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48・フォルマと“快楽さん”

前回のあらすじ


ギルドでカストラ商会の使いを名乗る男性と出会い夕刻。

店を変えての会食の場所は娼館だった。

そこで出会ったフォルマさんに半ば強引に別室へと連れ出されてしまう。

 フォルマさんに連れてこられた部屋は先程の部屋から一部屋越えた辺りか、入り口が引き戸となっていて靴を脱ぐのが作法らしい。


 靴下越しに感じる感触は木の床とも絨毯とも違う、固いようでやや弾力があり均等にザラザラして何処と無く異文化の香りがした。


 また香水とは違う渋味のある香ばしい草のような香りが部屋全体を満たして、鼻の奥にスッと入ってきた匂いは不思議と嫌いではない。


 部屋の広さもさっきまで食事をしていた部屋より丁度良く、何とか落ち着ける場所まで来たと言った感じがする。


 フォルマさんに促されるまま手を引かれて椅子に腰をおろす。しかし椅子と言うには弾力があって1人掛けと言うには横に長い。


 フォルマさんは然も当然とばかりに隣に腰掛けてきた。何故かその距離は家族が隣に座るよりも近い。



「あのですね 僕もそろそろ失礼しようと思うのですが・・・」


「ふふ だ~め 夜の歓楽街は危険がいっぱいよ? あなたみたいな可愛い男の子が そこら辺をほっつき歩いていたら たちまち飢えた女郎蜘蛛に捕まって 巣までお持ち帰りされちゃうんだから」



 そう言うとフォルマさんは手のひらを僕に這わせて滑らせてくる。そして内に篭った熱い吐息を解放するように僕の首筋へと優しく吹き掛けた。


 女性特有の香りと香水の匂いが見えない糸のように絡み、身体中を這う彼女の手はまさに蜘蛛のそれだった。



「心臓・・・ ドキドキしないのね」



 胸元に置かれた手を(まさぐ)るように撫でながらフォルマさんは耳元でそう呟く。



「演技をされている方に そう言った感情は抱けません」


「演技・・・ そうね 確かにその場限りの演目なのかも知れないけど これがお芝居なら楽しまなければ勿体ないと思わない?」


「う~ん どうなんでしょう 心が伴わない劇を楽しむのは 盲目の僕には難しいと思うのですが・・・」


「そこはホラ 長年培ってきた腕の見せ所と言うものよ?」


「でも・・・ごめんなさい 偽りだらけの関係に身を任せてしまったら 僕だけでなく あなたの心にも傷を負わせてしまう気がするので」


「純粋なのね・・・ 参ったわ 私の武器が通じないんじゃお手上げね もし あなたの目が開いていたら 他の男達と同様 私に夢中になってくれるのかしら?」


「それは そうなってみないと何とも ですが・・・ 今の僕は『もしかしたら』を考える(いとま)が無い程充実してますし こうして盲目さんと出会えて良かったとも思ってますから」

『キャハ~///』


「そう・・・ 良い(えにし)で結ばれてるのね 私とは正反対 私にもね 側にスキルさんが居るの 何だと思う?」


「ん~ 見えないので何ともですが 何処と無くポカポカと喜んでいるような・・・?」


「この子もね 悪気がある訳じゃ無いの 快楽さんはね 望む望まないに関わらず パートナーに極上の快感を与えるスキルさんなのよ


 自分の意思とは関係なく体が(うず)いて 吐く息には熱が篭り 気付けば自分の手が体中を這いずり回る 快感は募って自制も効かない


 1番の(かせ)は いくら自分で慰めても全く収まらないことかしら 我慢すればする程 頭の中は秘め事で染まっていく・・・ だけど1つだけ解消する方法があるのよ?」

『気持ちのいい事は 皆にお裾分(すそわ)け~』

「そう・・・ 快楽さんの特徴は 自身の感じている快感を相手に分け与えることなの 異性と肌を重ねることでしか 体の(うず)きを鎮める事が出来ないわ」



 そうは言うけど自分の言葉に納得しないのか、火照った体に冷めた感情が色付いている「悪気がある訳じゃない」と言いつつも、どこか自分のスキルさんを受け入れられないのかもしれない。



