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後編

フレイバーグ領は広く豊かな自然が広がるが今宵の景色は一変していた。

屋敷の眼下に広がる農村の夕闇に黒煙が立ち込め何かの焼ける匂いが遠くからでも薄く匂ってくる。


「おのれ、ヤミル公爵家め……

はじめからこのつもりで」


当主であるダル・フレイバーグは戦支度を整えながら使用人を横目に怒りを滲ませる。

ここ数十年、戦を経験したことのなかったフレイバーグの国土が燃えていた。

今宵、ヤミル公爵の率いる軍が突如としてフレイバーグ領に急襲をかけてきたのだった。

──事情は数日前に遡る


結局、当主と彼の心情を忖度した側近たちの意図によりレシュマとヤミル公爵家の縁談は破談となった。

ヤミル公爵令息であるダミアンは器量がいいが女癖が悪く、またあらぬ疑いを掛けては付き合ってきた令嬢に罪を着せその親族ごと取り潰しその財を奪ってきた。

父親である当主であり宰相であるパトリック・ヤミルに関しても国庫の予算を使い込んでいるとの黒い噂が絶えない。

それはまるで自らの不正を適当に目をつけた家を取り潰すことで繕っているかのようであった。


そんなところにレシュマをやる訳にはいかない、とこの気骨ある領主は縁談を先日突っ撥ねた訳であるが理由はそれだけではない。


「そんな顔をするな、レシュマ。

ここ数日いい顔をするようになったな。

今度は久々に笑顔を見せてくれると嬉しい」


「……お父さま」


レシュマが鎧を着込みはじめた父親の後ろ姿を見つめながら憂いを帯びた表情を見せる。

ごく稀にだがここ数日、レシュマが時おり表情を見せるようになった。

縁談という少女にとって難しい問題が持ち上がったことで彼女の中に何か変化が生じたのだろう、とダル・フレイバーグはそう解釈していた。

使用人に装備の準備をさせながらダルは娘の方へ目を向ける。


「お前は逃げよ、レシュマ。

東南へ100コール(約150km)山村を抜ければ我が弟の治める集落がある。

そこで名を捨て好きに生きよ。

責任も感じる必要はない」


縁談を破棄してから数日、ヤミル公爵家はフレイバーグ家を謀反人と決めつけ王家の詔勅を持って軍勢を整え侵攻してきた。

この件だけでなくこれまでの数々の悪事に関して王家と公爵家は結びついており、縁談が破談になればこうなることは決まっていた流れなのだろう。

電撃的な侵攻でありヤミルは10000ほどの兵を率いてきているにも関わらずフレイバーグ家は1000足らずの兵しか用意できなかった。



「……腐った王家と公爵どもめ」


ダルにはレシュマ以外に子が無く、もし公爵家と婚姻を結べばダル亡き後はフレイバーグ領は公爵の思うがままだろう。

いや、公爵家の傾向からしてむしろ積極的にダルを消しにかかる可能性も大いにあり得た。


「ではな、レシュマ。

お前の身柄は公爵家に狙われている。逃げよ。

レシュマをくれぐれも頼む。

お前たちも出来れば生き延びてほしい」


甲冑に身を包み戦支度を整えたダル・フレイバーグは愛娘レシュマの肩に手を置き護衛に選んだ近習や若い兵たちを見回し父親として、領主として最期の挨拶をする。

その笑顔は死地に赴く者のそれとは思えないほど清々しいものであった。


「旦那さま……」


「お父さま……!」


レシュマの表情が微かに悲しみに歪み、近習達はすすり泣きながら領主を見つめ返した。


「さらばだ、レシュマ。そして忠実な我が家臣たちよ。生きよ」


偉大なるダル・フレイバーグは娘の肩から手を離し振り返ること無く石畳を音を立てて歩きはじめた。

そして外に居並ぶフレイバーグ兵達に笑顔で言い放った。


「今宵は我が領にヤミル家のドラ息子ダミアンとこの国に寄生する巨悪パトリック宰相も来ておられるそうだ。

こいつらは親子揃ってレシュマを奪いに来た不届き者どもだな!

我らフレイバーグの誇りと誠意を持って応えてやろうではないか!」


領主の演説を持って兵たちは湧きかえり士気を高らかに三日月の浮かぶ青白い空に向かって吠えた。










10数名ほどの男女が険しい山道を行く。

レシュマを護るために選ばれたフレイバーグの衛兵と近習たちであった。

誰も彼も口を聞かず表情も暗い。

選ばれた近習の1人であるメルがレシュマを気遣って声を掛ける。

もう2時間は歩き通しだ。


「大丈夫ですか、姫さま。

ここからは山道です。

足元にお気をつけください」


「ええ、ありがとうメル。

大丈夫です」


ぎこちない笑顔をつくり少女は近習に応える。

は葛藤していた。

己の力を使えばフレイバーグ軍に勝利をもたらすことも出来るかもしれない。

しかしそれはレシュマの身を危険に晒すことに他ならないし、流石に万の兵相手に勝つ保証は何処にもなく、結局彼は次善策として逃走を選んだ。


(……すまない、レシュマ。君のお父さんを救うことは出来ない)


