後編
「では出会いから順を追っていきましょう」
にんまりと笑っているルイーズに、アロマは顔を引きつらせた。
あの後アリーヤはすぐにルイーズに手紙を書き、テンションの上がった自称“恋する乙女応援隊”隊長ルイーズによって即行でこの場が用意された。
参加者はルイーズと四聖。いつもどおり男性陣は追い出されている。
ちなみに隊長と言っているが隊員はいないらしい。「個人情報を扱うから」と意外にまともな答えが返ってきた。
さぁさぁと促すルイーズの圧にアロマはたじたじだ。
気持ちはわかるがどうせ逃げ場はない。
アリーヤとシシリーはもちろん、カトリーナですらリオンとの話を吐かされているのだから。顔を真っ赤にしたカトリーナに、言葉巧みに詰め寄るルイーズは見事だったとだけ言っておこう。
四人が見守る中、アロマは眉を下げながらおずおずと話し出した。
アロマが初めてセルジオに会ったのは四聖候補に決まった直後、婚約者として対面したときだ。
三つ年上のセルジオは背が高く少々目つきが鋭かったが、兄が信頼できる友人だと言っていたのでそれほど怖い印象はなかった。
というより四聖候補になれたことが嬉しすぎて何もかもが輝いて見え、内気で引っ込み思案なアロマが珍しく自分からセルジオに話しかけたりもした。
「わたくし本当に嬉しいのです!四聖候補になれるなんて夢みたい!夢ならこのまま覚めてほしくないです!」
はしゃぎすぎて侯爵邸の庭でくるくる回るアロマを、セルジオは眩しそうに眺めた。
「それなら俺は、四聖候補に相応しい婚約者になれるように努力する」
「ふふふ。ありがとうございます。でしたらわたくしもセルジオ様に相応しくなれるように頑張りますね!」
その後セルジオは夢だと語っていた騎士になるために稽古に励むようになり、神殿入りしたアロマとは会えなくなってしまった。
だがお互い手紙のやり取りは欠かさなかったしプレゼントも送り合った。
セルジオがくれるプレゼントはかわいいしおりだったり、綺麗な色のリボンだったり、素朴な品が多かったがそれこそまさにアロマの好みだ。
四聖になりたいと夢膨らませていたはずの自分が、周囲の雰囲気に飲み込まれ一緒に修行をサボっている。嫌なくせにそこから抜け出す勇気もない。
そんなアロマにとってセルジオの存在は癒しと励みになっていった。
セルジオが学園に入学するころ、ようやく二人は会うことができた。
久しぶりに会ったセルジオは以前よりもさらに目つきが鋭くなっていたが、アロマを気遣う手紙を頻繁に送ってくれるセルジオの優しさを知っている。
口数はそれほど多くないが、それでも二人の間に流れる穏やかな空気はアロマの心を温かくしてくれる。
別れ際、アロマはセルジオの片方の手を両手で包み込んだ。
「セルジオ様の存在がわたくしの励みになっています。いつもありがとうございます。学園に入学されても、どうかお体にお気をつけください。またお会いできる日を心待ちにしています」
そう言って背の高いセルジオを見上げた。真摯にお礼を伝えたかったのだ。
だがそれがいけなかったのか。
セルジオは一気に顔を赤くして手を引っこ抜き、顔を背けてしまった。
「君も頑張れ」
それだけ言って足早に去ってしまったのだ。
後から思えば自分の行動は大胆すぎたし、男性の手を握るなんてふしだらな女だと思われたに違いない。
アロマは落ち込んだ。
だがセルジオはその後も変わらず手紙やプレゼントを送ってくれる。さらに忙しい合間を縫って二人の時間を作ってくれるようになった。
アロマはホッとした。
嫌われたわけではなかったのだと。
しかし喜びも束の間、セルジオは会う度に無口になっていく。まるで怒っているかように顔を赤くしパッと視線を逸らしてしまう。
あげくは実力が足りないアロマのことを「かわ、かわ、」と言って、眉を顰める。
「わたくしのことを憐れんでいるようです。たぶん可哀想とおっしゃりたいのでしょう」
アロマはそう言って、アリーヤ達に向けて悲しそうに笑った。
当たり前だが四人の意見は一致した。
――可哀想じゃなくてかわいいだよね
セルジオはただのヘタレだと判明した。
だが肝心のアロマは肩を落としている。気弱でくよくよしがちなアロマでは、セルジオに愛されているなんて自惚れた考えには至らない。
「違うわ、アロマ。セルジオ様はただのヘタ…シャイな方で恥ずかしがっているだけだと思うわ」