「知ってる? 快楽さんって保有者の体を好きに(もてあそ)ぶくせして 他者に有効と言う理由で3等級なんですって 等級なんて一体誰が決めてるのかしらね 魅入られて心を病んでしまう子も居ると言うのに・・・」



 スキルさんはスキルさん。格付けなんて人のエゴでしかない。確かに変調をきたすのは事実だけど、なら尚更言葉で壁を作ってはその隔たりは生涯なくならない。


 その絶望から心を病んでしまう人が現れても何ら不思議ではないのかもしれない。



「もし 身近にそう言う人が居るのなら 是非とも力になってあげて下さい 僕も今の人生があるのは 周りの人達の支えがあればこそですから 身に染みて分かるんです」


「そうね それが理想なのかも知れないけど現実を知ってると・・・ね ダメね 湿っぽい話になっちゃって 待ってて 飲み物を取ってくるわ」



 僕から手を離すと長椅子から立ち上がり、どこかばつが悪そうに話をはぐらかした。


 部屋の片隅で飲み物を注いでいる彼女は、物悲しく消え入りそうなくらいの心の灯火(ともしび)が揺らいでいた。


 僕とは違う苦労や悩みがこの淡い色合いなら、彼女達の現実を知らない僕の発言はやや配慮に欠けたのかもしれない。


 カチャカチャカチャとお盆にのせた小さな容器の音をたてながら戻ると、変わらず僕と密接した位置に座って入れた飲み物を薦めてきた。



「さぁ 体に問題を抱えてる者同士 今夜は楽しく飲み明かしましょう」



 手渡されたカップはいつも手にしているサイズより大分小さく、スッポリと手の中に収まってしまいそうな程だった。


 その為中に入っている飲み物の容量は更に少なく、ここは一気に飲んで直ぐにでもお暇しようと胃に流し込んだ。


 すると水が体内の熱を沈めるのとは真逆に、熱い何かが口・食道・胃にかけて(ほとばし)り、それから暫くして口内と鼻腔に甘い香りが抜けた。



「フォルマさん? あの・・これ・・」


「フフ 美味しいでしょう? モルターナ酒の中取り10年物よ 中々手に入らない良いお酒なんだから」


「お お酒・・ですか?」



 僕は急いで立ち上がるが初めてのお酒に動揺したのか、あるいはアルコールが一瞬で身体中にめぐったのか。心拍数は僕の心情とは無関係に上がって踏み出した右足は微妙に(もつ)れた。


 視力の無い僕にとって体感バランスが全てだ。


 初めて口にしたお酒はフルーティーで嫌いではなかったものの、後から来るこの混沌とした感覚は、まるでお店の床が斜めに敷設されているかのような錯覚に(おちい)りどうにも気持ち悪い。


 それでも何とか部屋から出ようと試みるも、足取りが覚束ない僕はフォルマさんに両肩を押さえられ呆気なく長椅子に引き戻されてしまった。



「あらあら もしかしてお酒弱かったのかしら? ほんの一杯飲んだだけなのに・・・」


「僕もまさかここまでとは・・・」


「これじゃますます帰す訳にもいかなくなったわ 転んで(ひじ)でも擦りむいたら大変だもの」


「いえ 肘とか大丈夫ですので・・・ 帰らないと・・・」



 急に動いたためか意識が混濁し始めて次第に体温が下がり体が寒気を覚えた。「帰宅しなければ」と言う意識とは逆に、この場から動きたくないと体が(うった)えているのか気だるさも感じる。



「気分が収まるまで ここで休んでいくと良いわ ねぇ 良かったらその間あなたについて聞かせてよ 盲目なのに危険な冒険者の道を選んだ あなたの半生には興味を(そそ)られるわ はい お水をどうぞ」