彼には心が無いはずであったがそれでもどこかが痛む感覚を覚えた。

果たしてこれでよかったのか……


逡巡する表情を見咎めたのかメルは励ますようにレシュマに更に話しかけてくる。


「叔父上さまの領地は何もないですが戦のない、良いところと聞きます。

3日はかかりますが頑張っていきましょう」


護衛に選ばれていたピートも無理に笑顔をつくりレシュマを励ます声をかけてくる。


「追っ手や野盗が現れたら私が命に代えても貴女をお守りします。

どうかご安心ください、レシュマ様」


の心は温かくなるような気がした。

このような追い込まれた状況では人は相争うのが常だとは思っていたが今宵その認識は覆された。

ぎこちないが少女は笑顔をつくりピートに向き合い答えた。


「……2人ともありがとう。

ですがピート、軽々に命を捨てるなどと言わないでください……!

私にはきっとあなたが必要です」


「レシュマ様……」


ピートは少し顔を赤らめ気恥ずかしそうに目を逸らしたようだった。


それから数十分も歩き続けただろうか。

山道は完全に夜の帳に覆われた。

一行は当初の予定通り適当な洞穴を見つけそこで休息をとることになった。


「さあ、この辺で少し休みましょうか。

火は起こせませんが……」


メルが月を見上げながらレシュマにそう言った時だった。


列の後方から激しい金属音と兵の呻き声が聞こえてきた──


「がぁっ!!」


「グゥゥゥ‼︎」


ピートが慌ててレシュマを庇うように立ちはだかる。


「くそっ!なんだ⁉︎」


ピートが後方を確かめると薄い月明かりにフレイバーグの兵や近習たちの遺体が血の海に沈んでいた。

メルが庇うようにレシュマの目を掌で覆う。


ヒタヒタ……と手にした長剣から雫を垂らしながらそこには黒い甲冑の騎士が立っていた。

襲撃者は1人のようだ。

しかし黒騎士は口嘴をあげ不敵に嗤いながら歩みを進めてきた。


「……見つけたぞ

フレイバーグの妖姫……!

さあ、ダミアン様とパトリック宰相がお待ちだ。こちらへ来い」


黒騎士は明らかにヤミル家の追っ手だった。

しかも手練れとみえる。

ピートは長剣を鞘から引き抜くと振り返らずに生き残っている2人の女たちに叫んだ。


「くっ!逃げろ!レシュマ!メル!」


「……!わかった!いきましょう!レシュマ様!」


メルはレシュマの手を引き、逃げ出そうとするが、この姫はかぶりを振って嫌がった。


「待って!ピート!」


「ダメです‼︎レシュマさま!」


レシュマとメルが揉めている間にピートと黒騎士の間合いが詰まっていった。


「さあ来い!薄汚いヤミル家の犬め!

俺が相手だ!」


「フン……!」


正眼に構えたピートを嘲笑うかのように黒騎士は鼻で嗤った。

怒りを滲ませピートは黒騎士に斬りかかる。


「ハァァ!」


「深遠なる蛇よ……!彼の者へ神罰を!」


ピートが敵に到達する前に黒騎士が何やら呪文を唱えると彼の剣から黒い蛇が数匹現れピートへと襲いかかった。


「なんだ!こんな蛇など!」


しかし、ピートもレシュマを護るため、と連日修行を欠かしていない。

黒蛇の動きは素早かったが全てあっという間に斬り伏せた。

それを見て黒騎士はニヤリと嗤ったように見えた。


「ほう、やるではないか小僧……

少し剣で遊んでやろう」


「舐めるな!」


ピートは再び斬りかかり黒騎士もそれに応え剣撃の応酬が始まった。

剣がかち合うごとに月明かりの虚空に赤い火花が飛び散る。

数合打ち終えたときにピートは気付く。

レシュマとメルがまだ逃げていないことに。


「レシュマ!何してる!逃げるんだ‼︎メルも無理やり引っ張っていけ!」


ピートは彼女たちに向けて思わずきつめの怒号を発する。


「レシュマさま……早く……!」


メルは懇願するようにレシュマに縋りつくが小柄な少女はピクリとも動かない。

もちろん自身も少女の身体を動かそうとしていたのだがしかし彼女の身体は動くことがなかった。


(動かない……?レシュマ……?頼む言うことを聞いてくれ……!)


今まで起こりえなかった事態がこの状況で起きていることにも困惑する。

しかし無情にも黒騎士とピートの戦況は動いていく。


「はあ、しぶといな小僧。

そろそろのはずだが」


「何を……?

ぐぅっ……⁉︎」


今まで黒騎士に対し果敢に打ち合っていたピートの身体が揺らめき地へと伏せる。

その顔は青ざめ口からは一筋の血を垂らしていた。


「お前は先ほど魔の毒蛇を潰したときに毒の霧を吸ったのだ。気づいていなかったようだな。

しかし本当にしぶとい。毒耐性も見事なものだ。

では終わりだ小僧。

女子供ばかり相手で歯ごたえがなかったがお前は中々のものだった」


薄い嗤いを浮かべながら黒騎士は倒れこむピートにヒタヒタと歩みを進める。

ピートは頭痛と嘔吐感も酷く声を出すのもやっとだったが最期の力を振り絞りレシュマに向かって叫んだ。


「……くそっ!

