泡沫の幸福と理想の体現
広場
広場にいるのはレント、シャルロット、レオナに、蝟、スカーレット。そして蜜蠭だ。日は傾きかけていて、他の人たちはすでにログハウスの中にいるか、行き来をするだけだ。
「俺の願いは女神をはめたやつを知りたい」
レントは高台の蜜蠭に願う。そして、
「ジャンヌ・ファントマ・キルハンティングをよみがえらせてくれ」
蝟の目は見開き、息が荒くなっている。スカーレットがついてきたのは蝟が心配だったからだ。
「いいでしょう、その願い、叶えましょう」
○○○
「ジャンヌか?」
蝟の傍らにいるのは彼の妹。蝟と同じオリーブ色の髪、瞳も色素が薄い。そして、
「うわっ、ちょっと私に似てる…かも」
スカーレットの山吹色の髪をオリーブ色にすれば、姉妹のようである。
「兄ちゃん、私」
蝟は妹を強く抱きしめた。そして、彼女の胸から腹の辺り、ちょうど胃があるところが光を放つ。蝟の選抜者になったのだ。
「ジャンヌ、ジャンヌ、ジャンヌ。これで、お前も俺の仲間だよ」
目の前の光景が信じられない。あのとき腕の中で死んでしまった妹は、いま腕の中で心臓を動かしながら確かに生きているのである。
スカーレットも近くで笑う。
「兄ちゃん、私、あの時……」
ジャンヌは今だ状況がつかめていない。自分で自分の腹を刺し、気づいたら、今ここで兄に抱き締められているのだ。
「ああ、もう大丈夫だ、大丈夫だぞ。とりあえず、向こうのログハウスの行こう。そこで話そうな」
兄妹は手を繋いでログハウスに向かった。その後ろをスカーレットがついていく。
○○○
禁忌とわかっていても、感動せざるを得なかった。
レントは手を繋ぐ兄妹を眺めつつ、満たされた気持ちになったが、それはそれでこれはこれだ。
「シャルロット、レオナ。敵がわかったぞ。敵の名は……」
レントはシャルロットとレオナに敵の名前を伝えた。
「やっと、私たちも追いついたってところかしら」
「敵が定まっただけです。ここからが本番ですよ」
恋人は片手に戦車を、片手に力を持ち、まだ見ぬ敵を睨み付ける。
レントは自分の発言に気がついていない。あれだけ傾倒していた“彼の”女神ははめられるはずなどないのだ。
○○○
チーム蘭央 第一ログハウス
蝟は妹を連れて、ログハウスの中に入った。中にいるのはキルハンティング兄妹だけだ。スカーレットはログハウスの扉の前で止まっている。彼女なりに気を使ってのことだった。
蝟は今までのことを説明した。黒蛾に拾われたこと、火蟻や蝗のこと、そして雷蜘蛛のこと。黒蛾を助けるために今頑張っていること。今、ジャンヌは自分の選抜者であること。そして最後に、蝟は深呼吸をする。
「ハングドマンは地獄に落ちた」
蝟は意を決して話した。人を地獄に落としたことを攻められるのか、それとも仇を討ったことを喜ばれるのか、約束を勝手に違えられて怒られるのか、彼は覚悟をした。
「お父さんとお母さんを……その人?」
「うん」
「そっか」
ジャンヌは責めも喜びも怒りもしなかった。ただうなずいただけだった。
「あと兄ちゃん、あの時からなにも食べてないぞ」
蝟は自慢げに話す。蝟もあまりハングドマンの話をしたくない。
「選抜者ってのはな、飯を食わないでいいんだ。お腹はすくけどもう慣れたぞ」
蝟が説明する。
「本当に!」
ジャンヌの顔が晴れる。にぱっとした表情はとても愛くるしい。
「じゃあ、私、これから誰も傷つけないですむの!」
「そうだよ」
「兄ちゃん、やった!」
ジャンヌはファストに泣きながら抱きついた。
○○○
扉がノックされる。
「もう入ってもいいですか」
スカーレットは日が暮れるまでずっと待っていた。ここに誰も入らせないようにするためだ。兄妹の家族水入らずの話に邪魔が入ってはいけない。スカーレットにとってもログハウスの中は神聖な空間であったのだ。
