51・ミストリアの第一歩
前回のあらすじ
元担任教師の先生も自身の過ちを悔いつつ、自分なりに生徒達の事を想っているようだ。
先程まで鼻をスンスンさせていたミストリアだったが、暫く手を握っていると気持ちも落ち着いたのかギルドに戻る決心をしたようだ。
彼女が逃げ出す要因となった男性との関係は教師と生徒の間柄であると言うが、ミストリアの心情を慮るに彼女が“失語さん”と出会う何かしらの関係性があるように思う。
その上でギルドへ向かうと決めた彼女は、おそらく過去と決着をつけるつもりだろう。ギルドとの距離が近付くにつれ、彼女はいつも通り迷いの無い足取りを取り戻していった。
「ミストリア!」
ギルドに戻ると僕達の帰りを待っていたのかマルティナが駆け寄ってきた。ミストリアの姿を見て安堵したのも束の間。後ろを振り返ったマルティナの感情はちょっと複雑なものへと変化した。
当の本人ファムエルさん。僕達が居ない間に彼等は何やら話しをしたらしいが、円満に和解と言う形には至らなかったようだ。
ミストリアも決意して戻ったとは言え、やはりどう切り出して良いものやら苦慮している。だが覚悟を決めたのか深く静かに深呼吸すると自ら一歩を踏み出した。
「ミ・・・ミストリア君 その・・・すまなかった・・・ 本来なら僕が君達の事にいち早く気付くべきだった それとなくでも関与すべきだった
僕はどこかで生徒の事は生徒同士でと自分に言い聞かせながら 生徒の事より自分を優先させてたんだ
僕は・・・ 勇気が無いから いつも一歩が踏み出せない それで手遅れになる事や 成せなかった事を何度も経験してるのに 余計な事に手を出して 自分の周りの平穏な日常が変わってしまうのが怖かったんだ
だから 君達の事も君達で解決してくれたらと・・・ 都合よく思ってしまった・・・」
嘘偽りなくファムエルさんはそう思っていた。ミストリアを前に自分の在り方を悔い萎縮している。
重要なのは自身の言動をしっかりと自己認識する事で、彼の後悔の念もきっと自分を見つめ直せたからこそ出てきた言葉なのかもしれない。
であるなら例え時間がかかったとしても、これから改善していける余地は十分あるように思う。
ミストリアとファムエルさんとの間にどの様な事があったのか分からないが、彼の思いが正しく伝われば、この関係にも幾ばかりか改善の兆しが見えるのではないだろうか。
〔先生 今にして思えば私も至らない点が多々ありました これも自分の事ばかりで他人を顧みてこなかった結果です 先生を責める事などできる筈もありません
私も・・・ 怖かったのです
同級生達からは避けられて誰にも相談出来なかった こうして先生と再会を果しても突然学園からいなくなった私はどう思われるのか そんな感情だけが胸を締め上げるのです
でも変わらなければいけない
ここに来てアネットと出会ってそう思えるようになりました 人は変われる もし先生が苦しんでおられるなら私は貴方を許します だからもう気になさらないで下さい〕
「ミストリア君・・・・」
僕はミストリアと会話を交わす事ができない。彼女は水を用いた文字を使用する為、僕にはどうしても水が滴る音にしか聞こえないのだ。
しかし彼女の心は今とても穏やかだ。きっと自分の中にあった思いをしっかり打ち明けられたんだろう。
ファムエルさんも心を打たれたのかとても感銘を受けているようだった。
「ミストリア君・・・ 君・・
すごいじゃないか!!
魔法を口ずさまなくても魔法の行使が可能なのかい!? 一体どうやって! 魔法は基本的に魔法名を唱えなくてはならない それに例外はない! だが君はまるで息をするかのようにツラツラやってのける!
これはどう言う理屈だ? こんな奇跡のスキル僕は今まで聞いた事も見た事も無い!
もしかしたら君がこんな状態になったのは天の思し召しなのかもしれないね!
