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第一皇女・ルナミリスの執務室。



広い執務室の中央には、半円形の大きな机があり、椅子に座るルナミリスの姿があった。


美しい翡翠色の長い髪を自然に流し、光を受けずとも魔力を発しているので、銀色の光が零れている。

体の線が見える白く輝くドレスを着ており、濡れるように光る瞳は透明度の高い翡翠色で、爪も同じような色が塗られ華やかに見えた。


離れた場所には、裾の長い白い制服を着た侍従が立っており、制服には金色の紐が付いている。深緑色の髪を額を全て出すように後ろに流し、長くもない髪は綺麗に整えられていた。


侍従が仕事中のルナミリスに静かに声をかける。


「ルナミリス様、妹君が面会希望のようです。どうなさいますか?」

「通しなさい」


ルナミリスの言葉に侍従は直ぐに従う。


しばらくすると扉が開き、執務室に三人の人間が入ってきた。


ドミトルは紺色の正装で、後の二人は黄緑色の正装で担がれている。辛うじて意識はあるようだが動かなかった。


「姉上、これで・・・ぶはっ」


高速で飛んできた文鎮が、ドミトルの額を直撃する。文鎮は落ちる前に侍従に回収され、元あった場所へと戻された。


ルナミリスは前に出てきた翡翠色の髪を片手で後ろに流すと、無表情でドミトルを見る。

そしてゆっくりと口を開いた。


「誰が捕虜を連れて来いって言ったの?」

「姉上の選んだ隊員なんだが」


ドミトルが兼任している第一突撃部隊の隊員の選別は、補佐官以外はルナミリスが選んでいる。

若い隊員達をドミトルの直属の部隊に入れ、慣れさせ、口説き落とせと言う事らしいが、今の所は完全に失敗していた。


それと言うのも、長く勤めている隊員も、ドミトルの姿と内包している魔力に、無理だと感じるほどである。

今、担いでいるオスマンドも、ドミトルが魔力を完全に外に出さない状態でも、気配だけで逃げ腰になる状態だった。


「私が選んだとしても今は貴方の部下でしょ。こんな扱いをして、ますます結婚が遠ざかったらどうするの?」

「何もやらなくても遠ざかって行くから、その辺は気にしなくても大丈夫だと思う」

「大丈夫でもなければ、自信満々に言う事でもないわ。貴方はもう少し優しくしないと」

「優しく笑ったら走って逃げられるんだが」

「その時は捕まえなさい。私が許すわ。まさか私の妹の笑顔を受け入れない者がいるなんて、あり得ないわよね。ねぇ?そこの二人」


ドミトルから担がれている二人は、答える事なく汗を大量に流す。それを気にする事なく、ルナミリスはドミトルを見ていた。


「私は婚約者を連れて来いと言ったけど、その二人が違うのは分かるわ。で、どうするの?」


トントンと指で机を叩きながらルナミリスが言う。それに了解しているとばかりにドミトルは頷いてから、一枚の紙を出した。


「これからコンヤクシャになるんだよ。必要書類は揃えてきたし大丈夫だろ」

「貴方ねぇ」

「ここに来る前にエリオストや他の者達とも会ったが、笑顔で見送ってくれたぞ。皆、賛成らしい。これで俺の面倒なコンヤクシャ探しも終わりだな」

「・・アルス」


ルナミリスが声をかけると侍従が素早く動き、ドミトルから二人を回収していく。そして執務室の外に出ていった。


それを静かに見送る姉妹。


ルナミリスは大きなため息を吐くが、ドミトルはそうなると思っていたのか、慌てる事はなかった。


「その手段を選ばない実行力に免じて、軍の予算は減らさないようにしてあげるわ。ただし」


ニコッと微笑む。


「私を不愉快にさせた事は事実。連帯責任として第一突撃部隊のみ予算を削るわ。

良かったわねぇ、ドミトル。訓練無しで山に行って食糧を全員で捕れば予算は少なくすむわ。異論は?」


「ありません」


「退場」





ーーーー



「と、言う訳だ。朝の訓練は終了となった。これから山中に行く事になる。各自食糧となる獲物を確保するのが任務だ。返事は了解しましたかハイで答えろ」


ドミトルの服装はいつも通りだが、他の者達はそれに加え、頑丈で伸縮性のある灰色の革で作られた膝の辺りまである長い服を上から着ている。


裏地が翡翠色になっているので、灰色でも明るい感じのするものになっていた。


