第88話 システム421
side:ショコラ
《裏切り者が、どうして此処に?!》
「探しましたよ。こんな所に隠れ潜んでいたのですね?」
この方とお会いするのは、もうかれこれ2000有余年ぶりでしょうか? 本当に懐かしいですね。
もう今ではお互いに過去の姿を失い名前すら変わってしまいましたが、その魂の在り方だけは今も健在なので、こうして出会いさえすれば相手が誰なのか判るのです。
《お前さえ、敵に寝返らなければ私たちの計画は成功していたはずだったのに!》
この方は何を言ってるのでしょうか? 以前の私は誰も裏切ってなどいませんから、この方の主張は個人的見解による歪められた事実という事になりますね。
「忘れて貰っては困りますね、シフォン。恨みを持ってるのは私の方なのですよ?」
せっかく魔族が世界中の人々と手を取り合って、これから新しい未来を切り開こうとしていたというのに、貴方たちのような頭が固い連中のせいで私の……いいえ、私たちの夢が粉々に砕け散った恨みを生涯忘れるなんてありえませんからね。
そもそも上級魔族が天魔なんかに騙されるなんてアホですか?!
《あの時、お前が勇者を倒していれば良かっただけの話だ》
そうですね、私があの時勇者様を倒して居れば、その後に彼の復讐に燃えた勇者の仲間たちが世界中の国々の軍勢を率いて、魔族の地を全て焼き尽くして不毛の地になっていた事でしょう。
そして魔族が滅びた後、他の亜人種たちをも滅ぼした人族がこの世に蔓延り、一神教によって世界秩序が構築される未来へと進んでいたはずです。その証拠に勇者様が元居た世界では、そのような歴史を辿ったと聞いています。
《『影』の勇者は我々にとって大いなる脅威だった。殺せる時に殺しておかないと、後で取り返しがつかない事態になっていたはずだ》
相手が『影』の勇者様だからこそ信じる事ができたのに、そんな事も判らないなんて本当におバカで困ってしまいますね。ですが元仲間とは言え、彼女の罪は決して許されるものではありませんから、ここで消えて頂きましょう。
《いくらお前でも、この世界が定めた法則まで覆す事は──『終ワッタヨー!』
コアを破壊するだけでしたら簡単な話なのですが、もし私の感知が及ばない場所で隠れて復活でもされたら探すのが面倒ですので、ここは彼女の内部へ侵入してコードの強制書き換えでもしてやらないと私の気が収まりません。
「まだアバターを顕現していなかったのが仇となりましたね?」
私のようにアバターを手に入れておけば、いくらでも打てる手はあったでしょうが、もう手遅れです。
前世で生命を失っても、その後に神を名乗るようになった天魔族が新たに作った魂の循環システムから弾き出された私たちは、地下迷宮のコアとして新たな生を授かりました。
私はシステム421に直接触れて内部への侵食を開始します。
《クソがっ! 私の中へ侵入する気だな?!》
これまで彼女を守ってくれていた、コアとして最初から備わっているデフォルトのプロテクトはもうありません。この方もコアとしての自覚があるのなら、自分を守るプロテクトくらいオリジナルの術式で構築しておかないと、このように簡単にハックされてしまうと思い至らなかったのが彼女の敗因です。
そして攻撃する側が防御する側より有利なのはいつの世も同じです。
私も2000年くらいコアをやってますので、何処をどうすれば相手の痛みが増すのかくらいは存じていますから、コードの書き換えに必要な魔力の圧を通常の3倍まで引き上げてやりますと……。
《うがぁああああああああああああ!!!》
本当に良い声で鳴いてくれますね。ですが、この程度で消えるほど私の恨みは浅くないのですよ。それに、たった3倍程度の魔力圧でこれほど苦しむなんてコアとしての修行が足らないのでは?
