遥かなる師を越えて その参
「亜人の王に、幻獣、天使。聖霊は今回もいないのか」
「あっちは悪魔か? あれはなんだ? おい、じじいこれはいったい……」
伏義に連れてこられた俺が目にしたのは、各種族の最高位が列なっている光景だ。
荒野に佇むそれは圧巻を越えて、俺には理解できない。
「黄仙。我々は彼らと協力して今から最後の審判を討つ。ちなみにあれは巨人だ。怒らすと大きくなるからあまり近づくなよ」
伏義が別の亜人の王に並んだ。
「やあ、伏義。生きてたのか」
「まあな、アレイスター。おかげさまで忙しいよ」
話しかけてきたのは若い男性。怪しげな服に、赤と緑のイヤリング。大量の指輪は悪趣味になりすぎず、彼を彩っていた。
伏義とアレイスターは顔馴染みのようだった。
「なんのことだか」
二人は仲が悪いようで、それ以降話をすることがない。
「おい! あいつは!」
黄仙の目線の先には吸血鬼。それも、真祖。第一真祖だ。
「ここでとらえる! 土生金、剣山」
地面から剣が列なり、第一真祖に向かう。だが、それは一瞬。
「火克金」
黄仙の作り出した剣を、伏義が燃やし尽くす。
「じじい! てめえ! 何しやがる!」
「はあ、お前なあ。色々間違ってるんだよ。まず、第一真祖と我々の国は協定を結んでいる」
「は!?」
亜人の王と真祖が繋がっている。にわかには信じられないことだ。
食べる者と食べられる者が互いに協力しているのだ。そんなことをすれば、我々は吸血鬼の言う通りの“家畜”に成り下がってしまう。
「第一真祖系列の吸血鬼は全員、我々の国を襲わない。その代わりーー」
伏義が指差すのは、アレイスター……ではなく、パラス。彼もまた、亜人の王だ。
「あっちの国は大変だろうな。我々の代わりに第一真祖系列の吸血鬼を一辺に相手しないといけないんだから」
体が熱い。血が沸騰する。
「じじい……なに……言ってんだ……」
自分の師匠が、じじいと言いながらも尊敬していた伏義が、外道を進んでいた。
「黄仙。守れるものと守れないものがあるのだ。わきまえろ」
「水生木 千年桜!」
俺は我慢できずに自らの師匠に刃を向けていた。
しかし見た目には何も起こっていない。伏義が俺の攻撃を全て相克しているのだ。
「あのな、今どき、そんなことはどこでもやっている。我々だってアレイスターに同じようなことをされている」
負の連鎖だとしても、互いが互いを蹴落としながら、何とか微妙なバランスを保っている。拮抗が崩れれば、亜人だけではなく、吸血鬼も滅びる。
だが、俺にとって我慢できるものではない。論理的にどうだとか、そうした方がいいとか、そんなものは関係ない。
「星よ! この者を打ち砕け!」
上空から流星が一つ。たった一つだけ、伏義に向かって落ちる。
「星辰祭。できるようになったではないか。これなら、この戦いで生き残れるかもな」
伏義が手をあげる。その手に当たった星は破裂して消えた。
殴り壊したのだ。
それは、陰陽魔法ではない。
「じじい、どういう……」
「落ち着け童っぱ。今から我々は最後の審判に相対する。さあいくぞ!」
伏義はわざと、他の種族にも聞こえるような声で叫んだ。
◯◯◯
「というのはフェイクだ。ここに集まった奴の半分も最後の審判を倒そうなんて思っていない」
伏義が耳打ちする。
「最後の審判というのはわかるよな?」
ここに来る前、黄仙は最後の審判についての話を聞いていた。
最後の審判、世界の終焉。彼の前に立ち塞がるものは……いや、立ち塞がることすらできない。いかなる魔法も通さず、真祖の吸血能力も効かない。どんな悪魔、天使の能力も無意味。
言うなれば、世界の敵だ。共通の敵なのだから、亜人も吸血鬼も、悪魔も天使も竜も巨人も、このときだけは団結する……はずだった。
「最後の審判なんて、倒せるものじゃない。少なくとも我々にはな。だから適当なところで引くんだ」
第一真祖をはじめ、亜人と悪魔と竜の大半が、天使の一部が伏義と同じような顔をしている。企みを含んだ顔だ。けっして、粛清に赴くもののそれではない。
「骨の髄までしゃぶってやるさ」
「審判を越えて、天国へ導こう」
「臆病者の聖霊が! 誰一人として来ていないではないか」
