クンレンはたのしいよ
第五訓練場。
第一突撃部隊の隊員達の宿舎から、二十キロほど離れた場所に、第五訓練場がある。
第五訓練場には、魔力の込められた激流の川があり、そこに放り込まれた者達が川登りをする訓練場だった。
流された者は、投網で救われるという優しい作りをしているので、激流で喧嘩して岩を投げつけ合ったり、火炎瓶を酒と間違って飲んで、川に入って煙草を吸うなどをしない限りは、今までに死者は出ていなかった。
今日も泳ぎの下手な者から、足がつった者、歩いていたら流木が直撃した者などが下に流されて行く。
投網で捕まる事に屈辱感を感じながらも、仕方ない、と諦めて流されていた者達だったが、下方に見えた仁王立ちした何かに気づくと、川に自分の足を強引に突き刺して踏ん張った。
「ぬぅぅおおおぉぉぉぉ」
顔を赤黒く染めながら、全力で川に抵抗する。
もはや流れなければそれでいいという感じでその場に留まった。
早く流れろ、とばかりに押し寄せる水を掻き分ける。顔に当たる水しぶきはそれだけ拮抗している証しだった。
下流の川の中心で腕を広げて待っていたドミトルだが、一人も流れてこない状況に首を傾げる。
せっかく優しく受け止めてやろう待っていたのに残念だ。そう考えながらドミトルは踏ん張っている隊員達を見た。
「遠慮しなくてもいいんだぞ。俺の胸に飛び込んできなさい」
そうドミトルが声をかけると、激流で聞こえるはずのない隊員達が川を上っていく。
その姿は、命をかけて川を上って卵を生む竜魚のようだった。
「分厚い胸板にっ・・飛び込んだら骨折するっ」
「誰が分厚い胸板だ。豊満な胸と呼びなさい」
激流の音がするのに、お互い聞こえているようで、隊員達とドミトルは話をしている。
ドミトルは外見が凶悪な男にしか見えないので、豊満な胸はない。
隊員達の川を上る速度は早くなっていた。
「誰も流れてこないな」
同じ姿勢で待っているが、来るのは木材や岩ばかり。ドミトルに当たって弾き飛ばされていた。
「総隊長」
陸地から第十補佐のファイディが手を振って呼んでいる。炎のような赤い髪が左右に揺れていた。
気づいたドミトルは二十メートルを軽々と跳んで、ファイディの隣に着地する。
「何があった?」
「報告します。東の国境地帯に異常事態が発生したとの事です。直ぐに来るようにリングレア補佐官が呼んでいます」
「分かった。ファイディは持ち場に戻れ」
「はい。ですがぁ総隊長ぉ」
ファイディは先程までの真面目な表情を崩し、不満気な様子で地面を蹴っていた。
「この頃、いつもと違う事が多くないですか?アゾマンゾルドの件は総隊長でしたけど、他の事は関わってないんですよね?ホントうっとうしい」
残虐性のある表情で、上目使いでドミトルを見てくるファイディは、犬歯をむき出しにして手の関節を鳴らしている。
「総隊長、言う事聞かない連中はいっちょ絞めちゃって下さいよね」
「ああ、分かったから落ち着け。な?」
ドミトルがファイディに声をかけると、表情も態度も通常に戻り、ファイディは姿勢を正した。
「では報告、終ります」
先程の獰猛な様子はなかったかのように立ち去る。そんなファイディを見ているドミトルには、何故か心温まるものを見たという雰囲気があった。
ドミトルにとっては、恐ろしくもなんともない、可愛い威嚇で、鏡に映った自分の顔の方がよほど怖い。
「ファイディのヤツ、可愛さを上げたな」
微笑ましく思っているドミトルだが、その様子を見ていた他の隊員は、仲間に話かけた。
「可愛かったか?」
「ううん、恐ろしい表情だった」
そんな話をしていた。
ーーーー
第一突撃部隊宿舎内にある執務室では、リングレアが待機して待っていた。
灰色の服を着崩す事なく上まで閉めており、新緑の髪は肩で切り揃えられ一分の隙もない。
リングレアは目線でドミトルに礼をとり、真っ直ぐ伸ばした背をさらに引き締めた。
ドミトルは椅子に座るが、リングレアは立ったまま微動だにしない。軍人を体現したような女性だ。