「有り難う御座います」



 手渡された先程のカップの中に入れられた水を(こころよ)く飲んでみると、口内にフルーツの香りが咲き乱れる。



「あの・・・ これお酒・・・」


「フフ お酒の酔いはお酒で癒すものよ?」



 この後僕はフォルマさんと色々お話をした・・・気がする。実際にしたのかも分からない。そのくらい酩酊してこれが夢なのか現実なのかの区別もつかないくらい朦朧とした。



 ★



 まだ少女と呼べる時分とある男性と関係をもった。周りはふしだらだと揶揄したけど自分なりに将来を見据えての事だった。


 ハルメリーのいい男と言えば屈強な冒険者。年頃の女の子は大抵は冒険者にほの字になる。でも私はいつ帰るかも分からない冒険者を選ぶより堅実な男性に将来性を見た。


 なので私は大店(おおだな)の後取りや、名工の元で腕を磨く職人の男の子に粉をかける事に決めた。もちろん見た目も重視で。


 もしかしたら冒険者の町ハルメリーでは変わった女の子だったのかもしれない。でも私はただ素敵な男性と恋に落ちて幸せに暮らしたいと願う、ごく普通の少女だった。


 この年頃だともう1つの伴侶。スキルさんを探す年齢となる。でも私はスキルさんよりも素敵な男性探しを優先させた。


 彼等ならそこら辺に沢山居るけど運命の君は1人しか居ないんだ。これは熾烈な争奪戦。早い者勝ちなんだから。


 そうやって吟味を重ねるとやっぱり王子様は居るもので、1度見付けたからには飛び付かない乙女などいない。


 でも麗しい花には絶えず蜂やら鳥やら捕食者(ライバル)が飛び交っている。彼の周囲は笑顔で溢れていても裏では醜い蹴落としあいが絶えず繰り広げられていた。


 そんな壮絶な戦いの末、彼のハートを射止めたのは私だった。中身に関してはごく平凡な私だったけど容姿だけは誰にも負けない自負があった。


 欲しいものを手に入れて、後は彼との幸せな人生に身を任せれば良いだけだった。


「可愛いよ」「愛しているよ」「一緒に幸せになろうね」


 耳元で甘くささやく彼の声が私の脳髄を痺れさせる。そこに確かな愛を感じると、例えベットに他の女が居たとしても気にはならなかった。


 正直見てくれは自分以下だし、彼が愛してるのは私。この関係で上手くいっているならとやかく言う必要もない。そんな余裕すら芽生えた。


 しかし・・・代わる代わる違う女がやって来るのは流石に看過できない。そもそも近くに私がいるのにどう言う事? それを注意して険悪な空気になってしまったけど、金持ちで顔が素敵な彼を手放すのだけは避けたい。


 だから考えた。彼が喜んで私も満たされる方法を。


 ()()を床に招き誰が彼の1番か見せ付けてやる。私は勝って彼をものにしたんだ。今更他の子に負ける筈がない。彼と私の間に入り込む余地が無い事を証明してやれば良いだけだ。


 でも・・・


 何がいけなかったのか。気付いた時には『それ』が私の傍らに佇んでいた。


 『それ』・・・“快楽さん”は世間一般で言うところの不浄の象徴。汚れた者に取り憑くとされる“快楽さん”を連れた者は、もう日向を歩くことが出来ない。


 どうして私にこんなものが・・・


 心当たりが無くもない。でもアレは愛であって決して不浄な行為ではない。兎も角・・・大変な事態になってしまった。


 でもどうって事はない。私には彼がいる。


 “快楽さん”なんて不名誉なスキルさんに魅入られちゃったけど愛があれば乗り越えられる筈よ。


 しかし・・・


 “快楽さん”を連れた私を見るや、彼は呆気なく私を突き放した。


 何故? 今までの関係は何だったの? 共に過ごした時間は愛に満ちていた筈なのに。どうして私にそんな顔を向ける事ができるの?


 訳が分からなくなった。


 それでも納得のできない私は幾度と無く彼の元を訪れた。だけど「お前など知らない」と言う態度で何度も足蹴にされてしまった。


 彼の傍らで「してやったり」と私を見下す彼女達の顔は今でも脳裏に焼き付いている。結局私の過ごした一時は夢幻(ゆめまぼろし)の類いだった。彼との関係は本物と呼べるものではなかった。


 では私にとっての本物とは何か。


 今となっては知る術が無い。







 それから私の周囲の景色は一変する。もう野に咲く可憐な花ではいられない。


 それでも元々の見てくれは良かったので、道行く男子は通りすがりの私に一瞥(いちべつ)をくれる。


 だけど今向けられている視線は以前のような純情なものなどではなく、この上なく下卑て無遠慮に全身を嘗め回してくる舌の様な目。美しく綺麗なものを愛でるものではなかった。