逃げろ!逃げろよレシュマ‼︎」


しかしピートの献身も虚しく必死で引っ張るメルを余所目にレシュマは声を発さないばかりか表情も動かずピクリとも動かなかった。


黒騎士は倒れたピートの首筋に剣をかざしながら薄い笑みをこぼしながら少女たちのほうを睨む。


「ふん、逃げるなよ妖姫。

こいつはほんの少しだけ生かしてある。

お前が逃げればどうなるかわかるな?」


「……ダメです逃げるのです!……レシュマさま⁉︎」


突然レシュマは掴まれていたメルの腕からするりと抜けると目にも止まらぬ速さでピートと黒騎士に向かって駆け出した。


(……⁉︎レシュマ……?)


その行動はまたしてもの制御から外れた行動であり1番戸惑っていたのはであった。

……レシュマの鼓動を感じる


「なんだ?感情のない娘だときいていたが……

がぁぁ⁉︎」


怒りの表情で迫る少女に驚愕していた黒騎士は呆気に取られているとレシュマの蹴りを顎に受けて鎧の金属音を立てて地に滑るように倒れこんだ。


(おい⁉︎レシュマ?何をしているレシュマ⁉︎起きたのか?起きたのなら……)


は必死でレシュマに語りかける。

しかしこの数年待ち侘び、返ってきた答えは……


「……るっさい‼︎バカァァァァァァ‼︎

あんたも手伝え!かぶと虫!」


レシュマらしいと言えばらしいと言えるなんとも乱暴な答えだった。


「……レシュマ?」


「レシュマさま!」


その変貌にメルは心配そうにレシュマに語りかけ、瀕死のピートですら呆気に取られていた。

当然だろう。


ですら面喰らうがとりあえずレシュマに従うことにした。


(……私のことか?)


「くそっ!なんなんだ!

気でも触れているのか?

とりあえず足でも斬って……

グボァァァ‼︎」


レシュマは立ち上がろうとする黒騎士に再び駆け寄ると股間を思い切り蹴り上げた。

黒騎士は再び悶絶し倒れこむ。

その隙にレシュマは声をあげてに語りかけた。


「かぶと虫!あんたとりあえず乙女の身体から出てきなさい!

なんか不思議な力が使えるんでしょ?

ピートを治して!」


(レシュマ……!わかった……とりあえずその男を処理してからだ)


がそう言うと少女の耳からするりと小さな光のようなものが抜け出した。

にとって久々の外出・・であった。

レシュマの変貌に戸惑いながらもメルは心配そうに呼びかけ続ける。


「レシュマさま!」


「大丈夫。そこで待っててねメル。

ちょっとそこのゴミを片付けるから」


そうしてレシュマは転がっていたピートの長剣を掴み上げるとよろめくように立ち上がった黒騎士に向かって金色の髪を靡かせながら斬り込んだ。


「口の悪い小娘が……!

うおっ!ぬうっ!」


レシュマの斬撃は先ほどのピートのものより疾く重かった。

蹴りと組み合わされるレシュマの攻撃は黒騎士の想定を遥かに上回りやがて黒騎士は近くにあった崖淵に追い詰められた。


「ほらっ!かぶと虫!」


『了承した』


レシュマの合図では金色の魔力を纏い黒騎士に突っ込んでいく。


「お、おのれ……!なんだ⁉︎ぐああああああ!」


黒騎士はを視認することも叶わず突進を喰らうと悲鳴をあげながら崖の下へと吸い込まれていった。


戦いが終わるとレシュマは急いで戻りピートの介抱へと取り掛かる。


「ほら早く!ピートを治してよかぶと虫!」


青ざめ息も切れ切れのピートの頭を膝に抱えあげに向かってお願いするがやはりも困惑中であった。

……突然目覚めたと思ったらこの大暴れだ


『わかっている。しかし驚くくらいの時間はくれよレシュマ』


はピートの額に張り付くと魔導による治療を始めた。


呆気に取られ立ち尽くしていたメルも漸く動き出しレシュマとピートの元にやって来る。

それにしても今のレシュマには表情が戻りさらには大立ち回りを演じ驚かされぱなしである。


「レシュマさま……?

