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42・ルンドレン伯爵家3男の半生

前回のあらすじ


“魔物さん”を連れた子供と対峙した。

 いつの頃からか自分が特別なのではと思う様になった。自分が乗る馬車の窓から覗いた景色には見窄(みすぼ)らしい家々が流れている。


 最初は興味津々で見ていたが、それが蔑む者達の住まう場所と分かってからは嫌悪する様になった。


 自分は特別だ。特別だから厳しい教育を徹底された。でも構わない。それこそが自分を特別足らしめる証拠なのだから。


 少し間違えれば叩かれる。睨み返しても叩かれる。泣いても叩かれる。


 許される言葉は「はい」のみ。


 そんな事もあってか目上の者には迎合する性格に刷り込まれていた。


 そんな自分に親は何を望むのか。


 父と母と2人の兄が居て自分は3男。家督を継ぐのは長男であり予備として次男。


 では3男の自分は・・・


 自分の意思より目上を敬えと叩き込まれた自分に期待するのは従順と言う名の操り人形か。


 それでも伯爵家。ギリギリとは言え上級貴族である。


 その為3男であっても相応の体裁は必要で、学園を卒業したら身の丈に合った職に就かなければ面目が立たないらしい。


 では家に恥じない権威ある職業とは何か。


 騎士団? 宮廷に仕える学士? 残念ながら自分にそれらの才能は無かった。コネで入ると言う手もあるが、本物の才能を前にしたら膝を折るしか無い。


 それだけは嫌だ。許せない。


 では自分が進むべき道とは一体どうやって決めれば良いのだ・・・





 ある日屋敷で自分の進路にやきもきしていると部屋に1人のメイドがやって来た。どうやら部屋の掃除をするらしい。


 メイドはテーブルを拭きながら誘う様にたわわな胸を揺らし、ベットメイキングをしながら尻を突き上げていた。


 たまに訝しげな視線を自分に送ってくるところが(なまめ)かしく、これはもう襲われるのを期待しているようにしか見えない。


 考えても見れば自分は伯爵家の血を引く高貴な身分だ。下民が惹かれるのも無理はない。あわよくば私から慈悲を頂きたいのだろう。


 うい奴め。たっぷりと可愛がってやろう。


 以降そのメイドは見なくなったが別のが居るし問題はないだろう。つまり貴族で無い者に対してこの程度は問題にならないと言う事だ。


 そうか・・・私にはもろもろ才能は無いが貴族の特権があるじゃないか。伯爵家が私に傀儡である事を望んだように、私も伯爵家を利用すれば良いのだ。


 決まったな。自分の進むべき道。人の上に立ち人の心を操る・・・それは商人だ。


 武具で冒険者を利用する。

 奴隷を買って利用する。

 食べ物で人の心を利用する。

 直接金で利用する。


 生活のライフラインを掌握する事で、自分は彼等の上に立つ事ができるのだ。伯爵家と言う看板もさぞかし効果があるだろう。










 セルマレイ公爵領。


 山間を十字に街道が通りその中心に位置する街。交通の要衝スプリントノーゼ。


 ここの公爵は独自の政策を打ち出している。複数の貴族に自分の領土を分配すると言う変わった統治のやり方をとっている。


 それはセルマレイ領にダンジョンが乏しく収益が見込めない事が関係し、分配した各貴族から収益の20%の納税と、軍権・私兵・一切の武装を認めない事を条件に、街の利権が欲しい貴族に領地を別け与え支配している。


 一見して魅力が無い土地に思えるが、この十字の街道が王都に繋がる交通の要衝であるのと「あらゆる欲望を満たしてくれる街」と銘打たれる程に規制が緩い事が様々な人を惹き付ける要因となっている。


 それに夢見て寄ってくる人が後を絶たないが、いわゆる成功を収める者は極々一部だ。


 1にも2にも後ろ盾。力のある貴族達が支配する界隈で生きるには貴族の力無しには成り立たない。


 そうとも知らずに一旗揚げようとする者は、日に焼かれて早晩消える事になる。


 そこにくるとルンドレン伯爵家の力はここでこそ遺憾無く発揮されるだろう。何せこの街の重要拠点である門を支配しているのだから。


 通行料を好きに取り立てられる我々はまさしく成功者のそれだ。もっともそれは「伯爵家」であって私個人ではないが。


 しかしそんな一人勝ちが通用しないのも世の常である。


 通行料に差異を設けた事で方々から不満が飛び出したのだ。それは主にここに住まう住民達から。


 平民が貴族に物申す事が許されるのか?


