29・過去とこれから
前回のあらすじ
ギルドでラトリアが酒臭い冒険者に絡まれたら、実の父親だったらしい。
家族があんな事になる切っ掛けの記憶。断片的だけど覚えてる。
私が物心つく頃から父は冒険者だった。寝物語に自身の冒険譚を聞かせてくれるのは良い思い出だ。
その当時は父も明るい人柄で、自宅に仲間を集めては談笑するのが我が家の恒例だった。そんな父は皆から慕われてると思ったし、勇ましい彼等は幼い私の英雄でもあった。
冒険者の仕事は不規則だ。約束の日時を過ぎても帰って来ない日は幾度もあった。そんな生活が何年か続いたある日、私はふと家の温度の変化に気付いてしまった。
それは母の笑顔の違和感・・・
今まで明るく彼等の輪に加わっていた母だったが、いつからかそれが作り笑いである事に気が付いた。
楽しく・・・ないのかな・・・
杞憂であると信じたかったが、ひと度家族だけとなると次第に罵詈雑言が口から飛び出すようになってくる。
父が仕事で居ない時など冒険者の誹謗中傷ばかりが口を突いて家の中がギスギスした。
「どうしてお父さんの事を悪く言うの?」
「あの男は嘘つきよ! やってる事を誇張して自分を大きく見せたいだけの見栄っ張り! 何年たっても低ランクなのがいい証拠だわ!」
それから父と母の仲は悪化の一途を辿る事となる。口を開けばケンカケンカケンカ。
そう言う時は決まってベットに避難して、2人言い争いが終わるまでひたすら耐えた。それでも耳の隙間から入ってくる言葉の刃は、容赦なく私の心にも刺さってきた。
私は自慢げに話す父の背に魅せられるばかりで、冒険者と言うものを知らなかったのかもしれない。
程なくして父が意気揚々とした顔で帰ってきた。
手には剣。
それは素人の私が見てもとても価値があると分かる輝きを放っていた。父はこの剣をそれこそどんな時でも手放さなかった。
聞けば最近加入したパーティーが懇意にしている大店の会頭から直々に借り受けた逸品で、有名鍛冶師が鍛え貴族が名を与えた由緒ある業物なのだとか。
「今までお前達には苦労を掛けたが 俺 これから頑張るからな・・・」
そう言って私の肩に手をおいた父の顔は、久しく見ていなかった私の中の英雄の顔をしていた。
しかし翌日。颯爽と出掛けていった父は夜には青白い顔になって帰ってくる事となる。
家に入るなり乱暴に椅子に腰かけると頭を抱え「どうしようどうしようどうしよう・・・」と繰り返すばかり。
何か問題を抱えているのは一目瞭然だったが、ずっとブツブツ繰り返すだけでいまいち要領を得ない。
「お・・・お父さん?」
「ちょっとどうしたの 何かあったの?」
「・・まった・・・・盗賊に・・
取られちまった・・・・剣・・・ 借りてた剣・・・取られちまったよぉ~~!」
「・・・・・・なに・・・やってんのよ・・ 早く兵舎に行って申告してきなさいっ!!」
「そ! そうだ・・・申告して・・ でも・・・取り返せなかったら・・どうしよう俺 どうなるんだ・・・」
ドンドンドンドン!!!