「私もそう思う。真っ赤になって顔を逸らすなんてヘタ…照れている証拠じゃないか」
「そうですわ。それにいくらヘタ…恥ずかしがりな方でも会う時間を増やしてくれているのですから」
「ふふふ、ありがとうございます。励ましてくださって。皆さんお優しいですね、元気が出ます」
「「「そういうことじゃないんだけど」」」
「皆さんとお友達になれて、わたくしは幸せ者です。念願の四聖にもなれて、これ以上望むなんてバチが当たってしまいます」
そう言って儚げに笑うアロマ。
いやいや違う、そうじゃないと言おうとしたアリーヤ達を、ルイーズがすっと手で制した。
「こういった場合、外野が色々言っても駄目よ。本人達がきちんと話し合う必要があるわ」
なるほどと三人頷く。
ではどうするのかと思えばルイーズはチリリンとベルを鳴らし、入ってきたメイドに何かの指示を出す。
しばらくするとメイドに連れられて一人の男性が入ってきた。
「セルジオ・ガレーシュです。王太后ルイーズ様がお呼びと伺いまして馳せ参じました」
なんとご本人を呼び付けた。
初めて会うアリーヤはざっとチェックする。
体は鍛えられているがマッチョとまではいかずバランスがよさそうだ。顔も整っており礼儀正しく真面目そうな印象。目つきはかなり鋭いが、騎士と言われれば許容範囲か。
ちょっとホッとした。
セルジオはアロマがいることに一瞬目を見開いたがすぐに無表情に戻った。
「セルジオ、あなた今の時間は空いているのでしょう?」
「はっ!本日は夜勤を仰せつかっております」
「それならアロマを庭園に案内してあげて。わたくし達はここで待っているわ」
びっくりしたアロマが大きく手を振る。
「そんな、ルイーズ様!セルジオ様にご迷惑です!それにわたくしは特に庭園には……」
「セルジオ、嫌なら断ってもいいわ。だけどそれは新たな誤解を生むことになるわね」
口元は弧を描いているのに目が笑っていないルイーズ。その瞳が、さっさと返事をしろ、このヘタレと言っている。
少しばかり目を泳がせたセルジオだったが意を決したようにゴクンと唾を飲み込んだ。
「アロマ嬢、庭園を案内しよう」
急な流れに戸惑っていたアロマだが、セルジオに手を引かれて不安そうに振り返りながらも連れ出されて行った。
「あの、ルイーズ様。大丈夫でしょうか?」
「わたくしも心配ですわ。今まで上手く話せなかった方が急に饒舌になるとは思えませんわ」
「大丈夫よ、すでにセルジオとは話をつけているの」
「話をつける?」
「そうよ。アロマの心がセルジオにないのなら婚約解消させてもいいかと思っていたけど、アロマもセルジオを慕っているようだし。今日呼び出した時点でアロマに愛の告白をするように伝えているわ」
自信満々な笑みを浮かべるルイーズに、アリーヤ達はおおっ!と目を輝かせた。
さすが応援隊、抜かりはない。
するとルイーズが杖をコンと鳴らして立ち上がった。
「さあ!わたくし達も行くわよ!」
「? どこにですか?」
「もちろん二人を尾行するのよ!決まってるじゃない!オホホホホ!」
高らかに笑うルイーズにアリーヤが困惑していると。
「尾行なんて淑女のすることではありませんわ」
そう言いつつも立ち上がるカトリーナ。
「アロマが心配だからやむを得ないな」
シシリーも立ち上がる。
ええ…と驚いているアリーヤを三人が置いて行こうとするので慌てて追いかけた。
庭園の大きな木の影にアリーヤ達は潜んだ。
一番前は「ンフフ」と低い声で笑っているルイーズ。
そのすぐ後ろに「盗み聞きなんてはしたないですわ」と言いつつちゃっかり二番手を陣取っているカトリーナ。
二人の後ろから「アロマ頑張れ」と応援している背の高いシシリー。
その三つの頭をなんとか避けて低い位置からアリーヤが顔を出す。
視線の先にはもちろんアロマとセルジオ。
騎士のセルジオは尾行にすぐ気づき困惑顔でこちらをチラチラ見ていたが、ルイーズがしっしっと手で払ってからは口をきゅっと結んでしまった。
そんなセルジオにアロマは「景色が綺麗ですね」とか「天気がいいですね」とかを言いつつ笑いかける。
その度にセルジオは真っ赤になって顔を逸らしてしまう。まさにヘタレだ。
「じれったいわね。頭かち割ってやろうかしら」
「同感ですわ。リオンとは大違いですわね。ああ見えて男らしいですもの」
「グレイン殿下とも違うな」
「それならカインだって!」