まるで子どもの頃のように……

それといったい誰と話しているのです……?」


「ああ、今ちょっと時間ないから。

ごめんねメル。

どうかなかぶと虫?ピートは治る?」


『難しいが……致命傷ではない

あと5分くらい待て。

しかし目覚めてくれて嬉しいぞレシュマ』


は素直に嬉しい気持ちを伝える。

何しろ3年も待った僥倖である。

それにしてもレシュマのこの強さはなんだろうか。

天賦の才もあるのだろうが、他の要因と言えば……

はレシュマとの会話を続けながら自分なりの推測を組み立てる。


「私は複雑な気分だわ……

あんたにはお礼を言っていいのか文句を言っていいのか。

中から時々見えていたけどあんたの人間のフリは笑いそうになったわよ、かぶと虫」


『……かぶと虫はやめてくれよ。

そうだな、精霊とでも呼んでくれ。

人間の情緒についてはよくわからないんだ。容赦してくれ』


「そう?最近はわかり始めてきたんじゃない?」


おそらく自分・・がレシュマの中に長くいた事で聖光気を少しずつではあるが体内に取り入れ常人を上回る身体の強さを手に入れたのだろう。

それに加え何しろはレシュマの健康状態には気を使ってきた。

彼女の生来の気質と合わさり先ほどの大立ち回りを演じられたのだろう。


「あの……レシュマさま……」


メルがおずおずと精霊と話すレシュマに話しかける。

よく観察しないと傍目にはレシュマが独り言を延々と呟いているようにみえるので心配するのは近習として当然であった。


「メル、こいつは精霊さん。

3年くらい前から私の代わり・・・をしていたのはこいつなの。

騙していたようでごめんね」


「……仰る意味がよくわかりません」


メルは首を傾げながらレシュマをまじまじと見つめる。

その眼差しはやはり姉が妹を心配するような類のものだったのでレシュマは軽く苦笑する。


「うーーん、そうよねやっぱり」


どう言ったものかとレシュマが頭を捻っていると顔色に赤みを取り戻したピートが目を開けた。


「……レシュマ?」


「あ、良かった!ピート!」


レシュマは喜びピートの頭に抱きつくが怪我を負っているピートは痛みと嬉しさ、恥ずかしさがごちゃまぜになった表情で呻き声をあげた。


「う、レシュマさま……」


『危険域は脱した。しかし呼吸器系に少し障害が残るかもしれないな……しっかり養生することだピート。

あと痛そうだから気をつけてなレシュマ』


そう言われて慌ててレシュマはピートに抱きつく力を弱める。


「ありがとう精霊さん……生きていてくれれば……それでいいの……

メル、ピート2人で力を合わせて叔父上の地まで逃げなさい」


そしてレシュマは落ちている長剣の1つを掴み上げると立ち上がり2人に振り返りそう言った。


「レシュマさま……!どこへ?」


「レシュマ!」


ピートとメルは戸惑いながらレシュマの後ろ姿に声を掛けるが、その凛とした姿には2人が手を伸ばしても届かない決意があった。


「2人とも……どうか死なないで」


そう言うとレシュマの身体から黄金色の聖光気が放出され空にゆっくりと浮かびあがる。

それに合わせて精霊も彼女の横を飛び交う。


(レシュマ、やはり……)


「精霊さん、父上の元へ」


数十メートルほど上空に達するとレシュマはのほうを向いた。


『……わかった、それが君の望みなら』


は自身とレシュマを黄金色の聖光気で包み込むと目にも止まらない速さで飛行を始めた。










宵闇に溶ける黒煙に鳥たちが追い立てられるように飛び立つ。

人の怒号が夜空に響き小動物たちは我先にと戦場となった野から逃げ出しているようであった。


「うおおおおっ!ヤミル!」


「この地から出て行け!ヤミルの兵ども!」


10倍の兵力差にも関わらずフレイバーグの兵たちは善戦し、その数を減らしながらも一丸となり公爵親子の居る本陣まで迫っていた。

対するヤミル兵たちはフレイバーグの思わぬ反撃に戸惑い青ざめる者たちが多かった。


「くそっ……田舎者どもめ……!宰相に楯突いた挙句にこんな反撃までしやがって……」




ヤミル軍の陣後方で高見から見物している一際身なりのいい親子が菓子を齧りながら呑気な会話をしていた。


「パパ……?なんなのあいつら……?

楽に妖姫を手に入れられるんじゃないの?」


菓子を齧りながらも自軍の形勢がそれほど良くない状況を見咎めヤミル家の御曹司ダミアンが心配そうに父親に問いかける。


「ダミアン、お前は何も心配しなくてもいいんだよ?

おい、ヤツを出せ!」


答える父親である宰相パトリック・ヤミルは息子に対しては温厚そうな態度をとるが内心では焦りを禁じえなかった。

何しろ国庫の横領金を補填する分をこのフレイバーグ領から接収しなければならぬ──

パトリックも必死であった。

よって切り札となるあるもの・・・・の戦場への投入を傍らの士官に命令する。


「……しかし

はっ!わかりました!」


ギロリと睨まれ命令を受けたその士官は渋々といった様子で陣幕の奥へと急いだ。


その命令から数分後、陣奥から巨体の赤い甲冑を纏った騎士がぬらりと現れ側近たちをかき分け戦場へと向かっていった。


「どいていろ……雑魚ども!」


「ひっ……!赤騎士カーマイン……!」


味方のヤミル兵でさえたじろぐ殺気を発し赤騎士は戦場の闇へと消える。



一方の戦場では数の上では遥かに劣るフレイバーグ軍が意気軒昂とヤミル兵を蹴散らし怒号をあげていた。


「どうした⁉︎ヤミルの弱卒ども!