 しかしここは外とは事情が違った。彼等の居住区はつまるところ誰かの領地なのだ。そこを支配するのは誰か。


 それは紛れもなく貴族でありその意味するところは派閥による牽制。実質我々は彼等の不興を買った訳だ。


 此方がいかに伯爵家とは言え正面切っての派閥抗争など更に事態を悪化させるだけ。渋々彼等の言い分を受け入れ第三者の監視の元に定額制が設ける事で落ち着いた。


 これはルンドレン伯爵家にとって頭を押さえられたのと同じである。情けない事にそれが我が家の現状な訳だ。


 痛いのはそれだけでは無い。彼等の視線が私個人にも向けらた事で3男としての自立も危ぶまれている事だ。


 家の失態は同派閥内でも良く思われておらず、商人としてやっていこうにも中々協力を得られず難儀する事になる。


 それでも父の友人等を頼って何とか店を構える事には成功したが、とても胸を張って威張れる門構えではない。


 オマケに立地も悪い。人通りの少ない閑散とした小道の空き店舗だ。


 落ち目の貴族に足並み揃わない派閥。


 それどころかコロシアム・公開処刑場・巨大総合商店・劇場・歓楽街・賭博場と、大通りの金のなる木は全て他派閥に支配されつけ入る隙もない。


 権力を笠に着てこの町を牛耳るつもりでいたが、現実はしがない商店の店主に収まってしまった。


 最悪だ・・・


 それでもヨーデル男爵家・ウィンスター子爵家・モルドレイ伯爵家等、名だたる貴族が連なりこの派閥は形成されている。


 この公爵領外からもストルトン騎手爵家・ゼウォルト男爵家・バウゼン伯爵家と、ダンジョン資源を持ち込む為に関税免除を求め我が陣営に加わる貴族も多い。


 それら貴族達によって何とか現状維持は出来ているがそれだけだ。


 大成するには人と同じであってはならない。しかし大抵の物は出揃っているし他に良いアイデアも浮かばない。


 そんな現状に頭を抱えているとバウゼン伯爵からとある打診があった。


 何でも冒険者の為の常習性の高いポーションを欲しているのだとか。自分達の領地で大っぴらに作製できない物をこの街で作ってもらいたいらしい。


 違法性を臭わせる案件だが混沌としたこの街では今更だろう。規模も大きく人とは違うと言う点においても利に適っている。



 善は急げ。私は早速製作に取り掛かる事にした。


 素材は派閥貴族が各ダンジョンから持ち込んでくる。レシピ等は事前に受け取っていたので精製まで順当に漕ぎ着けた。


 ポーション作成の技術者もしっかり用意しているあたり、依頼してきたバウゼン伯爵も中々に毒された御仁であるようだ。


 流通経路として完成したポーションは犯罪系のギルドに(おろ)されそこから各地に飛ぶ。


 何だ・・・・ 要は考え方1つじゃないか。


 目立たないなら目立たないなりの利点を活かせば良いだけの話だ。


 その常習性でポーションの受注は止まる事を知らず、生産ラインを増築し泉のごとく湧き出る金に飽かして規模を大きくしていった。


 事業は大成功を納め有り余る金に気分はまるで王様だった。自分の一声に人は思いのままとなる。


 これぞ思い描いた貴族然とした在り方ではないだろうか。


 自分は勝ったのだ。


 後はこの街の勢力と渡り合い、ゆっくりと傘下に置いていけば良い。





 しかし気付くべきだった。


 冒険者を統括する冒険者ギルドは貴族に媚びない別組織である事を・・・





 悪事はバレると言うがそれは人の口に戸を立てられないせいだ。


 各製作工場は大分前から目をつけられていたらしく冒険者と騎士団にほぼ同時に押さえられると、自分も訳も分からないまま呆気なく捕まってしまった。


 領外の貴族達も「品物は納品していたが まさか麻薬を作っていた等 露程も知らなかった」と言い逃れ、結局罪の全てを私が被る事になった。


 話はあれよあれよと進んで家から追い出されると、貴族とは無縁とされ高い賠償金を払う事で私は野に放たれたのだ。


 その程度で済んだ・・・と言えなくもないが到底納得できるものではない。残ったものと言ったら自分しか知らない隠し金庫くらいか。


 そんななけなしの金があったところでこれからの人生、頭の中も先行きも真っ白で真っ暗だ。


 それを見計らったかの様に自分を見捨てた貴族の1人バウゼン伯爵が何食わぬ顔ですり寄って来た。



「これはこれは壮健で何よりだ 捕まった時はどうなるものやらと憂慮もしたが こうして無事でいられるのは何より何より・・・」


「貴様っ! 自分達だけで逃げておいて よくもぬけぬけとそんな事が言えたものだなっ! 貴様等のせいで私は全てを失ったのだぞ!」



 バウゼンに掴み掛かろうとするも護衛の私兵達に阻まれ伸ばした手は届かない。


 怒りにのまれる私に対してバウゼンは顔色1つ変えず涼やかだ。



「人生とは戦争よ 逃げ道を確保しておくは定石じゃろうて 時も金も人もあって それを(おこた)ったのはおぬしの怠慢 無知蒙昧(むちもうまい)が招いた結果よ」


「私を・・・! わざわざ嘲笑いに来たか!」


「まさかまさか 人1人にかまける程暇ではないわ 今日ここに来たのはおぬしに新たな商談を持ち掛ける為よ」


「商談だと!? この様を見ろ! 私に何か残っているように見えるか!?」


「見えるとも 結果はともかく店をあれ程繁盛させたのはお主の手腕よ それだけでも話すに値する人物であると思っておる


 もっとも話に乗るならほとぼりが冷めるまでハルメリーに来てもらう事になるが」


「それは・・・ ここで面罵(めんば)しておきながら贖罪(しょくざい)のつもりか? それに私はもう貴族ではない! 出来る事などたかがしれる!」


「その心配は無いぞ? 此方には全力でバックアップする用意がある


 それにスプリントノーゼは実に魅力的でな 切り離すには惜しい街だ それを考えると関税を取り仕切るルンドレン伯爵家とは懇意にしておいて差し支えない」


「何を企んでいる・・・!」


「あれ程の悪事を働いておきながら 極刑にならなかったのは何故だと思う?


