ドールの強さ
「とはいえ、この一年でここまで出来るようになるには、やはり才能が必要になるだろうけどな」
ドールの言葉に、苛立ちを乗せた目で彼を睨みつけるレイス。
「……アンタも、あたしと同じ天才だって言いたいわけ?」
「俺に才能なんてものはないさ。
あったらこの手段に頼らず、ちゃんと魔法を覚えている。お前のようにな」
「は……?」
この言葉はかなり意外だったのか、戦う雰囲気を纏っていたレイスの気勢が、少し削がれた。
「俺は魔法が使えない。使えないからこそ、お前の言い分が分かるのさ。
魔法があれば魔力操作はいらない。むしろ魔法で、魔力操作で出来ることをやった方がより強力だ。
そう考えるのが自然だし、現にその通りだ。
だが俺は“魔力操作の授業”を受け持っている。
魔力操作を教えるためにここにいる。
だから、何があろうとお前たちに教える。
何よりお前たちには、魔力操作でしか出来ないことをやってもらいたいからな」
「魔力操作でしか出来ないこと……?」
「……とはいえ、今はまだソレを教えたところで仕方がない。
まずは、さっき言った俺の授業を受け終わってからだな。
という訳で、このまま次に移ろうか」
その言葉で、レイスが再び身構えた。
「ちょうど良い。このまま他の生徒にも、俺がどういう授業をしたいのかを見てもらおうか」
「見本? アンタがあたしに倒されるってやつ?」
「どう転んでもそうはならんが、さっきからの条件はそのままだ。好きなだけ反抗してくれ」
言って、ゆっくりとレイスへと近づいていくドール。
そんな彼に『蛇』を放──
「…………」
──とうとして、手を突き出したまま止まる。
……天才を自称するだけはある。
ここで放ったところで自分の隙を広げるだけで、ドールを倒せないと悟ったのだろう。
今度は反撃される。
それを察知し、無駄な攻撃を打ち止め……代わりに彼と距離を置くためか、踵を返して走りながら、新たな呪文詠唱。
そして振り返り、その新たに宿した魔法を──
「っ!」
──放とうとして、再び止まる。
しかし今度は一瞬。
バックステップでも何でもなく、背を向けてまで走って距離を開けたはずのドールとの距離が、全く開いていなかった。
それに驚いてのことだったからだろう。
「くっ……!」
だからすぐさま、気を取り直して魔法を放つ。
魔力の塊ではなく、炎の塊と化した『蛇』を。
「ふっ」
しかしドールは驚くことなく、冷静に、迫る火炎『蛇』の下顎に沿うよう木の剣を横から差し込み、腕に噛み付かれる直前で、剣を上へと跳ね上げ、その軌道を空へとズらした。
そしてそのまま速度を緩めず、天へと昇り行く『蛇』の胴体下へ、姿勢を低くし距離を詰め、魔法を弾いた剣をレイスに向けて一閃。
「そんなの……!」
脇腹への攻撃を避けるため、今度はバックステップをしながら、さっき突き出していたのとは逆の手を、ドールの眼前へと突き出し──止まった。
「……………………え?」
さらに一歩踏み込みつつ、手首を返し、刃の軌道を変え、喉元を狙った木の剣の切っ先を、ドールが寸止めして突きつけたから。
「ふっ……仕切り直しだ」
低くしていた姿勢を戻し、立ち上がりながら木の剣を下げる。
そして後ろに五・六歩下がって、再び剣を構えた。
……それからは、同じことの繰り返しだ。
ドールがレイスとの間合いを詰め、木の剣を当てると思わせて寸止し、その度に仕切り直すように数歩下がる。
そしてその攻撃のどれもが、レイスには認識できないものだった。
ドール自身は認識できているのに。
……見える相手からの見えない攻撃。
これは言葉にするほど簡単ではない。
相手の力量を知り、相手に自分を認識してもらう速度で迫りながらも、攻撃は相手の死角を衝くようにしなければならない。
ただ速さに任せて、相手の認識できない攻撃をしていれば良いわけではない。
