75.千夏のランチ
きゃあきゃあと賑やかに来店したお客を、「いらっしゃいませー」と愛想よく出迎えた店員さんのオネーサンは、
(あら……)
歳もタイプもバラバラながら、三人が三人とも可愛らしい少女で、思わず営業用ではない微笑みが口元に浮かんだ。しかも後に続いたのが……
「四人です。禁煙席で」
「遼ちゃん、煙草吸わんの?」
「吸うか。一回一回ボケんな、大阪人」
これまた、いるところにはいるんだと思わせる、イケメン眼鏡の高校生男子で、
(これは目の保養になるわー)
店員さんは席に案内しながら、
(クールっぽくて、眼鏡で、それでいて色気もある。“俺様”か“鬼畜攻め”かしら。うーん、“誘い受け”でもイケそう……)
素早く遼太郎の“カップリング”に考えを巡らす。
まさか遼太郎も、真ッ昼間のファミレスの店内で、自分の尻の用途を思案されてるとは思わない。
長旅の千夏達を奥のソファに促し、桜子と隣り合わせに椅子に腰を下ろすと、周りの中高生グループがチラ見する、遼太郎のハーレムが完成した。
正統派・少年的・ガチロリと、それぞれに人目を引き、ご主人様も説得力のあるイケメンで、誰も文句は言えない。惜しむらくは、全員血縁であることだ。
「だが、それがいい」
と、思う人は思いたまえ。
自身は常識人ゆえに、羨望を集めているとは露知らない遼太郎、
「軍資金はもらってる。好きなものを頼むがいい」
ハーレムの主に相応しく鷹揚に言って、小振りのメニューを桜子に手渡す。
「はい、桜子は何がいい?」
「わーい、キッズプレート美味しそー。キッズパスタもあるよー……って、しゃあくぞ、コラア!」
「お、ええノリツッコミするやんか、桜子」
「仲ええなあ……」
グーパンで脇腹をぐりぐりする妹とのイチャコラが、どれほど男達のヘイトを集めていることか。
遼太郎と桜子、千夏と春菜がそれぞれメニューを覗き込む。
「春菜、ドリアとー、ハンバーグも食べたいなー」
「安いし好きなの頼みなよ。先にドリンクバー注文しとく?」
「うーん、ピザもええなー」
「りょーにぃ、ピザは別で頼んでいいよね? サラダもLで頼んで取り分けよ。チナちゃん、普通のでいい? チキンか小エビの方がいい?」
「ウチはみんながエエやつでエエで」
「春菜、普通のがいいー」
遼太郎と千夏はさっさと注文を決め、妹組があーでもないこーでもないと悩み、
「ファミレスのメニューくらい、さっさと決めやあ」
数分後、ようやく納得に至った。
「桜子、店員呼んで」
遼太郎に言われて、桜子は呼び出しボタンを手に取り、拳に握り込んでグッと親指を当てた。
「いいや! 限界だ、押すね!」
「お前、ファミレス来ると絶対それやるよな」
それぞれ料理を注文して、ドリンクバーに立つ。遼太郎はストレートのアイスティー、千夏はジンジャーエール、少しして春菜がラインナップにない赤み掛かった炭酸をドヤ顔で持ってくる。
「春菜スペシャル」
「子どもか。ええ加減、ドリンクバーでジュース混ぜるんヤメや」
千夏が呆れていると、最後に桜子が戻って来た。
「わあ、汚え。何と何混ぜたんだ。黄土色じゃねえか」
「メロンソーダにオレンジ混ぜたら、こうなった……」
桜子はしょんぼりしている。自分より子どもな人がいた、春菜も姉の呆れる気持ちが少しわかった。
**********
飲み物が行き渡り、料理を待つ間、話題は自然と、
「ねえ……桜子ちゃん、記憶喪失なったってホンマなん?」
そこから“全て”が始まった、春先の、桜子の例の事故のことになった。
興味津々の顔で訊いた春菜を、千夏は姉としてたしなめる。
「アンタなあ、そういうんはバリケードな話やで。もうちょっとビフラートに包まんかいな」
しかし呼吸をするように小ボケを入れるので、実際どっちがより失礼かは甲乙つけがたい。
桜子は表情も口ぶりも努めて軽い調子で、
「そんな気を遣わなくていいよー。もうすっかり記憶戻ってるし。そりゃ、一時はどーなることかと思ったけどねー」
笑ってみせる。春菜は子どもらしく、言葉を選ばずに、
「やっぱアレなん? 記憶喪失って、『ここはどこ? あたしは誰?』って感じになるん?」
「なるなる。あたしの場合、自分自身のことを完ッ全に忘れちゃったからね。おとーさんもおかーさんも、りょーにぃのこともわからないし、学校の友達のことも全然覚えてなかったんだから」
「うえー! スゴイなあ!」
春菜が目をまん丸にして、千夏も「はあ」と嘆息した。
「そら、大変やったやろー」
「コイツ、俺のことも誰だかわからなかったんだからな。ホント、記憶が戻るまではいろいろあったぞ」
遼太郎は桜子の記憶のない1か月間を思い、肩をすくめた。本当に、“いろいろ”あった。あり過ぎるくらいあった。
ちょっと従姉妹達には言えないことも、あった。
すると千夏は遼太郎をじっと見つめて、
「そらせやろー」
「それ、桜子からしたら年頃の女の子が全然知らん高校生の男子と一緒に暮らすってことやろ。めっちゃ気ィ遣うやん。ウチやったら軽う死ねるわ」