激しく叩かれたドアの音に思わずビクッと体を震わせた父は、咄嗟に私と母にすがり付いてきた。
そこに私の知る父の姿はなかった。
「おぉ・・・・お ぉ お 俺はここにはいない・・・いいなっ!」
父は家の何処かに隠れようとするけど扉は無情に蹴破られ、大きな体躯の善くない顔をした見知らぬ男達が、居丈高に踏み込んできた。
「おいおいおいおい どうしたんだよ店に顔も出さないでよ 旦那様はとても心配していたんだぜ?」
「あ・・あぁ 悪い・・家に・・用事があったもんで・・・」
「あぁそうかい で 急な話で悪いんだけどよ 貸してた剣ちょっとだけ返してくれないかなぁ」
「ぇ・・・剣?・・な・・なんで・・」
「いや実はな 旦那様が貴族様との会合で どうしてもその剣がご入り用なんだとさ それじゃ~お前さんの仕事に差し障るだろうってんで こうして代わりの剣を持ってきてやったんだよ・・・ で? 剣どこよ」
「あぁ・・・剣は・・・
・・・・その・・・
・・・・すまないっ!!・・・今日・・盗賊どもに奪われてしまったんだっ!!」
「あ? なんだそりゃ・・・」
「いっ! 今から兵舎に行って申告して! そ・・・それから編成隊を組織してもらって!! 或いはギルドに依頼をっ!!」
「おぉ それはそうしたほうが良いんだけどよ 旦那様は今すぐに剣が欲しいんだよ おめぇどうすんだこれ・・・」
「だ! だから今すぐ兵舎にっ!・・・」
「あのなぁ 万年ランクが上がらねぇお前でも 必死に働いてる姿に感銘を受けた旦那様が 少しでも力になれるようにと貸してくださった剣なんだぞ? 本来肌身離さず持ってなきゃいけないものを手放しただぁ~?」
「し・・仕方なかったんだっ!! 連中数が多くて・・・捕まって・・・ それに今回パーティーを組んだ冒険者も隙を突いて逃げた方がいいって でないと殺されるって言うから・・・・」
「で? 剣ほったらかして逃げ出したのか? つまりそれは旦那様の信頼を てめぇの命惜しさに投げ捨てたって事だよな? 更には恩人の顔に泥塗ったって事だよなぁ~! あぁっ!?」
「そ・・・それは・・・」
「あの剣は国の宝と言っても過言でない業物だって事は知ってるよなぁ~! それをてめぇの命と秤にかけて盗賊どもにおめおめとくれてやっただと~!?」
「だ・・だって・・・」
「なぁ~ 教えてくれよ・・・・ 名工の手で作られて 高貴な貴族様から名前を頂いた至高の宝が お前の命と釣り合うと思ってんのかよぉ~ 旦那様の大事な剣がぁ お前の命より軽いもんなのかよ」
「・・・・・・・・」
「もし おめぇ・・・剣が戻らなかったらどうするつもりだ」
「ど・・どうって・・・」
「当然おめぇの首1つじゃぁ~ 全然足りないよなぁ~! 家とかっ! 財産とかっ! 全部足したって全く届かねぇ! そうだろぉ! あぁ~!?」
そう言うと男達は私と母を舐めまわすような下卑た視線を絡めてくる。幼いながらこれはとても気持ち悪いと言う事だけは、鮮烈な記憶として今も私の中に残ってる。
父に反論無しと見るや、男達は何故か準備していた縄と猿轡で私達を縛り、力ずくで連れ去ろうとしてきた。
私も母も大声で叫び抵抗するが、屈強な男達の力に抗う事も適わず、されるがままに引きずられるしかなかった。
必死に助けを乞うが父は魂の抜けた顔で呆然と立ち尽くすしたままだった。それから男に肩を掴まれるとただただ死人のように無言で歩くだけだった。
その後・・・
どうなったのかと言うと結果的に私達は助かった。
私達が連れ去られる道中、駆け付けた騎士達の手によって悪漢どもは捕縛される事となった。
正直あれよあれよと事が進んで、その時周りで何が起こったのかが直ぐには分からなかった。
後に聞かされたのが、騎士達はギルドと協力し、以前から目を付けていた商人の内偵を秘密裏に進めていたとか。
それで被害者と思しき父の後を密かに尾行して作戦を決行したのだそうだ。
騎士達の話によるとこれが彼等の常套手段で、鳴かず飛ばずの冒険者に高価なアイテムを貸し付けては、仲間の盗賊達に襲わせアイテムを奪わせていたのだとか。
その時共に同行する冒険者パーティーもグルで、隙を突いて逃げようと唆し、後になって屈強な男達がやって来ては家財や妻子を連れ去る強盗紛いの犯行を繰り返していたのだそうだ。