ここに己らの墓を掘りに来たか⁉︎」


「あいにくだが貴様らに万の墓を用意してやれるほど我らは寛容ではないぞ!

お前ら全員野獣の餌か野ざらしの無様な死骸を晒せ!」


しかしそんな戦場に忍び寄る怪しい影があった。

散り散りに逃げるヤミル兵を他所に赤いプレートメイルで全身を覆った大きな騎士が金属音を鳴らしながらフレイバーグ兵たちの前に立ちはだかった。


「ふう……威勢がいいな……フレイバーグの兵ども」


「なんだあの赤いヤツは?」


フレイバーグ兵たちは異様な風貌の赤騎士を見て動揺する。

その隙に赤騎士は背中の長剣を引き抜きフレイバーグ軍に向かって突進をはじめた。


「は?1人で突っ込んでくるだと?

ぐはぁ!」


「くそっ!なんだこいつはぁ!

うわぁぁぁぁぁ‼︎」


過酷な戦場を生き残り勢いに乗っていたフレイバーグ軍残り300の意気を挫くかのようにその赤騎士は次々と手に持った長剣でフレイバーグ兵たちをなぎ倒していく。

戦場に赤い飛沫が飛び交いさながら花びらのように兵たちの生命が一刀のもとに散っていった。


「いかん、あいつは噂のヤミル家お抱えの狂戦士バーサーカー……

通称赤騎士カーマインだ!一対一で相手をしてはならん!

押し包んで殺せ!」


ダル・フレイバーグは赤騎士が強敵と見定めるや否や急いで新たな号令を発するがやはり小細工でどうにかなる相手ではなかった。

何しろこの男、生粋の荒々しい性分の戦士で王家の手に余っていたところをヤミル家が引き受けたという経緯がある。

性格は最悪だが戦士としての腕は超一流であった。


「うおおおお!

……ぐああああああ!」


「くそうっ!化け物めぇ!」


次々と蹴散らされていくフレイバーグ軍に向かって赤騎士カーマインは大きな笑い声を発し挑発する。


「ふははははは!弱い!弱すぎるなお前ら!少しは期待した私が愚かだったか?」


フレイバーグ兵は歯ぎしりしながらもこれまでと観念した彼らはこの戦場から当主を逃す手を考える。


「ダル様!お逃げください!我々が退路をつくります!」


「バカをいうな!ここまできたら一連托生……私も玉砕覚悟だ!」


ダルは本気で怒りながら剣を構える。

事ここに至ってこの男に命を惜しむ気はさらさら無かった。


「ダル様……!」


側近の兵は当主のその心意気に涙を滲ませるが、その時とりわけ大きな御輿が現れフレイバーグ軍に向かって挑発するような声が戦場に響いた。


「ダル・フレイバーグ!謀反人め!」


高見から覗くのは大きな御輿に乗ったヤミル親子であった。

彼らは洒落た衣服に身を包み武装すらしていなかった。

一滴の血も流していないのは明らかであった。

ダル・フレイバーグはそんなヤミル親子を見て激昂する。


「パトリック・ヤミル!貴様がありもしない謀反の罪をでっち上げたんだろう?この国に巣食う寄生虫め!

御輿の上から見物か?お前も祭りに加わったらどうだ⁉︎なんなら一騎打ちするか⁉︎」


ダルの挑発に宰相パトリックは馬鹿にしたような笑みを浮かべた。


「ふん!弱者の遠吠えだな!

誰が貴様などと一騎打ちなどするものか!

大人しく娘を差し出せばいいものを!

貴様はフレイバーグ家を滅ぼした愚将として歴史書に残してやろう」


「パトリック・ヤミル!」


ダルはパトリックをギリリ、と睨むが戦況は変わらずここからでは到底弓矢も届かない。

パトリックは余裕の笑みでフレイバーグ軍を見下し続けるが何かを思いついたかのように両手を叩く。


「ふふ、どうだ?ダル・フレイバーグ、ひとつ賭けをしないか?

