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31・ミストリアの可能性

前回のあらすじ


ラトリアについての情報を得る為バードラットの店に訪れたアネット。しかしその存在に目を付けたバードラットは懇意にする名目の契約をアネットに提案するのだった。

 僕達はバードラットさんとの対話を終えて帰路についた。しかし商人と懇意にする事のメリットばかりに目がいって、肝心な部分に思いが至らなかった事に気が付いた。


 それは彼からもたらされる仕事内容と受け取る情報の中身が費用対効果的に釣り合いのとれるものなのか。もしかしたら色々理由を付けて良いように使われるだけなのではと、退店した今になって不安が心臓を突いてくる・・・


 とは言え。まずは情報を得ない事には始まらない。もっとも書面の無い口約束の契約だから期待はできないが。


 それでも何とか解決には持っていきたい。



「皆 今日の事は誰にも内緒だよ? 特にラトリアに知られたら絶対怒ると思うんだ」


「だったら初めから怒られるような事しないでよねっ 私だって納得してる訳じゃ無いんだから」


「わーい! アネットと2人だけの秘密ー!」


「2人だけじゃないでしょ!」


「あっ! そう言えば・・・・ 僕はどうやってバードラットさんからの依頼を見付ければ良いんだろう」



 ★



「2人とも 今日の仕事お休みにしたいんだ・・・ あとそれと・・・ ちょ ちょっと買い物してくるよっ」



 そう言い放つアネットの様子は合って数日の私からだけでなく、誰の目から見てもぎこちない挙動になっていた。きっと隠し事ができない性格なんだろう。


 当然長年寝食を共にしているマルティナに通用する筈もなく、何かを察したマルティナは家を出たアネットの後を堂々と付いていってしまった。


 そんな訳で私は今、お世話になっているオフェリナ宅で小さなソフィリアと一緒にお留守番をしている。この子も私と言う存在に慣れたのか喋れない私相手に普通に接してくれている。全くもって普通ではないのに・・・


 そんなこの子もマイナス等級の意味が分かれば、いずれ心が離れていってしまうのだろうか。そう思うと私から近付くのを躊躇ってしまう。でもそんな事を気にしないこの子の距離感は私に安心感を与えてくれたりもする。


 これが尊いと言うやつなのかしら・・・


 あの日魔法が使えた──────


 その日を境に日常生活の中で魔法に思いを馳せる割合がグンと上がった。でもいざ使おうと思ってもうんともすんとも言わない。以前はあんなに話してた“水魔法さん”も相変わらず無口のまま。


 スキルさんとの繋がりは心。


 私がソフィリアにいささかの距離を感じるように、無意識にスキルさんとも隔たりを設けてしまってるのかしら。その壁が氷でできているのなら、いつか溶けてくれると嬉しいのだけど・・・


 トントントン。


 上の空にそんな事を思っていると来客だろうか家の扉がノックされる。私が出ていいのかしら・・・


 どうするか迷っているとステテテテーと駆け出したソフィリアが扉を思い切り開けた。その後から「誰ですかー?」と質問しているのだけど、できれば扉を開ける前に聞けると正解ね。


 後で教えてあげよう。


 開け放たれた扉の前に立っていた人物は他の誰でもない私のよく知る人物だった。


 私が生まれるずっと前からコルティネリ家に仕えている執事長のルドマン。父も全幅の信頼を寄せる人物の1人。本来屋敷に控えて然るべき人間がここに何の用だろう。



「ミストリアお嬢様・・・ご無沙汰しております」


(今の私はお嬢様ではなく ただのミストリアよ)



 深々と頭を下げるルドマンに、私は会話用に用意してある紙とペンを使って返事を返した。



「ミストリアおねーちゃん この人お友達?」


(まぁ そんなところ)



 と、紙に書いて見せたのだけどソフィリアは不思議な顔をするばかり。あ・・そうか。この子はまだ字が読めないんだった。


 今度教えてあげよう。


 文字では伝わらないので取り敢えずコクコクと首を縦にふると「じゃー お茶いれます」と、トテトテ茶筒のある棚のところまで走っていった。


 可愛い。


 ルドマンを立ちっぱなしにさせとくのもあれなので家に入れる。


 しかしその立ち居振舞いはこの場所にはそぐわないと思った。染み付いた執事の貫禄なのだろう。外の誰かに見られると私が身バレする気がする。


 ここでは平民のミストリアで通っているのだ。



(それで 何の用?)


「はい 実はアネット様にミストリア様をお任せする際 生活費の工面をお約束しましたので そちらと お嬢様のお着替えをお持ちした次第でございます」


(それだったらルドマンがわざわざ来ずとも 他の使用人に任せれば良いのに)


「いいえ これは旦那様にも厳命されている事ですし 私とてお嬢様の身を案じない日はございません それで・・・お嬢様におかれましては 日々健やかにお過ごしで御座いましょうか」


(ここに来たのは正しかったと思うわ 今後の事はまだ分からないけど 確かな手応えは感じてるもの)


「左様でございますか 旦那様のご英断は間違いではなかった・・・ 私も心安らかにご報告する事ができます」



 父は何故アネットの元に私を寄越したのだろう。


 私が“失語さん”に魅入られると父は私を学園から呼び戻した。体面を気にする貴族にとって私は邪魔者だと思っていた。


 けど・・・


 もしそうではなかったら?