ボタンをとめずに前を開け、中の服が見えている。


長袖の肩の少し下の部分に、銀色の三本爪の刺繍が両肩にあるが、灰色と銀色なので、それほど目立ってはいなかった。


部隊の隊長は、その三本爪が翡翠色になっている。そしてドミトルの補佐官は黒い色になっていた。


白い円柱の建物の側には広場があり、皆が集まっている。ドミトルは巨大なので、高い場所に登る事なく、全員から確認できていた。


「はい、なんて誰が言うか!」

「どうしてそうなったんだ総隊長!」


第一突撃部隊の総員、百五十名を前に通達したが納得できない者達が続出する。男女共に不満そうな顔をし、獰猛な表情をしていた。


爆発しそうな雰囲気を他所に、ドミトルが片手をあげる事で制す。

統制はとれているので食って掛かる事は止め、睨み付けていた。


そんな中、ドミトルは全員に聞こえるように優しげで落ちついた声を出す。


「第二皇女がコンカツチュウである。コンヤクシャに立候補する者は手を上げろ」


辺りが静寂に包まれる。


ひんやりとした冷たい風が流れた。


広場で仁王立ちしているドミトルの雰囲気が変わると、聞いた者が恐ろしいと感じるように低い声を出す。


腹の底から出すような声は、その場に響いた。


「第一皇女殿下はひどくご立腹だ。炎のようにお怒りである。貴様らのような軟弱ひよ子野郎どもは鍛えぬくべきであると仰せだ。

今から行く山中はアゾマンゾルドと呼ばれる場所で現地の言葉で、饗宴なる這い寄る獣、と言う意味があるらしい。

それはそれは恐ろしい場所だ」


ドミトルの言葉を聞いて、目の前の隊員達は恐ろしさを感じて唾を飲み込む。


「死ぬ者もいるし何人も怪我人を出している。そんな場所にお前達は行くことになる。でだ、これから一番大切な事を話すからよく聞け」


そんな隊員達にドミトルは、最後に言葉を付け足した。


「頭さえ無事なら早期に対応すれば再生は可能だ。皆、頭を守って行動するように」


「総隊長ぉぉぉぉぉ!!」

「そりゃないでしょぉぉぉ!」

「なんで頭以外がなくなる前提なんですかぁ!」

「アドバイスがひどすぎる」

「私達、女なんですけど!」


叫び出す隊員達を前に全く怯まず、ダンッ、と剣を地面に突き刺す。


今回は、手に持っていた鞘から剣を抜き、突き刺している状態なのだが、小さな衝撃波が周囲に飛び、隊員達は大人しくなった。


そんな隊員達にむかってドミトルは声を張り上げる。その声の大きさに、遠くの通行人が振り向いていた。


「今から支援部隊の衛生班、医療班以外の者達は山まで走れ!先行しすぎないように各自注意しつつ、後方の俺に追い付かれないようにしろ。そして、

もし俺に追い付かれた者はヤサシクく介抱してやるから誰かショウカイしてね」


最後の部分だけ冗談を言うように話すが、混乱している隊員達には通用せず、むしろ悪化させている。

口々に叫びながら、己の主張をしていた。


「優しく介抱されたくないーーー!!」

「家族から縁を切られちゃうーーー!!」

「助けて、こわいよ」


「誰だ優しくされたくないって言ったヤツは。出て来い。頭を撫でてやる」


ドミトルが手を伸ばすと、わあぁぁぁ、と言いながら隊員達は蜘蛛の子を散らすように走って行く。身体能力が高いので、走る速さも尋常ではなかった。


そして残った衛生班、医療班の皆で姿が見えなくなるまで見送る。

そんな中、医療班の女性がドミトルの手を見て呟いた。


「撫でられたらもげそうですね・・」

「あいつらが怖がってるのはそうじゃない」


聞こえたドミトルは否定する。


「圧縮だ」


ドミトルはポケットの中から、ヘミール金属で作られた球体を取りだして握り潰す。そして女性の手にそっと乗せると、小さな小粒の宝石になっていた。

それを医療班全員で見て驚く。やる事は力技だがとても綺麗だった。


「そういう・・・」


女性も見て納得する。

小さな宝石だけが心を癒した。



それを見た支援部隊隊長のオスマンドが肩を跳ねらせ、青ざめている。

先日のトラウマがまだ忘れられないらしく、まだ怯えていた。


それを確認した補佐モイスは、第一補佐官ブルトランを恨めしげに見る。


自分が皇女の事を忘れたのは、この人のせいだと思っていた。


