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ピキーは土妖精


「こんにちはタル。元気でやってる?」


土の妖精ピキーが土の中を移動しながらタルの元へやってきた。


背中に小さな水晶のような羽が付いていて、瞳と背中までの緩やかな髪は金色。体長二十センチの女の子の姿をしている。

上はピンク色でリボンのついた半袖を着ており、下は茶色の短いのスカートで、足は白いタイツで素肌は見えなかった。


瞳に瞳孔はなく、全体が金色に輝いている。好奇心に溢れたその瞳は、タルに向いていた。


いつも岩を食べているので、今日もそうだと思っていたピキーは、様子が違うのに驚く。


辺りは明るく、人が話す声が聞こえていた。


ピキーは不思議に思い、タルの頭の部分まで飛んで行く。


「何があったの?タル」

「ああ、ピキーこんにちは」

「何だか疲れてるわね。大丈夫?」


心配するのも無理はない。いつもは穏やかな目元が血走っていたので、体のどこかが悪いのではないかと思った。


「回復してあげる」


手をかざすと、ピキーの手の平から青銀色の光が舞う。タルの目元に降り注ぎ、血走った目が、通常の状態に戻った。


「ありがとうピキー」

「いいの。でも、この声ってなんなの?」


ブツブツと呟き続ける声は周囲に響いている。それは少し離れた場所にある、赤い宝石から聞こえてくるようだ。


「それが聞いてよピキー。実はちょっと前にこういう事があってね・・・」


タルはすがり付くような目をピキーに向け、今まであった事を訴えた。


自分の上に穴を掘られた事、穴掘り男と出会った事。


何時もはピキーの話を聞くだけの自分が、こんなに話をしたなら、普段なら感動したかもしれない。だが、実際話す内容ができてみると、何の楽しさも感じていない今の状況に虚しさを感じつつ、タルは一生懸命、力の限り説明した。


うんうん、とピキーは神妙な顔をして聞いてくれる。

本当に優しい土妖精だとタルは思った。


「穴掘り男かぁー。こんな所にいたんだね」

「ピキー、知ってるの?」

「土の中にいる者達にとっては超有名人だよ。出会ったら逃げろって言ってた」

「私も逃げたかったよぉ」

「助かって良かったね。それで話の続きは?」

「今度はドミトルって人が来て、その人が助けてくれたんだ。でも・・・」


タルは少し前の事を思い出していた。







ーーーー



「書類仕事、できるんじゃないか?」

「へ?書類??」


ドミトルから突然言われた言葉にタルは驚いた。


今まで三千年と少し土の中にいたが、そんな事を言われた事はなく、ピキーから話を聞いた、書類、という言葉だけしか知らなかったので、ドミトルの言っている意味が分からなかった。


言葉だけの知識しかないタルに、ドミトルは真面目な顔をして話をする。


「大丈夫だ。こんな穴の中にずっといるんだろ?覚える時間は無限にあるじゃないか。こここに1000時間用のじっくり執務勉強の晶映石がある。設置しといてやるから勉強しろ」


隠蔽効果のある魔力壁を持っている生物は、実はかなりいて、タラントもその中の一つだ。


実際に発見されていないと、どこにいるかも分からないので、ギルデイザイス帝国の領土内でも、はるか昔から住んでいる生物がいるかもしれないという説が、昔から生物学者達にある。


だが、この亀型の獣のタラントは、ドミトルの目から見てもギルデイザイス帝国の元となった国、ギルスが建国されたおよそ一億九千万年前から生きているようには見えない。という事は・・


国民と考えてもいいじゃないだろうか?