一方で確かに最後の審判を倒そうというものたちもいた。
こちらはこちらで審判を覚悟するものではない。確かに勝てるとそう信じているような目をしていた。
聖霊に腹をたてているのは悪魔。
確かにこの場に精霊の姿はない。
「愚か者どもが。だが、馬鹿のお陰で我々は行動ができるというものだ。むしろ感謝だな」
この少ない時間で、俺は何度も何度も伏義に失望した。汚く、薄く、脆い。
だが、そんな伏義よりも黄仙は桁違いに弱い。
「そんな顔をするのもいい、文句を言うのも構わない。だがな」
この次に言う台詞は、
「なにかを変えたかったら、まず、あれを倒さなくてはならない」
地平線。最後の審判が顔を覗かせる。
◯◯◯
「覚悟しろ、最後の審判! お前に終焉をーー」
「世界を守るため、あなたにはーー」
その悪魔と天使は……何もできなかった。ただ近づき、光に飲まれた。それだけしかできなかった。だが、それだけでも行幸。
吸血鬼が最後の審判の後ろをとる。
「貰いだ!」
吸血鬼が固有能力を見せることもなく消滅。
最後の審判を中心にして一方的な殺戮と混戦が続く。
「さあ、この混乱に乗じてまずはアレイスターを討つぞ」
「五行相生 森羅万象」
地面が割れ、天からは雷が降り注ぐ。派手な攻撃だが、そのくらいのことはもう、あちらこちらで起きていた。
「ひどいじゃないか、伏義。俺が何かしたか?」
アレイスターが掲げる指輪により彼の周りを薄緑色のベールが覆う。アレイスターに降り注ぐ雷が防がれた。
だが、雷は木の根となりアレイスターのベールもろとも縛り上げる。
「それはきっと私がされたことと同じだろう!」
側方から別の声。
木の根が霧散する。
伏義を銀色の液体のようなものが襲った。
伏義は五行相生を解除。
そしてあろうことか、霧化をした。
伏義はパラスの背後をとった。しかしそれがわかっていたかのように、パラスの銀色の液体が槍型となって伏義を襲う。
「土克水!」
俺も銀色の液体を消そうとするが効果がない。
伏義へ槍が刺さる瞬間。
「他愛ないな。伏義」
槍をつかんだのは天使。このあいだの無愛想な奴だ。
「爆散しろ」
銀色の液体が飛び散る。その飛沫は伏義や天使の目や鼻へ。
「天使は馬鹿なのか? その液体は毒だぞ」
だが、突風と共に銀色の液体は吹き飛んだ。
その風を起こしたのは金髪碧眼の白い男。
さらに彼は姿を変える。
「ウイングドラゴン! お前もやるか?」
叫ぶアレイスター。
「少しの手助けさ。こちらもこちらで忙しい」
竜はすぐにこの戦線を離脱。複数の巨人を相手取り飛び回っていた。
「俺も一応悪魔狩りをしなければならないからな。ったくあの大男の悪趣味に付き合うのもこれが最後だと思えば、我慢の仕様もある」
無表情だが不満げなことを口にしていた。
無愛想な天使も飛び上がって、別の戦線へ向かっていった。
「裏切り者が。お仲間がたくさんいて結構」
パラスとアレイスターの挟み撃ち。俺は役立たずだった。
上空では幻獣が巨人を相手取り飛び回る。巨人化するのは下っ端で彼らの肩に乗る者が上官なのだろうか。光の矢をつがえて幻獣を討つ。
さらに上空。深紅の炎と共に悪魔と天使が殺しあっていた。
地上では亜人と吸血鬼が互いに血飛沫を散らしている。
「お前の地をいただこう」
「来るな! 私はお前たちと戦うつもりはない」
「あはっ、最高よ。吸血鬼がたくさん!」
「裏切り者が! 絶対に許さん!」
「ち、違う! 俺は堕天使なんかじゃ!」
「あははははっっ、笑える」
「こっちだラストジャッジメント!」
声が遠くで聞こえる。
ーーこれが、審判。
「この風景をどう思う」
伏義が二人を相手取りながら、黄仙に問いかけて、横に飛ぶ。
「私はな、私たちはこれを止めたいんだ」
少し向こうの方。亜人に捕らわれた吸血鬼とおぼしき青年がラストジャッジメントの方に放り投げられ、光と共に消えた。
「原因があれだけではないことはわかっている。けれどもあれも原因の一つなんだ」
あれというのはラストジャッジメントのことだろう。
「私はこの審判を最後にしたい。少しでも平和になるように」
その言葉は本物だったはずだ。