だが、もう限界だ。寒かったので、ついにノックしてしまった。
「いいよ、スカーレット」
スカーレットは手を擦りあわせながら部屋に入り、暖炉の火に手をかざす。蝟とジャンヌはソファでゆったりと座っている。
「わー、私にそっくりでかわいいー」
暖炉の傍らのスカーレットはソファーに座るジャンヌを見つめたあと、そのまま抱きつきにいった。
「かわいいー」
スカーレットは無抵抗のジャンヌを抱え、そのまま膝の上にのせる。
「うちのジャンヌは確かにかわいいが、自分に似てかわいいーって言うのはどうなんだ」
蝟はスカーレットをいつもの調子で挑発した。ジャンヌは顔を赤くし、スカーレットはいたずらっ子のような顔になる。
「ジャンヌちゃんは、全部説明してもらった?」
スカーレットは膝の上のジャンヌの耳に問いかける。
「兄ちゃんは全部教えてくれたよ、おねーちゃん」
スカーレットはおねーちゃんという言葉に痺れるが、今はまだ我慢だ。
「お兄さん。ねえ、隠してることあるでしょ」
スカーレットの目が細くなる。
「ねえよ。妹に隠し事なんか」
蝟はまだ気づいていないようだ。
ーー馬鹿め、私をここに入れた時点で、お前の敗けは決定しているのだ!
「ふーん。じゃあ、お兄さんが今、好きな人がいるの知ってる?」
蝟はビクンとする。気づいたようだが、もう遅い。歯車はすでに回っている。
「えっ兄ちゃん、好きな人がいるの? 聞いてないよ、どういうこと!」
ジャンヌはスカーレットの上で憤慨する。
「いや、いないぞ。そんな人はいない。断じていない。いるわけがない」
蝟は足掻く。足掻きに足掻く。だが遅い。ここで逃げてもジャンヌは執拗に聞いてくる。だから、足掻き終わったあと、彼は天を仰いだ。
「ねえ、誰が好きなの?」
スカーレットは蝟の耳元でささやく。その声は甘く溶けてしまいそうだ。
「そこにいるスカーレットさんが好きです」
蝟が呟いた。その場の全員の顔が紅潮する。一番は、蝟。二番はジャンヌ。スカーレットも耐えるが、わずかに顔が赤くなってしまった。
「えー、あの兄ちゃんが愛の告白をするなんて!『俺、別に女なんか興味ねえし』の兄ちゃんが!」
ジャンヌは興奮する。スカーレットは大きく笑う。だが、彼女は笑っている場合ではない。
「スカーレットさんはどうなんですか?」
ジャンヌは興奮しながら、無邪気に質問する。その質問はスカーレットにとって予想外だった。いつもなら、蝟に告白させたあと、あははと笑って終わりだった。だから、この先は予想していない。
スカーレットは気合いで顔が赤くなるのをこらえる。私は冷静だ。大丈夫大丈夫と。
「スカーレット、お前の気持ちが知りたいな」
蝟が自爆しながら突っ込む。もう彼の顔は湯気が出るほどに赤くなっているのだが、それにも関わらずスカーレットに顔を近づける。両腕でソファに手をつき、スカーレットの顔を挟む。これで彼女も逃げられない。
スカーレットも蝟が大好きだ。こうやって赤くなりながらも頑張るところとか、何だかんだでやるときはやるし、そもそもかっこいいし……はっ、これでは蛇さんではないか!
スカーレットは火蟻のように自分を制御しているわけではない。自分の気持ちにも気づいているし、だからこそ蜜蠭に蝟になんかあったら助けるようにしてくれと願ったのだ。だが、これで、自分が簡単に好きと言ってしまえば、負けた気がするのだ。スカーレットの理想は蝟を自分がからかう構図。だからといって、嫌いだなんて言えないほど好きなのは事実。だから彼女の答えは、
「あなたと……同じ気持ちです」
スカーレットはうつむいて答える。
「ふぁああ、素敵!」
無邪気なジャンヌは頬に手をあてて、さらに赤くなるが、
「あれっ二人ともどうしたの?」
二人ともノックダウンだった。蝟は初めて引き分けに持ち込めたのである。
○○○
こうなってしまったか。
泡沫の幸せを今はここに願う。