 それは誰かが何処かで救いの手を差し伸べたからだと思わんか? やはり家族の縁とは中々切り難いものらしい


 此方の提案に伯爵家からは了承を得たのでな こうしておぬしを迎えに来た訳よ」


「何処までも自分の都合か・・・ 言っておくが礼など言わんぞ!」


「良い良い 馴れ合いを求めているのではないのでな おぬしは黙ってワシの言う事を聞いていれば良いのだ・・・・ なぁ~? ただのプルトン?」


「くっ・・・・! わ・・・分かった・・・ いえ・・分かり・・ました・・・バウゼン卿」



 ただの・・・


 それは私が今までこき使ってきた連中と同列。鎖で繋がれた奴隷も同じだ。貴族の不興を買ったところで自分の首を絞めるだけだ。


 主人の為に尻尾を振る以外未来は残されていない。それでも生き残れるチャンスがあるのならいつか巻き返す事だってできる筈だ。


 そう・・・私は事業を拡大させた実績があるのだから。






 こうして私は生まれ故郷のスプリントノーゼに別れを告げ、冒険者の町ハルメリーにやって来た。


 その町の一角にある奴の店の商品は金持ち相手の調度品や趣向品に溢れ、あこぎな商売に手を染めずとも成功を収めている事を匂わせるのに充分だった。


 心機一転これからは真面目に働こうとも思ったが、どうしても看過できない事が1つある。


 それは買えもしない底辺冒険者が、どういう訳か高級嗜好のこの店を冷やかしに来る事だ。


 そんな下賎な輩でも一応客である為、私は下げたくもない頭を笑みを浮かべて下げるが、どうにも我慢ならない。


 それに冒険者には商売を邪魔された恨みもある。


 ならばこいつらに巻き上げられた分を取り戻せば良いのではないか?