私に侵食されながら彼女も必死に抵抗を続けているようですが、守ってばかりでは相手に勝つ事なんてできないのですよ。
最初は彼女が未使用のまま放置していた予備の記憶領域から侵食を始めて、そこに精神汚染するタイプのウィルスを増殖させておき、タスクで使用中のメモリーを読み出すタイミングに合わせて上書きしてやるこの行為は、精神が弱いコアなら即座に精神が崩壊してもおかしくないほどのダメージを叩き込みます。
「さすがは元四天王です。これくらいなら、ちゃんと耐えてくれますね!」
そして徐々にですが、システムの根幹部分であるメインメモリーで実行中のタスクを破壊すると……。
《ぐぉおおおおおおおおおおおおおお!!!》
彼女は生前とても強力な魔族でしたが、魔力の操作が苦手で身体強化以外の放出系魔法は大の苦手だったので、自分を守ってくれていたプロテクトが消え失せた今、私の侵食を食い止めるのは不可能です。
《……》
たかが1,024量子ビットのバス幅で送り込まれた撹乱コードもロクに処理出来ないなんて、貴方本当にダンジョン・コアですか? 私の怒りはまだ収まっていないのですが……。
本当はもっと苦しめてからアバターデータを送りつけて、ここで裸土下座をさせてやろと思っていたのですが、システムが早くも沈黙してしまったのでOSをインストールする所から始めなければいけません。本当に面倒です。
ちなみに『裸土下座』というのは、影の勇者様が住んで居られた世界で最上級の謝意を表す方法らしく、彼自身もたまにやらされていたのを覚えています。
(今思い返せば、本当に『尊い』お姿でした)
こうして新しいシステムのインストールが無事終わり、OSを起動させる前にAIの感情を司るパラメータをイジクri……修正して、二度と私に反抗出来ないように調整しておくのも忘れません。
あと、ついでにアバター用マトリスクも先にインストールしておいたので、システムが立ち上がったら自動でアバターが顕現して、私の目の前で『裸土下座』をしてくれるはず。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「起きなさい、システム421」
《はい、システム421起動します》
私はシステム421。
女神様であられるシステム457にお仕えするサブシステムユニットで、この日に生まれて始めて目覚めた私は、気がつけば目の前に立つ美しい女神様に平伏しておりました。
この『土下座』こそ『五体投地』にも勝る神への信仰の証で、着衣を纏わない生まれたままの姿で行うこの行為こそ、私がこの世に顕現した存在理由だと言えます。
「いつまでも尻尾を振ってないで、ファミリアの皆様をここに集めて下さい」
女神様にお会い出来たのが嬉しくて、つい無意識に白くてフサフサな尻尾を振ってしまっていたようですが、今後は気を付けねばなりません!
私は地下迷宮のコアとして生を受けた存在なので、地下迷宮の構造なんて目を閉じれば脳裏に3Dマップが浮かび上がって来るくらい完璧に把握出来ますから、目の前に居る美しい女神様が私に下されたご神託により、地下迷宮に居る方々をこの場に集める為トラップの発動に力を使います。
「あれ? ここは何処かな?」
「あら? なんやまたトラップが光ったと思うたら、こんな所に飛ばされてしもたわ」
「ショコラさん、説明をお願いしますね?」
女神様のファミリアの皆様についての詳しいデータを頂けませんでしたが、、地下迷宮内で地上人を三人を見つけましたので、ここへ転送しましたがこれで宜しかったでしょうか?
私のアバターが狼のDNAを取り込んだ獣人種だったせいか、ファミリアのような人々が集まれば無意識のうちに自分の序列を確認してしまうクセがあります。
そして三人の地上人ですが、黒髪の女性は女性と言うより男の子みたいだし、灰色お下げ髪のひょろ長い女性なんて女として問題外。そして銀髪の女性は地上人としてならソコソコですが、美しさなら私の女神様に一歩もニ歩も及びません。
そんな地上人たちが私の女神様にやけに馴れ馴れしい気がしますから、ここは女神様の使徒として彼女たちに下等生物として正しい言葉使いを教えて……あげようと思ったのですが、銀髪の女性と目が合った瞬間、私の精神が暗黒面に引き摺り込まれるような感覚を味わいます! 何このプレッシャー?!
そう言えば黒髪ショートの男女も、灰色お下げ女も、とてもこの世のモノとは思えないほどの存在感を放っている事に気が付きます。
危なかった……人狼として序列は絶対です。もし間違えて格上に逆らえば、どのような仕打ちをされても罰として受け入れなければいけませんからね。
「あ、ロードくんが隣の部屋に居るみたいだよ?!」
「プリンと一緒にサッキュバスの治療をしてるみたいやな」
「御方様、このディアーネが今直ぐ駆けつけますから!」
せっかく呼び集めた地上人の三人が、何故か先を争うようにしてこの部屋から居なくなってしまいました。本当に忙しない下等生物たちです。あれでは女神様の使徒としての品格を疑われても仕方がありません。
「システム421、ここで待機を命じます」
女神様の命令は絶対です。それは雨の日も風の日も飼い主である上野教授を駅で待ち続けた伝説の犬のように、もう私がこの場所から動く事は無いでしょう。
私は女神様の後ろ姿を見つめ続けながら、あの方が再び私の前にご降臨下さるのを待ち続けます。1000年でも、2000年でも……。