「総隊長、お呼びだてして申し訳ありません」
「執務室で話すべき内容なんだろ?それで異常事態というのはどういう内容なんだ」
「最初に申し上げておきますが、このギルデイザイス帝国に差し障りのある異常事態ではない事を、まず初めに宣言させていただきます。その上での話ですので、総隊長も落ち着いて話をお聞きください」
「分かった。続けろ」
「東の国境地帯の、他国との干渉部分を十分ご存じだと思いますが、過去の皇帝陛下や国王が国力を保とうと、生死問わずの争える場所を作り、三ヶ国が干渉し合う土地をあえて作った事は誰でも知っているほど有名です。
総隊長も仕事で行かれていると思いますが、そこで問題が起きました」
「事故でも起きたか?争う場所ではあるが救助部隊を派遣する事ぐらいはできるぞ。
大勢が無意味に死ぬ事を前提として作られた干渉地帯ではないからな。それぐらいは国同士で連携をとって対処できる」
三ヶ国の一つ、ギルデイザイス帝国、次にアラビスレイド光王国。もう一つはデルモスラウナ神王国。
その三つの国の国境が交わる直径五百キロの円の範囲内に、昔の国の指導者達は、干渉地帯のアラデルギル区域を作り、それが今でも受け継がれていた。
かなり昔、崖が爆発で大規模崩落し、百人ぐらいの者達が巻き込まれ、三ヶ国で追加で救助隊を派遣した前例もある。
「助け合いは義務だからな」
干渉地帯は無意味な殺し合いの場所ではなく、国力向上の為の場所だ。
今は昔よりも制限が厳しくなっており、殺し合いの場所というよりも、死ぬ可能性がある、過激な訓練所と化している。
給料が出るので参加する者は絶えず、医療制度も救助隊も警備も整っているので、お金が必要な者達や、荒くれ者達の期間限定の人気の職業になっていた。
これにはドミトルも困っているのだが、参加する本人達曰く。
働かせろー!私達を差別するのか!働かせろ!と、煩く言ってくるので受け入れているが、戦場での犯罪行為をする者もいるので、捕まって刑監所に行く者も絶えない。
監視を厳重にしていると通告しているにもかかわらず、他国に盗みを働いて捕まる者もいるので、この場合、ギルデイザイス帝国では問答無用で王獣討伐部隊の最前線の先鋒隊に送られる事になっていた。
「いえ、そうではないのです。いないのです。人が」
リングレアの言った言葉の意味が、ドミトルには分からなかった。
「どういう事だ?干渉地帯に人がいないなんて事は聞いた事がないぞ」
「それが・・ダイレカ王国の方々を、お見合い会場に見立ててお迎えしようとした光景を、他国の方々が見てしまったようで・・・」
「ちょっと待て」
ドミトルはリングレアを手で制し、少し深呼吸をする。そして眉間を揉んでから目を瞑って腕を組んだ。
「それは何だ、干渉地帯をお見合い会場に見立てると思われたのか?俺は一度も参加した事もないんだぞ」
「ええ、まぁ・・はい。そうですね」
執務室に沈黙が訪れる。
ドミトルは大きく息を吸い込んで、吐き出した。
「・・確かに。あそこには他国の騎士や有名人、強者が参加する場合があった。俺は今まで軍や国の雑用、犯罪者相手に忙しかった故に興味が湧かなかったが、帝国の皇女が知らないのも罪ではあるよなぁ」
ドミトルは机から他国の資料を取り出して高速で調べ始める。
置いてある晶映石と自分の頭の核を魔力で接続して、石の中に保存してある最新の他国の重要人物の情報を刻み込んでいった。
獰猛な笑顔で晶映石が映し出す人物の映像を睨み付ける。
「ファイディも絞めろと言っていたし、干渉地帯に行って暴れてやろうか」
クックックと笑いながら資料を開いたまま机に置く。そこには他国の男達の顔が載せられていた。
「何人引っ張り出せるのか試してやろうじゃないか。お望み通りにな」
アラデルギル区域に行く事にしたドミトルは、リングレアに新たな資料を要求する。
用意していたリングレアは、分かりやすく資料を並べていった。