このカーマインと一騎打ちをして貴様が勝てば兵は退いてやろう。どうだ?」


前に出ようとするダルを側近たちは止めようとするがダルはその手を強く振り払い前へと歩みを進める。


「……貴様は戦わないのだな、パトリック

貴様の部下は血を流して居るのにな」


「ふん、そんな挑発には乗らんよ。

高貴なる私のために兵卒どもが血や汗を流すのは当然のこと。

さあ、やれ!カーマイン!」


そうしてパトリックがパチリと指を鳴らすと赤騎士が長剣を構え前に出たダル・フレイバーグと相対する。

救援を拒絶された側近たちは固唾を呑んでこの戦いを見守る事しかできなかった。


「ダル様……!」


「お前たちはそこで見ていろ。

こい!カーマインとやら!」


ダルが剣を構え赤騎士との距離を徐々に詰める。

しかしその時赤騎士はフッと息を吐き馬鹿にしたように嗤った。


「やれやれ、ロートルがお相手か。

舐められたものだ……」


「うおおおおっ……!」


激昂したか、もしくは隙ありと見たか、ダルは全力で赤騎士の間合いに踏み込み斬撃を繰り出す。

その一撃は音を立てて赤騎士の特注の長剣とかち合った。


「ふむっ!流石名高いフレイバーグ家の当主だ。だが……相手が悪かったな」


しかし一瞬の後、ダルの長剣はかち上げられ返す刀でダルの肩口から胸に掛けて赤騎士の深い斬撃が食い込んでいった。


「ぐあっ!!」


どう、とダル・フレイバーグは地へと倒れ伏す。

止めとばかりに赤騎士は更に長剣を高々と掲げあげた。


「ダル様!」


「御当主‼︎くそっ!やめろっ!カーマイン!」


一騎討ちに敗れた当主を救おうとフレイバーグ兵が赤騎士へと殺到するがクルリと向きを変えた赤騎士によってフレイバーグ兵たちは次々と斬り伏せられていった。

その赤騎士の顔には血と共に狂喜の笑みが張り付いている。


「くそおおおお‼︎おのれ!カーマインンンンン‼︎」


フレイバーグ兵たちの怨嗟の声が戦場に木霊する中、パトリック・ヤミルはパチパチ、と両手を叩いて腹の底から笑い声をあげた。


「よくやった!赤騎士!

残念だったな!ダル・フレイバーグ!

さてと……これで終わりだ。

娘の方も黒騎士ブラックマンが捕捉しているといいのだが……」


その時ヤミル軍の横腹から騒めきと悲鳴が響き渡った。

何やら爆音やら眩い光やらの明滅も見える。

何事かと戦勝気分を害されたパトリックは騒ぎのほうに向かって怒鳴りつけた。


「なんだ⁉︎何をしておる!喧嘩か?静まれ!雑兵ども!」


その瞬間一陣の風が戦場を横切ったかと思うと暴れていた赤騎士の身体が月空へと大きく跳ね飛んだ。

パトリックは思わず驚愕の声を発する。


「うおおっ⁉︎なんだっ⁉︎」


やがてドサリと赤騎士の巨体が地面に叩きつけられるとヤミル兵たちの悲鳴は更に大きくなった。


「バカな⁉︎カーマインが……な、なんだあれは……?」


ヤミル兵たちは一斉に異様な気配を感じ取り注視する。

そこには金色に光る白い騎士服の少女が瀕死のダル・フレイバーグの手を取り佇む姿があった。


「……お父さま」


突然戦場に現れた金色の少女にパトリックは驚愕するが目当てのものを見つけた彼は口元を綻ばせる。


「父だと……?妖姫、レシュマ・フレイバーグか⁉︎

探す手間が省けたな!」


生き残ったフレイバーグ兵たちもレシュマの出現に驚愕するがやがて逃走を促す。


「ううう……レシュマさま……⁉︎バカな……お逃げを……」


しかしレシュマは構わず父の手を取りその目を見つめ続けた。

……それは3年ぶり・・・・の親子の再会の場でもあった。


「おお……レシュマ……これは夢か……?なぜ逃げなかったのだ……

まったくお前は昔から話を聞かない子だ……」


息も絶え絶えに記憶も混濁した中で声を絞り出す父に涙を堪えながらレシュマは力強い返事を返した。


「お父さま……!お気を確かに……

この国は私が守ります……!」


御輿の上から呆気に取られ戦況を見つめていたバカ息子ダミアンはやがてレシュマを認めると歓喜の声を発した。


「パパ!あれがレシュマ⁉︎

なんて美しいんだ……!」


「ダミアン、危ないから下がっておいで

ええい!何を呆気にとられておる!