 これは駄目だ。


 これを受け入れてしまったら、自分が汚物に成り下がったことを認めるようなもの。私はたまらず路地裏へと逃げ込んだ。


 でもそこには表とはまた別の顔が存在していた。人生の落伍者。その巣窟。


 未来が閉ざされた冒険者崩れが昼間から薄暗い路地の地べたに座り、何をするでもなく呆けている。私は意を決して微動だにしない彼等の前を歩いた。


 何にも興味を示さないわよね・・・と思ったのが間違いだった。不意に私の肩に手が置かれると、それを皮切りに無関心を装っていた彼等はおもむろに立ち上がり私に迫ってきた。



「きゃっ! ちょ! ちょっとやめッ! やめてっ! 離してっ!」


「し・・知ってるんだな か 快楽さんがどう言うものか ほ ほほ ほっとくと大変な事に なっちゃうんだな」



 私も“快楽さん”の特性についは知っている。と言うか体で身に染みている。スキルで得られる快楽は自分では処理できず性交以外での解決法方が無いのだと。



「離して! アンタ達には関係ないでしょ!」


「そう言うなって 俺等があんたの問題の解決策になってやるからよ」


「いやっ! 誰かっ! 助けて!!」



 喉が痛くなる程の声を絞って助けを求めたけど、そんな都合よく私を助けてくれる王子様は現れなかった。


 小汚ない男共に更に薄暗い場所へと連れ込まれると、抵抗むなしく着ていた服を粗雑に剥かれていく。


 監禁され何度も何度も体を汚し、それでも冒険者達は私を手放さない。悪趣味な服を与えられ食べ物を与えられ、文字通り私は飼われた。


 そんな日々がどのくらい続いたのか、今まで散々私の体を貪ってきた冒険者達は次第に私を抱かなくなった。それどころか最近は触れようともしない。



「コイツはもう駄目だ ったく 人形とやってるんじゃねーんだぜ」



 人形? 私の気持ちを踏みにじり自分勝手に慰み物にしてきたくせに。道具にしたのはお前達の方。人形であることを望んだのはお前等じゃないか。


 彼等から解放された私は今になって例の問題が鎌首を(もた)げ始めた。


 道行く人は私に一瞥(いちべつ)をくれる。


 しかしそれは以前のような気色ばんだ熱い視線でも下卑た邪な視線でもない。汚物を(さげす)む嫌悪の目。


 まぁ・・・あの下衆共でさえ私を捨てたんだ。余程ひどい状態なんだろう。見てくれしか取り柄の無い私からそれが失われたら一体私には何が残るだろう。


 それでも体の疼きは許してくれない。誰でもいい。この(たぎ)った体を満たしてほしい。もうこの際あの腐った冒険者共でも構わない。


 私は道行く人に懇願して歩いた。尻尾を振ってハァハァ吐息を吐きながら上目遣いに媚びてまわる・・・これでは犬畜生と同じじゃないか。


 私は異性にモテていた。声を掛けた男がなびかなかった事などない。それが今や不細工にも嫌煙される始末。人とすら認められないのならこんな命、長らえることに何の意味があるのか。


 しかし命を諦めても“快楽さん”は否応なしに私の体に快楽を与え続ける。人として最低限の尊厳すら許してくれない。


 ここは地獄だ・・・


 私は地獄を徘徊した。男を求め・・いや、もう男でなくても良い。この熱を静めてくれるなら動物だって構わない。


 ギョロギョロと獲物を求めて歩き回る私の眼球が余程不気味だったのか私が歩くと人混みは見事に別れた。多くの衆目に晒されても、こんな私に誰も声を掛ける者などいなかった。