騎士達の手でお縄を頂戴した彼等の口は思った以上に軽かったそうだ。首謀者の商人と今まで加担してきた連中の名前は、風に吹かれた木葉のように宙を舞った。
・・・が。
ある日の夜明け。私の枕元に「ごめんね」と走り書きをしたメモを残して母は姿を消した。
★
「まぁ 大体はこんな感じよ 私の処遇に関しては 助けてくれた騎士様が相談に乗ってくれてね こうしてギルドのお世話になっているんだ」
私はラトリアと言う女の子の事を勝手に思い込んでいた。家は普通の家庭だが厳格な両親に厳しくも温かく育てられたのだと。
でも現実は全く違った。
正直こう言う場合どう声をかけたら良いのか分からない。
「元気だしなよ」それとも「大丈夫だよ?」貧しくても暖かな家庭で育った私は、経験してもいない出来事に理解を示せる言葉が浮かばない。
友人として寄り添うように声を掛けなければならないこの場面で、中々口を開く事ができなかった。
「うん? ちょっと待った 悪徳商人も捕まったんだよな だったら何でまだ借金があるんだ? まさかまた借金を拵えたんじゃないだろうな」
「いや そうではない 実は父が剣を借りた時に契約書を書かされたそうなんだ
紛失した際には 貸し出された物品と同額の金銭 或いは同等の財産にて弁償する事 またその際 一括で支払えない場合 物品の価値基準の1割が月1で上乗せされるものとする
そんな内容の契約書にサインしてしまったんだ 問題はその書類に書かれている契約者は捕まった商人ではなく 本物の貴族だったって部分だ
それに肝心の剣も奪っていったとされる盗賊も 未だ見付かっていない」
「ひでぇ・・・ じゃ~あれか? お前の父親は 今もその貴族に金を払い続けてるって事か?」
「・・・そうなるな」
「何よそれっ! 完全に人の人生食い潰すやり口じゃない! そんなの人道的に認められていい訳ない! その契約破棄できないの!?」
「私もそれについては追求したけど どうやら無理らしい そこに犯罪が立証されたとしても 物が無い以上 互いの同意の上で交わされた契約だから・・・だそうだ」
「だからって借金で首が回らなくなる程の利子って いくらなんでもおかしいだろ!」
「そこが問題の肝なんだ どうやら連中 貸し出す物は『本物』を使ってたらしくてね 商人の自宅やら店の隠し部屋やら 出てきたどのアイテムにも鑑定書やら証明書がついていたんだ
勿論父の借りた剣の証明書も見付かったよ
その手口で被害にあった人達は 証拠の品が見付かった事で当然契約は無効になるが・・・ 私達の場合はその剣が無い」
「くっそ! 何とかならないのかっ!」
「何であんな剣なんか借りてしまったのかと思わない日はないけれど 今になれば父の気持ちも何となく分かる気がするんだ
母との折り合いが悪く 立つ瀬の無い現実につけ込まれたんだね 私も父に憧れるばかりで 追い詰められていた事に気付いてあげられなかった
そのせいで父は判断を曇らせた・・・
もしあの時「無理しないで良いからね」と言ってあげられていれば 分不相応な剣なんかに手をつけなかっただろうに・・・」
「ラトリア・・・」
私は無性にやるせない気持ちになった。これが赤の他人なら「可哀想に」と思うだけだろうけど、私の心が締め付けられるほど痛いのは、私にとってラトリアはもはや全くの他人でなくなっていたからだ。
何とかしてあげたい想いで気持ちが溢れる。でも妙案なんかパッと浮かぶ筈もなく時間だけが悪戯に過ぎていった。
「まぁ 過ぎた事を気に病んでいても仕方がないさ 今の私には目指す場所があるからね そこに向かって歩き続けるだけよ」
そう言うとラトリアは、はにかみながら私の肩に手を置いた。どうやら励ますべきが、逆に励まされてしまったらしい。
「冒険者は無理ができてしまう職業だ だからマルティナ・・・ 皆も・・・ 自分の事をちゃんと律してくれるパートナーを見付けるんだよ?」
人の経験からくる言葉は重く心に届く。過ぎ去った過去を変える事ができない以上、同じ轍を踏まないよう努めるしかないけれど、まるで友人を踏み台にしているようで気が咎める。
「しかし こう言う話を聞くと 見知った相手しか信用できなくなるな 脛に傷がある奴でも就ける職業が 盗賊か冒険者のどちらかだって言うんだから悲しい話だぜ」
