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75.おおさかこどもの夏と春

挿絵(By みてみん)

【西からやって来た“夏”と“春”(2/12)】

 当日、桜子と遼太郎は連れだって、従姉妹達を駅まで迎えに出た。


 時刻は11時を少し回ったところ。夏の日差しは殴りつける勢い。立っているだけで汗が噴き出す。

「りょーにぃ、汗でTシャツが透けそうだよ。嬉しい?」

「嬉しい嬉しい。桜子セクシー、お兄ちゃんまいっちんぐ」

「もっと心を込めろよ」

「暑ィんだよ」

面倒くさそうに遼太郎が答える。不満そうな桜子の頭に乗っているのは、ブラウンベージュのリネンのキャスケット。記憶のない時に二人でお出掛けして、遼太郎に買ってもらった桜子の宝物だ。


 そんなやり取りをしていると……兄妹の前に、二人の少女が到着した。



 血縁とは不思議なもので、もう随分会ってなくて、元々遠くに住んでいる同士だから顔を合わせた回数とてそう多くないのに、桜子達は改札から吐き出される人波の中の千夏と春奈が一発でわかった。

 あっちも同様らしく、少しきょろきょろと辺りを見回したかと思うと、

「しゃくらこちゃーん!」

大きなリュックを背負った春菜が、満面の笑みで手を振った。


 すっかり成長して、面変わりしているのに、昔のまんまの二人だった。


 春菜はラグランスリープのプリントTシャツに、ジーンズスカート。足元はカラフルな運動靴。桜子が昔カードを集めていたラブ&ベリー風というか、いかにも小学生らしいガーリーなコーディネートだ。


 千夏はタンクトップにチェックのシャツをさらりとはおり、ジーンズを裾でロールアップしている。無造作な感じに束ねた頭には、薄手のサマーニット帽。昔からそうだったように、妹とは対照的に少年のような恰好だ。

 しかし桜子に言わせれば、男の子か女の子かわからないようなあの頃の千夏とはまるで違う。矛盾しているようだけど、千夏は男っぽく女らしい少女になっていた。


 二人とも昔のまんまで、けれどもすっかり変わっていた、



 一直線に突撃してきた春菜を、迎え撃つ桜子。がしっと両手の指を絡ませて、

「久しぶりー! 大きくなったねえ、ハルちゃん!」

「桜子ちゃんこそ、もー、めっちゃ大人ぽい!!」

ぴょんぴょん飛び跳ねんばかりに久闊を叙する。ネイティブな関西弁が、桜子の耳にはすごく可愛く響く。


 高校生の千夏はさすがに妹ほど大はしゃぎはせず、ボストンバッグを肩に、ニッと笑いながら後から歩いて来た。

「よっ、“さあちゃん”。久しぶりやなあ……」

昔ながらの呼び方で桜子を呼び、話し掛けかけて、ふと横に立っている遼太郎に気づいた。その目が丸くなる。


「うおっ?! 誰や、お前?!」



 面食らった遼太郎が口を開く間もあらばこそ、

「ウソやーん! どこのイケメンか思たら、“遼ちゃん”やんかいさー!」

“やんかいさー”もないものだが、千夏は桜子と再会を喜ぶ春菜の肩を、後ろからぱっしんぱっしんと叩いた。

「見てみー、ハル! 何や遼ちゃんがアホみたいイケメンなっとんで!」

姉に呼ばれて、春菜が振り返った。


「ギャー! ホンマや! 誰やねん、コイツ?! アホや!」

「アホやろ! えー、あのダッサイ遼ちゃんが、こんなん一発ギャグやん! あ、言うとくけど、“獺祭(ダッサイ)”言うても日本酒とちゃうで?」

「…………」


「「ツッコめやー!」」


 関西から来た姉妹が、ハモった。



 会った早々怒涛の如く捲し立てられている遼太郎だが、

(声デケえな。つうか“!”付けないとしゃべれないのか、大阪人)

心の中ではちゃんと“ツッコんで”いる。“アホ”を連呼されているが、それが関西では“ヤバイ”と同義であることも知識で知っている。この男、動じないことに掛けては他の追随を許さない。


(つーか、俺、久しぶりに会った奴から、だいたい同じ反応されるな)


 サナとチーからもだし、夏祭りで再開した中学の時の友人達もそうだし、

(髪型変えて学校行った日も、すげえ驚かれたし……いや、そんな言うほど変わったかあ、俺?)

遼太郎は首を傾げる。己を理解(わか)っていないことに掛けても、この男の右に出る者はいない。



 千夏は右の手を左頬の横に持ってくる、ひそひそ話の型で桜子に顔を近づけた。

「なあなあ、コレどないしたん? あの(・・)遼ちゃんでも、高校生にもなればいっちょ前に色気づきよったってやつ?」

また年上捕まえて“コレ”呼ばわりもない上に、言い草もド失礼極まりないが、遼太郎は黙っている。思えば千夏と春奈が来てから、まだひと言も発せていない。


 桜子がけらけらと笑って、

「なワケないじゃーん。りょーにぃ、いつまでたってもダセえからさ、ついこの前、あたしが髪型から服装から、トータルで“改造”してやったんだよ」

妹もか、と遼太郎は憮然とする。何なんだろう、この身内の女どもの年上の自分への敬意のなさは?