そんな様子のモイスに、ブルトランは気にする事もなく自分の眼鏡を押し上げ、横目で見る。

ストレートの黒髪を少し長めに切っており、目に掛かるぐらいの前髪から、鋭さを感じる濃い赤紫色の瞳が見えた。


灰色の上に着る服は、魔力操作で簡単にボタンをとめる事も外す事もできるので、きっちりと首まで閉じられている。ボタンは表から見えないようになっていた。


「なんですか?侯爵家第三子息モイカルドネス殿。私はあなたの記憶操作をやった覚えはありませんよ」


その言葉を聞いて、絶対やったなこの人は!とモイスは思った。


この第一補佐官は記憶操作の特殊能力を取得しているので、実行する事は可能だった。


記憶操作と言っても相手の認識を少しずらすぐらいしかできない。だが、ドミトルとドミナトルシアが同一人物だと信じたくない者には効果覿面で、能力行使の対象がそう望んでいるのだから記憶は簡単に変更された。


そんなモイスにブルトランは追い討ちをかける。


「ちなみに言いますが特殊能力の行使には許可が必要です。きちんと書類を提出してから総隊長に許可をもらって下さい」


総隊長ぉぉぉ!俺を狙ってたんですか!?え、いつから!?


心の中でモイスは叫び、完全なる巻き込まれ事故にあったオスマンドに、酒を浴びるほど奢ろうと思った。


ぎりり、と目の前のブルトランを見る。

しかし相手は強く、簡単にあしらわれた。


「ほらほら、私を見てないで集中していないとまた総隊長に連れて行かれますよ」

「言われなくてもそうします。こっちを気にしなくていいです」

「そうですが。少し前に総隊長に連れていかれる姿を見たものですから心配で心配で。あのように隙があるものですから老婆心ながらもう少し周囲に気を配った方がいいのではないかと・・いえいえそんな事言う必要もありませんでしたね。

まともな方ならその程度の事、分かるはずですから気にしないで下さい」

「分かります。ちょっと油断しただけなんで、俺、そんなに馬鹿じゃありませんよ」


言い負かす事が出来ないので、モイスは不機嫌になっている。


そんな第一補佐官に対して普通に喋っているモイスを見て、さらにオスマンドの顔色が悪くなった。


そんなオスマンドの気持ちも知らずにモイスは喋る。


ブルトランは気にした様子もなく答えていた。






ーーーー


総隊長と補佐達は共に行動する。

補佐と言うのは常に隊長と行動を共にするという以外、基本隊員と立場が変わらない。


しかし補佐官は違う。


高位貴族とも相対できる立場を得て、城の中心部分での仕事が出来るようになる。そして総隊長の補佐官であれば軍の総括を任される事もある重要な地位だ。


総隊長の第一補佐官と言うのはつまり軍の長の右腕となる。






「もうそろそろ時間か」


支援部隊の隊員達と離れてドミトルは補佐官の二人と話をしていた。


リングレアは深緑の髪を肩で切りそろえており、瞳の色は青い色をしている。ブルトランと同じように灰色の服は全部のボタンがとめられ、中の服は見えなかった。


持っていた時計を見ていたブルトランは返事をする。


「ええ、そのようです」


眼鏡を上げながら横目でドミトルを見た。


「新人達の為とは言え総隊長もお優しいですね。ルナミリス様も」

「新人達は本気で嫌がっているがな」


ドミトルは隊員達の事を思い出す。


ルナミリスにとっては隊員達も鍛えられ、ドミトルの候補にもしておける一石二鳥の考えなのだろうとドミトルは思っていた。


新人が死ぬ事はあったが、ドミトルの下につけておけば、ほとんど死なない。


何なら元気一杯で文句まで言ってくるほどだ。


実際、本当に怖いのは獣よりもドミトルの方なので、それが新人隊員にとっては良かった事なのだと思う。


今から行く場所も大丈夫だろ、とドミトルは考えていた。


「まぁ、何かあっても守れば問題はない」


そう言ったドミトルに、二人は頷く。

ドミトルは表情を引き締めて言った。


「第一補佐官ブルトランと第二補佐官リングレアは城に待機。何かあれば総指揮をとれ」


「「了解しました」」


「出発する。後は各自決められた行動をしろ」



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