「「「しっ!声が大きい!」」」
三人に睨まれたアリーヤは両手で口をしっかり隠した。
しばらく何の進展もなかったが、セルジオの素っ気ない態度にアロマの表情が曇っていき寂しそうに眉を下げた。
「あの、セルジオ様、お忙しい中お時間をいただいてしまって申し訳ありませんでした。もう大丈夫ですので戻りましょう」
「あ、いや」
「ありがとうございました。お仕事頑張ってください」
そう言って踵を返そうとしたアロマの手をセルジオはグッと掴んだ。
「待ってくれ、アロマ嬢」
「ですが……」
セルジオは覚悟を決めたようにふぅぅぅっと大きな息を吐いた後、アロマをまっすぐ見つめた。
とうとうきたかとアリーヤ達の期待も高まる。
「俺は本当は、父上の持っている伯爵位を継ぐ予定だった。だがアロマ嬢と初めて会ったとき、君が四聖候補になれたと喜んでいる姿が眩しくて、俺も騎士になる夢を追うことを決意したんだ。鍛錬は思った以上に大変で、でも君の手紙が心の支えだった」
「それは、わたくしも同じです」
「そう言ってくれることが励みだった。数年ぶりに会った君はとても、その、かわ、かわ、かわ」
「……かわいそう、ですか?」
「違う!かわいいと思ったんだ!」
緊張しているせいかセルジオは恐ろしい形相でアロマを睨み付けている。まるでS級の魔物相手に一撃を食らわせる寸前。
どう考えても顔と台詞が一致していないが、これは愛の告白場面だ。
「俺は無骨で言葉足らずで、君に不安な思いをさせてしまってすまない」
「そんなこと」
「聞いてくれ、アロマ嬢。いや、アロマ!俺は!俺は!君のことが好きだ!」
その瞬間アロマは目を丸くして、顔を火照らせじわりと涙ぐんだ。
茹蛸のように耳まで真っ赤なセルジオは、それでも片膝をついて左拳を胸に当てる。
あの姿は騎士の誓い。
「この先も我が剣にかけて!君に永遠の愛を誓う!だからアロマ、俺と一生添い遂げてほしい!」
「わ、わたくしも…。セルジオ様をお慕いしております」
「アロマ!」
「「「「キャーーーーーーーーッ!!」」」」
我慢しきれずアリーヤ達は叫んだ。
「騎士の誓いでプロポーズなんてやるわね!ヘタレのくせに!」
「前置きが少々長かったですが悪くないですわ!」
「さすがセルジオ殿だ!決めるときは決めてくれるな!」
「生プロポーズなんて初めて見たわ!ドキドキするっ!」
興奮が収まらないアリーヤ達はきゃいきゃいはしゃぐ。
声が大きすぎて木の影に隠れている意味がまるでなく、そのせいでアロマに見つかってしまった。
「皆様!まさか覗いていたんですか?!」
恥ずかしさにプルプル震えるアロマがかわいすぎて、アリーヤとシシリーとカトリーナは走り寄ってアロマに抱き着いた。
「やったわね!おめでとうアロマ!」
「よかったですわねアロマ!素敵なプロポーズでしたわ!」
「セルジオ殿ならきっとアロマを幸せにしてくれるさ!」
「皆様!誤魔化されませんよ!いつから覗いていたんですか!」
顔を赤くしながら頬をぷくっと膨らませるアロマを三人でもみくちゃにする。「もう!」と言いながらも嬉しそうに笑うアロマがとってもかわいい。
コツンコツンと杖を鳴らしながらルイーズも笑顔で近づいてきた。
その後ろにはなぜか部屋を追い出されたはずの男性陣もいる。
「あれ?カイン、どうしたの?」
「皆様が部屋からこっそり抜け出したと報告があったので一応。私は大丈夫だと伝えたのですが兄上がうるさくて」
「シシリーはいずれ王妃となる身なんだぞ!悪の手先に連れ去られたとあっては」
ルイーズが杖でグレインの頭をゴンと殴って黙らせた。グレインは頭を抱えて涙ぐんでいる。王太子なのに。
それを無視してルイーズは声を弾ませた。
「おめでとうアロマ。これならすぐにでもアロマの結婚式の準備もしなくちゃね。忙しくなるわ!」
「そんな!ルイーズ様にそこまでしてもらうのは」
「遠慮しないで、アロマ。あなたは四聖なのよ。もちろんご両親の意向に沿ってだけれど、わたくしが盛り上げてみせるわ。だから幸せになるのよ」
「あ、ありがとうございます!」
温かい微笑みを向けられて、アロマは溢れんばかりの笑顔になった。
その幸せそうな笑みにアリーヤ達も嬉しくなって、もう一度アロマに抱き着く。
四人のはしゃぐ声が辺りに響き渡り、その姿を皆が温かい目で見守ってくれている。
アリーヤは思った。
今日も平和、いや、幸せだ。