千夏の言葉に、桜子はギョッと、遼太郎はポカンとした。
今の今まで、その視点は遼太郎には全くと言っていいくらいなかった。兄としては記憶のない妹に、できる限りの気遣いしたつもりではあったが、
(そうか……俺、桜子にとっては“初対面の男子高校生”だったんだ……)
虚を突かれたというか、目から鱗というか。
そう思うと“初対面の女子中学生”の前で結構無頓着なことを言ったりやったりしてきたような気もする。
桜子にとってそれは、
(チナちゃん……ヤメて、そこには言及しないで……)
胸に秘めたキモチの核心に切り込む、爆弾発言である。
(お兄ちゃんも、あんまり考えないで~。そこを踏まえちゃったら、これまであたしのしてきたことの意味、全部オカシクなっちゃうぅ……///)
考え込んだ様子の遼太郎を横目に、気が気じゃない。
そんなこととは思わない千夏は、遼太郎をジトッと上目で睨む。
「遼ちゃん、そういうとこデリカシーなさそうやからなあ。桜子の前でパンイチでウロウロとかしてたんちゃうん?」
「うわあ、そらキッツいわあ……」
春菜にまでそう言われたが、実際、心当たりはかなりある。
遼太郎は助けを求めるように、桜子を見る。しかし妹は、ちょっと頬を染め、指の腹を合わせる“シャーロック・ホームズ・ハンド”でモジモジとした。
「うん……この人、記憶のないあたしの頬っぺに不用意に触れたり、お姫様抱っこしたり、壁ドンしたり、その度に桜子、困っちゃいました……」
「ちょ、おま……?!」
(兄よ、すまぬ……!)
桜子は遼太郎を犠牲に、生き延びる道を選んだ。
案の定、千夏と春奈は「ギャー」と叫び、矛先は遼太郎に向いた。
「ラブコメや! この男、ラブコメやで!」
「遼兄ちゃん、壁ドンとかするん? エエなあ、後でハルにもしてえな!」
「いや、小学生に壁ドンとか犯罪だろ」
「「妹にする方がハンザイやー!」」
ぐうの音も出ねえ。
千夏達のハイテンションに圧倒され、遼太郎も余計なことは考えられまい。しどろもどろに汗をかく遼太郎に、桜子は素知らぬ顔で黄土色の桜子ブレンドをストローで啜った。
**********
遼太郎がフルボッコになっている間に、料理が順に運ばれてくる。
遼太郎はチキンとハンバーグのセット、桜子は同じものにイタリア風パンを付けた。千夏はミラノ風ドリアにペペロンチーノを頼み、春菜はチーズバーグにドリアの半熟卵乗せだ。
別にサラダを取り分け、二種類のピザもシェアする。
「いただきまーす」
食べる方に使われて、遼太郎はようやく関西人の口から解放される。恨みがましく桜子を睨むと、
「美味しーね、お兄ちゃん。はい、ピザ、あーん」
桜子はすっトボけて、マルガリータの先端を突きつける、
てめえ、後で覚えてろよ。
ところで……遼太郎には少し気に掛かることがあった。テーブルの上に並んだ料理に、である。
さりげなく見ているのは千夏が頼んだメニューだった。ミラノ風ドリアとペペロンチーノ、それはもし遼太郎が、
(奢ってもらうのを遠慮してるなら)
選ぶ組み合わせなのである。
その二つは、メインメニューで一番低価格だ。二つ合わせてもまだ、遼太郎のプレートにもならない。
これがどっちかだけだったら、気を遣ったのがあからさまになる。だから遼太郎なら、“この組み合わせ”を選ぶ。
(まあ、考え過ぎかもしれないけど……)
単純に、それが食べたかっただけかもしれないし。人の内心に忖度するのは遼太郎の長所だが、少々深読みするきらいもある。それに、本当に遠慮しているのだったら、指摘されては立つ瀬がないだろう。
(お前は、もっと別に遠慮するべきとこがあるからな)
桜子と春菜相手に、時折遼太郎に向けても、冗談をのべつ飛ばし続ける千夏に、黙ったままそう思った。
桜子は、人の注文の意味なんて「食べたい」以外にあると思わない。
ただ、桜子とは遼太郎とは別のことに、ふと気づいた。
「ちょお、ハル。遼ちゃん、まだピザ切っとうやん。取んのん切り終わってからにしいな」
「だって、はよ食べたいねんもん」
天真爛漫、好き放題に振る舞う妹を見る、千夏の目にちらりとよぎる険しい色。
仲は良さそうに見える。無邪気な妹に、ざっくばらんなお姉ちゃん。むしろ冗談ばっかり言ってるのは千夏の方。
(けど、チナちゃんもああ見えて……)
と言うと失礼かもだけど、お呼ばれに来た手前、姉として、妹をちゃんとさせなければならないと思っているのかな。
自分も“妹”という立場の桜子、たぶん遼太郎にそういうお世話を掛けている。
(お兄ちゃん、いつも感謝してまーす。ついでに愛してまーす)
ついでに、心中でラヴった。
遼太郎は、桜子の見て取った千夏の表情には、気づいていない。
桜子と遼太郎は、兄妹で少しずつ違う視点から、千夏の中に何かを感じた。しかし今はまだ、それというほど気にしてはいない。
両親や姉妹も気づいていない、千夏という少女の発しているサインを受け取ったのは、遼太郎と桜子が、二人目と三人目であった。