だってそれでは、何の授業にもならないのだから。
「さっきから!」
寸止めの回数が七を超えた頃……レイスが仕切り直すドールに向けて、ようやく声を荒げた。
「なんで攻撃を当ててこないの! 直前直前で止めて! 一体何の嫌がらせっ!?」
「嫌がらせじゃない。これが俺の授業だ。
俺が殴る時は、お前に痛みがいかない時──魔力移動を果たして、ちゃんと防御されているのが分かった時だ。
でないと怪我をさせてしまうからな」
「怪我……? 魔法使いの授業に怪我は付き物じゃん。だから魔法での治療が出来る先生だっているし、何なら怪我させてみろって話よ」
「なるほど。ならさっきの攻撃を止めなくても良かったのか? 間違いなく怪我をしていたぞ」
「なんでそんなこと分かるのよ? ちゃんと防御魔法を展開出来てたに決まってんじゃん」
「それは無理だな。そっちの魔力はちゃんと見えているから分かる。
ちなみにだが、俺の授業では最終的に、コレと同じことが出来る。
そういうことが出来る魔力移動の、最重要に分類されるこの本能的な魔力移動が完璧なら、ちゃんと痛みが来ないという証明のために殴っているだけだ。
怪我をさせた痛みで何かを覚えさせたい訳ではない」
何かを教えるのに痛みは必要ない。
必要なのは、自分に足りない部分があることを自覚させることだ。
そのための寸止め。
アレは十分にプレッシャーになる。
現にレイスはそれが続いたせいで、ああして余裕を無くしている。
自分の失敗を──欠点を、何度も指摘されているようなものだから。
「だからまぁ、俺はいくらでも付き合ってやるさ。
だがその前に、他の生徒も見せてもらうぞ。せめてどれぐらい出来ているかは把握しておきたいからな」
「そんな勝手……あたしは認めない!」
ドールの言葉に苛立ちを全面に出し、レイスが再び火の『蛇』を放つ。
それを正面から木の剣で叩き、反射させ、それを避けている隙を衝いて接近し、再び眼前で切っ先を寸止めさせた。
「勝手を言っているのはお前だろ。
これは授業だ。
お前一人を見ている訳にもいかない。また後だ。
何なら、これから確認するクラスメイトと一緒に襲ってきても良いぞ? 今のお前たちの実力なら、全員で襲ってきても対処できるだろうしな」
これは油断でも何でもなく、確固たる事実だ。
天才と自称し、周りもまたそれを認めている彼女の実力は、おそらくこの九人の中で飛び抜けている。
そんな彼女よりも弱く、また魔力移動を全く習得していないこの子達が相手では、ドールに触れることすら出来ない。
だからといってドールに余裕がなくなり、生徒たちに攻撃を当てるといったこともない。
魔法を使えるレイスを相手に、自分の姿はちゃんと見せつつ、死角からの攻撃を行っていたドールの技量が、ちょっと大勢に襲われた程度で揺らぐはずもない。
速さを活かして視界から消えて攻撃するのではなく、攻撃だけを死角に忍ばせて襲わせている。
それも、相手にはギリギリ認識できる角度で。
それを行える技量差は、ちょっとした集団戦では埋めることなんて出来ない。
「良いか? この反応できない攻撃に、魔力だけでも反応させるというのは、何度も何度も経験を積むことで身につくことだ。
本能に刷り込ませるようなものと思ってくれて構わない。
コレが完璧に出来るようになるまで、おそらく何ヶ月もかかるだろう。
が、それまで授業を先に進ませるつもりもない。ちゃんと身につくまで指導していくことを約束しよう」
これが基本にして、絶対に必要なことなのだ。
こちらとしても、ドールに攻撃を当ててもらえるよう、本能的な魔力移動が出来るまで、しっかりと見守っていくつもりだ。
見捨てるつもりはない。
「それじゃあ早速、次の相手だ。
そこの男子生徒、中に入ってこい」
無視され始めたレイスが攻撃をあぐねている間に、本格的な授業が始まった。