 思い立ったが吉日、私は早速店にやって来た冒険者(クズ)に話を持ちかけた。


 良い武器防具を使えば成功も夢ではないとそれらを貸し付け、雇った盗賊やバウゼンの私兵に奪わせてなけなしの銭を搾り取る。


 面白いのがたかが道具1つと、こいつらの存在が同等かそれ以下と言う事だ。


 身ぐるみ剥がされた冒険者は人生が破滅した顔で泣き付いてくる。


 いい気味だ。


 しかし捨てる神あれば拾う神あり。彼等には手駒と言う私の奴隷として残りの人生を歩んでいってもらおう。





 だがまたしても歯車が狂う。


 そうやって手駒を増やしていると、今度は騎士団が出てきた。人の道とはまっこと(まま)ならないものだ。


 またもや呆気なく捕まり公正な裁判のもと牢に投獄される事が決定した。


 見窄(みすぼ)らしい服に手枷をはめられ馬車に押し込められると、いよいよもって日の当たらない余命を生きるだけの屍になると思いきや、着いた先はバウゼンの私邸だった。



「やれやれ お家で良い子にしている事もできんのか これならそこらの幼子を店主に据えた方が幾らかマシよ」


「も・・申し訳ありません・・・」


「まぁ良い おぬしにはまたスプリントノーゼで店の経営を任せたい


 実のところ あそこの()し物に飽いた客もいての それらを満足させる店を出そうと思っておるのだ」


「それは・・どういう・・」


「コロシアムの演目を見ている内に 是非とも手づから命を刈り取りたいと望む者もいてな 彼等の願いを叶える場を提供しようと言う趣向よ」


「そ・・ そんなものに私を店主に据えると言うのですか!?」


「所詮ハルメリーの仕事など繋ぎにすぎん それにもう終わった人生だ この後どう転ぼうが痛くもあるまい?」



 平民に堕ち尊厳を奪われ些細な意趣返しに縄を掛けられ名は明かされた。


 私の声に重みはなく、故に血は通わずこの身を斬られても痛みは無い。


 よって人生に意味はなく、今はただバウゼンの奴隷としての価値でしか自身を証明できない。





 古巣に戻った私は既に用意してあった店の経営に取り掛かった。


 やる事は簡単で消えても支障がない奴隷を個室に縛り付け、後は()()を持った客をそこに案内する。


 しかし問題も無い訳ではない。飼い馴らされたこの街の従業員ですら訓練された客の感性には付いていけず、その後始末に心を病む者が現れはじめたのだ。


 そこで一計を案じ孤児を利用して後処理を任せると、飯と寝床の効果か思いの外素直に受け入れて、店のサイクルは恙無(つつがな)く回り始めた。


 そんなある日。


 外に死体を処理に行かせた子供の1人が奇妙なスキルさんを連れて戻ってきた。



「おい それは何だ」


「ガウの事? この子はガウって言うの」

『ガウガウ』



 私も数多のスキルさんを見てきたが、そのどれともそぐわない外見雰囲気共に違和感を感じたが、物珍しさに見世物にでもする感覚でこの子供を奴隷にする事にした。


 それから(しばら)くすると店に変化が表れた。


 魔物が1匹店に紛れ込んだが、どうにも様子がおかしいと従業員が知らせに来たのだ。


 どういう事だと現場に行くと、例の奇妙なスキルさんを連れた子供に獰猛(どうもう)で知られるモンスターが、まるでペットかと見間違う程に懐いているではないか。


 その時直感した。


 これだ! と・・・


 まるで天啓が降りたかの様な閃きを私は直ぐ様行動に移した。


 それはモンスターを使った人間狩り。