カーマイン!そやつを捉えよっ!」


パトリックが命令を下すと赤騎士は先ほどのダメージなど無かったかのように立ち上がり長剣を手に取った。


「……承知」


向かってくる脅威を察知するとレシュマは父の頬をひと撫でし後は側近の1人に託し父の剣を手に立ち上がった。


「見ててください父上……

英雄ヴィンセントの血を受け継ぐ我がフレイバーグの力、悪漢どもに見せつけてやります」


「レシュマ……!」


息も絶え絶えに手をかざし娘の無茶を止めようとしてるのだろうが、レシュマは構わず精霊と相談を始める。


「精霊さん、父上は……」


『……残念ながら瀕死だ。私の力でももう助からない』


精霊のその言葉にレシュマは一瞬目を閉じるとすぐに目を開け戦士の目になり赤騎士を見つめた。


「……わかった

じゃあ、あの赤いのをやるよ。

手伝ってくれるよね」


『もちろんだレシュマ』


対する赤騎士もレシュマの気迫に応え長剣を構え身構える。


「女だてらに向かってくるか……

さあ来い」


レシュマは父の長剣を両手で構えると同時に一瞬で赤騎士との距離を詰め斬り込む。

かち合う鋼の音が夜空に響く。

次々と繰り出される斬撃に赤騎士は防戦一方に陥った。


「くっ!くっ!やるなっ‼︎小娘!」


赤騎士を押し込むレシュマの信じられない姿を残っていたフレイバーグの兵たちは驚愕を持って見つめる。


「レシュマさま……?あの赤騎士を圧倒している……まるで戦神が舞い降りたようだ……」


圧される赤騎士は堪らず落ちていた盾を持ち上げるとレシュマに向かって投擲した。


「くうっ!このっ!」


「きゃっ‼︎」


思わずレシュマは仰け反り地に膝を付く。

鋼でできた大きな盾がレシュマに当たろうとした瞬間、光の輪がレシュマの前に現れたかと思うとその攻撃を弾き返した。

精霊・・が魔導でレシュマを守ったのであった。


「ええい!きさまらっ!呪槍をもてぇっ!」


この隙に距離をとり赤騎士は手近に居たヤミル兵に自らの武器を持ってくるように脅しかける。

それは赤騎士の凶暴性をより引き出す呪槍であり本気でやればせっかく発見したレシュマ姫を殺してしまう可能性もあった。

慌ててパトリックは赤騎士へと大声で指示を出す。


「ちょっ!いかん!

殺すなよ!カーマイン!その姫には利用価値がある!」


しかし遥か離れた所から高見の見物をしている者の言葉など届かないのか、無視をしているのか、赤騎士は兵が持ってきた呪槍を持ち上げ凶悪な笑みを浮かべた。


「呪槍カースワイズ!これを持った俺は最強の騎士だあぁぁぁぁ!」


獣のような怒号を発する赤騎士に臆することなくレシュマは剣先を敵に向け独特の構えへと変化を見せた。


「ふん、まるで野蛮な猿ね。

そうね、我が祖先ヴィンセントの伝説を知ってるかしら?

この地を荒らされた際に敵軍の将星を次々と討ち取り、残った相手方の最強騎士にこう言った──」


やがて精霊がレシュマの周りを飛び交い少女の身体を金色の魔力が覆い、剣先への魔力の圧も増大していく。


「『お前の穢れた血は我が愛するこの地に一滴たりとも吸わせない』と」


レシュマの剣を覆う魔力が紅蓮の炎へと変わりやがて少女は敵へと一歩を踏み出した。


それと同時に赤騎士は怒り狂ったように槍を振りかざし少女への突進を開始した。

その容貌はもはや人のものとは思えないほど恐ろしい鬼のような形相に変わっていた。


「ええい!黙れ‼︎小娘ぇぇ!

キシャアアアア‼︎」


少女と共に精霊は飛び立ち共に闘う。

たちまちのうちに赤騎士の間合いに踏み込むと少女の剣撃は敵の喉元へと伸びて──


『いけ!レシュマ‼︎』


精霊の掛け声と共に少女の斬撃が赤騎士の身体を4つに切り裂いた。


「──殲滅する獄炎刃フレイムブレイザー!」


赤騎士は呪槍とともに切り刻まれると赤い炎をあげ影も形も残すことなく轟とこの世から消え失せた。

それは一瞬の事だった。

呻き声すら上げず自軍の最強騎士が一撃で火葬された事実を目の当たりにしたヤミル兵たちは恐慌状態へと陥り、たちまちのうちに逃走を始めた。

そもそも金で集められた彼らにヤミル家への忠誠心など皆無であった。


「……う、うああああああああ‼︎カーマインが一瞬で消し炭になった‼︎」


「化け物!やっぱりこんな怪しい伝説の残る田舎にくるべきじゃなかったんだーー‼︎」


「──ヴィンセント!

ヴィンセントの再来だ‼︎」


ヤミル兵たちは口々に悲鳴を上げ戦場を後にする。

パトリックは怒号を発してそれを制止しようとするが一度起きた流れは彼ごときではどうにもならなかった。


「おい!待て!逃げるな貴様ら!

くそっ!どいつもこいつも!」


「パパ……?どうなるの……?」


ダミアンが不安に怯えた目でパトリックを見上げるがもはやその声色に余裕は無い。


「えーい、今待ってろ!おい!誰でもいい!あの妖姫を仕留めろ!

