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ゴブリン騎士と農民姫  作者: 照喜名 是空
実りの章:一年目・秋
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ゴブリン騎士と託された使命その③暗殺者との死闘

 ◎死闘


 ゴブリン暗殺者たちにとってそれは突然だった。

 霧だ。

 ミルクのように濃い霧が立ちこめている。いつのまにか気づかぬうちにだ。

 それもそのはず。

 ゴブリン騎士は今こそアンゲルデからもらった巻物スクロールを使ったのだ。

 神々の一柱による神秘の技。暗殺者と言えど生半に見抜けるものではない。


「若……」

「ああ、敵の術だろう。効果は透明化と言ったところか」

「匂いも音も追えません。どうします」

「最悪は周囲一帯に毒を流す。だが、おそらくは向こうから追い打ちに来るはずだ」


 その時、やや遠く、10間ほどの距離で罠が作動した音が鳴った。


「いかん、もしやそのまま捲く気か?」

「自分が先行しましょう」


 一瞬、ほんの数秒。わずかに襲撃への警戒がそれた。

 その隙間をついて、鋼糸に石をくくりつけたボーラが恐るべき速度で飛んできた。

 ボーラ。石を糸の両端にくくりつけただけの簡単な猟具であり、主に投げて鳥の体を絡め取る事に使われる。

 だが、今回用いられたのは鋭い鋼糸と、こぶし大の石で作られた恐るべき殺人武器だ。

 獲物に絡めば、鋼糸が体を締め付ける、ましてやゴブリン騎士の闘技『つかの間の剛力』で投げられたそれは手足を切断する威力がある。

 皮肉にも、その丈夫な鋼糸は暗殺者達が使った罠から調達したものだった。


「若!にげ……!」

「ギャンッ!」


『蜂』はとっさに狼から飛び降りることで難を逃れた。

 だが、狼は無事ではなかった。


「ジャズラ……」


『蜂』の体がごろごろと地面を転がる。

 狼の名前を呟くが、まもなく死ぬであろう浅い呼吸が返事だった。

 彼の狼はワイヤーに切断されて足を失い体中ズタズタであった。


「『蜂』!」


『鷹』は騎上から振り返って部下の方を見る。

 後ろからは、すでにゴブリン騎士が剣を抜いて霧の向こうから姿を現していた。

 蛍色の小剣の光に照らされて、ゴブリン騎士の小さな体躯がとても大きく恐ろしく見える。


「若、お引きください。殿しんがりは私が」

「だが!二対一ならば!」


 カナリアンテはゴブリン騎士の後ろに控え、2対1でやるならこっちも参戦するぞ、と睨みをきかせている。


「お解りでしょう若。敵いません。お引きください」

「すまん……おのれゴブリン騎士!私は『鷹』!この名前を覚えておけ!いずれお前を討ち取る男だ……!」


 ゴブリン暗殺者の長、『鷹』は狼を操るとあっというまに霧の向こうに消えた。

 ゴブリン騎士は無言でそれを見送り、『鷹』は屈辱の中逃走する。


「そうか。覚えておこう。それで貴公は名乗らんのか」

「待たせた詫びに教えておこう。『蜂』だ」


 フードの下から自分と同じ醜いゴブリンの緑面が見える。

 死を覚悟した凄絶な笑みだ。

 これは武人として応えねば無礼というものだ。


「私はゴブリン騎士。名乗りが済んだな。では尋常に、勝負といこうか」


 じり、じりと互いに距離を測りつつ、戦いを始めて行く。

 まずは時間稼ぎを確実な物とするためと探りも兼ねて、『蜂』は舌戦を挑んだ。


「罠にはめたつもりか。だが、罠にかかったのはどちらかな?貴様はここで私と死ぬのだ」

「いいや、私が貴公らを追い詰めたのだ。騎士が暗殺者と正面から戦えるのだ。退けて当然というもの」


 声色に驕りはなかった。

 そしてそれが事実であることは、己が一番よく知っている。

 毒の刃を使う暗殺者に対し、鎧でしっかりと固めた騎士。そもそも相性が悪いのだ。

 だが、それでも死ぬ前提であれば相打ちにはもっていけるだろう。そう、覚悟した。


「……かもしれんな」


 舌戦は終わり、ゴブリン騎士が一歩、間合いを詰める。

 互いの制空権内だ。


「ゆくぞ」

「来い!」


 ゴブリン騎士は弓のように腕を引きしぼると、『月明かりの小剣』を瞬時に延ばして突きを放ってきた。


「『穿ち』!」


 凄まじい一撃だ。速い。だが凌ぎ切る。

 蜂は極限の集中力で『月明かりの小剣』を短刀で受け、そのまま縮地クイックステップで前に進む。

 よし!勝機はまだある!無言詠唱はすでに完成していた。


「毒のいぶ……!」


 毒の息吹(ポイズンブレス)の魔法を唱え終える前にゴブリン騎士の少盾によるシールドバッシュがゴブリン暗殺者のあごに決まった。

 下から上に突き上げる一撃(アッパー)だ。

 毒霧は二人の頭上に舞った。

 だが、毒の霧が落ちてくる前に決着はつくだろう。


「一手……遅かったな!」


 暗殺者の短刀を持っていない左手は自由になっていた。袖の中に仕込まれたバネ仕掛けにより毒針がゴブリン騎士に放たれる。


「……言ったはずだ。退けると」


 だが無常にも針は鎧に刺さっていた。

 距離を取り仕切り直すか?いや!蜂はさらに左手を素早く動かし、

 自爆装置の紐を引こうとした。だが、その前にすでにゴブリン騎士は剣を縮め、引き絞っていた。

 目と目が合う。


(お前はここで私と死ぬのだ!)

(いいや、勝負はここだ。ここが勝負の勘所だ!)


 果たして勝利の女神はゴブリン騎士に微笑んだ。

 剣が暗殺者の胸から心臓、脊椎に突き刺さり、次の瞬間にはもうゴブリン騎士は仙歩ゴーストステップで下がっていた。


「終わりだ」

(ならばご覧あれ!暗殺者の散り様を!)


 それでも蜂はやり遂げた。紐を引き、壮絶な自爆!

 釘や鉄片、毒が広範囲にばら撒かれるがその時はすでにゴブリン騎士は木陰に隠れる時間すらあった。


「カナリアンテ、無事か?」

「ウォフッ」

「恐ろしい敵であった……敵ながらあっぱれな散り様だった…暗殺者とはかくも恐ろしいのだな…」


 今までの敵とは一味違う殺意にゴブリン騎士は身震いすると、夜の森を駆け出した……

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