うひぃ~ 興奮するなぁ~! 今すぐにでも君の体の隅々まで調べつくして・・・・ぶふぇ!!」
バンッ! と言う水の塊が何かに炸裂する音と共に、蛙でも潰れたような声がお腹から絞り出されると、ミストリアを激しく揺さぶっていた元担任教師はその言葉を最後に床に崩れた。
真摯な話をしていた筈がこの変わり様。どうやら彼は自分の欲望に貪欲な御仁だったらしい。まったくもって度し難い。
僕はファムエルさんが床に突っ伏している間に、マルティナと彼の会話のあらましを聞かせてもらった。
ミストリアが通っていた学園でどう過ごしてきたのか。何故言葉を失いハルメリーに来る事になったのか。その元担任からの依頼。
正直そこまで詳しく聞いてもよかったのかと愁いもしたが、彼女は思いの外平気なようで今は隣で静かに佇んでいる。
それにしてもミストリアを追い詰めた生徒達の護衛か・・・
この担任にしてその生徒有りと思いたくは無いが、他人を槍玉に挙げる人間の心境とは如何なるものか。僕は過去その一端に触れた事がある。
ディゼル。
彼は町長の息子である。しかし金銭や立場。人より多くを持っていたにも関わらず、心はどこか満たされなかった。真に欲するものが手に入らなかったが為に粗暴な性格に成長してしまったのだ。
今回それとは逆に持つものが標的にされている。
どんな理由からミストリアが標的にされたのか詳細の程は本人達しか知りようが無いが、どちらのケースにも共通して言えるのは、納得できない何かがそこに存在している事。
実際ミストリアは学園を去る羽目になり、彼女を追い詰めた人達の目的はある意味達成されたと言える。
そんな行いをした人達がハルメリーにやって来る・・・
もし彼等と今のミストリアがかち合ったら一体どうなってしまうのか。自分のした事を悔いて許しを乞うか、それとも失語と見下し揶揄するか。
会わせるべきか遠ざけるべきか・・・
「どうじゃ? こやつの依頼 受けてみるか?」
事情を知っているランドルフさんが聞いてきた。悩みどころだ。下手に接触して傷口を広げる訳にもいかないのだが・・・
「分かりました その依頼 受ける事にします」
「ちょっとアネット!? 相手はミストリアを苦しめた連中と この変態よ!? そんな仕事引き受ける必要無いわ!」
「今日ミストリアは一歩を踏み出して過去と向き合った 人は変われると思ったんだ
だからもし彼女の同級生も変える事が出来るなら 悲しいだけの過去にならずに済むんじゃないかって・・・
その為には悪し様に否定するんじゃなくて 相手を知るところから始めないと」
ミストリアの事情は分かった。後は相手の言い分だ。先ずはそれを聞かなくてはいけない。そうしなければ互いに歩み寄るなんて絶対にできないと感じた。
★
〔それは貴方が居たからよ・・・〕
「今日ミストリアは一歩を踏み出して過去と向き合った──────」
そう口ずさんだ彼の言葉に私の想いは制御を離れ勝手に水の言葉となって浮かび上がった。
秘めた感情が唐突に丸裸になった事で気恥ずかしくなった私は、気取られないよう急いで目の前に浮かぶ文字をあたふた手で振り払った。
あの日の放課後。
私の陰口を話していた彼女達からその理由について結局聞く事はなかった。当時の私は反発心から周囲を避けるようにしていたし、それを良しとすら思っていた。
だけどアネットはそんな彼等を「知ってみたい」と言う。
悪し様に否定しない・・・か。
今にしてみれば別段彼等の事などどうでも良いけど、これから上手くやっていく為には過去の私では駄目なんだと思う。
暫く間も空いた事だし、アネットを見習って客観的に見るには良い頃合いなのかもしれないわね。
〔私もアネットを手伝うわ〕
「ミストリア!? 本気!?」
〔人生を前向きに歩く為に必要な気持ちの整理よ 昔の私なら考えもしなかったけど 今の私には目標があるわ
それに私は1人じゃないと気付かせてくれたのは皆よ? 怖いものなんか無い だったら動く時は今なのだわ〕
「ミストリア・・・ でも洞穴は冒険じゃなくっちゃ 入れなかったんじゃない?」
「う~む 一応貴族枠で入る事はできるが・・ 嬢ちゃんの立場を考えると いきなり洞穴に突っ込ませるのは抵抗があるぞい」
〔ではこの町に駐屯している騎士団にでも護衛を頼みましょう 費用が掛かると言うのなら そこで寝転がってる元担任の先生にでも請求したら良いわ〕
「あの・・ えぇと ミストリアは何て?」
「一緒に洞穴に入って アネットの仕事を手伝うって・・・」
「そ それは流石に危険じゃないかな・・・ それにこの仕事はミストリアと因縁のある人達と一緒に熟さなければならないんだよ?」
〔アネットと初めて出会ったあの日 空っぽの私に冒険者を勧めたのは貴方よ? だったら今から始めたって遅くはない筈だわ
それに 学園に居た頃にはさして意味がなかった助け合う事の大切さを 貴方に習ったのだもの
アネットと一緒なら 目の前に立ちはだかる者が何であれ 立ち向かう覚悟が出来ると言うものよ〕
「アネット お主は罪作りよのぉ」
「え・・? え・・?」
そう・・・
昔の私なら考えも及ばない。出る筈もない言葉。でも貴方が居たからそんな事が言える私がここに居る。
私は皆に見えないよう背を向けて、アネットにこう文字を綴った。
〔貴方が私に火をつけたんだから・・・ ちゃんと責任とってよね?〕