そう考えたドミトルは労働力として使う事にする。なんなら帰って国民登録しておこう、と思っていた。


土妖精はどこにでも行けるので、登録しても無意味だが、このタラントはここから動かないので、土に埋まった後でも登録しておけば直ぐに特定できる。


転移陣が近場にあれば、いつでも出会える便利で長生きな生物になりそうだ。


通常タラントは、思考はあっても喋る事はほとんどない。清廉で静かな個体だ。


とてもじゃないが人の考えが及ぶ生物ではない。


しかし目の前のタラントは、小さな個体の頃から土妖精と話をしていたおかげか、思考がタラントらしくなくなっている。


とても珍しく貴重な個体だった。


相手は長生きなのだから1000時間程度、ものの数にも入らない些細で大した事のない、目を閉じれば直ぐに過ぎる儚い現象の一つなのだから、多少強引に相手に勧めてもいいだろう。そう思ったドミトルは話を続ける。


「この晶映石は俺の所有物だから返さなくても大丈夫だ。ちょうど寄付しようと持っていたものだから、タル、お前にやろう」

「え?ちょ、ちょっと待って。え?何?執務って・・」

「今は廃れた音声入力もあるぞ。気に入るといいな」

「1000時間って・・あの・・」

「一時間が260分だから260000分。四十二日ぐらいしたらまた来る。それまで頑張るんだ」

「え?石から映像と声が出てるけど・・私ここから動けないんですけど」


タルは訴えるがドミトルはそれを聞き流す。土妖精の話を聞いてこれたのだから、音声学習も出来るだろうと判断していた。


その時、穴の向こうから声が聞こえる。


「掘れるぞーー!!」

「パルテンが来たな」


ドミトルがパルテンのいる地上の方向に目を向ける。

帰ってきた穴掘り男の声に、タルは涙目になっていた。



しかし、悲しんでいたのも束の間、ドミトルが帰って一日もしないうちにタルは晶映石を破壊しようと決意する。

晶映石は勝手に執務勉強の音声を垂れ流しているので、メラメラと炎のような感情がタルには漲っていた。


「絶対に自由になるんだ」


タルは自分自身に言い聞かせ晶映石を睨みつけたが、永遠と喋り続けている晶映石を見ていると、この石には何の罪もない事が分かってしまう。しかし今更やめる事はできない。

タルは心に決めて晶映石に語りかけた。


「さよなら石さん。壊れたら食べてあげるね」


タルは少し手を伸ばして指を持ち上げ、そして最後にお別れの言葉を口にしながら振り下ろす。

タラント唯一の攻撃方法、自らの重さを利用した重量攻撃が晶映石に打ち込まれた。

しかし晶映石は抵抗しタルの指を弾き返す。


晶映石は勝利した。


何で石が抵抗するんだ、ちくしょう!タルは歯噛みしながら動かない体をばたつかせようとする。少しだけ震えた体にタルは疲れてグッタリとした。


種族的に怒りは長続きしないので、通常の状態に戻ると、煩い声が穴の中で反響して聞こえてくるのも気になる。


複数人いるので騒音になっていた。


「掘るぞ掘るぞ掘るぞー!」

「こっちもいいですね」

「もっと下に行きましょう」

『次はこの文章を丁寧に直しましょう』


穴掘り達の合間に聞こえてくる、晶映石の声。


「静かにして欲しいんですけど・・」


聞こえないだろうが、タルは一応呟いた。


必死だったから分からなかったが、結構な人数が働いているようで、甲羅の上にも拠点を作られている。


強力な魔力壁のおかげで、掘りたい男以外には脅威を感じないが、気分の良いものではない。


早く、この穴の発掘を終えて、出て行って欲しいとタルは切実に願っていた。





ーーーー


「って事があったんだ」


不満そうな顔をしてタルは話し終わる。


「だからこの声がするんだね」


穴掘り達はどこかへ行ってしまったようだが、晶映石からの音声は続いていた。


「でも、とっても綺麗」


うっとりとした様子で、ピキーが晶映石を見ている。


「いるならあげるよ」

「本当にいいの?わーありがとう!」


晶映石を持ったピキーが、嬉しそうに飛び回っていた。


「私も問題が解決できて良かったよ」


すっきりとした、タル。


「お互い良かったね」


ピキーは音声の出る不思議な石を、大事そうに持っていた。



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