 自分の体を(まさぐ)りながら歩く私は周囲の人の目にどう映っただろう。野良犬でも猫でも哀れんで餌をあげる人は居る。



「あ ああ・・ぁぁ あ だ だれ か・・」



 お腹が空いた。


 誰か何か食べさせて下さい。


 この(うず)きを止めて下さい。


 でも犬でも猫でもない私に手を差しのべてくれる人間は居なかった。


 通りに座り込む。空を見上げ流れる人の往来を何の感慨もなく眺めて呆ける。私は私を汚した冒険者共と同じになった。


 もう目の前を流れる人間は、私にとってただの景色でしかなくなっていた。しかしそんな往来の中で此方を見つめる1人の無感情な瞳に気が付いた。


 私に嫌悪するでも欲情するでもなく、その無表情の顔は皆が目を背ける中でも私を真っ直ぐに見つめ、無愛想ながら瞳の奥には私を人として見ている情があるような気がした。


 それが私とバードラットとの出会いだった。











「それで? 今度の相手は冒険者って聞いたけど 誰かしら・・・ この町で私を買える冒険者ってそうそう居ないんじゃない?」


「そうですね しかし今回は私の客でもある 盲目の冒険者アネット・・・」


「その名前・・・ 聞いたことがあるわね 他の子が噂してたわ 成る程 粉をかけたい訳ね でも まだ少年って聞いたけど?」


「ふふ 何事も経験ですよ」



 彼は私に手をつけない。


 しかしそれは私を忌避しているのとは違う彼のポリシーのように思う。彼に拾われ彼のお店で娼婦をやることになった私に与えられたのは奇しくも人権だった。


 カストラ商会の娼婦。


 その肩書きは私の盾であり鎧でありそして武器である。尊厳と言うにはやや歪だけど私はまた花として返り咲くことができた気がした。



「盲目の冒険者・・・ 私も気になるわね」



 私と同じ体にハンデを背負った子供が冒険者になった経緯。その半生には噂を耳にした時に好奇心を(そそ)られたものだった。


 今でこそ高級娼婦などと持て(はや)されてはいるけれど、私はただ与えられた椅子に座っているにすぎない。


 噂の中にしか居なかったその少年と実際に出会いそして知ることが出来れば、私の中で何かが変われるのではないかと何処か期待に胸踊る自分が居た。


 以前と変わらず男に抱かれる身の上だけど、それでも恋する乙女のような自分を忘れることはできないのだ。




 夕刻。


 歓楽街に明かりが灯り香が焚かれると、ここは特別な雰囲気を醸し出す大人の社交場と変わる。


 女達は店先に立ち湿った声で男を(たら)し込む。その魔の手に絡め取られた男共は甘美な蜜を余すとこなく貪るため、なけなしの日銭を落としていく。


 愚かなオスは女()の“快楽さん”から与えられる極上の快感に溺れ、まるで底無しの沼に()まった動物のように抜け出せなくなっていく。


 男にとっても女にとってもここは地獄の一丁目。それがこの歓楽街の正体だ。


 カストラ商会が経営する娼館「悦楽の館」


 階が上がるにつれてグレードも上がっていく、その最上階が今の私の居場所になっている。


 そしてその最上階の4階は食事処も備え付けられ上客を接待する場としても儲けられているのだ。


 冒険者も(まれ)に利用しなくもないけど、その殆どが商家の富豪や貴族達。それとバードラットが『客』と呼ぶ彼のお気に入りのみ。



「でも 大成しそうなの? 冒険者と言っても盲目なんでしょ?」


「まぁ 大成するに越したことはないですが 私が求めているのは 盲目が冒険者になった と言う付加価値だけです


 目立つ と言うことは良くも悪くも注目を浴びる訳ですからね 彼の周囲に集まるであろう金の鉱脈を発掘するのが目的ですよ」


「酷い人 味方をするふりして期待だけ持たせて利用するの?」


「彼は・・・ 愚かではありません 自分の身の丈はわきまえているでしょう とは言え・・・ (くさび)は打っておきたいところですがね?」



 愚かでないなら私に靡くとも思えないけど、彼が悦楽の館(ここ)に招くと言うことは体の良い傀儡にでも仕立てたいのだろう。


 もっとも店に客を繋ぎ止めるのが私の役目なのだからいつもとやることは変わらないのだけど。










「あら 今日のお客様は冒険者の方と伺っていたのだけど 随分と可愛い冒険者さんね」



 噂の盲目の少年を見て感じた第一印象は、お世辞にも冒険者としては恵まれない体格だったこと。それに付随して盲目と言うのだから「何の冗談だ」と思ったのが率直な感想だった。


 体にハンデを背負ってなお冒険者をやると言うのだから、気合いで逆境をはね除ける様な跳ね返りかとも想像していたが、線は細く物静かで他の冒険者に見られる覇気の様なものも感じない。



