温泉と子供達2
ドミトルと同じように普段着に近い水着を着て、上は白で、下は足首まで隠れる緑の水着をはいている。
子供達がキャーキャー言いながらリングレアに突撃しようとしていた。
それを魔力操作で押さえながらドミトルが子供達を並ばせる。
それにも子供達は嬉しそうな反応していた。
子供の内は強い魔力に忌避感がなく、自分を守ってくれる存在だと認識するので、魔力で掴まえても全く怖がらない。
それどころか興奮して嬉しがるぐらいだ。
そしてリングレアから一人ずつコップを受け取らせると、子供は各々好きな所に散らばって行く。
友達と一緒に木陰の岩に乗ったり、持ってきた浮き輪の上に乗っている子供も、落とさないようにコップを握っていた。
椅子もあるので何人か並んで仲良く飲んでいる。
それを微笑ましく二人で見つめていた。
「リングレアも初めて温泉に参加したんだ。ゆっくり休むといい」
「はい」
そう言いながらリングレアは腕を後ろに回し、足を肩の幅ほど開けると、そのままの状態で待機する。
このほのぼのした雰囲気にあるまじき直立不動の姿勢だった。
確かに休めと言ったがそうじゃない、とドミトルは思う。
その端整な顔は表情一つ変える事がなかった。
「リングレア」
「はい、御用でしょうか?」
キリッ、とした表情でリングレアは見てくる。
温泉で自分の姿が浮いていると気づいていないようだ。
「もう少し気を抜いて休んだ方がよくないか?」
「了解しました。そういたしますね」
リングレアは少し肩の力を抜くと、休めの姿勢を整える。
そうでもないんだよな、とドミトルは思っていた。
「温泉に入ったらどうだ?」
仕事ではないので命令はせずに相手の意見を聞いてみる。するとリングレアは仕事ではないので拒否をした。
「いえ、私は温泉よりも総隊長の警護をしたいので、そうさせていただきます」
「いや、俺が温泉に入ってゆっくりとしているのに背後に立たれているのが嫌なだけなんだが・・」
「それは気づかず申し訳ありません。直ぐに移動して、岩の陰から見守っていますね」
歩いて行こうとするリングレアを止める。
「ちょっと待て、温泉には休みにきたんだ。きちんと休みなさい」
「これは仕事ではなくプライベート案件なので、例え総隊長の意見でも聞きがたく、警護しつつ休ませていただきます」
「警護しながら休むとはどういう意味だ。休んでないだろ」
ドミトルはリングレアと話ながら、子供が岩の上から落ちたので魔力で受け止め、下に下ろす。
木に登ろうとしていた子供も元の位置まで戻し、子供同士の言い合いで魔力暴走を起こしそうになっていた子供も自分の魔力で押さえて、体の中で渦を巻いていた魔力も霧散させた。
「言っておくが、俺は他の者よりも全く疲れない体質なんだ。何なら一月に十分も寝なくてもいいぐらいだ。
そんな俺でも、疲れる、という感覚は知っている。己の体の管理をしっかりとしておくのも重要だぞ」
「確かにそうです。では総隊長、私の体の調子がいかがなものか魔力を使って確認して下さい。私は総隊長の魔力を受け入れます」
自分の状態を他人から探られるのは嫌だろうが、リングレアはそれをドミトルにやれと言う。
「分かった」
温泉に入ったままリングレアにも己の魔力を纏わせると、直ぐに霧散させる。
リングレアはその不思議な感覚に手を握ったり開けたりしていた。
「どうでしたか、総隊長。問題はありましたか?」
「あった、な。問題がなかった事が問題だ」
ドミトルは不思議そうな顔をして、リングレアを見ている。
大体の者はドミトルに付き合わせて行動すれば疲れるのが普通で、終わった後は必ず休息をとっていた。
エルスドラの交渉の後、アラデルギル区域の件において追加でアラビスレイドと映像で話し合いを行っている。
報告を頼む、とは言ったがレウィングとエリシスだけではさすがに終わる事は出来なかったので、きちんとアラビスレイドに認められている代表者との話し合いを行い、アラデルギル区域における禁止条項の追加を認めさせた。
その間にもドミトルは並行して軍の調整を行い、全軍の休みを整え、一時金の支給やら花の注文の指示、殲滅部隊への報告などをしている。
そんなドミトルと補佐官を支えているのは、城に勤めている二十人ほどの事務官だった。
どの事務官も優秀で仕事が早い。
だが、重要な部分を補佐官の三人に任せているので、疲れが溜まらないように強制的に休みをとらせていた。
しかし今回、リングレアはドミトルに張り付いて仕事を手伝っている。
どこに行くのもついて回るので、それを見たブルトランやラブレスは、ドミトルが何かしたと決めつけていた。
そんなリングレアなので疲れが溜まっていても、おかしくなかったが本人はとても元気だ。
「疲れもなさそうだな」
「ええ、私は何の問題もありません。もう一度確かめてみますか?」
「いや、必要ない。が、凄い体力だな」
ドミトルが温泉に行く時は、いつも補佐官は城に残って仕事をやっていたので、リングレアは今まで一緒に温泉に来た事はない。
そのせいでリングレアの異常な体力に気づく事がなかったのだが、今回こうして相手の方から申告してきた。
顔に出にくい体質なのだと思っていたが、本人いわく違うようだ。
リングレアは真っ直ぐと見てくるが、その視線は誰かを彷彿とさせる。
誰だったか?そう考えていた。
思いだそうとしているドミトルを見てリングレアは微かに微笑む。
「私は決して優秀ではありませんでしたが、この体力のおかげで人一倍色々な事が出来てきたんです。それで貴方の補佐官という大変光栄な地位にもつけました」
「優秀ではないというのは違うだろ。お前は常に優秀だ」
ドミトルは断言する。
「ありがとうございます」
「しかし今までよく気づかせなかったな」
「総隊長が気にしていないようなので言わなかっただけです。聞かれたら答えましたよ?」
「それは悪かった。もう少し会話を増やすべきだった」
「いいえ、それはいいんです。こうして側近になれた事以外に望む事はありません」
その言葉にちょっとドミトルは引く。
そもそも自分の側近になろうとするのは、魔力量の多い物好きなブルトランやラブレス以外にいなかったので、リングレアの言い方は聞き慣れないものだった。
「そこまで言う必要はないぞ」
「そんな事はありません。私は貴方の側にいられるこの地位につけた事を誇りに思っています」
胸に手を当てて言った。
「力を貸してくださった第一皇女殿下には深く感謝します」
姉上だと!?
最後の言葉に思考が飛ぶぐらいに驚く。
リングレアを選んだのは自分だと思っていたのに、姉の手が入っているとは思ってもいなかった。