「ラトリア・・・・私達に何か協力できる事はない? 私はもう冒険者だし 収入から少しだけなら出せるわ それを借金の返済に・・・」
「それは駄目だマルティナ! それだけは絶対に駄目だ! それを受け取ってしまったら 私はマルティナの顔をまっすぐに見れなくなる」
「でも私っ! ・・・何かしたい・・・・」
「ありがとう でも受け取れるのは気持ちだけだ・・・ こればかりは・・・人に頼ってはいけない事だからね」
そう言われてしまうと返す言葉がない。ラトリアは私の顔を見れなくなると言ったけど、何もしてあげられない私こそ明日からどんな顔で彼女と接すれば良いかと胸が苦しくなる。
腹芸が苦手な私はきっと自然な笑顔を作る事は出来ないだろうな・・・
「丸く解決できる訳じゃないけれど・・・盗賊達の情報なら集められるかもしれないよ?」
今まで聞き役に徹していたアネットがここにきて初めて口を開いた。
「え? どうやって? ギルドで情報募集の仕事でも発注するの?」
「蛇の道は蛇に聞けばいいんだよ 商人の武器は情報と計算と他者とのコネクション 特に同じ商人の情報なら 足元を掬われない為にも 徹底して調べていると思うんだ」
「・・・そんなの 商人に聞いて教えてくれるものなの?」
「いやぁ 無理だろ 商人にとって情報は生命線だ それだったら情報屋に聞いたほうが早いんじゃないか?」
「ん~ ラトリアの話を聞いてると ラトリアの家族を貶めた商人は ただ者じゃない気がするんだよね
僕は物の価値を正しく知ってる訳じゃないけど 本物の高価なアイテムを平気で出しに使うところとか 普通の商人がやる事とは思えないんだ」
「つまりあれか? その商人には本物を揃えられる 後ろ盾が居るって言いたいのか?」
「多分・・・ね ラトリア 捕まった商人なんだけど その人は今どうしてるか知ってる?」
「それならまだ刑に服している筈だ」
「商いの方はどうなんだろう お店は存続しているのかな」
「あぁ 聞いたところによると店はまだ経営しているらしい・・・」
「マジかよ 胸くそ悪い話だなっ で? アネット 商人から情報を得るって話だが 誰か心当たりでもあるのか?」
「カストラ商会のバードラットさん」
「はぁ!? 何考えてるの!! あのエセ商人はディゼルの後見人なんてやってる奴よ!? よりにもよってあんなっ・・・!」
「アネット 情報ならもっとまともな人間から仕入れたほうがいい」
「俺もディゼルと面識があるが ありゃ駄目だぜ 父親を煙たがるくせして その親の権力に胡座をかいてるとんだ道楽息子だ そんな奴の後見人とか 碌なもんじゃねぇよ」
それ見なさい! 類は友を呼ぶ。彼等の評判が総じて悪いのは日頃の行いが悪い証拠だわ。そんな奴にものを尋ねたところで正直に話してくれる保証なんか何処にも無い。
それどころか偽情報を掴ませて高額な金銭を要求してくるに決まってる。連中なら平気でやりかねない。
「皆 取り敢えず先入観は捨てて考えてみよう 彼はディゼルの後見人を務める程町長と近しい関係だ それは商人としての信頼を勝ち取ってるからだと思うんだ
そんな目立つ位置にいる人間が 商売で阿漕な真似をするのかな 此方が提示するものに価値があれば 商人としての彼は裏切らないと思う」
「まぁ 相手が商人なら筋は通るが・・・ て言うか そいつが食い付くような物をお前は持ってるのか?」
「多分・・・・あると思う・・・ 勿論それが彼にとってどれだけ価値があるのか出たとこ勝負だけどね」
「おいおい・・・」
「さすがに考え直した方が良いと思うぞ 不明瞭なものを差し出したところで こっちがその価値を正確に把握していなければ 安値で買い叩かれるのがオチだ」
私はアネットの提案に一抹の不安をおぼえた。昔からそうだ。彼は私が危ないと思う事を平気でやる節がある。
目が不自由なのに外に出ては人混みに紛れるし薪割りの仕事を見付けてくるし。終いには本当に冒険者にまでなっちゃうし・・・
もっとも今のところ卒なく熟しいるようだけど、アネットは体にハンデを抱えている分他の人より失敗の反動が大きい筈なんだ。
もっともそうならない為にも私はアネットと同じ道を歩むと決めたんだけど。
本人は中々分かってはくれないみたい。




