宿舎5
「怪我をしたのは俺が総隊長になる前だから、お前達が気にする必要はない」
「そうですか。で、名前教えて下さい」
アタランテは諦める様子はなく、ドミトルに圧力をかけてくる。アタランテだけならまだしも、体格の良いアルフォンドから掴まれているので、服が破けそうで動けない。
何だこの状況は、とドミトルは思う。
日頃、あんなに頭が無事ならいいと言われているのにも関わらず、こうも自分の怪我を気にするとは思っていなかった。
リングレアもそうだ。
アラデルギル区域でのエルスドラの出現以来、ドミトルを心配してついて回る様子が見られる。
心配されるのにドミトルは慣れていなかったので、このような時にどう対処すればいいのか、困惑するばかりだった。
「・・もう処理をしたから知る必要はないな」
少し罪悪感を感じるが、ドミトルは三人にそう言って聞かす。
すると、やっと普段通りの表情に戻った。
「そうだったんですか。良かった」
アタランテが笑顔で言うが、ゲルモンテはまだ口の端を曲げ不満そうだ。
「どんな目に合わせてやろうかと思ってたんですが、終わってたなら仕方ないな」
拳を握りしめ、気持ちを抑えているように見えるゲルモンテに対して、いつもの人格を取り戻せ、とドミトルは思う。
「生きてるよりはいいでしょ」
アルフォンドが好青年の皮を投げ捨て、そんな事を言っている。それよりも女性関係を解決しろ、と思った。
「総隊長、もう怪我なんてしないで下さいね」
「ああ、分かっている。大丈夫だから心配するな」
アタランテが念押しするように言ってくるのを、大人しく聞く事にする。この話しは早く終わらせたかった。
「今度、もしやられそうになったら、誰でもいいから盾にして下さいね。私でもいいですよ」
ドミトルはアタランテの頭に手をおいて、撫でる。
「そこまでしなければならないほど、俺は弱くない。動揺しているみたいだな。深呼吸しなさい。いつもの状態に戻れるぞ」
アタランテは言われたように深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。いつもの自分が戻ってきたように、顔色が元に戻った。
「すみません。ちょっと頭に血が上ってたみたいです」
アタランテがドミトルから離れると少し笑う。
照れているようで、頬が赤くなっていた。
最強の人物像を壊して悪かったな、とドミトルは反省する。
これからはもっと強靭なイメージを心掛けないといけない、と自分に言い聞かせた。だが、心の隅で、俺はすでに十分強くないか?とも思う。
あの時はやられてしまったが、今は十分に強くなっているし、これ以上強いイメージというのも自分では思いつかなかった。
それに、もし自分に何かあったとしても帝国自体はビクともしない。一人の力で帝国が守られている訳ではないので、過剰に心配する必要はなかった。
「何度も言うが昔の話だ。他の者達にもこれから話す予定はない。お前達も自分の胸の中だけに留めておいてくれ」
三人はお互いに目線を交わし頷く。
ドミトルは安心させるように続けた。
「今は何をやられても打撲ぐらいだからな。帝国自体を消滅できるぐらいの力がなければ、俺の防御を完全に突破する事など出来ないぞ。まぁそんな事は初めからやらせないがな。ラブレスの性格が好青年になるほど、有り得ない事だ」
冗談を言いながら三人を見る。
これで分かってくれただろう、とドミトルは思っていた。
「ちょっと待って下さい。何をやられてもって何です?それに打撲って聞いてないですよ」
アルフォンドがドミトルを見てくる。アタランテとゲルモンテも同じように見ていた。
「は?」
ドミトルの目が点になり、理解の範囲を超える。どれだけ自分に最強のイメージがついているのかこの時やっと理解できた。
打撲だぞ?と思う。
再生能力で直ぐに治るぐらいのものなので、覚えてすらない時がある。そもそも戦いをしている者で、打撲の一つもしない者なんていなかった。
確かにドミトルの魔力を、誰の事も考える事なく常に放出している状態ならそれも可能だが、それをやると捕まえた犯罪者はその場で死亡する。
親しい人間も傷つける事になるので、非現実的で考えるだけ無駄な事だった。
そんな事はできないので、魔力を常に体の中に抑えた状態で戦闘に加わっている。ふいをつかれれば当然打撲ぐらいはするし、無敵の体など持っていないので、表面上の軽い怪我はする時がある。しかし、少し深い怪我ともなると、魔力を内包しているので跳ね返す事ができた。
しかも再生能力が高い体なので、全く問題はない。
それなのに打撲の一つも、してはならないともなると制限が大きすぎるので、勘弁して欲しかった。
総隊長のイメージはもはや超人か、と思う。
殺さず、壊さず、守り、怪我をせず、常に戦いに勝利する。
この俺にそんな超人になれと?いや無理だろ。ドミトルはそんな事を思っていた。
言い訳を探すようにドミトルは目を泳がせる。
「こう見えても忙しいし色々対処する事があるんだ。打撲ぐらい許せ・・」
「総隊長をやるなんて許せません。草の根分けてでも探しだし、晒し首にしましょう」
「俺も協力するぜ。補佐集めてそいつ潰そう」
「部隊に報告して皆でやっちゃいましょう」
アルフォンド、ゲルモンテ、アタランテが言う。拳を手の平に打ち付けていた。