「目が見えていないのに器用に食べるのね あなたと比べると 普通の人の方がお行儀が悪く見えるのはどうしてかしらね」



 それは食事の食べ方にも表れて上品・・・と言うよりは的確に処理しているように窺えた。


 もしかしたらこれがこの子の周りに対する処世術、そして冒険者としての在り方なのかもしれない。


 荒事には興味無いが、この子がモンスターと対峙した時どの様な立ち回りをするのかはちょっと気になった。


 と言うのもここに来る冒険者は、モンスターを如何に勇ましく、どう倒したのかばかりを自慢するものだから、彼等の無慈悲な所業の対比としてこの少年はどの様な対処をするのか、その食事風景から興味を引かれたと言うのが正しい。



「魔物さんですか にわかには信じられなかったのですが───────」



 少年と幾つか会話をし、バードラットは聞くべき情報を得ると私に合図を送った。ここからが私の仕事と言うことだ。



「それじゃ 部屋を変えましょうか・・」



 別室に移りベットに腰掛けると、やっぱりこの子も男の子なのか絡めた腕を通して緊張が伝わってきた。



「心臓・・・ ドキドキしないのね」


「演技をされている方に そう言った感情は抱けません」



 演技をしている訳ではないが物事の真偽を見透す術を、この子は有しているのかもしれない。バードラットが「愚かではない」と評したのはその部分なのかも。



「偽りだらけの関係に身を任せてしまったら 僕だけでなく あなたの心にも傷を負わせてしまう気がするのです」



 もし心を形にして見ることが出来たなら、どれ程の傷が男共の手によって刻み込まれていることか。中には自分の所有物と言わんばかりに噛み付いて痕跡を残そうとした奴まで居たけど・・・



「もし あなたの目が開いていたら 他の男達と同様 私に夢中になってくれるのかしら?」


「今の僕は『もしかしたら』を考える(いとま)が無い程充実してますし こうして“盲目さん”と出会えて良かったとも思ってます」



 そう。それこそが盲目の冒険者に直に聞きたかったこと。


 自分の人生をどう思っているのか────


 私は“快楽さん”に取り憑かれてからと言うもの地獄の日々を過ごした。良かったと思えたことなど一瞬たりとも無い。


 私の体にくっついて、自分の意見を押し付けるだけのスキルさんに、どうしたらそんな感情を懐くことができるのか。


 そんなこの子の言葉と屈託の無い笑顔が私の心に突き刺さる。だから私は半ば八つ当たり気味に教えてあげた。この“快楽さん”がどう言うもので、その特性のせいで身も心も傷付いてる子が居ることも。


 同時に知りたかった。


 体に害しか及ぼさないスキルさんと出会えて良かったと言わせた人生の軌跡を。



「もし 身近にそう言う人が居るのなら 是非とも力になってあげて下さい 僕も今の人生があるのは周りの人達の支えがあればこそですから 身に染みて良くわかるんです」



 そうね。もっともな意見だわ。困っているもの同士寄り添い助け合えるのが理想なのかもしれない。


 でもね。


 それだけでは助からないことだってあるのよ?


 今でこそ男に身を委ねていられるけど、いつか年老いて・・・そんな萎びた体を抱いてくれる男なんてこの世に居るのかしら。


 そうなる前に毒の入った瓶に手を出さずに済む方法があれるのなら、是非とも教えてもらいたいものだわ。











 たった数杯のお酒でダウンしたこの少年に、結局手をつけることが出来なかった。


 今の私が触れるのは、あの時この身を汚した下衆共の行為と何ら変わらない事を、純粋無垢な少年の寝顔見て痛感させられた。


 私とこの子は違う。


 少年と話してその真っ直ぐな眼差しは、いつか将来を夢見た昔の自分と重なって、ハンデを抱えつつ自分の足で人生を歩むこの子の姿は私の目にとても眩しかった。


 もし彼の側に居られたならば、昔見た夢の続きを見せてくれそうな気がして、つい淡い期待を抱きそうになる。


 その寝顔に触れようとした時、自分の汚れた指先が現実へと引き戻し、不様な女の脱け殻がここにしか居場所がない事実を突き付ける。


 私はこの少年が羨ましく、そして妬ましい。こんな自分にまったくもって・・・・



 辟易とする。





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― 新着の感想 ―
[良い点] こういったヒロインがいても良いですね。
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