 食うだけしか能のないモンスターを狩猟犬に育て上げ客と共に奴隷を追い詰める。


 と言う演し物は思いの外好評で、それ以外にも単純に人が目の前でモンスターに食べられる様を見たいと言う客もおり、目の肥えた客を満足させるに足る成果をあげる事に成功した。


 しかし次第にその商売にも変化が出始める。


 人間狩りに出た客が一向に戻ってこないのだ。例の子供を問い詰めても知らぬ存ぜぬで埒が明かない。


 変化はそれだけに留まらなかった。


 街の外でやたらモンスターと遭遇する。街の中なのにまるで大型の獣に食い散らかされた様な死体が発見される等。


 街の様相の変化に住民達の疑惑の目は、まるで此方に向けられている気がしてどうにも落ち着かなかった。



「おい! 本当に何も知らないんだろうな!?」


「うん 皆が普段何してるかなんて 知らないよ?」


「は? 何? お・・・ お前・・・ モンスターを全て掌握してるんじゃないのか!?」


「しょうあく? って何? 皆はお友達だよ? ここはご飯がいっぱい食べられるって 皆喜んでるよ?」


「お前・・・ そのガウと言うスキルさんは何なんだ モンスターを操るスキルさんじゃないのか・・・?」


「ガウは“魔物さん”だよ? モンスターの王様なんだってっ」



 “魔物さん”・・・噂にしか聞いた事がないが確か人類に厄災を(もたら)すとされるスキルさん・・・だった筈。


 そんなものがこの街の外に居たのか、或いはこの子供が引き寄せたのか。どちらにせよ王と言うなら話は早い。



「そ・・ それがモンスターの王なら 今すぐ街の人間を襲うのを止めさせろ!」


「ん~ 今まで通りじゃご飯の量が足らないからだよ この街の人達を食べさせれば皆満足するんじゃないかな~」


「いいか! 世の中には居なくてはならない人間と 要らない人間が居るんだ! 何の分別もなく襲って良い訳じゃない!」


「分かんないよ~ だったらもっと要らない人間ちょうだい? でないと皆お腹空いて暴れちゃうかも?」



 この子供にしてみれば只有りの(まま)を述べているだけかもしれないが、私にはこの上ない恫喝(どうかつ)に思えた。


 屈託の無い笑顔で生きた人間を餌として欲しがる子供に恐怖し、私は店の経営を後任に任せ逃げる様にこの街から飛び出した。


 そうでもしないと楽には死ねない苦しみが鎌首を(もた)げて待っている様で、最後に残された人生の絞め方さえも奪われてしまう気がしたからだ。


 行く先など分からないが今はひたすらこの街から距離を置きたかった。





 気付けばハルメリーのバウゼンの私邸の前に呆然自失で立っている自分が居た。


 その後の事はあまりよく覚えていない。


 自分は自分の事を守らなくてはならない。


 その思いだけが脳内と胸中を支配し、媚を売ろうが地面を這いつくばろうが嘘をつこうが辛酸を()めようが、何としてでも生き残らなければならない思いに囚われた。


 自分は何のために生まれてきたのか。

 進むべき道とは何か。

 私は特別な星のもと生を受けた筈だった。

 それがいつの間にか輝きを失い、中から現れたのはただの石ころ。


 自分の正体が途轍(とてつ)もなくつまらない物であったとしても、誰かにこの心臓を掴ませるつもりはない。


 その為にも生きねばならない。


 誰を蹴落とそうとも泥に(まみ)れようとも生きねばならない。



 ただ・・ 生きねばならない・・・






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