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ゴブリン騎士と農民姫  作者: 照喜名 是空
次代の章:五年目・春
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はじめての組み手

 ◎夏の気配


 それから、数ヶ月がたった。

 季節は春を越え、初夏にさしかかりつつある。


「きええええい!」

「うむ、そうだ。良いぞ。どれ、父もやるか。キエエエエイ!」


 日が昇り始めるとゴブリン親子はもちろん、幽霊剣士の門下生たちがあちこちで猿叫ウォークライをしながら杭に向かって木刀を振り下ろす。

 武家者により授けられた東国の鍛錬法だが、今やアッシュピーク村の名物だ。

 アーサーも当然これを授けられた。


『怒り、悲しみ、恐怖。そういった黒い気持ちが腹の中に渦巻くときも、これをやりなさい。黒い気持ちを決して人に向けぬように』


 ゴブリン騎士はそう自らの経験を元に語った。

 実際、アーサーの情操教育と剣の鍛錬には役立っているようだ。


 日がすっかり昇ると、牧場の一角にある鍛錬場は弟子達が集まってくる。


「……そろそろよかろう。鍛錬を始める。まずは型稽古からだ……」

「はい先生!」


 まずは基本の型を100回。いまやアーサーもキッチリとした剣筋でついてきている。


「……よかろう。組み手を始める。今日からはアーサーもだ……昨日話した通りだ。よいな?ゴブリン騎士」

「はい、息子にはきちんと言い含めてあります。アーサー、父の昨日話した事をかいつまんで話してみなさい」

「はいですのだ!えーっと……『敗者を辱めてはならん。敵なれど一握の慈悲、忘れるなかれ』……でしたのだ?」


 実際はもう少し長い話だったが、アーサーは要点を理解していたようだ。


「……理解しているようだな。ならば良い。勝利の喜びに酔うのは良い、しかし敗者を辱めるな……怨みを買って良いことは一つもない……」

「はいですのだ!」

「……ではクリス。お前が相手をするのだ……」

「はーい、むねをかしてやるってやつだな!いつでもいいぜー!」

「おー!クリスとやるのだ?わかりましたのだ!」


 二人は少し開けた所に出て、立ち会う。


「……では、礼!」

「よろしくたのむぜ!」

「よろしくなのだ!」


 互いに剣を突きつけ合う『開戦礼』をして組み手が始まった。


「うおー!いくのだ!」

「よーしこい!」


 闘技を用いぬ体術による『立待月』による突きを繰り出すアーサー。

 対してクリスはアーサーの木刀の切っ先を木刀を当ててそらし、すれ違い様に一撃入れる。


「おらっ!」

「ぐぬっ!まだまだいくのだー!」


 またもやアーサーは闘技ではない『弄月』を繰り出すが、練度の低いそれは牽制にしかなっていない。


「なんのー!『跳び』!」

「のだっ!」


 クリスは飛び上がって『弄月』の隙間から剣を振り下ろす。

 クリスの木刀はアーサーの肩にあたり、アーサーの木刀をはね飛ばした。


「……クリスの勝ちだ。互いに、礼!」

「まあ最初はこんなもんだぜ!ありがとうございました!」

「……ありがとうございましたのだ」


 互いに頭を下げる。

 アーサーは目元に涙を浮かべていた。


「……立ち杭のところにいってきますのだ!」

「……好きにせよ……」


 アーサーは木刀を持って脱兎のように杭に向かっていく。

 やがて遠くで声がした。


「あーん!負けたのだ-!くやしいのだ-!うえええん!」


 そして木刀で杭を打つ音。


「……やれやれ……クリス、気にするな……誰とて最初はあんなもの……」

「えーっと……うん、大丈夫だぜ!」

「すまんな、クリス。気をつかわせてしまった」

「い、いえ……」

「……さあ、組み手を続けるぞ……ゴブリン騎士、後で声をかけてやれ。少しは優しくな……」

「はい、お手数をおかけいたしました」

「……だが、この場で当たらぬだけ……子にしては我慢ができている……やはり、お前の子だな……」

「ありがとうございます」


 弟子達は再び稽古に戻る。最初の組み手で負けた子供が泣くことなど、ありふれたことだ。


 ◎おうちにかえろう


 稽古が終わったあとゴブリン騎士はアーサーの元に向かった。

 手には二つのレモネードだ。


「アーサー」

「……父様」


 杭のある場所には、しょぼんとしてしゃがんでいるアーサーがいた。


「……稽古をぬけて、ごめんなさいですのだ」

「ああ。それと、あとでクリスにも謝っておけ。それから、遺恨は残すな。尋常に立ちあって負ける……よくあることだ」

「……はいですのだ」

「くやしいか。だが、くやしさを一つ飲み下すたびにお前は強くなる。これは戦いではない、稽古だ。負けることは恥ではない。敗北の一つも知らずに強くなる者などいない」

「……父様も?」

「ああ、何度も涙を呑んだことがある」

「……あとで、クリスと先生にあやまりますのだ」

「うむ、それで良い。帰ろう、家に」


 ゴブリン騎士はアーサーにレモネードを渡した。

 アーサーはこくりとうなずいてレモネードを飲んだ。


「はいですのだ」


 やがて、アーサーもいつの日かこのレモネードの味を思い出すだろう。

 喜びも悲しみも共にあった故郷の味として。

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