金貨100……いや1000枚出す!誰かなんとかしろ!」


「……随分とご立派な身分だことね。

たまにはご自分の身体を動かしたらどうかしら?」


無様な怒号を発する宰相の後ろにいつの間にか金色の少女が立っていた。

己の身を守るはずの側近たちは既に逃げ出しパトリックは年端も行かぬ少女に初めて恐怖を覚えた。


「よ、妖姫‼︎

お、おのれ……!ひっ!」


レシュマはパトリック・ヤミルの首に剣を突きつけた。

もはや宰相は怯え進むことも逃げることも叶わない。


「ここであんたの命を奪うのは簡単だけど穢れた魂でこの地を汚したくないわ。

とりあえずそれ・・をもらっとこうかしら?」


言い終わるが早いか目にも止まらぬ疾さでレシュマは剣を振り下ろす。


「ひっ!ひぎゃあああああ!!」


悲鳴と血飛沫と共にパトリック・ヤミルの右腕が月夜に舞った。

レシュマは蹲るパトリックを横目に今度は息子のダミアンへと歩みを進める。

ダミアンは今までかいたこともない程の量の冷や汗を流しながら後ずさるがもはやどうすることもできない。


「次はあんた……随分と女の子を泣かせてるらしいわね?」


「……えっ

よ、妖姫……いや、レシュマ・フレイバーグよ、僕は貴女が欲しくて……

ひぎゃあああああ!!」


今度はダミアンの右手の親指が月夜に舞った。


「これに懲りたらさっさと王都に帰りなさい。

ただし、次に一歩でもこのフレイバーグ領にその汚い足を踏み入れたら容赦なくその首を刎ね飛ばすわよ。

わかった?」


月夜に碧く光るその瞳はこの世のものとは思えないほどに美しかったがヤミル親子にとっては以後繰り返し見る悪夢となった。


「ふひいぃぃぃぃ‼︎」


散り散りに逃げる兵たちと同様にヤミル親子たちは悲鳴を上げながら逃げ出した。


戦いが終わりレシュマは父とその忠臣の待つ自陣へと戻り再び父の冷たくなり始めたその身体を抱きしめる。


「……おおレシュマさま

よくぞご無事で」


「ご立派でしたぞ!姫!」


「……あなたたちもよく戦ってくれましたね。

忠義の士よ、礼を述べます

……最期に父と話させてください」


レシュマの元へと声を掛けにやってくる数名の兵に労いの言葉を返しながら少女は父と最期の会話を始めた。


「……レシュマ」


「……父上」


もはやダルの顔色は青ざめ体温は失われていた。

しかしその表情は晴れやかで何かを達観したようなものがあった。


「そうか戻った・・・のだな、レシュマ。

これは奇跡か……古の伝説を目近にしているようだったぞ、フフ……

やはりお転婆がすぎるな、レシュマよ」


顔色の悪さとは裏腹にダルは満面の笑顔を見せ本当に可笑しそうに笑った。


「お父さま……」


レシュマは父を膝枕にしながらその言葉に涙ぐむ。

ダルはレシュマの傍にいたにも最期に声をかけた。


に居た君もありがとう……

出来ればこれからもレシュマを頼む……」


話しかけられ光点が飛び立つとダルの顔の前にふわふわと浮かび初めて・・・対面する。


『ダル殿……騙していたようですまない』


「いや、フレイバーグ家のメシは美味かったであろう……フフ……」


『感謝しますダル殿』


ニッと笑い軽く手を振るとダルはとの最初で最期の挨拶を終えた。

最期の力を振り絞りダルはレシュマの頬に手を持っていき呟くように遺言を遺した。


「……レシュマよ、もう何にも縛られることはない。

これからは思うままに好きに生きよ」


「……お父さま、ありがとう」


こうしてフレイバーグ家最後の当主は娘の腕の中に力尽き、夜の大地には少女の小さな嗚咽だけが響いた。










『大丈夫か?レシュマ。

少し休もう』


「……いいえ、大丈夫よ……!

私はダル・フレイバーグの娘なんだから……!」


家臣や友人たちの前では気丈に振る舞い別れの挨拶を済ませた彼女であったが夜道をと2人きりになるとぐすぐす、と嗚咽を漏らしながら歩くという行程を繰り返している。

励ますようには別の話題を振ることにした。


『ピートとメルも無事だったし何よりだ』


「……そうね」


光速で移動した彼らは再び2人を捕捉するとヤミル軍が退いたことを伝え屋敷まで送り届けた。

なお屋敷に残らずさらには彼女がフレイバーグの当主を名乗らず夜道を歩いているのは──


『……やはり世界を周る旅に出るのか?レシュマ』


「私は世界を旅して周りたいの。

ご先祖のヴィンセントのように。

彼は祖国を救った後は各地を周り更に数々の伝説を残したと言うわ」


彼女は自分の夢と父の遺志に従い自分の生きたい道を歩むことを選んだ。

幸いのおかげで超常的な力が手に入り旅に困ることはないだろう。


『わかった、微力ながらその旅のお手伝いをしようレシュマ』


その答えにレシュマは久々に嗚咽を止め笑顔をに見せた。


「ありがとう、精霊さん

……そうね、『精霊さん』じゃ呼びにくいわね。

それに今さら他人行儀すぎるわ」


『なら、君が好きに名付けてくれ。

私はそれに従おう』


レシュマは頬に手をやり美しい野山と月を見上げると閃いたように瞳を瞬かせた。


「……ヴィンセント

うん、ヴィンセントがいいわ!

これからもよろしくね、ヴィンセント!」


──ヴィンセント

この地を救い彼女もその血を引く数々の伝説を遺した騎士の名である。

面映いと思いながらもはその好意を受け取ることにした。


『……光栄だ

こちらこそよろしく頼むよレシュマ』


──彼女と一緒ならきっと私はに飽きることもないだろう



それから程なくして光る甲虫を伴った美しい少女が世界の各地で困った人々を助けるという新たな伝説が生まれることとなるのであった。

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