黒姫×聖霊2
「これで死んでないんだから畏れいるわ」
まず自分が生きていることに驚き、目も耳も使えなくなって、それでも目の前にとてつもない吸血鬼がいることがわかる。
「ラキ……か?」
「ああそうだよ」
微かに聞こえる声は、完全にラキのそれだった。
「トドメを刺さないのか?」
「刺すさ。そのために来た」
暗闇でもわかる。自分に死期が近づいてきていることに。
「苦しまないようにしてやる」
今更ながらとんだ相手に喧嘩を仕掛けてしまったものだ。主義が許せないだとか、悪魔にとっての危険因子だとか。そんなものは世の中でいくらでもある。結局のところ、自分はラキの血欲しさに突っかかり、負けたのだ。だからしょうがないのだ。
だがこの身体の女は違う。
気に入って使っているが、それでも悪魔だとか吸血鬼だとか天使だとかは関係ないただの人の女だ。だからこの女には手を出さないでくれ。
ラキはそう願った。
悪魔とは元来、病気の人に取り憑いて、元気にさせるのが本来の役目なのだ。
そういう昔ながらの信念を、昔からずっと忘れてはいなかった。
だからこそその万薬の血が欲しかったのかもしれない。
もう今となっては遅すぎることだが。
遅すぎる?
何事にも遅すぎることはないさ。
少し力を貸してあげよう。これはツケだ。
身体が軽くなって、ラキの声がクリアになっていく。ラキの姿がクリアになっていく。
「血霧」
身体を霧散させるような力が働き、聖霊がそれを阻止したのがわかる。
「ほう」
「そうだ。私はまだ、やることがあるのだ」
透明な槍を虚空に構え、ラキに向かって射出する。
「いいだろう。ここから先が到達者の領域だ」
ラキは槍の軌跡だけ霧化する。
「超」
ラキが目の前へ。
「天照」
炎を障壁で防御。だがその炎は形を変えて文字になっていく。
『この炎は障壁を破壊する』
障壁は破壊されレイヤの身体を焼き尽くす。
「まったくいけないねえ」
炎は消え、レイヤは無傷に戻る。
いけないねえと言ったのはレイヤであって、レイヤではない。
その体を使っているのは聖霊だった。
「過保護ですね」
「いけないよねえ。いけないいけない」
「少しは話が通じると伺ったのですが、第8聖霊 マクスウェル」
「第8聖霊? いけないいけない。私は第10聖霊ですか?」
ラキによる降り注ぐ血槍の嵐。
それを防いだ障壁は巨大な虫に変質する。巨大な虫がマクスウェルによって不完全に爆発させられ、動けなくなった醜い生き物たちは身体が完全に裏返ってもがき苦しんでいる。
「聖霊と殺し合いができるなど光栄」
レイヤはラキに向かい走りながら、己の側方に透明な槍を2本番える。
ラキはラキで2本のくないを両手に構える。
「燃えろ」
レイヤは槍を射出させラキに命中させたあと、障壁を展開。ラキの身体を内側から壊す。
ラキの身体は霧散。しかしすぐにレイヤの目の前で復元。
くないをレイヤの額に突き当てる。
「紋章化」
「ああそれはいけないよ。エネルギーコントロールは僕の方が得意なの?」
ハッとするラキ。紋章は現れない。
レイヤはくないを持っているラキの腕を掴み地面に投げる。
「ぐはっ」
「お返しだ」
投げられたラキの身体が燃え始める。
だがラキは笑っている。
「それで終わるから聖霊は甘い。火生土 破城槌」
火から鎚を出し地面に叩きつけ自分を天に押し上げる。
ラキの身体は白く輝き変化していく。
「全能者の石」
「ヨヨのか? いけないねえ」
降ってくる巨大な石に向かって手をかざす。
「マクスウェルカノン」
光の柱が石を貫き破壊する。石は割れ、粉々になった礫の嵐が降り注ぐ。その1つを手に取り上空のラキに向かって投げる。
「物質からエネルギーへ」
ラキはその石つぶてをキャッチ。すぐさま爆発して手が吹き飛ぶ。
「小細工め」
「きいてない?きいてないですか?」
「ではエネルギーから物質へ」
爆破がラキの手の中へ収束。ただし石ではなく、宝石に。
深緑にも、黒紅にも見えるその宝石は。
「アレキサンドライト」
霧化でレイヤの後ろに周り、高速の蹴りを見舞う。
レイヤはラキの脚をキャッチ。
「オン・エンマヤ・ソワカ」
ラキの脚を掴んだレイヤの手に黒灰色の煙がまとわりつく。
「これはどうにもできないだろう?」
「ああ、そうだね」
レイヤの顔が苦痛に歪む
「あああああああああああああああああ!」
そこまで払いたくはないねえ。
マクスウェルがレイヤのコントロールを放棄したのだろう。
だが甘い。
「何言ってるんだ。戻ってこいよマクスウェル。オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン」
「っ、絶対障壁!」
「お前……庇うか」
その一瞬が、マクスウェルを助けた。
黄金色の毛玉がレイヤから抜ける。
「これで借りを返しただろ…」
「そんなわけないヨ。まああと少しだけ助けてあげても良いよーー対消滅、ラキ・ハーミット・ブラッドミスト」
「なっ」
ラキは木っ端微塵に、それこそ滑稽なくらいに爆破してしまった。
そして彼女は絶望した。