 父も貴族であるなら当然学園には通った筈。ならば学園の内情とそこに集う人間の本質も理解していたに違いない。


 彼等の目から遠ざけるなら監禁でもすれば良いのに・・・ でも同じマイナス等級のアネットの元に私を預けた。


 盲目で冒険者。


 最初こそ疑ってたけどその確かさはこの目で見た。


 父はアネットに私を託したんだ。


 私は見捨てられてなんかない。



(お父様とお母様は お変わりない?)


「そうですね お体もいたって健康ですし 政務も滞りなく執り行われておりますが・・・ 長年旦那様方のお側におりますと やはり離ればなれのお嬢様を想い 日々気を揉まれておいでなのが伝わってまいります」


「お茶どーぞ」



 作りおきのお茶をお盆に乗せて、カタカタと音を鳴らしながらソフィリアがお茶を差し出した。


 この子の家事は見ていて危なっかしいけど、そのひた向きさが愛くるしくてつい笑みがこぼれてしまう。



「此方のご家族とは 懇意にされているようですね ・・・正直申しますと お嬢様が家を出られる事に対して私は反対だったのです と言うのもマイナス等級保有者の扱われ方は歳を重ねた分 他の者より多く見てきておりますから


 仮に此方のご家族とは上手くやられたとしても 町の者達までそうとは限りません 中には悪辣極まる者もおります その様な者は此方が近付かぬよう気を付けていても 臭いを嗅ぎ付け何処からともなくやって来るもの・・・


 そうなった時に 手を差し伸べてくれる者がいないのです ともすれば近親者にすら見放される・・・」



 近親者・・・アネットにとってオフェリナは叔母だ。


 ではご両親は・・・



(大丈夫 アネットは強いわ それに支えてくれる人達だっている 彼は一人じゃない 私にお父様やお母様 そして 貴方がいてくれるように・・・ だから私も自分の事に専念できるのだもの


 私ね 最近やりたい事を見付けたの


 彼の中に可能性を見てから 私も何かを成し遂げられれば 同じように苦しんでいる人達に道を示せるのではないかって


 具体的に何が出来るかはまだ分からないけど 下を向いて塞ぎ込むなんて時間の無駄だわ)


「人は・・・誰と出会うかで こうも変われるものなのですね・・・」



 ルドマンのその一言は感慨深かった。まだ一歩踏み出せただけだけど、アネットとなら何処までも歩いていける。


 そんな予感がした。


 それからは互い近況報告してルドマンは来た時と同じように執事然とした態度で帰っていった。その後アネットとマルティナも程なくして帰ってきたのだけど、帰って早々おかしな事を言う。



「ミストリア? その・・・頭の上に浮いてるの・・・なに・・・?」



 と、マルティナは私を見るなり変な声と変な顔して私の上を指差した。ソフィリアも「何か浮いてるー」とはしゃいでしきりに私の頭上から何かを取ろうとぴょんぴょんする。


 何かしら・・・皆が見詰める視線の先を辿るとそこには文字が浮いていた。



〔きゃっ// ()()アネットが帰ってきたわっ 今日はこっそり胸元の空いた服を着ているのだけどちょっと大胆だったかしらっ 彼見えてないのよね?


 でも 見えていない筈の彼の視線が私の胸元に吸い寄せられていると思うと 段々と胸が高鳴ってくるわっ//


 こっ 今度こっそり顔のすぐ近くまで持っていってみようかしらっ// ハァハァ///〕



















 ・・・・・・・・・・・・・え?


 ななななななななな・・・何これ!?


 私の頭上には色のついた水で形成された文字の羅列が、あられもない文言で(つづ)られてフヨフヨと漂っている。


 え・・・水の・・魔法・・・?


 そして・・・



『ミスティー!』



 今・・・懐かしい声が・・・



『わぁー ボク達の声が届いたー!』


『〔ボクの・・言葉が届く 良かった・・・ ボク ミストリアに謝れる・・・ ごめんなさい・・・ボク ミストリアの事沢山傷付けた〕』



 久しぶりに聞く“水魔法さん”の声。そして文字に現れた“失語さん”の言葉。


 あぁ・・そうか・・・単純な事なんだ。


 私もどこかで“失語さん”をマイナス等級って思っていたんだ。でも違う。スキルさんは等しくスキルさん。両親が私を思ってくれてるように、ルドマンがわざわざ来てくれたように、スキルさんも一緒に居たいと思ってくれたから側に居てくれる。


 ふて腐れて蔑ろにしていたのは私・・・



〔良かった 想いが届いて・・・ でもようやく2人と話をする事ができるのね いいの 物事って結局成るべくして成るものだし きっと私達の出会いは必然だったのよ もう目を背けるような事はしないわ〕



 気付けば3人自然と寄り添っていた。


 頬を伝う涙は喜びか感動か安堵からか分からない。けれど心の中の熱くて痛い気持ちがそうさせる事だけは理解できた。私達の気持ちは1つになって、ようやくスタートラインに立つ事ができた気がする。


 でもどうしてアネットが帰ってきた途端あんな文字が浮かび上がったのだろう。


 そこはかとなく前途が多難な道程が待ち受けていそうな気はするけれど、今は一段落ついた事に愁眉(しゅうび)を開くとしよう。



 そうしよう。





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