 千夏は大げさな表情で目を丸くして、

「マジで? 自分ら兄妹、その歳なって相変わらずめっちゃ仲ええねんな」

桜子は胸元できゅうっと指を組んで、恥じらう表情を作った。

「だってぇ……桜子、遼君のこと愛してるんだもん///」

冗談のフリをして、どさまぎで本音をぶち撒けてみた。兄はスルーする。


 千夏は満面のニヤニヤ笑いで、春菜の肩を遠慮なく叩く。

「聞いたか、ハル?! やっぱ都会の子は進んどんなあ!」

「痛い、痛いて、小姉(ちいねえ)! けど、ホンマ遼兄ちゃんカッコようなったわあ。カノジョいてんのん、カノジョ?」

小学生でもオンナノコのようで、遼太郎は閉口する。



(つうか俺、いろいろ呼ばれるな……)


 桜子は“りょーにぃ”、母さんは“遼君”で父さんは名前呼び。妹の友達のサナは“桜子兄(さくらこにい)”でチーは“リョータロー(にい)”と呼ぶし、そこへ千夏は“遼ちゃん”、春奈の“遼兄ちゃん”……

(まあ、誰から呼ばれてるかわかりやすくていいけど)

何かしらの作為的なモノを、感じないでもない。



 遼太郎は既に幾ばくかの疲労を覚えつつ、春菜に優しい顔を、千夏に呆れ笑いをそれぞれ向けた。

「いないよ。つうか、千夏、お前らの方が住んでんの都会だろ」

「しゃべったあ!」

「声変わりしてるぅー! うっわ、イケボや! ちょっと神谷っぽい!」


 どうやら、大阪から来たのは二つのハリケーンのようだった。

(今日から我が家には、台風都合“三つ”か……)

これから数日、自分に平穏の時はない。遼太郎は早々に腹を括った。




 **********


 ふう、と己を鼓舞するために大きな息をひとつ、

「てか、お前ら、いつまで駅にいる気だよ。昼まだだろ? ウチ来る前に、どっかで寄ってこうぜ」

「お……?」

遼太郎は当然のように、千夏の肩からボストンバックのベルトをすくって、自分の肩に掛けた。千夏はそんな遼太郎を、真顔でまじまじと見つめた。


「遼ちゃん……やることまでイケメンやんか。何なん? ウチのことオトそうとしてるん?」

「あのな……」

「そんな一日二日(いちんちふつか)でオチるほど、ウチは軽い女やないで!」


 顔は真顔だが、千夏の目は笑っている。

「ハル、遼ちゃんはキケンが危ないで。油断したらアカンで」

「ええー? 春菜は遼兄ちゃんやったら、エエかもしれへんー」

春菜がエヘッとして言ったが、普段自分が言うようなことなので、桜子はちょっと気が気ではない感じだ。

 遼太郎が目をジトッとさせて千夏を見た。

「面倒臭えな、大阪人」

千夏が生意気そうに言い返す。

「心外やな。大阪人がやない、ウチがメンドくさいんや」

「なるほど」

遼太郎が納得して頷くと、千夏は無防備に歯を見せて笑った。



 春菜の関心は、既にごはんに移っている。駅構内の、隣接するショッピングモールの案内板を見つけて、

「あ、春菜サイゼがいい! ミラノ風ドリア食べたい!」

子どもらしい大声で叫んだ。小四にもなり、学校ではちょっと大人ぶってみているものの、年上に囲まれ、地の妹属性が全開になっている。


 そんな妹に、千夏が顔をしかめた。

「ええ? サイゼて春菜あ、そんなんわざわざここで行かんかて、いつでも行けるやんか」

姉の反対の気配を嗅ぎつけ、妹はさっと甘え顔を作る。

「遼兄ちゃん、桜子ちゃん……アカン……?」

遼太郎は妹がいるが故に、桜子はいないが故に、春菜にそんな顔をされるとイヤとは言えない。「アカン?」という大阪弁のイントネーションが、また刺さる。

 末っ子妹とは、『その場で・誰を・どう攻めればいいか』、本能的に知っているものらしい。


「ハルちゃんがサイゼがいいなら、あたしはそれでいいよ」

「俺も、まあ……千夏は、何か他に食べたいのある?」



 遼太郎がそう振ると、千夏はしかめっ面を巻き取るように片づけて、いつも通りに開けっぴろげに笑った。

「ウチは、遼ちゃんと桜子(さあ)がエエんなら、それでかまへん」

そう言いつつ、思い通りになって満足げな妹に、


「ハルぅ、遼ちゃんと桜子(さあ)が優しーからて、あんまワガママ()うたアカンで」

「ええー? 別に春菜、ワガママなんか()うてへんし」


 千夏が姉らしくたしなめたが、春菜は妹らしく唇を尖らせて言い返した。



「ほら、もういい加減にしろって。行くぞ」


 ほっとくとキリがなさそうで、呆れた遼太郎が追い散らすようにして、大阪人姉妹+桜子がきゃあきゃあ笑いながらようやく歩き始めた。


(まったく、妹ってヤツは……)


 千夏もなかなか苦労してるようだ、と遼太郎は同情する。と言っても、今回は受験生ということで来なかった美雪がいるから、千夏は妹の立場でもある。

(女ばっかりの三人姉妹ってのはどんなもんだか、想像もつかねーな……)

女三人寄れば、などという。

 見てくれは熊のようだが気のいい哲二おじさんは、奥さん合わせて四人の女達に囲まれ、さぞ身を縮めているに違いない。



 遼太郎は今まさに自分がそのポジションに追いやられたことに、思い至っていなかった。




挿絵(By みてみん)

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