ルナミリスの執務室2
「ドミトルに教えたのね」
別にルナミリスはリングレアに口止めをした事はなかったので、教えても問題なかった。
それだけリングレアの能力は素晴らしく、ルナミリスに関わりがあったとしてもドミトルが受け入れる事は分かっていた事だ。
残されたルナミリスはしばらく何も言わずに立っていたが、ポツリと呟く。
その声は部屋の中に響いた。
「でもアルスの娘とは気づいてないようね。どう思う?ルジェナ」
聞かれたルジェナは正直に答える。
「私もそう思います。ドミトル様の性格でしたらもっと反応するのではないでしょうか」
「マナリスとカルラはどう?」
ルナミリスに聞かれた二人も答えた。
「気づいていらっしゃらないかと思います」
「私もそう思います」
「情報を偽装した私が言うのもなんだけど、いつ頃気づくのかしら?気づいても気づかなくても問題はないのだけど、親子二人はドミトルに自分達の関係を言いそうにないのよね」
「僭越ながら私の方から伝えておきましょうか?」
ルジェナがルナミリスにそう伺うと首を振られる。
「止めておきましょう。そもそもドミトルの下につきたいと言ってきたのはリングレアの方よ。リングレアの判断に任せましょう」
頷いたルジェナはそれ以上何も言わず、後の二人もルナミリスの言葉に従った。
「でもねぇ・・・」
ルナミリスは頬に手を当てる。
「あの親子、顔が似てるのよね。一度疑問を持ったドミトルが気づかない事なんてあるかしら」
侍従の三人は黙ったまま、顔を見合わせていた。
ーーーー
ドミトルは城の中を歩いて移動する。
窓から差し込んでくる光が廊下を照らしていた。城の中には天井まで届いている青水色の水晶が柱のように何本も立っている。
ルナミリスの執務室のある建物は巨大な空間になっていた。
窓辺にはルナミリスを守護する為の騎士が十人立っている。その者達は白銀の甲冑を身に着けて、ドミトルを確認しても微動だにせず、無言で警護に集中していた。
そんな中、ドミトルは怯む事なく堂々と移動する。
目指しているのは転移陣で、青い転移陣が床に浮いているのが見えた。
ドミトルが転移陣の手前まで行くと、転移陣が反応し青い光を放つ。
誰かが転移してきたのが分かったので邪魔にならないように静かに移動した。
転移してきたのはアルスで、土産を恭しく両手で持っている。
土産の名前は、温泉ふわふわ卵菓子で、アルスの隙のない姿とは真逆の可愛らしいキャラクターが描かれていた。
アルスは無表情のまま形式通りにドミトルに頭を下げると、顔を上げる。ドミトルも形式通りそれを受け入れた。
「姉上からお前が温泉に行っていると聞いたが、本当に行っていたようだな」
「ルナミリス様の要望を叶えるのも侍従の務めだと思っております」
「要望?妻と一緒に楽しんだのではないのか」
「妻は好きな旅行に旅立ち、何十年も直接は会っておりません。生存確認はできていますし、映像での会話もしております」
「そうなのか」
寿命が長いので、こういう者達もいる。
お互い好きな事をして生活していた。
「私の望みはルナミリス様のお側に仕える事です。温泉につかる事ではありません」
アルスの言葉に、あれ?とドミトルの心に何か掠める。同じような顔と言葉を少し前に体験したような気がした。
「一つ聞く。お前に娘はいるか?」
無表情だったアルスだが意図的に口角を上げる。
「いますよ。名前をお教えいたしましょうか?」
「・・いや、いい。邪魔をしたな」
「いいえ、お気になさらないで下さい」
ドミトルは早足で転移陣の上に乗ると直ぐに青い光の中で消える。
それを頭を下げて見送ったアルスは上げていた口角を元に戻した。
「気づいたようですね。ルナミリス様に報告いたしましょう」
アルスは執務室に向かって歩く。
しかし、戻ってくるのが早すぎて侍従のルジェナから扉の前で止められてしまった。
ルジェナの表情は険しく、アルスを拒否している。
「ルナミリス様は貴殿にもう少し休暇をとれと仰せだ。侍従頭のアルス殿でもここを通す訳にはいかない。早々に立ち去るがいい」
「くっ、温泉にはつかってきたというのに休暇の日数ですか」
普段は動く事のない表情が、悔しそうに歪んでいる。
それに呆れた様子のルジェナだったが、気を抜かないように表情を引き締め、上司に伝えた。
「立ち去らなければ一ヶ月の休暇を与えるとルナミリス様は言っておられる。これは忠告ではない警告である。今すぐ立ち去れ」
「っ!」
アルスは無言で踵を返すと来た方向に向かって歩いて行く。
戻ってくる様子はなかった。
「ふぅ、やっと行ってくれたか」
動じないように訓練しているルジェナでも、直属の上司に命令するのは肝が冷える。
ルナミリスにアルスの事を報告する為に、ルジェナは部屋の中に入った。
ーーーー
豪華な家の敷地の外でご近所さんの若い女性達が集まっていた。
リングレアが歩いて行くと、気づいた女性達が囲んでくる。
「いいもの見せてもらったわ」
「ありがとう、格好いいっていいわよねぇ」
そんな事を話ながら嬉しそうに女性達は去っていった。
「?」
頭に大きなハテナマークをつけたリングレアは、門から自宅に入る。
仕事が終わり自宅に帰ったリングレアが一番初めに発見したのは、庭に出来ていた露天風呂だった。
作るのは簡単で、岩を業者に頼んで持ってきてもらい、特殊能力持ちに頼んで岩を結合、風呂の形に整え地面に埋める。後は水水晶と火炎水晶があれば完成なので難しくはなかったが、それにつかっている人物が問題だった。
父親のアルスが水着を着て、上半身裸で露天風呂に入っている。
「父の趣味は温泉だったのか」
うんうん、と頷いて理解のあるリングレアはアルスの邪魔をする事がないよう家の中に入っていった。
箱に氷を入れて瓶に入った飲み物を入れる。それを父親の入っている露天風呂の近くに置いた。
「父殿、飲み物を置いておきます」
そしてアルスの返事を聞く事なく家の中に入っていった。
リングレアは自らの目的を果たし満足し、アルスは温泉につかる事でルナミリスの命令を果たして満足している。
互いに話をする事はなかった。




