人殺しと圧政の末路
黒蛾の館 大広間
「さて、本題へ行こうか」
火蟻が出発したあと少し経って再び集まる。今度は蜏もいるが代わりに黒蛾がトイレに行ってしまった。
「蜏、ストーリーシリーズは発見できたか?」
「いやあ、なかなか難しいですね。向こうは上から監視したいのですから」
「それでも、やつらは千里眼を失ったんだ。近くにいてもおかしくないだろう」
ここで蝟が会話に入る。
「姿を消す能力とか?」
「まあそれもあるな。だが、記憶操作かもしれない。蛇がやられたようにな」
「蛇って信用できるんですか?」
蝟が質問する。
「できる。紋章付きになったんだから」
「でも、蜜蠭は?」
「あいつだって今でも味方だ。あいつが一番、ストーリーシリーズを憎んでいる」
「でも、黒蛾さんが、あいつは憎んでいるというよりも憧れていると言うった方がいいって」
「まあそうかもしれないな。だがーー」
『だが、じゃないですよね。私は絶対に許しません』
蝗はスケッチブックを掲げた。その字はいつもの女の子特有の丸文字ではなく、荒々しく書き殴ったものだ。火蟻の黒い炎に一番近い。
「いなご……」
雷蜘蛛は彼女の気持ちが分からなかった。
同じように天賦の異能者として生まれながら、一方は片翼の半神として崇められ、一方は恐ろしい娘と畏れられた。
○○○
最初にその異能を発見したのは母だったのだろう。今までも何度かそういう節はあったのだが、彼女は決定的な言葉を口にした。
「どうしてお父さんを殺したの? 」
彼女は恐れた。この子はどうして知っているのだろうか。いや知るはずがない。あいつはこの子が生まれる前に殺した。
『俺は認知しない、だなんて、自分の子供なのに!』
その娘は母の味方だった。心が読める能力により母の気持ちがわかるのだ。母が感じている感情は恐怖。母を見るたびにその恐怖が伝わる。
○○○
彼女は小学校に上がると、自分の能力を駆使しクラスのトップ、学校のトップ、その地域のトップとして君臨し、小学生ながらその町の市長になった。もちろん、本当に市長になったわけではない。だが、市長以下、ほとんどの人間関係を掌握し、完全に市長を傀儡にした。だがそれも彼女を満たさない。なぜなら、彼女の母は娘に恐怖を感じ続けたからだ。
そして、彼女が高校を卒業する頃にはその国の実権まで握るようになった。すべての人脈を把握し人の心を操ろうとも彼女は満たされない。ただ、願うことは母に愛されたい。ただそれだけだったのにーー彼女は選択を誤った。
高校を卒業したその娘は大学に入った。もともとそんなことをしなくてもよいほどの権力と財力を持っていたが彼女自身、何かを学ぶということは嫌いではなかったし、むしろ人の心を読むだけでは堕落すると考えたからだ。
大学に入って一ヶ月もしないうちに彼女はある女性と出会う。蜂蜜色の目の奥、どす黒い嫉妬の目を持った甘く美しい女性に。
「あなた、そんなに権力を持って、結局何がしたいの? 」
何がしたいのか。私もわからない。そういう性だといえばそうだし、誰しも心が読めるならこれくらいはするのではないだろうか。
「あなたの願いは?」
彼女の心だけは読めなかった。いや、あれは読めなかったというか例えるなら同じ文字を書きなぐって読めなくなってしまった紙という感じか。
生まれて初めて出会う心の読めない女性。でも、不思議と恐怖は抱かなかった。彼女一人読めないくらい大したことない。むしろもう心を読むのはやめたい。疲れてしまったのだ。人の心に触れるということはそれだけ力を要するものだ。だから、私は願った。
「私はもう心を読みたくない。もうこんな力はいらない」
「それが君の願いだね」
女性の口がこれでもかというほど高く上がる。
「契約成立」
その瞬間から私は心が読めなくなった。もちろん、不安はあったがこれで母を安心させられる。もう私は普通の子。権力なんてもういらない。あとは今まで稼いだお金で母とゆっくり過ごそう。そう思っていた。その電話がなるまでは。
「お母さんが倒れました」
その電話は女性と話して直ぐのことだった。急いで病院にいくとそこには機械に繋がれた母が眠っている。どういう事かと訊いたら、突然、発狂して倒れてしまったらしい。私はこれから母とゆっくり過ごせるはずだったのに!
「じゃあ、それを願えばよかったじゃない」
後ろから甘ったるい声がまとわりつく。
「どういうこと!」
「私の能力は人の願いを叶える能力。ただ、ルールがたくさんあってね。願いは二人以上から受け付けるの。一人一回につき一個。だから何個でも願いは叶えられるよ。一回につき一個だから。今回の話をするとまず、あなたの願いは心を読む能力を捨てたい。で、あなたのお母さんの願いはあなたを理解したいと。まったく、けなげなお母さんじゃない? だから、あなたの能力をあなたのお母さんにあげたの。そしたら、あなたのお母さん発狂しちゃって。そりゃそうよね、生まれつき心が読めるならまだしもいきなり人の心が読めるようになったらおかしくもなっちゃうわよね。ま、結局、人殺しと圧政の末路はこんなものね」
私は泣きながら女に襲いかかった。
「貴様あああああ」
「あら、私に突っかかるのはお門違いなんじゃない? だってあなたがお母さんとゆっくり過ごしたいって願えばこうはならなかったんだから」
女は死ぬほどに甘ったるい声色でささやく。
「あなたのせいよ」
「うああああああああああああァ、んああああ、んんっっ、ああああああああ」
「あははっははははははっはっはっはあっはあははっはっはああ」
娘の慟哭と女の哄笑が病院内に響き渡った。
○○○
気がつくと女がいなくなり、目の前にいるのはよれよれの服を着た男。ずっと頭を下げ続けていたようだ。
「私の仲間が大変なことをしました。どうもすいません」
「どなた?」
もうどうでもいい。選択を誤った私は……。
「私は黒蛾と言います。あいつは仲間です」
「あっそ、もういいわ帰って」
「お願いがあります。私たちの仲間になっていただきたい」
こいつ正気でいってるの? 私が何をされたのか。いや、私が何を願ってしまったのか。この男と仲間になるっていうのはつまりあいつの仲間になるってことよ。でも、
「仲間になればあいつに会える?」
「いや、それは断言できない」
だとしても。
「でも会える可能性はあるのね」
「そうだ」
ならば。
「あなたの仲間になればあいつを殺せる?」
「可能性の話なら、できるようにはなる。やめてほしいが」
「できるのね」
「ああ」
「じゃあ仲間になるわ」
そして、蝗が生まれた。女王の言葉は蠭を刺す為に。




