僕の傍を離れるなんて、想像したことがなかった。


 ミシェルは、ライバルで、バディで、結婚したら緩やかに愛を育み、子を慈しむんだろうことを疑ったことがなかった。

 僕とミシェルは2人で1セットなんだと思うようになっていた。



 僕は自分に頓着しなさすぎるとルイによく指摘されていた。


 そして、自分の一部とみなしていたミシェルにも頓着していなかった。


 その結果、自分の一部が無くなってしまって、とても痛い。


 だから、ミシェルの「人をダメにするソファー」に癒されたくなった。


 かつてダメになっている僕に向けた彼女の笑顔の記憶に浸って、今日だけは泣いてもいいだろうか?







最後までお読みいただきありがとうございました。


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