宿舎2
「総隊長。お出迎え出来ず、すみません」
「気にしなくていい。今日は土産を持ってきただけだ。休みなのにお前は宿舎にいるんだな」
ドミトルが気軽に聞いた事にアルフォンドは少し俯く。そうすると前髪のせいで顔に暗い影ができた。
「どうした?何かあるなら話してみろ」
ドミトルにそう言われたアルフォンドはしばらく黙っている。
根気よく待っていると重たい口を開いた。
「あまり総隊長に話すべき事ではないのですが・・・」
「それを承知で聞いている。悩みがあるなら相談に乗るぞ」
「ありがとうございます」
礼を言ってからアルフォンドは話だした。
「俺が宿舎にいた理由ですが、家に押し掛けてくる幼馴染みや女性がいて帰れないんです。何度も断っているのですが聞いてもらえず困り果てています。
子供の時ならともかく俺達も大きくなりました。それなりの距離感が必要だと何度言っても通じず、大丈夫だから、と言って話を聞こうともしない。たぶん俺がどんな悲しい顔をしていようが相手にとってはどうでも良い事なんでしょうね・・」
ふむ、とドミトルは聞いている。
アルフォンドが女性から好かれやすい事は前から知っていたが、まさか自宅でもそんな事になっているとは思っていなかった。
相手の話を良く聞き、知識も多いので友人も多い。それなのにアルフォンドを助ける為に動いているようには見えない。
「友人に相談はしてなさそうだな」
ドミトルが言うとアルフォンドは頷く。
「せっかくの休みなので皆には楽しんでもらいたいです」
「そうか、お前はそういう男だな・・」
腕を組んでドミトルはアルフォンドを見下ろす。背が高いと言ってもドミトル程ではないので頭頂部が見えた。
「お前みたいなヤツに何度か相談に乗った事がある。その上で言うぞ。お前は喋る時に相手の表情を見ているな。そして自分と一緒にいるなら不快な思いはさせたくないと思っている」
「それは普通なのではないですか?」
「いや、違う」
そう言ってドミトルはジッとアルフォンドを見た。
「お前は女達に、自分がこんなにも悲しんでいるから分かってほしい。そして自分が大切なら自分の望みを叶えて欲しいと願ってないか?相手が理解した上で引く場合はほとんどないぞ」
本心ではいつか分かってくれると信じたかったアルフォンドは悲しそうな顔をする。
それを気にせずドミトルは続けた。
「そういう相手は、もう自分の中で決定している事があるんだ。それに理由をつけていくだけだから引く事はほとんどないな」
「そうですか・・」
「お前の悲劇は、そういう自分の性格に合っていない者から追いかけ回されているという事だ」
「理解できません。それの何が楽しいんですか?俺から嫌われますよ・・あ、そうか。それでいいんですね」
「そういう事だ。お前が悲しんでいても相手は自分優先だ。もし自分優先でないというなら、お前の言う事を聞いて家に来ないだろう」
「少し理解できました。悩みを聞いていただき、ありがとうございます。総隊長」
アルフォンドはキリッと表情を引き締めてそう言った。
無理をしているその表情を見てドミトルは口を開く。
「そもそも、俺を見ていちいち相手の意見を聞いて引くと思うか?」
ドミトルが言うとアルフォンドは直ぐに答える。
「いえ、思いません・・あ」
「そういう事だ。その女達には俺を説得するぐらいの態度で対応しろ」
「総隊長を説得ですか?え、女性に大声で詰め寄って真剣な顔をして睨みつけてもいいんですか」
「それで俺が説得できるとでも?」
「まずは情報を精査して、理詰めで話して、鬱陶しいぐらい食い下がって・・え?本当に?完全に嫌われるんですけど」
「嫌われろ」
ドミトルが言うと、ガーン、とアルフォンドはショックを受けたような顔をする。
「今までが好かれ過ぎなんだ。嫌われろ」
「嫌われろー!」
アタランテが面白がってドミトルに追従する。
「二人とも、他人事だと思って酷いですよ」
情けない顔をしてアルフォンドは言ってくる。
「もういっそ総隊長を家に呼べば幼馴染みだろうが女性だろうが来なくなりますよね。俺の家族紹介しましょうか?冗談ですけどね。はははは」
乾いた笑いが食堂に響く。
はは、と余韻を残しながら消える声。
そんなアルフォンドにドミトルは腕を回して首を挟んだ。
うっ、と呻いてアルフォンドは驚いた表情で、目線だけドミトルの方に向ける。
「そ、総隊長」
そこには怖い顔をしたドミトルの顔があった。
「今のは聞かなかった事にしてやる」
「?」
ドミトルの言った意味が分からないのかアルフォンドはポカンとした顔をしている。
意味の分かっていないアルフォンドにドミトルは呆れた。
「あのなぁアルフォンド」
困った顔をしてドミトルはゆっくりと説明する。まさかこんな優秀な者が何も分かっていないとは思っていなかった。
友達内でも小さな擦り付け合いや、自分に有利に運ぼうとする事は普通にある。なら友達ではない相手は?
優しく教えてくれる訳がない、とドミトルは思う。自分の利益になるように行動するのは皆ある事だった。
貶めている訳じゃなく、ただ回避するだけで他人に移る。そういうものが世間には普通にあって、それはドミトルのコンヤクシャの話もそうだった。流れれば誰かに辿りつく。そんな考えれば分かる単純な話だった。
「モイスやオスマンドは何百回とコンヤクシャにしようとも結婚までは行かない事は分かってるんだよ。だから俺は姉に安心して提出する事が出来た」
「えっ、そうだったんですか?」
ドミトルは頷く。
「姉だってそうだ。誰でもいいから連れて来いと言うのは、誰でもいいから相応しい相手を連れて来いというのが本来の意味だ。言わなくても大体のヤツは察しているはず」
「えっ?」
「もちろん悪ふざけしたダイレカ王国の者達もそうだ。だが、お前がそんな冗談を言っていると、本当に結婚まで行く可能性があるかもしれないぞ」
ゾッ、とした様子でアルフォンドの表情が固まる。そんな事、思ってもみなかった。
「それこそ冗談ですよね」
アルフォンドはドミトルとアタランテを見たが二人とも真顔でとても恐ろしかった。




